「親に勝手な期待をかけられて最後には視線も無くなるなんてね」
「無くなったのはお父さんの視線だけだけどね。お母さんからは……こっちに来るまではずっと恨みがましい視線に変わって続いてた。それも、最近は他に熱中してるのか押し寄せてくる事は殆ど無くなったけどね」
「期待も恨みも願いも、あるのと無いのとどっちがマシなんだろうね?」
僕もプロドスィアも乾いた笑いを浮かべる。
「……正直、辛かったよ。今でも辛い。結局のところ僕が期待を裏切って両親だけでなく、赤の他人の大人からの関心を手放したわけだし。自分が行動してその結果っていうのが、何ともね」
「そうだね。わたしも辛かった。今もこうしてソラを睨んでも、湧き出る怒りが偽物でしかなくて、手に残った赤黒い感覚はずっと残ってる。僕たちに選択肢なんて初めから無くて、初めて選択が出来るようになった時には自分たちの道はもう勝手に敷かれているんだ」
「似たもの同士だよね」
「そうだね。ふふっ傷でも舐め合う?」
お互いの一挙一動一言が自嘲に他ならない。
お互いに自分の道を歩いて、ある一定の線を超えてしまっているから。
星である以上、彼女は決断を済ませている。
スタートラインがどれだけ劣悪でも、ここまで来てしまった以上彼女に引き返す事は出来なくて、僕が同情を誘っても全てを捨ててまで人として歩く選択肢は選べないんだろう。
それでも。
「そろそろ……お別れだ、ミコ」
「いやだ。」
彼女と正面から向き合う
「脈打つ瞳」が彼女の体に吸い込まれるように消えて、翼がより大きくなった。
時間は残されていない。
「……効かないってば」
剣を作り、魔法をぶつける。
全て黒い線で塗り潰されてしまう。
手も足も出ない事は変わらない。
それでも。
もう一度立ち向かってやろう。
十を挑み、百を越え、千を砕かれ、万に立つ。
もう彼女と向き合う上で影は無いから、体力魔力気力の限り挑み続ける。
「ねぇミコ。せめて見送ってよ」
「嫌だ。」
『そうだ。彼女を見送る事は出来ない。魔女と神を隔てる事は、一つの可能性を摘み取るということ。神への道に如何なる犠牲があろうとも、その犠牲が善では無かろうとも、可能性を閉ざす事は許しては────』
「お前もうるさい!」
プロドスィアの存在が消えていく。
いや、消えていくのではなく世界に同化していっている。
神に成るというのはきっとそういう事なのだろう。世界と同化するからそもそもの土台が切り替わって、実行可能な諸々のスケールが馬鹿馬鹿しい程に広がる。
「最期くらいは……」
「最期なんてない!未練があるならちゃんと言い切ってよ!僕たち友達だろ!?親からの感情なんて全部放り投げて、使命なんてかなぐり捨てろよ!自分を大切にしろ、勝手に死のうとするな!」
「わたし、は」
彼女には二つの願いがある。
星による願い、プロドスィアとしての願い。
僕が聞きたいのはプロドスィアの願い。けれど彼女の願いは星の光で影がかかって見えなくなって、声も小さいからただ僕の中に来てくれなかった。なら、目の前で彼女をつぶさに見つめてその影を暴き立てるしかない。
「生きたいよ、でも」
彼女が抱える他人の憎悪が流れ込む。プロドスィアではない人間が持っていた憎しみは彼女を蝕み操るようで、まるで寄生虫のような気色の悪さだった。
それを彼女の星は、自分ごと焼き払いながら寄生虫を殺そうとしていた。星の方が力が強いのならその力を利用して自分の偽りの感情を殺し、自分が作ったサバトの素月へと終止符を打とうとしている。
「脈打つ瞳」をここで消耗して神へと昇華し、メンバーを全員始末する。
そうして初めて彼女は開放される。
自分の過去と、自分の罪と、自分の人生そのものから。
「うぷっ、ぐ……!」
込み上げるものを飲み下す。
耳を傾けやっと拾えた彼女の願いを溢すわけにはいかない。
「な、なにしようとしてるのさ」
「君を解き放ってやる。だからどうか願って」
「願えったって」
