もしも、日記編のシルフィの能力に死に戻りがあったら? 作:あえch
『ボクは死に戻りをした』
このおかしな現象を、ボクはアリエル様の部屋のベッドに座りながら考え直していた。
ボクは、確かに死んだ。
見えないほど速い剣に沈められて、死んだ。
水神の剣だろうか?
音速を超える剣に斬られて、ボクは死んだ。
手が震えることもなく、心が揺れることもなく、苦しみさえ感じられず、死んだ。
仲間の、大切な人たちの血の中に沈んだ。
そのはずだった。
「でも、ボクは生きてる」
手のひらをグー、パーと動かし、見つめる。
体調はすごく快調で、死んだ者の身体とは到底思えない。
そんな状況。夢だろうか?そう思って、頬をつねっていると、ボクに向けて優しい声が放たれた。
「……シルフィ?何をしているのですか?」
「あ、アリエル様」
ボクに話しかけてきたのは、なんとアリエル様。
いや、アリエル様の自室だから、彼女が居ることは驚くことでもなんでもないんだけど。
でも、『死に戻り』という有り得ない事象を考えているボクにとっては、その当たり前も意表を突かれる隙になってしまう。
「シルフィ。ルーデウス殿と喧嘩をしたと聞きましたが、本当ですか?」
「……別に、そんなことないよ」
ボクの言葉に、アリエル様が一呼吸だけ間を置く。
そして、さらに優しい口調で語りかけ始めた。
「そうですか。シルフィ、あなたは私の護衛で、そして友達なのですから。隠し事は無しですよ?」
隠し事はするな、か。
どうやら、ボクの主人は全てお見通しらしい。
「……アリエル様。ボク、顔に出てたかな?」
「ふふっ。シルフィは分かりやすいですね」
「く、悔しい……」
唇を尖らせるボクと、クスクスと笑うアリエル様。
一回死んだボクに舞い降りる幸せ。
この幸せがあるなら、夢でもなんでもいい。
笑うアリエル様を見つめて、ボクもゆっくりと頬を持ち上げた。
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『死に戻り』
この事実は、この力は、ボクにとっての、たった一つのチャンスなのだと思う。
周りの人を死なせて、大切な人を一人にしてしまったボク。
そんなボクの、たった一つの転機。
自分のミスは、自分で正す。
アリエル様を王に出来なかったボク。
ボクは、この力を使って、今度こそ叶える。
『アリエル様を王にして、ルディと仲直りする』
この夢を、この幸せを叶えてみせる。
覚悟を決めて、ボクは拳を握りしめる。
力強く、覚悟と共に。
唇を噛み締めるボク。
そんなボクに、主人は身を寄せた。
「シルフィ、質問があります」
「どうしました?」
真剣な眼差し。
先ほど、ボクを揶揄っていた人物の者とは思えない瞳が、ボクを射抜く。
「私は、本当に勝てるのでしょうか?」
「……」
身を寄せたアリエル様。
彼女の手が、ボクの手に触れる。
……震えてる。アリエル様の手は、声は、心は、震えていた。
「正直に言います。怖いんです」
「死ぬことが?」
「いいえ、違います。ここまで来て、そんな物は何も怖くはありません」
アリエル様の震える言葉。
彼女の震えが、本音が、友達としてのボクに突き刺さる。
「死ぬことではありません。負けることが、怖いんです。良く夢に見るんです。負ける夢。他の王子に政争で負け、クーデターが失敗し、周りの人たちが死ぬ。従者が、ルークが、そしてあなたが、私の友達のシルフィエットが死ぬ」
その時、アリエル様の綺麗な瞳が、震えた。
「怖いのは、今までの時間が無くなること。ルークは言ってくれました。俺の言う通りにしていれば負けないと。俺を信じてくださいと。でも、分からない。その言葉を聞いても、私は、私の心は、恐怖に……「アリエル様、大丈夫」
乱れた呼吸。
アリエル様の乱れた心を感じて、ボクは彼女の手を握って、言葉を遮る。
「ボクが、勝たせるよ」
覚悟は決まった。チャンスは貰った。
なら、後は実行するだけ。
「ボクが、アリエル様を勝たせるよ」
「……シルフィ。ありがとうございます。そして、ごめんなさい。こんな頼りない主で」
