ついに三十話まで来ました。
「さぁ、ひとまずここに座ってくれ。今、温かいものでも出すから」
犬の市民さんに案内されたのは、海岸から少し離れた小高い丘の上に建つ、小さな一回建ての役場だった。
因みに、スクール水着姿だったホシノとユメ先輩には、道中で即席の上着を羽織らせてある。いくら海辺とはいえ、公共施設にあの格好で踏み込ませるのは流石に目の毒がすぎる。
特にユメ先輩な……ホシノはいいけど。
「…………」(ジロ)
ホシノがこっちを見てくるが知らないふりしておく。
「はい。粗茶ですが……あとお菓子もどうぞ」
「わぁ、ありがとうございます!」
「……意外と普通のお菓子ですね」
「まあ、うちもこの件で財政難だからね。それにここは観光地だから、学園街のショップにあるような高価なものは置けなくてね」
「なるほど……と、アイスブレイクはこの辺にして」
俺は差し出されたお茶を一口すすり、息を吐いてから向き直る。
「そろそろ本題に入ろうか。頼みたいことがあるって話だったな。なんとなく予想はつくけど、あらためて聞かせてくれるかい?」
「あぁ。君たちほどの腕っぷしなら安心だと思ってね。頼みたいことっていうのは……この浜に出没する怪物どものことなんだ」
重々しく頷く犬の市民さん。やはり、俺の予想通りだった。
「怪物の目撃談自体は前からあったんだ。だが、その頃は夜間に影を見た程度で、大した被害もなかったんだが……」
語られる経緯を要約すると、こうだ。
今まで大人しかった怪物が、海水浴シーズンの開幕と同時に海からドッと這い出し、常軌を逸した魚の化け物どもが浜辺を占拠。さらに厄介なことに、魔物たちはその浜を縄張りと定めたらしく、防衛のために人間を襲い始めたという。その煽りを受けて海の家や観光客は激減、街の経済は壊滅的打撃を受けたのだった。
「なるほど。そのような経緯があったのですね。……それならば、トリニティの生徒会へとご要請を出されるのが筋、というものではないでしょうか?」
静かに話を聞いていたサクラコが、首を傾げて尋ねる。
「いや、要請自体はとっくに出したんだよ。ただ、一向に来る気配がなくてね……」
「もしかしたら、大規模な作戦の準備中なんじゃないですか?」
「その線も考えたさ。だが、だとしても一ヶ月弱放置されるのはいくらなんでも遅すぎる。それに……ただの銃撃や戦車程度じゃ、あいつに勝てる気がしないんだ」
「あいつ……?」
犬の市民さんが漏らした一言に、その場にいた全員が首を傾げた。
「あぁ、言っていなかったな。実は君たちが倒した半魚人ども以外に、もっと厄介な『元凶』がいて――」
[プギシャーーー!!!]
全員「!?」
言葉を遮るように、海の方角から地鳴りのような咆哮が轟いた。
人知を超えた生物の叫びに、俺は立ち上がり、確認のため役場の窓から外へ飛び出した。
丘の上に位置するこの役場からは、無為ヶ浜の広大な海と砂浜が一望できる。だからこそ、海面を割って現れた『それ』の姿は、嫌でも視界に飛び込んできた。
「……あれは」
水平線の手前、水飛沫を上げて跳ね上がったのは、巨大な尖った頭部と、のた打つ無数の触手。夕焼けのように鮮やかなオレンジ色の巨体が、真上の日光を反射して異様な存在感を放っていた。
「なんなんですか……あれは」
「アレってまさか……」
「……クラーケンだ」
後から追いついてきた犬の市民さんが、海上でのたうつ巨躯を指さし、苦々しく吐き捨てた。
「あれが元凶の怪物。うちらはあれを『クラーケン』と呼んでいる。あれが現れてからというもの、浜辺に化け物どもが居座るようになり、定期的にこうして浅瀬へ上がってこようとするんだ」
見つめる先で、クラーケン——正式名称『クラーゴン』は、ゆったりとした動作でじわじわとこちらへ向かって進行していた。
「って、普通にヤベェじゃねぇか!!」
俺が思わずツッコミを入れた、その時だった。
——ドンッ!! ドンッ!!
