死体に近づいて行ったホシノが、
死を、認められないように。
認めたくないと、悲痛な目が。
動かない人を、見つめる。
上半身を地面に落とし、蹲った。
虚無を見つめるホシノを、後ろで傍観する。
“愚者”
今この場で一番それが似合う奴は、俺だった。
きっと、未来を変えられると思った。特別な力を持つ、推定勇者の俺なら……できると思った。
でも、それはただの思い上がりだった。
これがお前の限界だと、証明された。自分の無力さに、打ちのめされて……辛い。だが、それはみんな同じで……俺だけはその資格が無い。だから、せめて進まないといけないと思い、俺は歩き出した。
「………帰ろう」
ホシノに声をかける。だが、失意の底に沈んだ彼女は返さない。
「………ユメ先輩を連れて帰ろうか」
次に、スラりんとゲレゲレの方を見やる。二匹は顔を下にして沈んでいた。俺が声を掛けると、二匹は渋々だったが動き出した。俺はユメ先輩を背負う。体は人形のように軽く、太陽の日かそれとも死からそこまで経ってないのか微かにまだ熱がある……でも冷め始めている。彼女の浅葱色の髪が砂粒を付けて垂れる。
近くの盾を拾い、それをホシノに渡して。何か言うことなく帰路を辿る。ホシノも続いて歩き始める。
それから、ホシノはずっと黙ったままだった。何も言わず、なにも喋らず、ただただ俺の後ろをついてくる。動けるだけまだマシだ。
このまま、真っ直ぐ学校を目指す。
定期的に水を補給し、また歩く。夕方近くになっても、俺たちは止まることなく歩き続けるだけだった。
□□□
学校に着いたのは、日が完全に沈みきった後だった。
まず俺は、ユメ先輩を保健室に運び寝かせた。黒く濁るハイライトの消えた目を見る。肌はカサついており、かつての潤いはもう無い。
一緒について来たホシノは、ユメ先輩のベッドの横で座り込み、何も写さない目で先輩のベッドを見つめた。
「……ちょっと、席を外すよ」
今は一人にするべきだと思った。というか、自分にはそれだけしかできなかった。何か言ってあげたかった……でも、何も言えなかったし浮かばなかった。
人の死に目に遭うのは、自分も初めての経験だった。
ゲームや漫画などとは違い、残酷で悲痛でとにかく心が痛い。
廊下を出て、数歩歩く。
――そもそも、ここは俺の知ってるゲームの世界ではない。彼女たちは確かに存在し、ゲームのテキストではなく、確かにそこに現実として喋っていたんだ。
確かに、生きていたんだ。偶像でもなんでもない、ちゃんとした生きた人間が生を謳歌していたんだ。
ゲームや漫画とは違うなんてのは至極当然の事実で当たり前だった。俺たちはただ、画面越しにその苦しみや悲しみ、辛さを擬似的に体験して共有したと思い込んでいただけだ。
誰も、他人の苦しみを真に理解することなんて……不可能なんだ。
「……っ」
バンっ!!!!
衝動的に廊下の壁を力一杯殴った。壁が少し掛け凹んだ。何もできなかった……助けられなかった。そんな未熟な自分への後悔と怒りを吐瀉するようにぶつける。
「……クソ」
「なんで…………なんでだよ」
「…………ちくしょう」
そんな嘆きは、誰にも届かない。俺はそのまま、誰もいないアビドスの廊下を歩くのだった。
□□□
適当に歩いていると、気付けば生徒会室に辿り着いていた。特に考える事なく、俺はその部屋に入った。別に、なにか理由があったわけじゃない。なんとなく……思い出の詰まったここに来たくなった……それだけだ。
入ると中は少し荒れており、一ヶ月も経ったからか埃は至る所に溜まっていた。
「掃除……は、してるわけねぇか」
生徒会室を歩く。校長が座るような教卓に向かう。そこに置かれたテープで直されたその紙を取る。そこには、『アビドス砂祭り』と書かれていた。
ホシノが破った紙の事か、とすぐに理解する。その横な紙束の中に色が違う紙が挟まっているのが見えた。俺はなんとなく、それを引っ張ってみる。
『いつもありがとうホシノちゃん!!お元気でね!』
「……先輩?」
あんな底なしに明るいユメ先輩が残した手紙。
まるで、お別れの言葉みたいな文面に俺は驚いた。
「なんだよ……これ?」
先輩は、もしかして……。
そんな考えが浮かぶが、俺は首を横に振って意識を飛ばす。今それを考えても、仕方がない。もう、真実を知ろうにもその本人はもういないのだ。俺はポケットに紙を入れ、そのまま周りを見渡す。
「……しばらく見ねえうちに、そこら中砂だらけになっちまったな…」
ここまで歩いて来て出て来た感想はこれだった。
まあ、あれだけの時間寝ていたのだ。当然と言えば当然だった。……俺がもっと早く起きられていたら。
