男の娘が魔女になって大変な目に遭う話   作:クエクト1030

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8話「善性という宿痾」

 僕はいつものように授業から授業へと渡り歩いていた。

 教室が近いということで、今回もまたリーベ先輩と一緒に次の教室まで歩いていた。

 

 

 

 それだけだったはずなのに。

 

 

 

「……」

 

 

 廊下の隅から、誰かが飛び出して。

 

 

「《切り刻まれよ(フェリメント・ムイト)》……!」

 

『守らなきゃ──』

 

「先輩危ないっ!!」

 

「きゃ!?」

 

 

 

 

 

 僕たちは、魔女の狂刃に襲われた。

 

 

 

 

 

 

「いっ、づぅぅ……」

 

 

 背後からの一撃。

 僕は咄嗟にリーベ先輩を押しやり、魔法から逃す。

 

 代償は深く切り刻まれた胴体と……流れ出る大量の血液。

 

 

 

「ミコちゃん!?──アナタ、いきなり何するの!!」

 

「チッ」

 

 

 奇襲を外したからか、あるいは目撃者を減らすためか。

 襲撃者は一目散に逃げていく。

 

 

「待、てっ……!」

 

「動かないで!す、すぐ!すぐ保健室に連れていくから!」

 

「ダメです、犠牲者を増やさないためにも追って、くだ……さ……」

 

 

 意識が朦朧として、身体が急激に冷え込んでいく。

 今までも何回か、薄らと経験したことのある感覚が近づいてくる。

 

 命というものが細くなる、死の感覚。

 

 

「(あぁ死ぬ、のかな。こんなあっさりと)」

 

 

 そんな漠然とした考えをして。

 

 

 

 プチン、と僕の意識は途絶えた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「……ここは」

 

 

 白い天井。圏域外派のロビーでも僕の部屋でもない。

 身体に力は入らないけど、意識だけ、瞼だけ僅かに開いていく。

 

 

「良かった、目が覚めた……!ここは保健室。私リーベだよ、わかる?」

 

「リーベ先輩……」

 

 

 ぼやけた意識の中で言葉を反芻する。

 

 

「良かった、本当に良かった」

 

「……?泣かないでください」

 

 

 先輩は僕が寝ているベッドの横で──僕の手を握って、泣いている。何か悲しい事があったのか。僕は何とか精一杯の力を込めて腕と指を動かして。泣いているリーベ先輩の涙を一度だけ拭う。

 

 

「そんな事しなくてもいいのに、馬鹿ぁ……私、私ミコちゃんが私のせいで死んじゃうんじゃないかって……」

 

「なんだ、そんな事(・・・・)で泣いてたんですか。リーベ先輩は優しいですね……」

 

 

 そう返すと、先輩はもっと泣いてしまった。

 返す言葉を間違えたらしい。回らない頭で同じ問題を数十秒反芻するけど、正しい答えが未だ出てこない。

 

 

「はぁ、はぁ!先輩、こっちは無事です!ミコちゃんは!?」

 

「目を覚ましたよぉぉ」

 

「よ、良かったぁ……!うぅぅ、目が覚めないんじゃないかってぇ……」

 

「……皆さん」

 

 

 扉が勢いよく開いて、フレスノ先輩と、アン先輩の声も聞こえてくる。

 意識がまだぼんやりとする。

 身体はまだ寒い。血を流しすぎたからという原因が頭に浮かぶのは、またその十数秒後だった。あの時、僕は衝動的にリーベ先輩を庇って、魔法をモロに受けていた。

 

 僕はまだひよっこの魔女だから、魔法での防御、相殺なんてのは論外。純粋に魔力で身を固めるなんてことも咄嗟には出来ない。

 だから、全身をズタザタに引き裂かれていた……んだろう。

 

 

「よかった、みんな無事で」

 

「全く本当に心配したんですよ。こっちも色々ありましたけど、何とか切り抜けて……あとはムネメ先輩が当たってます」

 

「襲撃犯はどうなりましたか?あと、もし捕まったらその人はどうするんですか?」

 

 

 つい先日の仕返しをしたフェイを思い出す。

 あの時は、相応に仕返しと、そしてお仕置きをした。

 僕に気を遣って優しい方法でのお仕置きと、僕の手で直接の仕返しが出来たからあれで済んだとは言っていたけど……

 

 

「……ミコちゃんはどうしたい?」

 

「僕は生きてるから、同じような事はしないで欲しいです」

 

