私の花、故郷の花、《ミストルティン》の
黄色く美しく官能的なこの子に与えられた名前はサルキックという。
未だ内地の連中も他の圏域外の連中も見つけていない、この長閑で幸せな街にだけ咲いている独自の種で、私だけがこの頭と胸にその花を咲かせていた。
『ノエオーちゃんいいなぁ、今日もサルキック綺麗』
『へへーそうでしょ〜。でもアポリアの花だって綺麗だよ!』
街に名前はない。今付けるとすればサルキックタウンとでも名付けようか?この黄色い花々しか取り柄もなく、花人だけが暮らすただただ長閑で平穏な街。
皆、綺麗な花を持っていた。美しい葉を茂らせていた。残念な事にその人たちが持っている幾つもの草花はこの街にはなくて、よくその花人の元に通い詰めては眺めていた記憶がある。
『皆んな綺麗だな〜』
その日もサルキックの花畑で花を積んでは花冠を作り、街の人に自慢した。
『綺麗でしょ!』
『あぁよく出来てるねノエオー。お前の頭の花もこの花冠も綺麗だ』
『へへーん!』
家に帰ったらある日のこと。
その日、一日中着けていてすっかり萎れてしまった花冠を見て私は思った。私の花もこのように萎れるのだろうか?と。疑問が浮かべば心が浮つき、二人のお母さんにすぐにでも聞こうとキッチンに向かってエプロン姿のママを抱きしめる。
『ママ、お母さん、私の花もこのサルキックと同じで萎れるのかな?』
嗚呼、ママの愛おしむ目は今でも思い出せるほど。ママの花はこの街にはない花で、淡いピンクの小さな花はママの瞳と同じ色をしていた。潤んだ瞳で私を抱きしめ「大丈夫だよ、ノエオーの花は絶対に萎れない」と約束してくれる。
お母さんは「はは、大丈夫だよノエオー。それにしてもノエオーは好奇心が強いね、そろそろ魔法の学舎に通ってみる?」なんて言って、私の好奇心を更に刺激しちゃった。
『はい、今回の試験結果。ノエオーちゃんすごいよ、もう先生よりすごい魔女だ』
『へっへー、そうでしょそうでしょ!』
それから私はお母さんの推薦通りに街の学舎に通って、学校で教えられる学問を一年とちょっとで全て覚えてしまった。書物の情報は私の心を満たすどころか余計に乾きを与えて、心なしか私の花が萎れているような気までしてくる。だからかな、私はある日悟ったんだ。
そうだ、私はきっと未知を水とする花なのだ!
それから今日までは楽しいことの連続。色んな花を分解し構造を模写しては魔法で再構築したり、あるいは新種の花を生み出したり、既存の花の変容を観察したり。そうなればもう止まらない。未知の花に想いを馳せて、既知の花の更に秘奥を暴き出す。
私はとりわけ、花に魅了されていた。
『皆綺麗だなぁ』
この街で存在する粗方の花を研究し終えてしまった時の事、花びらで埋め尽くされた私の部屋はいい香りで満ちていた。でも私の心は満ちていなかった。
花冠が萎れてしまった時の事を思い出す。あの子は最後に腐ってしまい、土に還って養土となった。私もこのまま萎れて腐ってしまうのだろうか……
『ノエオー、大丈夫?最近元気ないね』
ママはいつも優しかった。
だからこの日もママに弱音を吐いて相談してみた。
『ママ、私のお水はもう無くなっちゃったのかな。私、あの時の花冠みたいに枯れて、腐って、消えちゃうのかな……』
『……ノエオー、また気分が沈んでしまったのね、でも大丈夫。ママがついてるからね。ほら、気分転換にお外に行って一緒にサルキックを摘もう?お母さんに花束を作ってあげるの。お母さんきっと喜ぶ。そしてノエオーもそんなお母さんを見て喜ぶ。ノエオーはお母さんが笑う時いつも笑ってるでしょ?だからきっと良くなるよ』
ママは優しく私を抱きしめてくれた。ママのお花は私を愛してくれる時にいつだって露が花びらに溜まるように清らかで美しくなる。ママは私が好きで、私もママが大好きだった。
『え、ノエオーこの花束お母さんに?嬉し〜!!』
お母さんは私が何かを見つけたり、作るたびに喜んでくれた。とりわけサルキックのお花を使ったものを喜んでくれてたと思う。きっと私を愛してくれていふから、私を好きなようにサルキックの事も好きなんだろう。
……それでも、どこか物足りないような気がした。
何が足りないんだろう?
『綺麗………………』
答えはアポリアちゃんが教えてくれた。
未知は全て。全ては未知。
私が解明したものなんて全てが児戯に等しい。
アポリアちゃんの花はタウマゼインという濃い紫のお花で、葉は緑、花弁は小さく代わりに花弁の全長を超える程の雌蕊が二本生えている特徴で、春に蕾が出来て夏に一度枯れ、秋にもう一度蕾が出来て冬に漸く花が咲く。咲かない蕾を作る不思議なお花で、前から不思議だと思っていたけれど街には咲かないからずっと分からず終いのお花だった。
けど、アポリアちゃんのお陰で知ることが出来た。春に一度蕾が出来るのは環境の変化によって想定外の低気温に襲われても開花し受粉出来るように変化した名残りで、私たちの街は気候が安定しているから決して夏に咲く機会がなかっただけなんだ。つまり環境さえ適切ならこの花は理論上、一年に二回花を咲かせる事になる。すごい、私のサルキックは一年に一回なのに、こんな多様な条件を抱えながら環境次第でそれが活きることも死ぬこともある。もしこの子に最適な環境があればアポリアちゃんがより魅惑的になる時期が二回になるんだ。
『なに……してるの、ノエオー……?』
『見てお母さん!私また発見した!!タウマゼインはね、本当は一年に──』
あははは、楽しい。その構造を理解する。その過程を理解する。その変化の意味を推測し、原点を妄想する。この世界は尽きることのない未知で出来ているのだから、私はそれを無限の時間にかけて無限に蹂躙し無限に殺し尽くしたい。だって、未知はこんなにも楽しいから!
『なんで……どうして……いや、私たちのノエオー……いやああああああ!!』
『やめるんだ!なぜだ、私たちの何がいけなかったんだ!?』
『ノエオーを止めろ!』
『あいつ昔から他人の花を見て羨ましがってたよ、とうとう正体を表したんだ!』
『なにそれ、唯一のサルキックの花人なのにそれで満足出来ないの!?』
『逃げろ、ノエオーから逃げろ!あいつはもうノエオーなんかじゃない!』
『待ってよ皆。私、皆が大好きだからもっと知りたいだけなの』
綺麗な夕焼けに色とりどりの花びらが絨毯のように地面に広がって、風が吹けば靡き、光に照らされれば艶やかに発色した。私はこの日初めて満腹を知って、美しさと美味という感性がぱっと花開いたような気がした。
『やぁ、きみがジロフソニア……いや、ノエオーかな?』
ある日、綺麗な翡翠が私の前に現れた。
彼女は言う。共に理想の世界を作ろうと。
私の理想は花びらが舞い散り続ける未知で満ちた桃源の黄金の永遠の郷。
私はその手を取った。
そうだ、私もアストヒクが遺した神器「脈打つ瞳」を元にして──
花の神へと至り、世界を遍く彩ろう。