「その子もしかして男の子!?いいな、私も欲しい!」
「っ……」
「しっかりしてミコくん!もう血は要らないから気絶しないように意識を保って!」
意識が薄れる。残り何回血液を渡せるだろうか。
川辺での接敵は相手に有利な環境で、花を肥やすための水分が幾らでも利用出来るせいで幾ら刈っても焼いても無尽蔵に雑草の如く生えてくる。もうこの黄色い花には見飽きた、うんざりだ。
「てっきり回復魔法の使い手かと思ったけど血を圧縮してるだけっぽいし、そうなると異性の体液による魔力回復しかないよね?ちっちゃくて可愛いから女の子かと思ってたから私びっくり!」
「(ミコさんが男性とバレた以上身柄を誘拐される可能性もある、その場合ゲームエンドですわね。花の処理は間に合わない、ムネメさんは物量戦が不得意で私とリーベさんは魔力をかなり消耗してしまっている……)」
「チッ……」
じわじわと闇が押し寄せる。
手足の感覚が消失して寒さが全身を襲う。
僕たちはここで花の贄になるのだろうか。
『鳥は卵の中からぬけ出そうと戦う』
真っ黒な世界の中でただ一人プロトの声が頭に響く。
『卵は世界だ』
彼女は学園のまだ僕が存在を知りもしないどこかにいて、そこから声をかけている。あるいは僕の意識に光を投げている。
『生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない』
ぼんやりとした視界には黄色い花で埋め尽くされた世界が広がっていて、そこには身体から花が生え、力なく這いつくばる大切な人たちがいた。彼女たちは杖を立てはするけれどそれ以上起き上がる事が出来なくて、僕は同じ視線の高さからその光景をただ眺めている。
『ジロフソニアも、わたしも、きみも、そしてきみの友人たちも。魔女はみな生まれようとする鳥だ。鳥は神に向かって飛ぶ』
自分勝手な神に、僕たちが向かう?
『結局のところ利他というものも利己なんだ。他人のためと言っても本当に他人のためになるかなんて分かりはしない、だから例外なく魔女たちは己の利他利己の価値観を極限にして、自分の延長線上にいる神へと向かう事になる』
ならジロフソニアは何を破壊するの?
『花のない世界だろう。無いものがある世界を創ろうとするのならば、無いものが無かった世界は打ち壊される。今こうして、花のある世界へと破壊されているように』
彼女のナイフが白い線で僕の形をなぞり、白い光で僕を塗り潰す。
『生まれようとする世界を拒むなら、その卵を先に打ち砕いてしまえ。生まれようとする命から目を背けるな。きみにはそれが出来るのだから、その手にある選択肢を手放してはいけない』
僕は……
僕は、生まれようとする世界を打ち壊す。
目の前に広がりゆく命を奪い取る。
『生まれるものを奪う事は善い行いではない』
「私」は呟くけれど善悪なんてもう知ったことじゃない。僕が心良いと思って、そうありたいと願って、そうすることこそが重要なんだ。正否も知らない、けれど機会はこの手に握られている。
僕が魔法世界に可能性を見出してリーベさんの手を取ったように、人生に選択の機会が何度もあるというのなら、僕は自分と自分の大切な人のためにそのチャンスを幾らでも使い潰してやる。
皆が大好きだから。
もっと長く一緒にいたいから。
☆☆☆
「まだ……終わってない……」
「え?」
白い光が僕の意識を強引に目覚めさせる。頭は痛いし身体は心底冷たい、魂も打ちのめされて意識が醒めていながらにぼやけている。
「お前の世界は、嫌いだ」
「私は好きだよ?」
「他人に根を張って好きなだけ搾取して勝手に咲く花なんか反吐が出る」
こいつも魔女も母親も大嫌いだ。「私」も嫌いだ僕も嫌いだ、全部嫌いだ。でも好きな人がこの世界にはいる。リーベさん、ムネメ先輩、フレスノ先輩、アン先輩、そしてプロト。嫌いだからこそ好きが分かる。
でも嫌いなものは嫌いだ。
「だからお前を否定してやる」
「ミコさんの魔力が膨れ上がって……」
「あの時と同じ……じゃない、なにこれ」
無尽蔵に湧き出る魔力を彼女たちに繋いで不足を補い立ち上がらせる。例え花に吸い取られようとも一人は風を刃に刈り取って、一人は炎で焼き尽くす。最後の一人も根を引き抜いて、全身を力んで髭根も根絶やす。
そうする内に三重の耳鳴りが轟いて僕は「私」の首を掴んで光を強請る。星の力が必要ならば自分に取り立てその井戸を奪い根絶やすまでに桶を降ろして水を汲む。
「──この音、スアと同じ……!すごいすごい!君、男の子なだけじゃなくて星宿しでもあるんだ、レアもレア!ねぇ、星に咲く花はどんなに綺麗だと思う!?」
「知るか。僕の大切な人がいる世界を壊す、お前こそを打ち壊してやる!」
一の太刀で命が枯れゆき、二の太刀で水が枯れる。
同時に魂が擦り減るけるど次第にそれも和らいでいく。
「滅属性、私の嫌いな属性。ねぇどうしてそんな非道いことが出来るの?お花が可哀想だって思ったことない?皆生きようと必死に背を伸ばしているだけなんだよ?」
「俺がミコに追従して奴の呼吸を乱す。お前らは勝手に援護しろ」
「了解……!」
「分かりました」
