男の娘が魔女になって大変な目に遭う話   作:クエクト1030

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48話「ミストルティンの(しゅ)

「──い、……先輩!」

 

「みこ……くん」

 

「うぅ……み、皆どんどん花に変わっていってる……!」

 

「早く逃げて……」

 

 

 天国がこの世に生まれ堕ちようとしていた。黄金の花々が咲き誇り、地面を埋め尽くしては人より咲き出ずる。血を啜り苦悶の声に耳を傾け芳しい香を風に乗せる。その花は物質であれば何でもいいというような顔で、大輪を以て空を見上げている。

 

 空には翅を称える魔女がゴミに集る蝿のようにうじゃうじゃと羽ばたかせ、下には虚ろな瞳の魔女たちが今にも破裂しそうな程に魔力を滾らせ、地べたには花に蝕まれた魔女たちが這いつくばっている。

 

 

 

 洛陽はこの出来事を境にする。

 

 

 

 この日の夕焼けは、酷く紅かった。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「全く、魔女が杖を壊してしまうなんて。もっと物を大切に扱わないとダメですよ?杖が無くなったら魔法使えないんですからね」

 

「ふんっ。プロトに言ってください、私は悪くないです」

 

「た、叩いても踏んでも滅多に壊れる事なんてないはずなのに……」

 

 

 あーだこーだ説教と反論と宥めを織り混ぜて、AFストリートの騒音の一部になりながら、またその一角にある杖の工房の扉を潜っていた時の事だった。プロトとのちょっとした喧嘩で杖を壊してしまったから新しく杖が必要で、けど相場も選び方もわからないからフレスノ先輩とアン先輩に同行して貰っていた。

 

 

「よく使う属性ですか……力かな?でも最近は光属性も触っているような」

 

「魔力の伝達速度も気にするポイントですね。戦闘用なら早いのがいいですし、研究用なら逆に遅い方が何かと便利な時が多かったりします」

 

「わ、私、結晶貯めたら今度ロッドタイプ買いたい……」

 

「あーそっか。スタッフとロッドかも考える必要ありますね」

 

「ちなみに二個持ちも全然ありですよ」

 

「支払う魔力足りないですよ!」

 

 

 店に飾られているものから特注することも出来るらしいけど、やっぱり支払える魔力が足りないので中々難しい。星の力でズル出来そうだと一時は考えたけど、結晶化するのは大きさに比例して難しくなるし、結局地道に作るのと依頼をこなすしかない。

 

 ちなみに試したら爆発した。

 

 財布の紐と未だ要求スペックすらあやふやな中で早くも小一時間経過。店主は最早見慣れたといった様子でただ居座る客に見向きもせず、新聞を広げてお茶を啜っている。

 

 

「うむむむむむ……うむ?」

 

 

 芳しい香が鼻腔をくすぐった。

 それは店の中にある。

 けれど、店主が啜る茶の香りではなかった。

 

 

「なんかいい匂いしませんか?」

 

「ほんとだ、お花みたい……!」

 

「……?」

 

 

 ぐるりと視線を動かして、下がった所に一輪の花と目が合った。花は黄色の大輪で、香りの根源な事にはすぐ気がつく。ただ気になったのは、それは木の床から雑草魂と言うべきかのように咲き誇っていたという事。

 

 

「なんで室内に花が……?」

 

 

 疑問に思えども誰も気がつけるわけもない。僕が勘が良いと言っても、結局のところ認識した上で反応し、その全ての時間を差し引いた上で間に合わなければいけない。

 

 

 

 

「──奥に逃げて!」

 

 

 

 扉より次々と黄色の花々が咲き乱れてゆく。

 床を、壁を、品々を貪って、物質であれば何でもいと言わんばかりに根を降ろして。唯一気がついたのはフレスノ先輩で、彼女は僕たちを部屋の奥に突き飛ばして花の海に呑まれていく。

 

 

「何が──」

 

 

 唖然する暇もなく次に爆発が起きる。

 

 突き飛ばされた事で反射的に防壁を展開したからアン先輩を爆風から守る事は出来たものの、入口から咲き誇り迫る花々が入口から押し寄せる爆炎に呑み込まれる。煙が視界を覆って瓦礫の崩れる音がして、今度は風が吹き荒ぶ。

 

 そして風は急に視界を晴らしてしまって、この世の終わりを突きつけた。

 

 

 

 

 

 

