湯気が立ち昇る。
ガラスのポットが紅く溜まって、その奥には待ち遠しくテーブルに顎を載せる三人の先輩の姿が透けている。その姿はさながら、笑顔の可愛い団子だ。
「早く、早く〜♪」
「お菓子は準備万端ですよ!」
「えへへ……」
それぞれのカップへ紅茶を注ぐ。
カップは各々が持ち寄ったもので、皆んなの個性が出ている。
リーベさんは緻密な装飾の入ったティーカップ。
フレスノ先輩は茶渋が残ったままの無地のティーカップ。
アン先輩は猫型の小さな透かし穴の入ったマグカップ。
……フレスノ先輩には茶渋を落として欲しい。
ちなみに僕のは青色のマグカップ。
取り急ぎ購入した安いやつだけど、安いのに中々頑丈でいっぱい入るから気に入ってる。
「圏域外派が学園の防衛に活躍した事を祝しまして~!」
「それでは〜?」
「「「女子会、スタート〜~~!!!」」」
「……ふっ」
そうしてお茶会ならぬ、女子会が始まった。
離れた席に座るムネメ先輩は自分でお茶を入れて啜りながら、必然的に孤立する僕を見て鼻で笑い、タバコを咥え煙を吐く。
なんで
「あははは!え〜、フレスノちゃんそんなデートしてたの?」
「いやぁあの時は危うく見つかりかけましたね、ははは!」
「わ、笑い事じゃないよ……!」
話の話題は転々としている。
クラスで話題の子の話から始まれば、授業妨害する子の愚痴に移り、かと思えば流行の服や魔法道具の話題に変わり、今はこの前のフレスノ先輩との盗聴デートの話がされている。
僕はその中で肩を窄めながらひたすら給仕係を務める。
肩身が狭い。変に話題振られても困るからこれでいいけど!
「ミコくんはどうだったの〜?フレスノちゃんとデートして〜」
「うぐっ」
「うぐってなんですか〜?ほれほれ言ってくださいよ、まさか女子会に拉致されて何も関せずに済むと思っていないですよね?ミコくんは今、虎に囲まれたうさぎなのですよ!」
「私は虎じゃない……!」
アン先輩はそう言うものの、やっぱり気になるといった様子で、三人の視線が集まる。虎と言うがこれは狩りではなく獲物の足掻く様を見て遊ぶ極悪非道の遊戯だ。
「けほん……まぁ、ちょっとかっこよかったです」
「……かっこよかった?可愛かったではなくてですか!?」
「あははは!」
「いやその、怒らないでくださいね。フレスノ先輩って女の子らしいというよりも、情熱を注ぐ男らしさの方があるんですよ。研究への意欲と度胸と言ったら現代社会のそこらの男よりも強いって断言出来ますし」
「え、これ私褒められてますよね?褒められてるんでいいんですよね??」
「いひひひ!や、やめてミコくん、笑いすぎてお腹痛い!」
リーベさんは笑いながらお茶を飲み、無事むせて苦しみだす。
「後は……そうですね、堂々としていました。盗聴もそうですけど自分の魔法に自信を持っていて、でもそれは過信しているわけではなかったから逃げる事が出来たわけで。だからやっぱりフレスノ先輩はかっこいいに分類されるんですよ」
「分類って何ですか!」
「ただ酒癖は悪いですね。」
「み、ミコくんの感想聞いてるとフレスノ先輩、おじさんなんじゃ……」
「ブハッ、ごほっごほっそんな……!」
アン先輩がそう言うとフレスノ先輩もむせ始める。
おじさんというには可愛すぎるとは思うが、調子に乗りそうなので言わない事にした。