「ううん、違うよ。アリエル様は、ボクの一番の友達。そして、これから一番になる王女様だ」
「そう、ですね。王女……私は、王女になるのでした」
アリエル様がボクを見つめる。
その瞳は、優しくて。
クーデターに勝とうとしている者の瞳には、到底見えなかった。
「でもさ、ルークは勝てるって言ったんでしょ?どうしてアリエル様はそんなに不安なの?」
「それは、その、言ってくれないのです」
「何を?」
「勝てると思っている理由を、何も」
「……え?」
死に戻りをしたボク。
少し頭が冷えたボクの心を揺れ動かすのは、そんな有り得ない現状だった。
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一度目の戦い。
一度死んだ時のボクは、冷静じゃなかった。
ルディと喧嘩をして、戦いに勝った後のルディとの生活ばかり考えて。
戦いに集中することはおろか、味方のことさえも見えてなかった。
だから、今の現状を改めて整理しようと思う。
ボクは、ルークに『王様が病気になったから、アリエル様が後釜を担う。そのためのクーデターに参加して欲しい』と言われた。
そして、アリエル様のクーデターに参加した。
そのクーデターの前段階。
アリエル様がペルギウス様に協力を打診した。
でも、断られた。
失敗した。
なのに、ルークは勝てると言ってる?
普通に考えたらおかしい。
なんで、ルークは勝てると思っているのだろう。
「シルフィ、あなたは勝てると思いますか?成功すると思いますか?このクーデターが」
「……いや、思わない」
思わないというか、思えない。
だって、一度見ているんだから。
皆が死んでいるところを。
死に戻りのこと、アリエル様に言ってみるべきだろうか?
いや、辞めておこう。
混乱を招きそうだし、それを言って何になる。
死に戻りをしてるから、クーデターに負ける。
この発言は、士気を下げるだけ。
少なからず、ボクはそう思うから。
「とにかく、今はルークの発言の真意だね」
「いや、それも大切ですが、勝つための行動。それの方が大切だと思います」
そうか、確かに。
ルークが何故勝てると言っているかは分からないけど、自信があることは良いことだもんね。
なら、ボクはボクで不安要素を和らげることをすれば良い。
要するに、ルークとボク。
二人でアリエル様を勝たせればいいわけだ。
「それで、シルフィ?あなたは何故勝てないと思っているのですか?」
「うん、色々あるとは思うんだけど……一番は、前衛不足だと思う」
「一応、剣士はルークが居ますが……」
「うん、それはそうなんだけど……」
きっと、ルークは自信があるんだと思う。
勝てると言うほどの自信が。
自分が前衛に立てば、必ず勝てる。
きっと、ルークはそう思ってる。
でも、違う。
死に戻りして、一度だけだけど本物の剣士を見た。
北王、北帝、そして、怪物 水神レイダ・リィア。
本物の剣士は、レベルが違う。
魔術なんて使えないほどの速度。
彼らには、それがあった。
「前衛不足。やはり、そこですか」
「それがないと戦いにすらならないと思う。ルークが居てくれたら、前衛は安泰。まずは、その前提から見つめ直そう」
「分かりました。前衛の確保ですね。新たな剣士。ギルドなどで募っても良いですが……いや、情報漏れは避けたいです。しかも、ルーク以上の剣士が冒険者から簡単に募れるとも思えない」
顎に手を置き、悩むアリエル様。
そんな彼女を見つめて、ボクも考える。
新しい前衛。
強い前衛。
うーん、難しい。
それほどのレベルの剣士。
正直言って、ルークでもすごくレベルは高いんだ。
王女の護衛を任せられるほどの剣士。
ルークは、確かに強い。
でも、それでも足りなかった。
血の海に佇む、北王を初めとした者たちには何も歯が立たなかった。
「そう考えると、あの時戦った王子と、ダリウスは凄かったなぁ」
悔しいが、認めざるを得ない。
彼らの人脈はすごい。
敵の人脈には、北王や水神が……いや、待って。
周りの人たち、人脈。
そうか。ボクらも仲間に頼れば良いんだ。
「学園の生活は、決して無駄なんかじゃない。ボクが、無駄にはさせない」