 昼空は夜空に顔を変えて、太陽は異様な暗い輝きを放ち小さな月のような様。

 街の奥にはこの前遭遇した「白い血」の主にも及ぶ程巨大な全長を持つ花生え聳えている。先ほど見た花をそのまま大きくしたようなもので、役立たずの太陽の代わりにギラギラと光を放っている。

 

 爆炎で焼き切られた花びらがそこかしこに落ちていて、人もそこかしこに落ちている。彼女たちは炎のための薪になっているか、花のための土になっているかのどちらかだった。

 

 

 

「先輩、先輩!」

 

「みこ……くん」

 

「うぅ……み、皆どんどん花に変わっていってる……!」

 

「早く逃げて……」

 

 

 先輩は脚を吹き飛ばされて店だったものの奥に転がっていた。爆炎にあって尚その背中には花がこびりついていて、すぐに駆け寄って状態を診ると花は寄生先を灰のように白く脆い養土に変えてしまうのか肌の表層は灰となってボロボロと崩れ落ちる。

 

 それは周囲に這いつくばっている魔女たちも同様で、身体より出でてすくすくと背を伸ばす花の姿はプランターが出揃うおしゃれな店のようで反って酷く悪趣味だった。

 

 

「さ、再生のポーション……!えっとえっと、あった!」

 

 

 アン先輩がポーチから試験管に収めたポーションを取り出した時……

 羽ばたく音と共に、黒い羽根が舞い落ちる。

 

 

 

 僕たちの目の前に烏が降り立った。

 

 

 

「お待ちなさい」

 

「お前──」

 

「お久しう、圏域外派の皆さん」

 

「ひひ、ヒルフ!?」

 

 

 すぐさま臨戦態勢に入るものの、ヒルフは僕たちの姿勢を無視して僕ではなくアン先輩へと手で制止しフレスノ先輩の様子を観察する。

 

 

「ふむ、さっきのに巻き込んでしまいましたか……治療はまだお待ちを。この根を先に焼き切りますのでその後に投与してください。この根は水、光、命属性に反応してその魔力を取り込み成長するので安易な投与は逆効果になります」

 

「……(肉が焦げる音も匂いも全くしない、どうやったらそんな精密に狙えるんだ?)」

 

 

 

 ヒルフは否応無しに先輩の背中に手を当てて精密な魔力操作で手術を行う。驚くべきは「根だけを焼き切り他部位に熱を漏らさない」という技術で、魔法の精度と対象を指定する手練れ具合は因縁ある相手と言えども尊敬の念を抱かずにはいられない。

 

 

 

「これでよし。後はアンさんの魔法薬学の腕次第です」

 

「何やってんのヒルフ、こっちはそれどころじゃ──ってミコくんとアンちゃ……フレスノちゃんどうしたの!?ま、まさか」

 

「花焼きに巻き込みました。それと根の寄生を既に受けていたようですわ、そちらは処置しましたのでリーベさんは……私が説明するよりあなたが説明した方が適切でしょうね、彼女は私が追跡します」

 

 

 リーベさんとヒルフは何故かいがみ合うでもなく息を合わせていて、リーベさんその言葉に頷きフレスノ先輩にポーションを大量に費やす姿を見届けながら口を開く。

 

 

「要点だけ言うね、花の魔法を使う魔女が昼区を襲撃してる。花の切除方法はさっき言ってたね?それと花の魔女の洗脳魔法で操られている魔女とそれとは別の魔女が押し寄せてきて今昼顔区が大変な状況になってる。犯人は私とヒルフで追跡中」

 

「うぐぅ……い、痛い……」

 

「鎮痛剤」

 

「眠い……」

 

「気付け薬」

 

「ぶは、くっっっっっっさ!?」

 

「……えっと、フレスノちゃんは大丈夫そうだね良かった」

 

 

 切羽詰まった状況のはずが思わず苦笑いが溢れる。

 もちろん皆、内心はフレスノ先輩の普段の愉快さが表に出てくれて安堵しているけどね。

 

 

「……けほん、とにかく、学園が、やばい。」

 

「アン先輩とフレスノ先輩はどこかに避難させないとですけど、アテはありますか?」

 

「圏域外派のロビーをそのまま使えると思う。確か緊急避難用に何重もの結界を校長先生に依頼した時があったから戻ったら部屋をひっくり返して説明書を見つけて、その通りに作動させて」

 

「分かりました、そういえばムネメ先輩は?」

 

「あー……」

 

 

 ムネメ先輩の話になるとリーベさんは頭に手をやって、困った様子を見せる。

 

 

 

「古い知り合いに会ってくるって言ってた」

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「なんでこんな所にいるんだ、アンタ」

 

