「お疲れ様、ミコくん」
「……ありがとうございます」
僕は手を、リーベさんは全身を。
それぞれ真っ赤に染まったまま地上で再開する。
雲はまだ陰っていた。
「他の素月の魔女たちは……」
「ムネメと変なおばあちゃん、ヒルフと彼女が率いるヒルフ派、アストライア先生、あとは私で何とかやっつけたよ。あと引きこもりの魔女も動いたとか?とにかくこっちは無事。それよりその、ミコくんは大丈夫?」
「大丈夫です、怪我もしてないでしょう?」
「そうじゃなくて……その」
リーベさんは言葉に詰まると僕を抱き寄せた。
「……」
少しだけ強がって見せたけど、僕も何も言わずに胸に顔を埋める。
お互い血でべとべとだけど、気持ちが和らいでいく。
「……暫くこうしてていいですか」
「うん」
血に濡れる事の気色の悪さと、その時に誰かがいてくれる事の暖かさ。
リーベさんの気持ちが少しだけ分かるような気がした。
しとしとと、雨が降ってきた。
今日は傘は無かった。
◇◇◇
「いやっほう!また一人パトロンがつきました、これで四人目……!契約はめんどくさいですけどこれで結晶稼ぐ手間が無くなる。うおおおおおお!!」
「うぅ、フレスノ先輩うるさい」
「これが喜ばずにいられますかアン!いやぁサバトの素月さまさまですね、おかげで私の開発思考を含めた投資者に目をつけて貰えるなんて。利益を出さないものに出資するなんて変わっていますが、うひょ〜!」
あの一件から数週間後。
圏域外派のロビーで僕たちはまた集まって駄弁っている。
丁度今フレスノ先輩が話している通り、先輩はどうやらあの一件で先輩が開発中の魔法が大きく評価され、パトロンがつく事になったらしい。
「あはは、実際ジロフソニアの時も素月のメンバーが全員現れた時も、フレスノちゃんの通信魔法のおかげで行動と連携がかなり助けられたもんね」
「ふふん、その通りですよ。ちなみに出資者の中にはヒルフさんの名前もあるんですよ。ミコくんの恩だとか圏域外派に迷惑をかけただとか言ってましたね、いやぁ流石は天下のヒルフ様だ見直しちゃいましたよえへへへへ」
魔女は基本的に不老のため時間は有り余るものの、それはそうと一日の時間に研究費稼ぎに割く必要がなくなるだけで研究にかけられる時間や生活の質が上がる事は違わないようで、こんな感じで集まって早々自慢話を繰り返しつつ狂喜乱舞している。変な踊りまで踊ってる。
「それで……えぇと、ミコくんはまだ立ち直れないですか」
「立ち直れないって何ですか。」
「いやだってその、うーん。最近ずっとリーベ先輩にべったりじゃないですか、アンもですけど。何故そっちにばかり……」
「ふ、フレスノ先輩は危なっかしいからじゃないかな……」
「……ははは、言うようになりましたねアン。さぁ表に出ましょう決闘です。久しぶりにキレちまいましたよ……!」
「ふ、ふんっ望むところだもん」
二人は外に出るも、すぐにでも爆発音がして扉を突き破りフレスノ先輩がロビーに潰れたカエルみたいな状態で頭をアフロにしながら飛び入ってくる。
アン先輩は「魔法は」使えないけど魔法道具は良いものを作るので、フレスノ先輩みたいに研究者相手だとこんな感じで返り討ちに出来なくもない。
「うえぇ……」
「あぁミコくんがまたグロッキーに」
ちょっとした喧嘩とはいえ大切な人がボロボロになっている姿を見ると吐き気が込み上げる。あの日、僕は確かに人を殺した。それも親友を。それが……自分で意識している以上に、かなり堪えているらしい。
「精神がかなり傷ついてるみたいだからゆっくり療養するしかないよ……」
「アン先生の……げふっ、診察は的確ですからね。ところで私にも診察してくれませんかアン先生、こちら重傷になります。」
「え、やだ……」
二人がわーぎゃー騒いでいる中で、リーベさんの膝の上に乗りながら懐に手を入れる。あれから上着の内側に取り付けた鞘とナイフをなぞる。
「心配?」
「……はい。目を覚さないので」
あの時、僕はナイフを心臓に突き立てるのと同時に、肉体だけを殺してプロドスィアの精神と魂をこのナイフに移した。ナイフを新たな媒体にして、肉体は手放す事で「死んだ」扱いにするために、そして「脈打つ瞳」を分離させるために。
魂と肉体、肉体と魂は繋がっている存在。だから魂の設計図と完全に異なる短剣の肉体に移し替えてどんな作用が起きるのか見当もつかない。現にプロドスィアはあれからずっと目覚めない。
「もし目覚めたら、
「それは勿論。面倒はミコくんが見なきゃだけどね、えぇと、錆び取りとか?」
「はい」
そう、プロドスィアは助けたはず。
それでも彼女の身体に刃を突き立てた感触と、体温が失われていく感覚は消えない。ドクドクと血が溢れて瞳孔が開く様子もぐったりと力を失う姿も彼女が背負わされた重荷も感情も罪も自分を殺しながら進む願いも何もかもがまだ僕の中に残って消えない。簡単に消えてほしくもない。僕は痛みなく身体が死ねるように願ったけどもし苦痛を感じていたら今度こそ目覚めようとしないかもしれないそうしたら僕は友達をただ苦しめて殺しただけに……
「うぷっ……!」
「わああ!?バケツバケツ!」
「リーベ先輩そこは魔法でいいでしょ!」
「あぁ確かに!?」
「げほっ、うえ……」
それから暫く、また毎日嘔吐する生活になった。
けど今は大切な人たちが側にいてくれる。
だから大丈夫だよ、君。
ゆっくりと眠って。
そしていつか目が覚めた時。
また一緒に、お茶を飲もう。
明るい光の中で。