もう何度目かの後悔……でも、何度後悔してもそれで過去が変わることはない。
「今は俺だけでも、明るく振る舞わないと」
下ばかりではダメだ。勇者はいつだって、上を見て来たはずだ。ただ真っ直ぐに、目的のために進み続けた。もし、勇者じゃなかったとしても……俺にはみんなには無い力がある。前を向く奴ほど、未来は明るくなるんだ。
「……そろそろ出るか」
俺は生徒会室を出た。出ると、目の前にある植木にふと目がいった。手に入れた時よりも、少し緑が多くなったそれは、少しだけ萎れていたが、まだ葉はしっかりと付いている。枯れてはいないようだ。
なんとなく、植木鉢の中を除く。中を見ると、土がカラカラに乾いていた。
流石に、あの状況でホシノが水をこまめにやるわけがない。謎の植物より人命を優先するのは当たり前だ。
「久しぶりの水だぞ……たんとお飲み〜」
隣の水差しに手を取り、あるだけの水をその木にかける。
……次の瞬間だった。
パァッ!!と、突然それは淡く光出した。
何事かと思い、一度距離をとる。数秒後……光は段々と小さくなり、蛍程度の輝きにまで落ち着いた。
「な、なんだ……?」
恐る恐る、いきなり大きくなった苗木に近づく。
瞬間。その見た目に、俺は気付いた。
「……はは」
乾いた笑いが出る。だがそれは、決して暗いものではなかった。この先の未来に、明るさが見えた気がした。いや、見えた……確信だった。
「まだ、光は消えてない……」
運命に、まだ抗える。俺の勝利のロールプレイは、まだ閉じられちゃいない!勇者の見せ場は、どん底からの逆転劇!こっからが本調子だ!
「運命様上等!ここで覆してやるぜ!」
どこかで聞いたことあるそんな宣言を力強く天に拳を掲げながら……。
□□□
「……ユメせんぱい」
保健室の中、私は一人壁にもたれかかる。
もう、何もする気が起きなかった。体が重い、頭が重い、心が重い。もう、何も考えたくない。でも、頭は思考をやめない。
なんで、先輩にあんなこと言っちゃったんだろう。どうして我慢できなかったの。先輩があんな感じなのは、今に始まった事じゃない……なのになんで私。
頭に浮かぶのは、後悔の言葉ばかり。
「……ご……な、さい」
「ごめん、なさい……せんぱい。ごめ、んなさい!」
私が、私が悪かった。先輩に八つ当たって、プレゼントのポスター破っちゃって、怒って出て行っちゃって、酷い事言うバカな後輩で……先輩を助けられなくて。
「ごめんな――「ホシノ!!!」
「っ!?」
突然の大声により、私の意識が目の前の少年に移る。
「よかった」
ルイの顔は少し安心した様子になる。俯いていた私を心配してたのか。
「心ここに在らずになってたから心配で。……ちょっとは落ち着いたか?」
「…………すこ、しは」
「……そうか」
まだ、私の顔は笑えていないだろう。こんなことがあって、すぐ笑えるわけもないけど。でも、ルイの方はもう立ち直ったような雰囲気だった。こんな短期間で、なんでそんなに笑えるの?そりゃ私よりユメ先輩との関わりは薄いよ。でも、あの時ルイもショックを受けてたじゃん。なんでもう前を向けられるの。
――いや、違う。
その考えをすぐに私は否定した。
ルイは私を思って、私を優先して、動けなくなった私を引っ張ってくれた。あの子よりも年上の筈の私が……だ。これじゃあどっちが先輩かわかんないよ。
なにやってんだろ。中学生に頼って、オマケにこんな重いモノ見せて……。瞬間、昔言われた言葉を想起する。
『ホシノちゃんにもいつか後輩ができたら、その時は色々と教えてあげるんだよ?』
……後輩のルイに、こんな思いさせて、それで慰められて、気を遣われて……そんな私にユメ先輩みたいな先輩なんて無理な話だった。オマケに、ルイは先輩の私よりも強かった。彼の、眩いくらいに輝く目が……私の心をすり減らす。
「……ホシノ」
真っ直ぐな声で、私を見る。……お願い、やめて。そんな目で、そんな輝いた目で、私を見ないで……。
そんなの見たら、縋りたくなっちゃうよ。あなたの優しさに……光に。
「落ち着いて聞いて欲しいんだ」
どうか、優しくしないで。私を見放して。私を――
――許さないで……
「……ユメ先輩だけど――」
光に集まる蛾のように、貴方にまとわりついてしまう。貴方に頼り切りになってしまう。ダメだとわかっているのに、今の弱った私にはどうしても求めてしまう癒しで。無意識に、ルイに両手が伸びる。
「――生き返れるかもしれない」
その一言に、私の手は止まった。
「…………え?」
その希望の一言に、素っ頓狂な声が漏れた。
今、なんと言った?生き返れる?……なに、それ??
