「最近色々ありすぎてプロトと会うのがすごい懐かしく感じる」
「ふふ、わたしも」
「ジロフソニアの時はありがとうね、プロト」
僕の部屋で、プロトの二人だけのお茶会が開かれている。
お茶会の話を振られた時は酷い顔色をしていたけど、今日来た時は良い色に戻っていたからちょっと安心。困ってる事があるなら話を聞く良い機会になるしね。
最近はどう?とか、何食べた?なんて。当たり障りのない話をする。
僕も彼女も人とは違うけど、だからかな。違う者同士で共有できることがあると、それがどうでもいい事であっても、なんだか嬉しくなる。
「ミコ」
「なぁに?」
僕から話していると、ついにプロトから話しかけられた。
「今日は色々聞いてほしいの」
「そう。どんな話?」
軽く流しながら、二人のお茶を注ぐ。
何も気にしていない風を装って、出来るだけ話しやすいようにしたいから。
「先ずね……わたしの名前、本当はプロドスィアって言うんだ」
「プロドスィア。」
「そう。意味は裏切り。酷いでしょ?この名前をつけたのも、学園ではプロトって名乗るようにさせたのも母親なんだ。ただでさえ酷い名前が今度は半分だよ」
「それは……確かに酷い。その、親がする事じゃないと思う」
「でしょう?」
プロドスィアはくすくすと笑う。
僕は彼女みたいに自分の負ったものを笑えるのかな。
「それでね、小さい頃から母親の魔法で、母親の色んなものを押し付けられたんだ。自分よりも大きな存在に押し潰されている勝手に入り込んでくる感じで、心がぐちゃぐちゃになって辛いし、気持ち悪かった」
「……色んな、もの?」
「記憶、憎しみ、愛着……あの人の故郷は神が誕生したその余波で亡んでしまったらしくてさ、だから神様を憎んでて、亡んだ故郷を何十年もかけて再建したんだ。まぁ形だけだったけど」
「……」
絶句だった。
断言出来る、プロドスィアの親は僕以上にクソだ。
僕以上に酷い子供なんているって思っていたのは自分の慰め半分だったけど、それは本当だった。思想を押し付けて、自分の故郷を作らせる……?
「ふざけてる」
「うん」
プロドスィアは嬉しそうに笑って続けた。
「それでね、その人ってばわたしに全部押し付けたら魔法の作用で、私に押し付けたことをぜ〜んぶ忘れちゃってんの。故郷が完成した時なんか『スア、無理してはダメですよ』だとか『綺麗なお家作れたね』とか言うんだよ?あ、スアっていうのはもう一つの名前ね。スィアの部分」
「全部一人で?」
「うん。まぁ、完成してから壊したけどね。その時は……喪失感もあったけど、達成感もあったかな。スッキリもしたし、悪くない気持ちだった」
「……その、ごめん。上手く返せない」
何故か僕が悔しくなって、涙が出てくる。
なんで彼女がここまでしなくちゃいけないんだ?酷い名前をつけられて積み木を積まされて……何故生まれただけで罰を受けなきゃいけないんだ?
「大丈夫。それでね、次は復讐をしにいったの。200年前の事で、その故郷を助けなかったからって理由で、助けなかった国を200年越しに亡した。その時もスッキリしたけど、酷い吐き気がして気絶するまで吐いてたかな」
「……今は、どう?」
「分かんない。わたしの持ってる記憶も、感情も、全部偽物みたいに思える。でも人を殺した事実は変わらないし……結局、植え付けられた憎悪はそのままある」
「『白い血』の時の……」
「そう。あの時ね、ミコが星を見せてくれたのも、わたしを否定してくれたのも、本当は嬉しかった。否定されてムカつくって思ったのと同時に安心したの」
プロドスィアは味を確かめるように記憶をなぞって、お茶を一口服んだ。
「ん、おいしい」
「最近手に入れたお茶なんだ。去年までの流行りだったらしいよ」
「へー。ミコってお茶好きなの?」
「うーん……好きかって言われたら好きかも。味のあるお湯って思うと美味しいよね」
「ふふっ」
いつも以上にプロドスィアは語ってくれて、素直な顔を見せてくれる。
信頼されている事をとても嬉しく思うのと同時にちょっと、怖かった。
これが遺書みたいな気がして……
「七つ目の国はね。わたしがそうしたいと思って、亡した」
「どうしてそう思ったの?」
「その国はね、ミコと同じ天星者がいたの。でもあなたみたいに制御は出来なくて、危険視されて捕えられてた。その上で魔力を搾り取られてたんだ。しかも、体液を介した方法で。技術力が低いからその国にはそれしか方法がなかったんだ」
「……その子は、どうなったの?」
「どっちを先にするかは悩んだけど、全てを火に沈める前に……殺した」
プロドスィアは短剣を見せる。
それは彼女が魔法で作ったナイフと全く同じ形をしていた。
「それが……キミにとっての始まりだった?」
「……うん。」
プロドスィアはその短剣をテーブルの上にそっと置く。
短剣はよく手入れがされているのか、あるいは魔法の力なのかは分からないけど、錆も刃毀れもない良い状態をしていた。装飾もない酷く地味なものだけど、大切している事は一目で分かった。
「その時に、わたしは他人を妨げる存在だって思った。発展を妨げ、願いを手折り、死を振り撒いてる。しかも自分の意思だろうとそうでなかろうと」
「それは……違う。絶対に違う」
「違わないよ」
「僕がキミだったら、きっとそうしていた。他人から植え付けられた憎悪のままに人を殺して、他人のために人を殺してた。そんなレールを敷かれたら誰だってそうなるよ!」
「確かにミコは違う。天星者だから自分を曲げられない」
「そ、れは……」
「ふふっ、ごめん。意地悪しちゃった」
彼女は舌を出して僕を揶揄う。
どうしてだろう、彼女は言葉を吐き出すほどに軽くなって、僕の心は不安で沈んでいく。人の心が軽くなるのは善い事のはずなのに、彼女はこのまま飛んでどこかに行ってしまいそうで、留まって欲しいと願ってしまう。
彼女は目を閉じる。
次に発せられた声は満ち足りたかのように柔らかい声だた。
「わたしは……自分を『悪性』の星だと定義した。自分の憎悪の真偽も分からないけど結果が消える事はない。でも、力は使いようで他人を妨げる事で人を救う事ができると、わたしは信じている」
耳鳴りがする。
どうか暗いままでいてください。
「こんな言葉を知ってるかい?『卵は世界だ、生まれようと欲するものは一つの世界を破壊しなければならない。鳥は、神に向かって飛ぶ』」
耳鳴りがする。
どうか大地に彼女を留めてください。
決意した彼女を止める事は出来ない事は、僕が最も分かってしまう。
だから他者の願いを受け止めるための存在が、誰にでもなく祈ってしまう。
「……お願い、踏み止まって」
「でもね、わたしはこう思った。『ならばわたしは硝子の天幕を張り巡らせて、飛びゆく鳥が真なる天へと辿り着けないようにしよう』ってね」
最後の耳鳴りがする。
彼女は光の翼を広げて天井を突き破り、見上げる星になる。
同時に大地が揺れて、何か爆大な存在が地中より突き破ってくるのを感じる。
もう後戻りが出来ない何かが起きている。
彼女は心残りがないように僕のところにきていた。
「待ってよ」
「ごめんね、ミコ」
「まだちょっとしか」
「これがわたしの選択なんだ」
「ちょっとしか、話し合えてないじゃないか……!」
一人になってしまった僕の部屋。
そこには短剣が一つ、遺されていた。