学園を襲う魔女を対処するのに高い位階に高い戦闘能力が必ずしも必要なわけじゃない。とある少年はかつて悪戯で問いかけました。「朝日の位階の魔女でも、貴女の役に立てますか?」ってね。
答えは当然YES!
位階の差がどうであれ魔法の規模がどうであれ、彼我とは象と蟻程の差があるって言うとしても。それなら喜んでその差を受け入れようじゃないですか。だって私たちは考える事が出来る生き物で、一人一人で夢を叶える力を持ってるんですよ?
さぁ私たちの清涼で誇り臭い世界を取り戻そうじゃないですか。
さぁ弱者が強者に立ち向かう様を見せようじゃないですか。
さぁ!くっさい花で満たれたくそったれ世界をぶっ壊してやろうじゃないですか!
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「はっ、はぁっ……きゃっ!」
「マルシェ!」
「私の出世……私の進学……どうして叶わなかった?全部っ全部お前達のせいだぞ。ふざけるなよ出来損ない共、誰がお前達の研究に出資してやったと思ってる?クソみたいな魔力量しかない癖に一丁前に大層な題目を並べただけのお前らがここまで学業を修められたのは誰のおかげだと思ってる!」
「知るか!テメェが勝手に目をつけてテメェが勝手に未完成のまま研究を持ちだしやがったんだろうが、なんで私らがお前に恨まれなきゃいけねぇんだよ魔力使いすぎて脳みそまで魔力に変換しちゃったのかぁ!?」
「デフィ、デフィ。お前はいっつも私に楯突いたよな……私の方が位階は上なのに浅はかな妄言を垂れ流して、昔からずっと不快だった。」
「お前の辞書には『意見』の意味が『楯突く』って意味になってんのか、すげーなそりゃ。お前の辞書をちゃんと読まずに誤訳塗れな事に気づかなかった私らが悪いな、はっはっは!」
翅を背に称えた少女のチュエはかつての研究仲間であった二人の怯え苦しむ姿を望んでいた。しかしどうでしょう、その内の一人のデフィが返すのは減らず口に憎まれ口、お出しされたのはドクダミの煮え茶!チュエは思わず怒り心頭、口で勝てねば拳を上げるまで。杖を振り上げ魔法陣を二人に下すしか能が残りません。
「クソ短気が……だから失敗するんだよ」
「デフィ、デフィぃ……それでも私、三人で研究してた時楽しかった、だから、だから──ありがとう」
「私もだよマルシェ」
デフィはマルシェを抱きかかえて最期を共にしようとしました。
あぁなんて悲劇的で感動的な結末でしょうか!彼女二人は黎明の位階で、空から見下ろすチュエは真昼の位階、二人は共にただの研究職で、戦闘なんて野蛮な事はてんでダメ。口喧嘩以上の手段も彼女たちは持ち合わせていないから最後は互いの手を取り合うのです。
仲間に成果を奪われ、今度は命まで奪われるなんて。
魔法世界はなんて残酷な世界な事でしょうか!
その時です。
突如として魔法の万能包丁が魔法陣を微塵切り、陣が解けて魔力の粒子へ姿を変えれば炎を投じ、火に油を注ぐが如き猛火が立ち昇る。一体何が起きたのかその場の全員は理解出来ずに顔を見合わせました。しかし私はこの魔法を知っている。いやッ!私たちはこの魔女に師事を乞いた事さえある!戦場を厨房へと変え敵を調理し瞬く間に逸品の一品に仕立て上げるため息シェフの名を!
「さっきから通信うるさい!くそ、こいついつもこの調子で盗聴してるってマジで言ってるの?こんな雑魚よりもこの盗聴女を捕まえろよな!あとそこの二人会話がくさすぎんだよ、ただでさえこの花粉のせいで気持ち悪いのに惚気るな!お前ら今際の際……あ、いや死にかけてるからこそか?」
「な、なんで私の魔法が!?」
「はぁ、ミコが見てきた光景ってこんな感じだったの?少し自分を振り返って鍛錬してたらどいつもこいつもこんなトロくて馬鹿みたいに見え……はぁぁ、本当にアホらし。イキってた自分が恥ずかしいわ」
「まだだ。まだ──!わ、私にはまだ『天使』としての力がある!これでこいつらを殺して任務を達成する、そうすれば学院なんか通わなくったって楽に暮らしていける……!」
「楽に暮らしていける、か……」
ススピロは自分の過去に思いを馳せる──ミコちゃんとの青春、憧れを。それと同時に私たちへの嫉妬が胸の内から溢れ炎が燃え上がる。そう、彼女の料理は嫉妬の料理であったのだー!