☆☆☆
「────へぇ、アンの実家はフランスって国にあるんですか」
「うん。私の住んでた地域は都市部の外れだったけど、観光客も結構来てたよ」
「もしかしてパリですか?」
「ううん。マルセイユっていう港町だよ。ミコくんは日本だっけ……いいなジャポン。スシにニンジャにハラキリ、マンガ、アニメ……」
「マルセイユ……うーん、単語だけしか浮かんできませんね。あとハラキリはそんな憧れるような文化ではないと思うんですけど」
早くも一時間が経ってから、次にそれぞれの出身地の話になった。
フレスノ先輩は内地でごく普通に生まれ育ち、リーベ先輩は圏域外の更に奥地のとある街で生まれ育った。その街が滅んだことは……この場では口にしなかった。
「正直、あんまり治安は良くなかったけど……近所の皆で協力して麻薬の反対運動とか色々してたみたい。それのお付き合いで誰かのお家に集まってパーティなんかもしたよ、近所のおばさんが作るブイヤベースはとっても美味しかったなぁ」
アン先輩はブイヤベースの味を思い出してか、顔が綻ぶ。
治安の悪さよりも美味しかった味に顔色が動くのは、先輩が心優しい人間である事と……彼女にとって治安の悪さはあまり実感が湧かない事だから、かもしれない。
「ミコくんはどうだったの?ジャポンの……トウキョウ?」
「いえ、東京ではなくその近くにある神奈川で育ちました。僕も神奈川の外れです、都市部よりも郊外の方が家賃が安いからって母親は言っていましたね」
「そういえば神奈川って書いてあったっけか」
「リーベさんと初めてあった場所でもありますね」
「……えへへ」
あの場所はどんな場所だっただろうか。
学校に通い、家に帰り、買い物をして、料理をする。
規則立った世界の流れに乗っていた事は間違いない。
生きるのに少し苦労はしたけれど、麻薬のような話は学校の友達からも聞かなかったような気がする。横断歩道で止まってくれない車もいたけれど、それは「治安が悪い」とはまた違った悪さだと思うし。
それ以上思い出そうとすると、軽い頭痛と一緒に自分が過ごしていた世界にモヤがかかった。
それでも確信が持てるのは……僕にとっての物理世界は、どれだけ街灯が夜を照らして看板が綺麗なアニメーションを映していても、酷く色褪せた薄暗い世界だったという事だろう。
「日本はアン先輩が言ったような麻薬だとか治安の悪さとは少し遠い国でしたね」
「そうなの?でもミコくんと会った時はガリガリだったよね、血色も悪くて病気もしてたし。貧困なのに治安が良いってなんだか変じゃない?貧しくなったら争い奪うようになるのは物理世界もじゃないの?」
「うーん」
実際のところ僕は母親相手に窃盗はしてたわけだが、お店から奪おうとは思わなかった。
銃が無いから?戦争に負けたから?平和憲法?
色々と考えてみるけど、明確な理由は思い浮かばなかった。
「どうしてでしょうね。でも僕も盗みはした事ありますよ、母親相手にですけど」
「お、お母さん相手に?」
「親がご飯を作ってくれないので財布から抜くしかなかったんですよ。そのお金で自分で食材買ったり服を買ったりして何とかやってました。まだ働いちゃいけない年齢でしたしね」
「「……」」
……生い立ちを話せて少しスッキリしたけど空気は悪くなった。
いやそうだよね、当たり前すぎる!