「それはこっちのセリフだよ小娘。行方知れずになったからババアは心配してたってのに、お前はこんな安全なところでぬくぬくして、手紙の一つも寄越さないなんて薄情だとは思わないのかい」

 

「はっ、そんな親しい仲でもないだろオレたちは」

 

「お前に業を叩き込んでやった一人だってのに、全く」

 

「フー……」

 

 

 黄金の花が遠くに見える高台で、ムネメ先輩と鷲鼻の老婆──ライゼンデさんは旧交を温めていた。先輩はタバコに火をつけて一本勧めるけれど、手で断られる。

 

 

「……?なんだ、タバコやめたのか?」

 

「健康に悪いからねぇ」

 

「嘘つけ。本当はどうなんだ」

 

「あの子たちに嫌われるからやめた」

 

「……」

 

 

 少しの静寂が生まれるも、見下ろす地獄からの阿鼻叫喚がそれをすぐにでも引き裂いて、それを肴に老婆は瓢箪の酒を一口呑み下す。暗がりの昼見酒はドブのような味がしたけど、それでも老婆は二口目を呑み下した。

 

 

「あんたはどうするつもりだい『忘却』の小娘。また何もかも忘れてしまうのかい?お前のところのチビと会ったんだが可愛い子じゃないか、言ってたぞぉお前は家族だって」

 

「……黙れ」

 

「お前はまた家族を忘れて旅立つ腹積りなわけだ、いやぁ薄情薄情、師匠もドン引きおったまげ。非情なやつを弟子にしたと思ったけど非情なまま──」

 

 

 

「黙れ!!」

 

 

 

 激昂と共に棍が瓢箪を打ち砕き、酒の涙がライゼンデの服を濡らす。

 

 

 

「……で、どうするんだね」

 

「呪いは使わない。俺の家族は強い、だから出来るだけやってやるさ」

 

「そう。じゃあ心の赴くままにやりなさい、ババアは高いところから見下ろして酒を飲んでるから。お前がまた師匠助けて〜って願ったら助けてやるよ」

 

「チッ、失せろ老害」

 

「はいはい」

 

 

 老婆がひょいひょいと軽々建物を登って去る間際、立ち止まりかつての弟子であり娘であり家族であった呪いの子供へと言葉を投げた。

 

 

「そういえば、ババアはその小娘から一飯の恩を受けている」

 

「……」

 

「忘れるな、お前には恩義に通じる者が出来た。ババアとお前の縁は義によって再び結ばれ、恩によってその功が日の目を浴びる。記憶を失くせどもその本能に沁みつかせた記録を手繰るがいい、さもなければお前は()の手にかかる事になるのだから」

 

 

 ライゼンデは背に負ったバスタードソードの柄を握り、睨みつけ。

 遥か遠くへと跳び去った。

 

 

「……忘れるなとか、無理言うなよ。俺がどうしてこいつらとの思い出を忘れたいと思うんだ?あの子とあの人を忘れてしまって全てを失った俺が、やっと得たものを」

 

 

 棍を握りしめて、先輩もまた跳び立つ。

 

 

「──あいつらは、全てを忘れた俺に……おかえりと言ってくれるだろうか」

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「後は頼みます、アン先輩」

 

「待って……っ!これ持っていって」

 

 

 圏域外派のロビー、大きめのソファにフレスノ先輩を下ろすと跳び立つ前にアン先輩は一つの錠剤を手渡す。赤と青色の強い色味を帯びてるそれは毒々しかった。

 

 

「これは?」

 

「わ、私が作った赤熱青寒薬(せきねつそうかんやく)って薬。飲むと火属性の促進効果と水属性の停滞効果を身体に与えて、身体を仮死状態にしながら肉体を再生させる事が出来るの。今残ってる簡単に回復出来るのはこれだけで……えっと、もしかしたら使えるかも!」

 

「ありがとうございますアン先輩。じゃあ行ってきます!」

 

「気をつけてね……!」

 

 

 静かに寝息を立てるフレスノ先輩尻目に合流へ跳び立つ。

 普段あれだけ騒がしい彼女がこうして大人しく、そして傷を負っている姿は綺麗なのと同時に傷ましくて、直視し続ける事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 魔力探知を頼りに跳躍する。

 リーベさんの近くにはムネメ先輩とヒルフの魔力を感じられた。

 だが──

 

 

 

「グッドタイミング、ちょっと制圧手伝って!」

 

 

 