役場の屋上から重厚な発射音が響き、空中に放たれた放物線が煙の尾を引いて海へと飛んでいく。それは正確な着弾点を描き、クラーゴンの巨躯へと直撃した。
「た、大砲……!?」
「迫撃砲だ。と言っても、気休め程度の威力しかないがね」
「そんな防衛設備があったのですね」
「あぁ。だが、それでもあいつにはかすり傷一つつけられん」
犬の市民さんが屋上の防衛隊へ手合図を送ると、再び迫撃砲が斉射された。数発の着弾に煩わしさを覚えたのか、クラーゴンはいそいそと海中へ潜り、その巨大な影を深海へと沈めた。
「このように現れては追い返してはいるが、弾薬も資金も無限じゃない。今は持ちこたえていても、物資が底を突けば……この街はあの怪物に踏みつぶされて終わりだ」
犬の市民さんは深々と頭を下げ、縋るような眼差しを俺たちに向けた。
「だから頼む! この街の住民や家族、そして海を愛する観光客のためにも……手遅れになる前に、あの化け物を退治してくれ!」
「うん、いいよ」
「もちろん、相応の報酬は用意する! 危険な依頼なのは重々承知だし、断られても——……へ?」
即答した俺に、犬の市民さんは素っ頓狂な声をあげて固まった。
「ちょっと、ルイ!? 何を勝手に引き受けてるんですか!」
「ダメだったか?」
「ダメに決まってるでしょう! ここは他校の自治区ですよ!? アビドス生徒会の重鎮である私たちが、理由はどうあれ他領地で暴れたなんて知られたら、大問題になりかねません!」
頭を抱えるホシノ。確かに一理ある。こんな二人でもアビドス生徒会の会長と副会長だ。特にホシノの武勇伝は他校にも知れ渡っている。そんな彼女が他自治区で大暴れしたとなれば、政治的な火種になりかねない。……とはいえ、もう「いいよ」と言った手前、断るのもな……。
「えぇー! 助けてあげないのー!?」
悩むホシノに対し、ユメ先輩は頬を膨らませて抗議した。
「そんなの可哀想だよ! 困ってる人がいるのに見過ごすなんてできないよ!」
「先輩、自分の立場を理解してください! ただでさえアビドスは問題を抱えているのに、他学園から目をつけられたらひとたまりもありません!」
「う、う〜……! で、でもさ! 今の私たちは『そう』じゃないでしょ!?」
「違うって、何がです?」
「今日の私たちは非番で遊びに来てるの! だから立場とか難しいことはナシ! 今の私たちは、ただ海を楽しみにしてきた普通のアビドス生なんだよ!」
……ほう。ユメ先輩にしては思い切りのいい開き直りだ。だが、理屈としてはこれ以上ないほど通っている。今の二人は役職を脱ぎ捨てたただの先輩後輩。プライベートの行動にまで生徒会の看板を背負う必要はない。
「……うぐっ。た、確かに言われてみれば……」
「でしょでしょ! だからこの人と街のために、一緒にあのイカちゃんを倒そうよ、ホシノちゃん!」
「う、う〜〜ん……でも」
あと一押しだ! 俺も援護射撃に回る。
「ホシノがいてくれれば百人力だ。あの化け物相手でも、ホシノの力があれば絶対に勝てる。それに、もしもの時はなんとかするさ!……サクラコ頼りになっちゃうけど」
サクラコの方を向くと、彼女は少し困ったように可憐な微笑を浮かべた。
「はい。どこまでやれるかわかりませんが、もし何かあれば、私の所属する組織の力を借りて穏便に対処することもできます。なので、ホシノさんも一緒に働きませんか?」
「あなたの組織……?」
「不安に思う気持ちはわかります。自分の学園に危険が及ぶのではないかと心配されるのは、当然のことです。……ですが我々の組織であれば、その問題を解決することができるかもしれません」
「なんで、そこまで……それに、そんなことして私達になにを」
「別に見返りは求めておりません。……ただ、あなた方の心配を取り除き、困っている彼らの助けになりたいだけなのです。……ですのでどうか、この方達のために共に参りませんか?」
サクラコの真っ直ぐな瞳と気遣いの言葉に気押されたのか、ホシノは黙り込んだ。
しばらく沈黙し、長いため息を吐き出すと、ホシノは降参とばかりに肩を落とす。
「…………はぁ〜〜〜。分かりましたよ、そこまで言われたら腹をくくります。もちろん、他校の普通の生徒としてですからね!」
「やったー!!」
「ちょっ!? 暑苦しいです先輩っ!」
歓喜したユメ先輩が勢いよく抱きつき、ホシノの顔が豊満な胸に埋もれる。パタパタと暴れるホシノに、ユメ先輩は「ひぃん!」と情けない声を上げながら名残惜しそうに離れた。