「けほん。えっと、茶葉変えましょうか」
「えぇお願いします。けどせっかくですし、話題は変えずにそれぞれの事情でも話しましょうよ」
フレスノ先輩は気まずい空気を気にする事なくカップを掲げる。
「リーベ先輩の顔からして、ミコくんの事情は先輩知ってたんでしょう?それはズルですよね~?私はそんな苦労したって程の事無いですけど、アンの故郷の話もリーベ先輩の故郷の話もあんま聞いてないですし。いい機会じゃないですか?」
「うーん、私の話は面白くないよ?」
「ほらほら聞きましたかミコくん?リーベ先輩も"面白くない話"を持ってるらしいですよ。知ってますか、本人が面白くない話だったり気持ちよくない話だって言うのは大体の場合、本人は聞いて欲しいものなんですよ~」
「「……」」
いやまぁ、その通りなんだけど、こうまで清々しく言われると苦笑いを浮かべるしかない。
「言いだしっぺですし、皆さんと違ってそんな重くもないですけど私から話しましょうか」
フレスノ先輩はそう言ってクッキーをつまみながら前に僕にも教えてくれた事を話し始める。
「リーベ先輩に圏域外派に誘われる前まで、アンに変装道具を作って貰う前までですね。私は音属性に適性があるってだけで虐められてたじゃないですか。あれ、今でもちょっと怖いんですよね」
「今でも先輩、粉を持って行ってるもんね……わ、私はいつも使っちゃってるけど……」
「アンにはいつも世話になってますね。今は使わない事も多いですけど、やっぱり怖いものは怖いみたいでこれが手元にあるだけでちょっと安心できるんです。はい、私のちょっとした苦労話はこんな感じです」
「先輩にとっては本当に"苦労話"なんですか?」
僕の問いにフレスノ先輩は片眉を上げながら答える。
「えぇ、単なる"苦労話"です。怖いは怖いですけど……何と言いますか、私にとっては解決手段が手元にあるのならそれで本当に平気なんですよね、不思議なことに」
「そう思うと……私もずっと変身パウダーは使ってるけどちゃんと授業行けてる……」
「きっと私の心は水はけがいいんでしょうね。ずっと水責めされたら困っちゃいますけど、きちんと水を抜ける環境があるのならそれで平気なのだと自分で思ってます」
「はっ……なら
「ムネメ先輩ご名答~!」
フレスノ先輩はカップをムネメ先輩に向けて同意する。
水はけの良い心といってもきちんと苦しみはあるって言ってるし……
でも、そうやって言い切ってしまえる所がやっぱりかっこいいよね、フレスノ先輩って。
「はい、じゃあ次はリーベ先輩ですよ。先輩は?」
「私は……魔女の圏域の外の、更に外側で生まれ育ったんだ。小さい頃に魔法生物の群れに呑み込まれて、無くなっちゃったけど」
恥ずかしそうに頬をかきながらリーベさんは話す。
僕だけが……その日、雨が降っていた事を知っている。
「その時、私はたまたま山に山菜採りにいっててね。きっと街を離れていた人は他にもいるだろうけど、少なくとも家族の中では私だけ生き残る事になっちゃった」
「ふむふむ、それで小さい頃の先輩はどうしたんですか?」
「どうしようも出来なかったよ、どうしようも出来ないからずっとポツンと佇んでたら、何日も経ってから、当時遠征に来ていたニヴルヘイムって家の人が私を拾ってくれて、そこからニヴルヘイムの家で厄介になったの」
「それは初耳ですね」
「ん、そういえばそっか。ミコくんにもニヴルヘイムのお家の事は話してなかったね」
フレスノ先輩のアイデアはやっぱり良いアイデアかもしれない。おかげで独りになった小さい頃のリーベさんのお話が聞けるわけだし。ススピロが、姓は家が無ければつかないって言ってたからリーベさんの姓は少し気になっていたんだよね、ニヴルヘイムって確か北欧神話の何かだった気がするし。
「ニヴルヘイム家は圏域外に領地を持つ魔女の一族でね、内地からは一応辺境伯って扱いにはなってるけど、普通の辺境伯とは扱いがちょっと違うみたい。私はその時の当主のおばさんに魔法の才能があるって言われて、お家の方に引き取られたんだ」
「ほほぉ。流石と言うべきか見る目がありますねぇ、そのおばさん」
「あはは……ただ、その時から魔法生物の事が私、許せなくってさ。ちょっと力がついたら傲慢になって、家を飛び出して故郷の所に行っちゃったんだよね」