死者を蘇らせる?……そんなこと、本当にできるの?
「ほんとうに?ほんとうなのルイ!!本当の本当に!」
「ユメ先輩は……生き返るんですか!?」
「……まぁ、絶対とは言い切れないけれど」
ルイは、少し自信なさげにそう前置きを置く。でも、すぐに真剣な顔になり、私を見て言った。
「可能性はあると思う」
それは、確信を持ってるような顔だった。
ルイはポケットから、一枚の三叉みたいな形をした葉を取り出して見せる。その葉はわずかに光を帯びており、神々しい何かを発しているようだった。
「この葉っぱが、その手段だ。これは『世界樹の葉』って言ってな。俺のげ……世界では凄く貴重で世界樹と呼ばれる神秘の木からしか取れないものなんだ。寿命で死んだ者以外なら、これ一枚でどんな生き物も生き返る。神の
ルイは冷静にそれを説明する。だが、そこで疑問に思う。なぜ、こんなタイミングの良い状況で、そんなものが出てきた?あまりにも、都合が良過ぎる。そう、良過ぎるのだ。そんな貴重な物が……なぜ今この状況で突然生えてきた?それに、その話が本当だとして、世界樹は?この世界に世界樹なんていう大それた木など聞いたことがない。こんな得体の知れない物……信用していいのかな。
――まるで、少年の掌の上だな
謎の声が、私に投げかける。
――本当に、全てを信用できるのか?
ほんの一ヶ月……一緒に過ごしただけの少年を?完全に信用してもいいの?
――それに、あの大人は?少年はあの大人と契約している。何か裏があるはずです
……そうだ。ルイは黒服と契約してる。話してくれるって言ったけど。有耶無耶にされるかも知れない。
――なら、少年も信用できない。貴方の苦しみは貴方のもの!そして、少年は貴方の敵です!
そうだ。ルイは私の敵……ルイが来たからこうなった。ルイが来たから、おかしくなったんだ。そうだ……そうに違いない。
「……ホシノ?」
ルイが私を見て、その眩いくらいの目で私を見る。
「……あ」
彼の目が、希望に満ちた目が……暗く汚れた私を明るく照らす。
私……?なにを考えたの?ルイに、なにを思ったの?あんなに真剣に、あんなに頑張ってもらって、あんなに考えてもらって、あんなに助けてもらったルイに……私は、なんて考えた?
ルイを見た瞬間、あんな考えは全て消えていた。
――あんな少年の目など、まやかしだ!
違う。ルイはいつだって、あの目で前を見ていた。
――先輩の死に、すぐ開き直ったやつだぞ!
違う。開き直ってなんかない。ルイは強いから、逃げずに前を向いたんだ。……私とは違う。
――人の死に、悲しみもしなかったのだぞ!
それも違う。先輩の死体を見た時のルイも、悲しんでいた。ただ、絶望していた私を優先して、我慢してくれただけだ。そうじゃなかったら、廊下からあんな音が鳴るわけない。私は聞いた、ルイの独白を……絶望で何も声を通さなかった私だけど。唯一その音だけは聞こえてきた。
――……では、お前の先輩の死は、お前のせいということだな?
……うん……そう。そうだよ……私のせい。だから、ルイは悪くない。悪いのは……全部私。
全部…………私なんだ。
「ホシノ!おい!聞いてるのか!ホシノ!」
「……っ!な、なに?」
「いやだから、これから先輩を蘇生するんだけど。……準備はいいか?」
「あ…………うん」
「本当か?」
「……うん」
「そんな暗い顔で?」
「そんなこと言われても、どんな顔して会えばいいのかわかんないもん」
「そんなの笑顔でいいよ。んで、勝手にあんな事したことを怒ればいい。それで、最後は泣いて喜ぶ!……それでいい」
「あっ…………うん。そうですね」
気付けば、謎の声は聞こえなくなっていた。今はもう、ここにいるルイの声しか届かない。
「それじゃあ……やるぞ」
そうして、ルイは『世界樹の葉』をユメ先輩の胸に置いた。瞬間、葉の光が先輩の体に纏い始める。
纏った光は先輩の身体の傷を癒していき、それと同時に上から同じ色の光の粒子が降りてくる。その光は数十秒に渡り光続け……やがて少しずつ治った。
胸に置かれたはずの葉は、いつの間にか消えていた。
それが成功の印なのだと、理解する。
「……ん?う〜〜ん……」
先輩の頭からヘイローが浮かび上がる。点滅しながら、古電球がチカチカしてから完全に着くみたいに、先輩は死から蘇った。
「……あれ???なんで私ここに??確か……砂漠に行ってて……ねぇ二人とも?」
笑顔を作ろうとして、いざ目の前に来て。……気付けば笑顔なんか忘れていた。
バッ!ギュー!