「もう一度────もう一度だけ、願いを叶えるお星様になるから。」
もう一度だけ。
友達のために願いを叶えさせてください。
過去から続く負の連鎖を断ち切ることを。
あらゆる罪悪と恥とを彼女が背負わなければならない事を。
それでも僕は望むから。
「それは君に遺したはずの……」
彼女の短剣を振り翳す。
「ぐっ……!」
右の翼を切断する。
昇華が途切れ、彼女という存在が一所に戻っていく。
「痛むからね」
「先に言ってよ────いっつ、ぁ〜〜〜めっちゃ痛い!!」
左の翼を切断する。
ただの人にプロドスィアは戻る。
けれど、彼女と同化した「脈打つ瞳」は動いたまま────そもそも、常に動いているアレを停止させるなんて概念があるのかも分からない。このまま対処に頭を悩ませる程に彼女の翼は再び生えていくだろう。
「魔法をぶつけた所で神器だけ破壊出来るわけないし……!」
分離も破壊も方法は一向に思いつかない。生える翼をその都度切り離すのは苦痛が伴うだろう。星に願っても具体的な方法、イメージを知らなければ、その力を使う事は出来ない。
彼女は抵抗せずにいてくれている。
引き留めるチャンスは今しかないのに。
「くそ……!」
「……いいよ、このまま。殺して。わたしの心臓にそのナイフを突き立てて」
頭を悩ませる横から、プロドスィアは囁いた。
「……黙ってて」
「元からね、きみに止めてもらいたいなって思ってたから。だからいいんだ。このまま神器と一体になったままわたしが死ねば、この神器も死なせる事が出来る。ヤルダバオート・パリセード達もこの神器が無ければ目的は果たせないから」
「うるさい!」
「わたしが主導権を文字通り取り込んでしまえば、彼女たちの目的も頓挫させられる。どう、最終保険つきのいい計画でしょ?」
彼女は空中で柔らかに横たわり、僕の手をそっと包んで、胸の上に翳す。
ナイフを支える二人の手は震えていた。
「時間がないよ。今でも地上では彼女たちは戦ってる。こちらのメンバーは全員夜の位階だ、学園長やアストライア先生ならいざ知らず、それ以外の魔女は……」
「先輩たちなら何とかしてるはずだ」
「……このまま死んだケリをつけたい」
「ダメ」
「何でだよ……いいじゃんか、かっこつけて死ぬくらい。そうするのが一番なんだよ、それにわたしにはサバトの素月を作る前と後の色んな罪が────」
「知ったことじゃない」
「知った事じゃないって……はは……はぁ」
他の事はどうでもいい。
彼女を生かして、僕たちの元に保護する。
「君を生きて連れ帰る」
「ねぇ、もうさぁ、わたしが死んだ終わりでいいじゃんかぁ……ぐす」
「……え、な、何で泣くの!?」
プロドスィアは泣き出した。それは感情が噴出したというよりも、もう力が出ないから悲しみが押し寄せて涙が出てしまったようだ。
彼女の感情が僕の中に押し寄せる。
生きたい。でも生きるのが怖い。
死にたい。でも死ぬのは嫌だ。
僕もリーベさんに出会う前に一度経験した。
生きる事にただただ疲れて、死にたくないけど生きたくなくなる状態。
「……」
「もう疲れた……もう好きにしなよ」
僕に添える手も放り出して、そっぽを向く。
僕の手に、選択肢が握られている。
これからする事が上手くいくかは分からない。
上手くいったとして、この方法で彼女が納得するかも逃げ延びる事が出来るかも分からない。それでも彼女の感情を理解する事が出来るから、この形に彼女を留めて、けじめを付けさせて、休むための時間を作ろう。
「信じてくれる?」
「……いいよ、どうにでもして」
「痛いの痛いの、飛んでいけ。」
彼女を殺して、彼女を救う。
生きてもらうためにこの手で殺そう。
僕は願いを込めてプロドスィアの心臓へと短剣を突き刺す。
肉を裂く感触が手に伝わる。
「脈打つ瞳」の胎動と共に心臓は動きを止める。
命が消える感覚が心を冷やす。
彼女は指先一つ動く事なく、安らかに肉体の活動を止めた。
神になろうと飛んだ鳥の羽を奪って心を貫く。
僕はその日、飛ぶ鳥を殺した。