「待ってよ!」
プロドスィアは地上より遥か上空で一人、光の翼をはためかせている。
彼女はその手に魔力の縄を握っていて、それは地下から今まさに突き上がらんとするナニカと繋がっているのだろうと予想するのは必然的だった。
僕は彼女を追いかけて空を飛ぶ。
雲を越えた先の空は酷く寒かった。
「待たない。それに待てない」
「なんでだよ!それに、待てないならどうして僕に話したんだよ!?」
「わたしが最期に、あなたと話したいと思ったから」
彼女は寂しそうに笑う。
「わたしは。そしてわたしたちはヤルダバオート・パリセード。共通の目的のために手を取り合う魔女たち、サバトの素月。逆に言えば、わたし一人が止まったところで意味がないんだよ。わたしは彼女らのまとめ役で、この計画の立案者だったけど、目的達成が見えてしまった今、もうわたし一人が彼女たちを止める事は出来ない」
「なら、なら!僕たちも手伝うから一緒に────」
「ううん。それは出来ないよミコ。わたしには責任もあるし。ヤルダバオート・パリセードを作ったのも、この学園に眠る神器を簒奪する計画を作ったのも、わたしだから。ある者は恥を捨ててでも生き延びろと言ったけど、それは無理な相談なんだよ」
「どうして……」
「きみと、きみたちと一緒に過ごしたい気持ちはある。でもこう言ったら分かるんじゃない?この選択がわたしの世界なんだ。これが、今、わたしが最も欲して、最も自然であると感じて、最も選ぶべき選択なんだ」
そう語る彼女の瞳は今までで最も強い光を放射していた。
星の光は意志の力。
だから彼女の言葉は嘘偽りのない真実だった。
その行動がどれだけ不自然に見えても、どれだけ根拠に欠けているとしても、僕には理解してあげる事が出来る。その行いの根源は彼女という星が彼女という存在そのものだから。
人が持つ三大欲求に、もう一つの概念を突然追加されたら誰しも困惑すると思う。あるいは拒絶反応を起こすかもしれない。だって、昨日までそれが当たり前じゃない記憶があるのに、それが当たり前だって経験をするから。
けど、それを自ら望んで得たとしたら。
それが当然の理であると確信しているとしたら。
周囲の世界と自らの世界が異なると理解した上で、それこそが揺るぎない真理であると選んだ道なら、そう成った時からその先の未来まで、自分の未来を過去の自分が剪定する事になるだろう。
僕は初めから道が決められて、その道を必死で逸れる。
彼女は後から道を自ら定めて、その道を必死で駆ける。
「あはは……酷い顔。せっかく可愛い顔してるのに、台無しだよミコ」
彼女は自分が定めた「悪性」というルールに則っている。
彼女の定めた「悪性」も僕たちが思う悪性とは異なるものだろう。
彼女がそれに対する真剣さも、そこに自ら引き寄せられてしまう力も。
僕には理解出来てしまうから。
「っ」
だから、僕には顔を歪める事しか出来ない。
「ふぅ、やっと引っ張り出せた。学園長の空間魔法ってとんでもないね」
大地から膨大な魔力の縄が手繰り寄せられて、プロドスィアの手にはちっぽけな球体が納められる。それは人のものと同じような一つの眼球で、涙を流していた。その涙は一滴一滴が大河のような、膨大な魔力を孕んでいた。
「魔法道具と呼ばれるものの中でも最上級、あるいは外れた位置に類するもの、それが神器。これは『脈打つ瞳』というもので、この学園が冠する神の眼球であるとされている」
その眼球はその言の葉通り、脈を打つ。
血管、拍動といった脈ではなく、膨大な魔力の流れという脈を。
「今や神器はわたしの手に渡った」
「何をする気なの」
「さっき言ったでしょ?わたしは硝子の天幕を張り巡らせて、飛びゆく鳥が真なる天へと辿り着けないようにする。この世界に新たな神が生まれないように、魔女が神へと至るための道を閉ざす」
「その願いは他人から押し付けられたもので、君の願いは違う」