思いっきり先輩に飛びつく。復活した先輩を確かめたくて……ただひたすらに持てる力で全力で抱きしめる。
「ひぃぃん!!!?ほ、ホシノちゃん!??ど、どうしたの!?わわわ!???い、痛いよホシノちゃん!」
「せんぱい……ユメ、せんぱい!!」
涙で崩れた表情を見せたくなかったのか、私は先輩のお腹に顔を埋めてひたすらに、生きてるという感触を必死に確かめようと抱きつく力を強める。
「…………ホシノちゃん」
「……せんぱい」
顔を埋めたまま、ずっと言いたかった言葉を吐く。
「……ごめんなさい」
「…………っ」
「ごめんなさい。酷いこと言って、ごめんなさい。先輩は、いつも学校のために先輩として考えててくれてただけなのに……ポスターの事も、破ってごめんなさい。あの時は、私も色んなことにイライラしてて、それで先輩に八つ当たりして、勢いに任せてあんな事して」
「……ホシノちゃん」
「ごめんなさい!バカな後輩で、先輩思いの後輩じゃなくて、たくさんたくさん酷いこと言って……ごめんなさい!私のせいで……私の、私の――!」
「違うよホシノちゃん」
そこから私の言葉は、先輩の言葉によりかき消された。なにが、違うの?だって、私があんなこと言わなかったら、先輩はあんなことになってないのに。
「ホシノちゃんのせいじゃないよ」
そんなわけない…と、言葉が喉から出かけて、遮られる。
「ホシノちゃんは、なんにも悪くないよ。元はと言えば、コンパスを忘れちゃった私が悪いんだもん。ホシノちゃんと喧嘩しちゃって、頼ろうと思ったけど。気まずくてギリギリまでなにも言わなかった私にも非があるし。それもこれも、全部私がおバカだったから、なってしまったことなんだよ」
「そんな……こと――」
「だから、これは私のせい。ホシノちゃんは悪くないよ」
「……違う。違います……!わたしが、私が悪いんです!私のせいで、先輩が一人で行ってしまって!結果、死なせてしまって!……だから、私が全部悪いんです!先輩じゃなくて、わたしがーー」
パンッ!!!!
「「っ!??」」
手を叩く音が辺りに反響し、私達の意識が音の方向に同時に向いた。そこには、両の掌を合わせたまま、こちらを呆れ顔で見るルイがそこにいた。数秒の沈黙の後、ルイが口を開く。
「二人とも、一旦落ち着け」
「……ルイ」
「……ルイ君」
「はぁ……せっかく再開なのに、みんな頭が硬いよ。それよりももっと言うことあるだろ?……特にユメ先輩!」
「えっ!?」
急な先輩への名指し。私は、ルイがなにをしたいのかわからなかった。
「ユメ先輩、おかえりなさい」
「「え?」」
「なんだその顔?ほら、ホシノも先輩にあれ言え!」
「あ、はい。えっと……その、おかえりなさぃ……ユメ先輩」
「……あ、うん。……ただいま!」
先輩の顔が、パァッと明るくなる。さっきよりも満面な笑みでそう返した。
「えへへ!なんだか、久しぶりだなぁ〜」
「先輩……。はい、そうですね」
ルイのおかげで、私たちの間に笑顔が戻る。さっきまでの沈んだ空気は、もうどこかへと消えていた。
「……よーし!」
すると、ルイは声を大にして、何かを決めたように声を上げて。
「焼肉行こう!」
「「……え???」」
そんな宣言、突然されたのだった。
感想と高評価、ここすき、などよろしくお願いします!励みになります!
最初のサブタイトル『チートだ!ルール違反だ!』でしたが、変えた。どっちでもよかったけど。俺のターン!なのでこっちがあってる気がした。
過去アビドス編の後、次なる冒険が見たいか?
-
そのまま本編〈前に○○○○編をやる〉
-
○○○○編やらずに本編
-
過去ミレニアム編 幕間程度
-
過去ゲヘナ編 プロット無し
-
過去百鬼夜行編 プロット無し
-
過去山海経編 プロット無し