 

 皆さんはその答えに納得した、という雰囲気では決して無かった。

 

 

「何故ですか。リーベ先輩とミコちゃんを襲ったのはあっちなんですよ。それに、ミコちゃんはこんな酷い傷を受けたじゃないですか」

 

「あぁ……えっと……すみません。次は、もっと上手くやりますから」

 

「……ミコちゃん。どうして私を庇ったの。私、ミコちゃんよりも強いよ。不意打ちでも、魔力で防ぐくらいなら出来たはずだよ。今のミコちゃんよりもずっと軽傷で」

 

 

 リーベ先輩は泣くのを堪えながら怒る。

 

 

「でも先に気がついたのは僕で、盾になれば確実に防げると思いました。先輩を守りたいと思って……思って……だから、怒らないでくだ──」

 

 

 言いえない悲しさと苦しさが胸を込み上げてくる感覚と同時に。

 ようやく頭が冴えてくる。

 

 普段の自分の冷静さと自分の制御を、やっと取り戻していく。

 

 

「あぁ、くそ。」

 

 

「ミコ、ちゃん?」

 

 

 やっと我に返る。

 

 

「……ごめんなさい。まだ頭がぼーっとしていました。先輩を助けたいと思ったのは事実です。ご指摘も最もです。」

 

 

 

「これは……これは。私の悪癖なんです」

 

 

 やってしまった事が幾つか思い浮かんでくる。

 我に返るまでに、自分を僕と呼んでしまった事。

 どうせ治らない悪癖が出てしまったこと。

 

 ……涙が少し出てしまったこと。

 

 

「悪癖?」

 

「昔からそうでした。考えなしに、突っ込んでしまうんです。今回もそうでした。考えなしに、反射的に動いてしまったんです」

 

 

 

「だからこれは私の責任です。私が自分の力を過信して、リーベ先輩を信用していなかったに等しい、信用を欠いた上での自己責任です。私が負った傷はただの自業自得であって、必要以上の仕返しは望んでいません。自分がされて嫌なことを他人にするのは違うでしょう?」

 

 

 という事だ。悪癖が出てしまった。そうとしか言いようがない。

 結果的に僕が死んでもリーベ先輩は助かるんだから、ずっといいだろう。元々何の価値もない命なのだから、誰かのために使えるだけで本当に有難い。

 

 とはいえリーベ先輩なら独力でどうにも出来たのは紛れもない事実で、自分を犠牲にして助けるなんてのは、僕の勝手な自己満足、勝手な行動の結果の当然の報いだ。

 だから僕の負った傷に対して、実行犯にもあんまり傷ついて欲しくない。自分がされて嫌なことを他人にするのは違う。フェイの時とは、深刻さも違うから。

 

 

 

 三人とも絶句している。

 多分怒られるだろう。原因も分かる。

 そんなのは分かってるんだよ。自分でもこんな理屈はおかしいと思うから。

 

 

「本気で、言ってるの?」

 

「残念ですけど本気、というか本当です。そういう人間なんですよ私。おかしいですよね。でも先輩、私は先輩に明日のご飯だけ考えて生きるような人生から、助けてもらったんです。私なんかを受け入れてくれた皆さんのために命を使えるなら私は──」

 

「ッ、そんなこと言わないで!!」

 

「……すみません」

 

 

 リーベ先輩は震えた声で僕を叱った。

 そしてもうそれ以上誰も言葉を口にする事はなくて、先輩はただ泣いていた。他の二人も、リーベ先輩に釣られてボロボロと目元を腫らしていく。

 

 僕は三人を泣かせてしまった。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 皆が泣き疲れて眠ってしまった。僕にも眠気が迫るけれど、僕は一つ決意する。

 強くなるという事を。

 僕が強いのなら今回のような負傷も負わず先輩方を悲しませる事もない。

 合理的な判断だろう。

 

 

「(けど困ったな、多分しばらくは三人には頼れない。余計な心配させちゃうだろうし……)」

 

 

「(……そうだ)」

 

 

 丁度いたじゃないか。

 強そうで、事情を理解して、協力してくれそうな淡泊な……って言ったら失礼だけど。気にしないで鍛えてくれそうな人が。

 僕は意識が落ちる前に明瞭な次の目標を定める。

 

 

 

 動けるようになったら。

 

 いつも煙草を吹かして飄々としている、ムネメ先輩に教えを請いに行こう、と。

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