大地から大量に魔力が移動して大地に再び大輪が咲き乱れる。なるほどジロフソニアは地脈に根を張り魔力を吸い上げているらしい、道理で馬鹿げた大きさの花を咲かせて学園全体に花と洗脳魔法をばら撒けるわけだ。
「──なるほど、私たちの交戦も無駄では無かった。先ほどまで地脈との魔力のやり取りは分からなかったですから、それが分かりやすくなったという事はそれだけジロフソニア単独での魔力に限界が来ているということ」
「造血開始、タブレット形成。二人とも受け取って!」
「ありがと!よし、魔力さえあれば花くらい幾らでも刈り尽くせる!」
無尽蔵に花が咲いて、その度に刈り焼かれて。
僕たちとジロフソニアとの距離が徐々に近づいていく。
星から汲み出される魔力と地脈から汲み出される魔力は、例えその総量に違いがあっても、同じ時間あたりに汲み出せる魔力量が多くなければ意味がない。
幸い、今回は僕の方が桶は大きく鶴瓶落としも早かった。
「私のサルキックが……はぁ、しょうがない」
「待て、まだ逃げる気!?」
「追うぞ!」
リソース戦はこちらの勝利、彼女の花が咲くよりも早く僕たちの炎と風が届く。四肢の幾箇所かに傷を負ったジロフソニアはよろよろしながらも飛行して、どこかへと逃げていく。
「ふぅ……ふぅ」
「ここはあの一番大きい花の。ねぇジロフソニア、あなた一体何が目的なわけ?学園を襲撃して何になるって言うの?花で満たしたいなら別の場所だってあるでしょ?」
リーベさんはいい加減にしろと言わんばかりに行動の理由を問い詰める。
「ううん、ここじゃなきゃダメ」
ジロフソニアの数から花が咲き出す。
「この学園には神器が眠ってるから、私たちはそれを独占する学園から奪い取らなくちゃいけない。そしてその力で神に昇格するんだ」
「神になんかさせてたまるか。お前は鳥になることもなく卵の中で死ぬ」
「……驚いた、スアみたいな事言うんだね?」
大輪が魔力を大量に吸い上げ大地が揺れる。地脈に最も深く根を下ろしていたのはどう考えてもこの花な事なんて少し考えれば思い至る事だ、先にこの花を刈り取るべきだった。
大輪は花粉を散布する。
「あれを吸わない……ぐ、吸ってないのになんで!」
「ここまで魔力があれば触れただけで力を発揮するように出来るんだよ」
誘い込まれたという事だろうか。花粉の散布と同時に僕たちは膝をつく。魔力量の関係で僕だけ比較的マシな状態だが、完全に意識を乗っ取られるのも時間の問題かもしれない。
またぼんやりとした視界の中、大輪の根本に誰かが見えた。
「──気骨を見せな小娘ども。お前たちの紀行はそんなものなのかい?」
「「……!」」
僕とムネメ先輩はその声に膝を立てる。
そうだ、その程度の干渉に屈服なんかしてたまるか。
自分のために他者を守ると定めたのなら、その意思を貫き通せ。
「ミコ、力を貸せ」
「先輩……いや、師匠からそんな言葉聞くなんて思わなかったですね?」
「はっ、生意気言うようになったな。ふー……」
震えるタバコに火が付いて、その灰が落ちる。
「流石にそっちは無理だよ。てっきり私を狙うかと思ったのに」
大輪の根本に行き着いて、彼女の棍に魔法を乗せる。重量、力、貫通、破滅、衰退、あるだけ攻撃になりそうなものを全て託し、魔力を乗せる。託されたものが多いほどに、託された者は動けなくなる。それでも先輩は己の全てを背負い切り。
「目に焼き付けろ、ミコ。」
棍を振り抜いた。
パリィィン。
花の茎に全力の一撃を放つのと同時に、空間全体に亀裂が走る。茎も、花弁も、土も花粉も、空気諸共が悉くボロボロとバラバラに崩れ落ちる。
「──空間撃。」
「見事!」
巨大な花びらが頭上から降り落ちる。背後から斬撃と炎が飛び来てその瓦礫を取り払い、振り返れば得意げな顔をしてリーベさんがジロフソニアを取り押さえていた。
「え、ど、どういうこと?なんで?なんであの花が折れたの?おかしいおかしい、あのサルキックは特別なのに、地脈に根を下ろして自己防衛能力だって持たせた改良種なのになんで、それも一撃で??」
「拘束完了、容疑者確保!」
理解不能な様子のジロフソニアを他所に地脈との接続を切り、リーベさんの風魔法で空間内の花粉を分断して浄化を行う。
しばらくすると「天使」の襲撃も止み、各区からフレスノ先輩を介して状況が伝わる。大勢の負傷者、死者までも出ることになったが、それでも事態は解決を見せたとのこと。
花の根本にいたライゼンデさんはいつの間に姿を消して、次に会うのはこの事件のより根本的な元凶との対峙の時だった。
「うぐぅぅ。つ、疲れた」
「わ。大丈夫?よしよし」
周辺の安全が確保された段階で星の力が鳴りを潜め、急激な疲労が全身を襲う。思わず崩れる僕をリーベさんは慌てて抱きかかえてくれる。
「くぅ……くぅ」
「寝ちゃった……」
甘い匂いが鼻腔を満たして微睡に落ちる。
あいつは花のために、僕は大切な人のために戦って、その成果が今この穏やかな時間として実る。勝ったし役には立ったのだから少しくらい甘えてもいいだろう。
勝利の午睡は格別に幸福だった。
一旦これで前半終了になります。
また作り溜めしてから投稿再開させていただきます。