「ほ、本当かい!? 君たち、本当に引き受けてくれるんだね!?」
「あぁ、任せてくれ。その代わり、クラーケンを倒した後は美味いものでも奢ってくれよ?」
「もちろんだとも! 逆にそんなことでいいのか?」
「いいからいいから!俺達はただ海水浴をしにきただけなんだからさ!それさえ出来れば、なんでもいいのさ!」
「おぉ! ありがとうございます!」
犬の市民は感涙にむせびながら、何度も俺たちの手を握り締めた。
こうして、俺たちの海水浴(モンスター退治)の最初の予定が決定した。
□□□
その後、諸々の作戦を立てた俺達は、奴をおびき寄せるために一番足の速い船を出してもらい、それに乗り込んでいた。一応、「こんな良い船、タダで借りちゃって良いんですか?」と聞いたら快くOKをもらったので、存分にこき使わせてもらう事にする。
あと、この船にスラりんとゲレゲレは乗っていない。
アイツらは軽いので、逃走中に振り落とされる可能性があるのと、俺達がいない間に魔物の群れが来る可能性を加味したからである。つまり、陸で防衛してもらう。
「それにしても、お礼が食事だけでよかったんですか?」
借りた漁船の舵を握り、スマホに移ったバイクの『AI・パトリシア』の指示を受けながら操船する俺に、ホシノが呆れたように問いかけてきた。
「不満なのか?」
「だって、あの怪物相手に戦うのに食事だけってのは、いくらなんでも釣り合いませんよ」
まあ、言いたいことはわかる。命の危険が付きまとう件に対して、金銭ではなくメシ代だけで引き受けるのに納得がいかないのは当然。……しかし、だ。
「でもさ、お礼の金を貰ったとして、あの役場の懐事情を聞く限りじゃ貰える額なんてたかが知れてると思わないか?」
「それはそうですが……」
「それなら、俺たちに払うよりも、これからの活気と商売で儲けて、これからも続けてもらう方がよっぽどいいと思わないか? その方がお互いに良い関係を築けるだろうし、築いた関係のお陰で良いことに転ぶ事もあるから。いわば、未来の投資的な?」
まあ、そううまくいかないかもしれないし、打算的な考えなのは百も承知だ。だが、全部が損になるわけじゃない。そう思っておかないと人生楽しくないからな。
「……ルイってたまに、すごく大人みたいな事言いますよね」
「いや全然だよ。全部打算だし、もともとそんな事まで考えて動いてないから。そうじゃなかったら、ホシノの言ってた問題のこととか、最初からフォローできなかったしね。サクラコいなかったら終わってたよ」
と言って俺が軽く笑うと、ホシノもあきれたようにふふッと微笑を浮かべるのだった。
〈ルイ様、そろそろです〉
スマホから聞こえた冷静な声を合図に、俺は慌ててスロットルを戻し、船を停泊させる。
「ルイ、ここですか?」
辿り着いたのは、クラーゴンが潜った場所からかなり離れた沖合。パトリシアによると、生体反応が最後に確認されたポイントだ。
「かなり岸から離れましたね。海面以外何も見えません」
ホシノが表情を引き締め、愛用のショットガンを構えるながらそう呟く。ユメ先輩とサクラコも銃を握り直す。因みに、俺とサクラコ以外の二人は、沖に出る前に制服へと着替えている。
さて、これから行うのはモンスター退治のための土俵作りだ。まずは奴を俺たちの有利な地上戦に誘い出す。
なに? 船上で戦わないのかって? こんな小型漁船で暴れたら、触手一発で真っ二つになって沈没確定だ。オセアーノン戦のような大型の客船とかならともかく、この船で真っ向勝負なんて自殺行為である。
だから作戦はこうだ。
海面に出てきたクラーゴンに攻撃を叩き込んで怒らせる。そして全速力で船を走らせ、無為ヶ浜の離れの浅瀬へと誘き寄せる。浅瀬に引っ張り出してから、全員で一気に叩く! 相手が浅瀬まで乗ってくるかは賭けだが、現状これ以上の案はない。
「よし、作戦通りに行こう!」
「はい。……そういえばですが、どうやってクラーゴンを海面に出すのですか?」
「……えっ?」
全員「えっ?」
しんと静まり返る船上。潮風の音だけが虚しく響く。
「……ごめん、そこまで考えてなかった」
ホシノが心底呆れたようなジト目でこちらを見つめてくる。
「なんで一番肝心な所を考えてないんですか」
「いや、その……近くまで来たら、こう、怒って勝手にドバーッと出てくるかな……って?」
実際、DQ11のイベントムービーではそうだったよ!?