「はっ、どうしてわたしの願いがきみに分かるのかな。きみはきっと『善性』の星だろうに。管轄違いのお門違い、人の願いをそう簡単に否定しちゃいけないよ」
違う。
プロドスィアの本当の願いは絶対に違う。
「本当の願いなんて分からない、でもそれは嘘だ!」
「嘘をついていたら光は使えないよ、ミコ」
根拠もない、ここまで来てしまって否定する必要もない。
でも彼女の願いが嘘な事だけは分かる。
「……頑張ってるね、きみのお友達、それに恋人」
彼女は地上を見つめる。
各地でリーベさんが、ムネメ先輩が、先生が、ヒルフが戦っていた。
相手は見た事のある人だったり、見た事のない人だったりする。
それも直に雲が押し寄せて、僕たちと地上とを隔ててしまった。
「止めてみせる」
「不可能だ」
止めなければいけない。
光の剣を作るのと同時に、剣が砕かれる。
彼女は神器から出る魔力を完全に掌握して、僕とは天と地程の力の差があった。
それでも剣を作る。
砕かれる。
十を超え、百に至り、千になっても。
初めて出来た友達に、遠い場所へ行ってほしくないから。
止めないといけないから。
「くそっ……!」
「ふふっ」
けれど、彼女には手も足も出なかった。
──────
────
──
「ねぇミコ。わたしたち、友達だよね」
「はぁ……はぁ、そうだよ!」
「どうして友達なのにわたしたち、杖を向けてるんだろうね」
「それは、止めないといけないから」
「どうして?」
「争うのも搾取するのも僕は嫌いだよ、神様が人の経歴を勝手に記して広めるのも酷いよ。でも、プロドスィアが変える世界は人が前に進む事を阻むんだ。だから……」
当たり前の事を自分で言っていてバカらしく感じる。さっきまで僕は彼女の話の何を聞いていたのだろうか?彼女は親にそうしろと洗脳されて人を殺して、自ら立てるようになった時には自分が人を阻む存在だと思ってしまった。
「……いや」
それに。
そんな小難しい事は「私」が考える道理だろう。
「僕」が望む事はそんな事ではないはずだ。
「ただ、君がこのまま進んじゃうと二度と会えなくなってしまうと思ったんだ。神になるとしても、魔女に狩られてしまうとしても、何を選んでもお別れになりそうなのが嫌なんだ。君は同類で、他人に理解出来ないことがあるって事を、理解出来る人だから……だから僕は君を本当の友達だって思ってて、その、お別れしたくないんだ」
そうだ、僕はただ友達と別れたくないだけなんだ。
リーベさんが例え復讐心に勝てなくても共に歩いて僕が彼女を止めるように、プロドスィアが例え過去の罪悪を持っていたとしても共に歩いて彼女が思う贖罪をすることだって出来るはずだ。
「きみ、そんな饒舌だったっけ……?」
「うるさいなっ!自分の気持ちを言語化出来ないと相手に伝える事なんて出来ないだろ!というかさっきのお茶会だって僕も話したいことあったのに、そっちが一方的に話し終えて飛んだんじゃないか!」
「は、ははは。いやその……それはごめん」
「ふんっ」
彼女の酷い態度に腹を立てつつも、ふと頭の中に疑問が浮かぶ。
無駄な抵抗をして話をして、時間はかなり経ったはずなのに、プロドスィアには何の変化も見えなかった。神になるとどうなるかなんて知らないし、そもそも時間がかかるものなのかもしれないけど……
「あれ、止めるの諦めたの?」
「違うし」
どの道でも選択肢が変わらなくて時間の問題だとしたら?
僕は後悔のない選択をしたい。
彼女が自分の過去を話してくれたのなら。
それなら……
「違うけど、手を出すのは早かったって反省しただけ。それにどっち道止められないならせめて話をした方がいいなって。そっちだけ話してこっちが話せないままお別れなんて、なんか気持ち悪いし不公平だ」
本当は引き留められるものなら引き留めたいけど。
「僕の愚痴も聞いてよ。稀懸覡っていう男の子の話を」
「……え?きみ男だったの?」
そういえば男って言うの忘れていたなと思いながら、空の上でもう一度話し合った。