ボクはアリエル様を見つめて、そして、前を見た。
未来に向けて、ボクは歩みを進める。
「アリエル様。前衛問題、ボクに任せてほしい」
冷静になったボク。
ダリウス。第七王子。
二度目のボクは、そう簡単な相手じゃないぞ。
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コンコン。
寮の一室の扉。
ボクが向かったのは、アリエル様とは違う友人が住まう一室。
その人は、前衛として申し分ない人。
「これはこれは、シルフィエット殿」
「ちょっと話があって来たんだけど……今大丈夫だった?」
「えぇ、もちろん。ここではなんですし、中へお入りください」
そう言って、ボクを招き入れてくれる。
細身で、しかし力強い。
ボクの目の前に居るのは、『怪力の神子 ザノバ・シーローン』その人だ。
「それで、話とは?」
「うん、単刀直入に言うね」
一呼吸置いて、ボクが伝えるのは、一度目の覚悟。
「アリエル様とクーデターをする。ザノバ君、ボクたちの前衛になって欲しい」
「なるほど、クーデターですか」
彼は、腕を組んでボクの言葉を聞いた。
そう、腕組み。
彼はクーデターと聞き、これだけの反応で終わらせた。
やはり、彼は王子。
政争に関して、彼には耐性がある。
「クーデター……分かりました。協力しましょう」
「良いの!?」
「はい。仲間が苦しんでいたら助ける。当然のことです。しかし、少し問題が……」
「問題?」
そう言った彼が行ったのは、深呼吸。
彼は眼鏡を曇らせて、ボクを見つめた。
「ロキシー殿が亡くなった事件を覚えていますでしょうか?」
「うん、あの事件だよね。もちろん覚えてるよ」
忘れるわけがない。
ロキシーと、そして大切なルディが壊れてしまった一件。
あの一連の流れは、忘れられるものじゃない。
「あの時、余は師匠と、そしてクリフ殿とミリス神聖国に行きました」
「ボクが留守番を任せられた時だよね」
「そうです。あの時、余は戦いました。ミリス教の人たちと。あの、者たちと」
そう言った彼の言葉が、震える。
「その時、目の前で倒れたんです。クリフ殿が、余の目の前で。師匠は目を見開き、傷口は青黒く染まっていく」
ザノバ・シーローン。
彼の手が、震える。
「大切な人を失ってしまいました。師匠ほどではない。しかし、私も、恥ずかしながら後遺症が」
そう言って、彼の手がボクに差し出される。
机の上に出された彼の手は、震えていた。
「負けて、また何かを失うかもしれない。その精神とミリスから食らってしまった毒で、震えが止まらないのです」
「ミリスとの戦い。苦しかったよね」
「いえ、余が弱いだけなので。ですが、出来れば、余に確実に勝てると思わせて欲しいのです。その自信が、今の弱い余には必要なのです」
そう言うと、彼は立ち上がった。
そして、彼は部屋の中を歩きだす。
そんな彼のことを、ボクは目で追った。
すると、色々な物が目に入って来た。
ザノバ君の部屋の中の芸術は、ほとんどが壊れていて、無造作に倒れている。
芸術を作る役割のジュリちゃんは居ないし、歩き出した彼の足は震えている。
今の彼は、きっと、芸術は見ていない。
苦しんでいるボク。
彼もまた、苦しんでいる。
ボクは、理解した。
「分かった。ザノバ君、君の毒をボクが治して、必ず勝てると思わせるよ」
「ありがとうございます。師匠にも伝えておきますか?」
この言葉に、部屋を見つめていたボクの瞳が、赤く染まる。
瞳孔が開いて染まる。真っ赤に。
「辞めて!!!それだけは、嫌だ」
「……」
「ごめん、怒鳴って。でも、お願い」
「分かりました。どちらにせよ、師匠の今の精神状態では厳しいでしょうしな」
「ありがとう、助かる」
ボクは言葉を残し、立ち上がる。
そして、歩き出した。
無造作に倒された芸術を跨いで、ボクは部屋を後にする。
「ザノバ君を前衛にする。そのために、ボクがするべきは、これだ」
『確実に勝てるようにして、ザノバ君の毒を治す』
「アリエル様。そして、ルディ。必ず助けるからね」
苦しんでいるボクの大切な人たち。
ボクは、この死に戻りという力で、その全てを救い出してみせるよ。