「いつまで経っても出ないじゃないですか」
「それは……あっ! そうだイカは光に集まるから、海中にライトを照射してみるのは?」
そうだ! 相手は巨大なイカ。イカは光に集まる習性があると聞いたことがある。それなら……。
「確かに、イカの習性としては名案ですね。ですが、それは夜だからこそ一つの光に集まってくるのであって! サンサンと太陽が照ってる真昼の海でライトを照らしたところで、何の意味もありませんよ!」
流石は魚好き、ホシノは詳しいね。なんて呑気に言ってる場合じゃないんだが……。
〈あの……〉
「だいたい、いつもはすぐ気付けるのに。なんでこんな時に気付かないですか!」
「いやいけると思ったんだよ!なんとかなる精神で……こう上手くハマると——」「それでこうなってるんじゃないですか!」
「じゃあ!直接潜って攻撃、んですぐ上がるとか?」
「あんなデカいイカですよ?長い触手に捕まって海の中で最悪溺死です。それに、上がってこなかったら誰が船を運転するんですか!?」
「い、生き返れるんだし、よくない?」
ユメ・サクラコ・ホシノ
「よくない「です」!!」
「それに、目が覚める前に船が破壊されたらどうするんですか?」
後ろの二人がその通りと言わんばかりに深く頷く。
「うぐぐぐっ!!」
〈ルイ様……あの——〉
どうしよう……ぐうの音も出ない。
ホシノの反論が正論過ぎて何も言えない。流石に戦い慣れてるのか、戦いのもしもをわかっている。言い返せる気がしない。
完全に詰んだわ、これ。
〈ルイ様……ルイ様!〉
「ルイ?パトリシアが何か言っていますよ?」
サクラコの指摘により、俺はそれに初めて気づく。
「わるいパトリシア……どうしたんだ?」
みんなが俺の隣に集まり、パトリシアの声を聞こうと耳を傾ける。
〈ルイ様、すぐに船を出してください〉
「お?もしかして上がってくるのかアイツ!」
やはり俺の思った通り!と思ったのもつかの間、次にパトリシアから発された言葉は、俺の予想を超えるものだった。
〈対象の個体名、クラーゴンが5分前に移動を開始しました。現在、無為ヶ浜の方向へと進行を再開しました〉
全員「……えっ?」
〈……クラーゴンの速度を計測。時速、およそ20〜30キロ。陸までの距離を計測、約5000メートル。これを考慮した予定到着時間を算出。およそ、15から10分〉
全員「……えっ??」
〈時間と距離を更新——あと約12分後に対象が浜に到着する予定です〉
全員「……えっ???」
一瞬、何が起こっているのか理解できず、俺たちの思考は完全にフリーズした。
まさか、自分たちを無視して浜に向かうとは予想外だった。だが、他に気になることも増えた。……なぜ、クラーゴンはそこまでしてあの浜に拘るんだろうか?なにか理由があるのか?
……と、考えてみるがヒントもないのに答えが出るわけもなく。
〈ルイ様! 早く戻りましょう! 間に合わなくなります!〉
パトリシアの切迫した警告で、俺の思考は一転、俺もだがやはりみんなもパニックになっていた。でも、ゆっくり呆けている時間がないことだけは明白だった。
「ルイ!すぐに出して!」
「お、おう!!」
ホシノの言葉を聞き、俺は弾かれたように操縦席へと飛び込み、パトリシアのナビに従って面舵いっぱいに舵を切る。スロットルを限界まで押し倒すと、漁船は激しい白波を立てて反転し、全速力で無為ヶ浜を目指して爆走を開始するのだった。
高評価と感想、ここすきなどよろしくお願いします!
励みになります!
実は、パトリシアはバイクの試運転後に改良され、より完璧になるため、バイク以外の乗り物のサポートを可能にした。
因みに、スマホへの勝手な侵入は、生みの親の影響。
パトリシアに自覚なし。ルイも、特に今の所実害も無いため、悪さされない限りは侵入することは気にしてない。
あと、なんかルイとホシノとの会話シーンが豊富ですよね。仲のいい親友くらいの距離感してるし。気付いたら勝手に喋ってるんだよな。
皆勘違いするなよ?メインヒロインはサクラコなんだ!
即死、ザキ系の呪文、特技の導入 あり?なし?
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アリ
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なし
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どっちでも