「リーベさん、小さい頃からかなりアグレッシブだったんですね?」
「ちょっとミコくん〜、今は落ち着いた淑女になってるでしょ〜?」
「……」
「え、な、そうだよね!?急に黙らないでよ!?」
けほん、と一つ咳をしてリーベさんは続ける。
アグレッシブなところは変わってないと思う。
魔法というものを信じて貰うために初対面で水をぶっかける人がいるだろうか。
「まぁ、幸か不幸か無事に故郷には辿り着けてね、形だけでも魔法で再現して、周囲にいる魔法生物に喧嘩吹っかけてたら魔法を教えてくれてた先生が追ってきていてね。連れ戻されたよ」
「やっぱり今でも変わってないですよね先輩」
「変わらない……」
「変わってないな」
「あはは」
「味方が一人もいない!?ひ、酷いよ〜!」
はぁ、とため息をつきながらリーベさんはお茶を一口服む。
「ま、それからもちょくちょく抜け出しては魔法生物を狩ったりしてね。背が大きくなってきた頃、大量の魔法生物がニヴルヘイム領に押し寄せたんだけど、それを狩り尽くしたら当主様に『お前、内地でも行ってこい』って急に言われてさ」
「追い出されたと。」
「でもニヴルヘイムの姓を名乗っていいって言われたから、あの人の考えはよく分かんないんだよね。ま、おかげで皆と出会えたわけだし結果オーライなんだけど」
至極上機嫌そうにそう言って、また一口お茶会を服んだ。
「結果的にはその当主様のおかげで僕もこちらにこれたわけですね」
「あ、確かにそういう事になりますね?ニヴルヘイム卿、ナイスです!」
リーベさんが故郷を失った事でニヴルヘイム家に拾われて、リーベさんが動き続けたから内地に送られて、内地に来たから僕が拾われて……人の縁というのは分からないものだ。
「つ、次は私……えっとね、私学校では虐められてて……学校に行きたくなくなってもパパとママ、お家にいる事を許してくれて、気にかけてくれて、優しかったんだけど……」
「けど?」
「魔法学園からの案内が来た時は、ついていっちゃダメって頑なに反対してて」
「常識的な反応ですね、先輩の親は良いご両親じゃないですか」
「で、でも私は行ってみたかったの。だから、だから……パパもママも嫌いって言って、家を飛び出して来ちゃったんだ……え、えへへ」
「「……」」
これ、もしかしなくても物理世界では失踪扱いなのでは?
アン先輩は違うと思ったら、アン先輩もアン先輩でかなりアグレッシブだぞ。
意見が合わないなら家を飛び出すって、中々肝が座っているような……
「で、でも行きたかったんだからしょうがないじゃんっ……!」
「先輩、帰省してます……?」
「物理世界から来た子で物理世界に帰省する子、何人か見てるけどアンちゃんが帰っている所は見たことないような。そういえばそうだよね、物理世界にも家族いるもんね」
「で、してるんですか?アン」
「…………」
アン先輩はそっぽを向く。
これは完全に帰っていないな。
「アン先輩、良いご両親なら家族は大切にしましょうよ」
「うぐぅ……で、でも喧嘩して別れちゃったから帰りたくなくてぇ……」
「はあ、これは適当なタイミングを見てアンを引っ張って行く必要がありそうですね」
「誰か一緒に来てくれるなら頑張って帰る……」
フレスノ先輩がアン先輩に説教をする姿を僕たち三人は笑って見る。
リーベさんとムネメ先輩ががどう思っているかは分からないけど、正直、良い両親を持てたアン先輩の事が妬ましい。馬鹿らしいけど、昔から幸せそうな家族の話を聞くたびに胸の内が締め付けられた。
だからアン先輩にはちゃんと親孝行して欲しいよね。
自分でその縁を切ってしまうようなことはしないで欲しい。
僕にはなくて他人にあるのなら、せめて失う事がありませんように。
こんな嫌な思い、他の人にも味わって欲しくなんかないから。
お茶会はそのあと、一時間ほどまた話し続けて終わった。
最初は居心地が悪かったけど、話をする場所だって事に気がついてからはそんな気持ちもなくなってしまった。愚痴も混ざっていた。でも、母親の愚痴を聞くのとは違って、不快感はなかった。
僕は寝る前にその違いに気がついて、疑問が解決しないまま眠りに落ちた。