「うっさい!なんか変な事し出してるんだから早く招集かけろ中継女!」
『はいはーい』
『ふ、フレスノ先輩まだ再生してすぐなんだから興奮しないで……!』
「世の中間違ってる……どうして生きるだけで魔力を払わないといけないんだ?なんで気に食わない奴とつるまないといけないんだ。私はただ何も気にせずに好きな本を読んで好きに甘い物を食べたいだけなのになんで頭が痛くなる学術書を読んで嫌い奴らと一緒に調子乗ってる奴に教えを請わないといけない……!」
血走った目のチュエの翅は彼女の身体にめり込み始めて、ついには背から腹へと貫通する。続いて彼女の身体が前傾姿勢を取って、腹に生えた翅が前足の一つとなり三対六本の異形の形態へと変貌を遂げた。化け物には化け物の力をという事か、ミチミチと六本の脚に筋肉が膨れ上がり、尋常ではない魔力が駆け巡る。
「ちっ……!おいコラ、ばかカップルさっさと逃げな!」
「ありが──くそっ悪いけど礼は後で言う!」
「チュエもうやめて!」
自分の恋路より他人の恋路とは恐れ入りました。転んで腰を抜かしてしまったマルシェを背負うデフィを尻目に、最早化け物へと心だけでなく身をも変えてしまったチュエの前にススピロは立ちふさがる。詩の神よ、これを英雄と言わずして何と言いましょうか。
とはいえ異形化でのパワーアップは確かなもので、魔法を使わなくなったようだけれど純粋な膂力と魔力による身体強化で逃げる二人の背中を追いかける。ススピロはそれを追っては炎で払い、斬撃を入れども皮膚は堅く熱を通さない。最早人類と呼べるものではない、だからこそ『天使』と彼女はその力を自称したのだろうか。
「邪魔だ、お前から死ぬか!」
「っ──!」
邪魔を続ければ当然、怒りの矛先が変心を起こす。チュエはその殺意をススピロへと向け、ススピロは防戦一方。斬撃の盾、炎の盾を張ろうとも気にする様子も一切なく突撃してススピロの腹部にチュエの頭部がめり込み──ってうわっ!ススピロから人体で鳴っちゃいけない音してる!
「うるさいって……言ってる、で、しょ!!」
更に魔力の出力を上げ殺傷力の高い魔法に切り替える。流石に外皮に傷がついて血が流れはしますがさっきの一撃でおそらくススピロの内臓はかなりの損傷を負っている、このままではススピロが魔力よりも先に負傷で息が切れてしまいます!
「ぅぷ……げほっ、まだ!」
化け物は執拗にススピロの腹部へと愚直に突進を続け、防ぎきれない彼女はただでさえ最初の一撃で傷ついた内臓が更に損傷を受けて吐血を。後ろにまだチュエの視界で捉えられる二人が残っているとはいえ、どうしてここまで立ちふさがるのでしょうか。
「ぺっ、そんなの……決まってんじゃん」
『少なくとも、私と貴女が出会った時とは大きく変わっていますよね』
「このクソきもい蟲野郎と同じ願いは今でも持ってるよ、なんもしないで気楽に好きに生きたいってね。でも別に、生きていく上で何をして生きていきたいかなんて複数あってもいいんじゃないかって私は思ったワケ」
ぼたぼたと口から血液を大量に吐き出しながら立ち上がる。
「好きな人に近づく?それとも影響された?はっ。もしそう思いたいのならそう思っておけフレスノ、間違いじゃないしね。でもさ、ムカつくじゃん。目の前でいちゃこらされて、それを邪魔するのはその恋に敗れた奴でも野次馬、嫉妬でもない。元々二人の友達で、しかも裏切った末で?はは!!しかも上手く行かなかった原因を押し付けて、恋の妨害なんて鼻から頭にないって!?」
吐血の混ざった高笑いと共に何人もの魔女がその場に現れる。どの魔女も好き放題にカスタマイズした制服で混沌とした統一感の欠片もない見てくれでしたけど、すぐに私は思い出しました。ミコちゃんがかつてそこへ行き抱いた感想と、そして彼女が感じた別の価値観を。
「ぼこぼこだね、誰も回復魔法使える奴なんていないんだからくたばらないでよ?」
「誰もあんたの死体なんざ片づけちゃくれないんだからね~!」
「あはは、痛っ!ふふ。それが出遅れた上に仲間に言う事?」
「あんたの想い人の派閥の子から受け取ったよ。ヒルフさんは想い人ちゃんも連れて黒幕と対峙してるって?しかもアストライア先生と校長先生まで出張ってるとか、学園所属の夜の魔女総動員じゃんね」
軽口を叩きながら状況を把握し、魔法陣を幾つも展開し、チュエの行先を塞ぐ。彼女らの呼応と共に天使も呼応し私の耳が痛い程に幾つもの生命の猛りが場を満たす。天使の軍勢とヒルフ派の軍勢がここ昼区のある一角に顔を合わせた。
「群れやがって……」
「あんただって群れてるじゃん」
「屁理屈をこねるな!」
「ははっ。よしフレスノ、こっちはもういい。あとは全部任せて私らとの回線は切っちゃいな」
『分かりました。では遠慮なく!』
◆◆◆
「今日はよく笑うじゃんススピロ」
「そう?ふっ、そうかも」
二十四回の挑戦と二十四回の敗北。あの子に手を伸ばしても一歩も二歩も遅れをとるから一向に追いつく由もない。でもさ、実力だけが人の距離じゃないんじゃないかって、私思ったわけよ。
「功を持って罪を償う。人助けを持ってあの子に近づく」
「なにそれ」
「今の私の心境よ、どうよアンタらも」
彼女たちは少し考えて、気持ちのいい答えを返した。
「いいね、今日は善人を装う日にしよう!」
「そうこなくっちゃね。私らの学園、親しき隣人、愛しい人、そしてヒルフさんへの助力。たまには偽善に振舞うのは悪くない、気が咎める奴がいるなら悪人として目の前のこいつらに立ちふさがってやりな!」
「気持ちよく成果を得ている奴らの邪魔を絶妙なタイミングで差し入れるの、さいっこうに楽しいもんね!」
「そういう事!」
臭い花粉に眩しい大輪、上空からはチュエとかいう奴と似た風貌に代わっていく天使に、地上には様子のおかしい魔女が見える。悪くない、私の力を高めるためにも彼女へのアピールポイントにするにも絶好の機会じゃない。
「お前達の業績を全部、私の力に変えてあげる」
カットし焼いては蒸して燻す。煮込んで炙って揚げて彩る。
ゲテモノ料理もいい経験。
お前たちを私たちで調理して、腕を上げてやろうじゃないか。
「「圏域外派だけに功績は譲らない!」」