 三人は膨大な数の魔女によって物量攻撃を仕掛けられていた。空には翅を称える魔女がゴミに集る蝿のようにうじゃうじゃと羽ばたかせ、下には虚ろな瞳の魔女たちが今にも破裂しそうな程に魔力を滾らせ、地べたには花に蝕まれた魔女たちが這いつくばっている。

 

 天と地も全てが人で支配されている。

 最悪な絶景だ。

 

 ヒルフの蒼炎によって地上を焼き払い、リーベさんの血によって翅を次々と落としていく。僕とムネメ先輩はあくまで補助、隙の出来る二人の援護に回って迫り来る翅を迎撃し続けた。

 

 

 

「……っ、流石に魔力きつい」

 

「あらまぁリーベさんはこの程度で根を上げるのですか?彼氏の目の前だというのに情けな……あぁごめん遊ばせ、元から情け無い人情でしたわね」

 

「今すぐお前の羽根も毟り取ってやろうか!」

 

「ふふふ、彼氏の前でみっともない」

 

「喧嘩出来るならまだ元気ですよね!後で血を渡しますから飲む準備しておいてくださいねお二人とも!溢したりしないでくださいね!」

 

 

 手首を魔法で適切に切り裂き血液を取り出して水魔法で凝縮及びコーティングを施し黄昏の二人に渡す。二人はこの錠剤を含む度にやや顔を高潮させて、同時に魔力が漲りらせて、無数の翅と花とを全滅していく。

 

 血液でこれだけ魔力を補えるのだから、あれなら……うん。道理で男の魔女が狙われるわけだ。捕えておけば簡単に採れる超高性能魔力回復液の源になる。こんな形で凝縮しておけば戦闘中でも簡単に補給出来るし、インチキしてる気分になってきた。

 

 

 

 二時間程だろうか。昼区から戦線の拡大を食い止めるのは難しく、夜顔区からはアストライア先生の放つ《天雷》が幾重も轟く光音として届き、朝顔区の光景は空間が幾重にも折り重なって屈折した不可思議な姿になっている。おそらくは「境界の魔女」としての姿を見せている校長先生が力を奮っているんだろう。

 

 

 

「っ……流石に血が追いつかなくなってきました、どこかで食事取らないと」

 

「一時撤退を。ムネメさんは先導、私が殿を務めましょう。リーベさんはミコさんの保護及び補給を最優先にしてください。彼がいないと私たちの魔力はすぐに底を尽きます」

 

「了解。いくよミコくん!」

 

「はい……っ!」

 

「数が少なく水と買い物のある場所……ふむ。となるとあの辺りか」

 

 

 ムネメ先輩が道を切り開き、背後で追跡を続ける翅が血の矢に次々と撃ち落とされていく。地上は足場がないまでに火の海そのもので、どこに食料なんかが残っているか分かるはずもなかった。

 

 辿り着いたのは昼顔区の外れの森。川が防火線となっているお陰で森は火の手から守られ、動物らもまた水辺を頼りにしている姿が見受けられる。

 

 

 

「あれ」

 

 

 

 そしてそこには、川で足をパタつかせている、金色の花を頭に持つ花人がいた。花人とは別名をエルトメェンヒェンとも呼ぶ、植物から二足歩行の知的生命体へと進化した種族のことで、共通して特定の花を身体のどこかに咲かせている。花がない植物であれば葉っぱである事もあるし、共通してとは言ったものの別に花でも葉でもその花人の特徴たる植物の性質を持つ種族だ。

 

 

「……あれ、よくここが分かったね?完璧に撒いたと思ってたのに〜」

 

 

 彼女の言葉と共に三人から殺気が放たれる。一呼吸の内に炎が上り風が吹き荒び大地が揺れる。遅れて理解したのは、彼女に咲く花がこの学園を襲う花と同一であるという事。

 

 

「こんな所にいたのかジロフソニア、大人しく死ね!」

 

「アハハハ、いいねその顔やる気満々じゃん!?いいよいいよぉそれでこそ知り甲斐があるってものだよね!暴き尽くせ、《ミストルティン》!!」

 

 

 

 花びらが舞い、風と炎が入り乱れる。

 有機物の焦げた匂いと鼻をつくほどの強い花の香りが周囲に立ち込めた。

 

 

 

 遠くではまだ血が流れている。

 太陽は未だ暗く、黄金の花は天へと背を伸ばす。

 

 翅は次々と同胞を殺して、花々に黄金を作り、昼空は暗く輝きに満ちる。血が川に、肉が土に、義が光へ。そして根はこの地の脈に絡みつき、隠された秘密を暴き出す。

 

 

 

 学園が天国に成り果てるまで──残り◼︎時間。

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