帝国暦470年 帝都オーディン マッケンゼン邸
ゴットフリート・フォン・マッケンゼン
早いもので、俺が転生してからすでに12年,つまり俺は12歳になった。
結論を言おう。間違いなく、銀河英雄伝説の世界だ。
それに気づいた当初は、俺は大喜びした。
そして、それから多くのことがあり5歳位になるまでは大きな病気はしなかった、それでも病弱ではあったと思う。しかし偉丈夫の父の遺伝なのか、5歳を過ぎたあたりから、俺は健康になった。
よく家を抜け出しては母さんや姉さん、そして執事のマティアスやマティアスの奥さんのポムズ夫人を困らせていた。…いやわかってはいるんだよ。だけどこう…無性に家を飛び出して、遊び回りたい年頃だったって言うのか、そんな感じなんですよ…そんなクソガキムーブを8歳頃まで続けていた。
そんな俺のことを父さんは、いつも優しい笑を浮かべて笑っていた。マティアスは、父さんの幼い頃にそっくりだとよくぼやいていた。すると、父さんは「その私と一緒に屋敷を抜け出して、下町を駆けずり回ったのは幼馴染のお前だろ。」と言ってお互いに笑い合っていた。そんな2人を見て母さんとポムズ夫人は呆れていたが…それが我が家の日常だ。
心は大人であっても、体はやはり子供のためかやはり難しい話はそこまで考えられなかった。
しかしながら、多くのことに気づいたのがやはり8歳の時であったと思う。今の自分自身に大きな影響を与えた事はやはりこの2つの出来事だ。今思い出しても、これほど重要な事はなかったと思う。
4年前 帝国暦466年
「ではマリア、征ってくるよ。アーデルハイトとゴットフリート2人とも良い子にして、母さんやマティアスやポムズ夫人の言うことをよく聞くんだよ。」私たち兄妹の頭を優しく撫でて、子供の目線に合わせて話しかけた。その時父さんは、銀河帝国軍の軍服を着込んでいた。当時の階級は、中将。
以前からご先祖様が帝国軍人で、それからずっと我がマッケンゼン家の家系は帝国軍人の家系だと聞いてはいたけど、やはり実際に父さんが出征する姿を初めて見て衝撃を受けたことは本当に強く心に残っている。父さんは俺が生まれてからは、軍務省の軍官僚や近衛兵の連隊長や副師団長として帝都に留まっていたので8年ぶりの前線だと言っていた。
父さんは息子の目から見ても、充分有能で、昇進はもっと早いものだと思っていたが母さんが言うには、俺が生まれる前までは、前線で勇名を轟かせていたが自分の昇進よりも息子の元気な姿を近くで見ていたかったのだと言っていたそうだ。そんな父さんを少し困った様子でありながら、どこか嬉しそうに話していた母さんの姿が印象的だった。
「あなた… ご武運をお祈りしております。ですかどうか…どうか…ご無事で生還なさってください。」
「大丈夫だよ。私は必ず帰ってくる。みんなに手紙を書くよ。それではアウフ・ヴィダーゼーン。」
父さんは力強くそう言って出征した。
父さんを見送るときの母さんの悲しげな顔は今だに忘れることができない。
母さんの見せた悲しげで心配をする表情を見たのは今までに一度だけだった。
俺がはじめて母さんを見た日だ。それでもすぐに俺が目を覚ましたと知ると優しい笑顔を浮かべていた。母さんを見ると悲しみに満ちた表情をしていてもすぐに毅然とした態度になり、軍人の妻として父さんのことを母さんは送り出した。
それまでの俺はどこかこの世界が、まだ空想上の世界で夢にでも迷い込んでいるような心境だった。
出征する父さんは家族を心配する気持ちと誇りに満ちあふれた表情で別れの挨拶をした。
父さんを見送る母さんの悲しげな顔で俺はこの世界があの血に彩られた怒涛の時代。
銀河を天翔る名将達が綺羅星のごとく現れてはその命を削り合い、2人の英雄がお互いの主義や理想、夢のために争い、歴史の神とやらが大量の血を欲する時代であると言うことを再確認させられた。
そして、この出征から見事に武功を上げて無事に生還してきた父さんとの会話と言葉が心に強く残っている。帰還した父さんが普段は俺には入ってはいけないと言う書斎に案内してくれた。壁に埋め込み式の本棚があり、数多くの蔵書がある趣きのある部屋だった。部屋の奥には、仕事に使うであろう年季の入った仕事机。その他にも長い年月使われたであろう。机とソファーが置かれている。仕事机の後ろの壁には、我が家の〈銀河帝国の紋章と見事な剣〉の紋章が飾られている。父さんは、俺をソファーに座らせてテーブルを挟んだ反対側のソファーに座った。
父さんは分厚くて装飾が施された美しい1つの本を背後の本棚から取り出して、我が家の歴史について教えてくれた。
「我がマッケンゼン家は青眼帝マクシミリアン・ヨーゼフ2世陛下の元で近衛兵として仕えていた初代様が興した家だ。その功績により青眼帝は何度も爵位を授けると仰せになったが、我がご先祖様はそれを断り続けた。」本を開いて初代様について記されているページを俺に見せながら説明を始める。
「青眼帝の御代において初代様は近衛兵として常に大帝のお側にあって守護奉った。そして青眼帝の御命を幾度となく救われたのだ。青眼帝は何度も命を狙われ毒に犯されながらも、帝国を導かれたのだ。」
ページを1ページめくり青眼帝に跪き深々と頭を下げている父さんによく似た御先祖様の姿が描かれていた。
「あるときは、ご先祖様は、青眼帝を庇い重症を追われることもあった。またあるときは、とある貴族家や平民一家の冤罪を晴らすために自らの命を賭けられた。そしてある時は、反乱を起こした貴族の討伐の為に勅命を受けて、見事に逆賊を討ち破った。」俺の目を見ながら父さんはゆっくりと話す。
「誠に恐れ多いことではあるが、お二人は主従関係でありながら戦友と呼べるような間柄であったのかもしれないな。」穏やかに笑いながら顎髭を撫でて、そう言った。
「そこに青眼帝がご即位されてからミュンツァー司法尚書が加わったのだ。初代様は青眼帝がご即位する以前からお仕えしていたのだが、ミュンツァー司法尚書とはことのほか、馬が合った様なのだ。そんなお二人を見て、青眼帝は『武のマッケンゼン・智のミュンツァー』と言って功績を讃えていた様だ。初代様が残された日記を読んでいると、このお三方は、そんな間柄ではあったのではないかと感じるのだよ。」私の顔を見て、にこりと笑ってそう言った。
「青眼帝マクシミリアン・ヨーゼフ2世陛下は御先祖様に対してこのように言われた『なぜ其方は頑なに爵位を受けようとはせぬのか?其方の功績は伯爵の爵位さらに言えば、余からの元帥杖も辞退しておる。どちらとも分不相応ではない。 ミュンツァーも其方と同様に受けてはくれぬ。余に理由を教えてくれぬか?』すると、ご先祖様はこう仰ったんだ。」『臣は陛下に騎士としてお仕えしておりますれば。』御先祖様がそうおっしゃられると青眼帝はことの他喜ばれて、それ以降はご先祖様に対して叙勲の話をしなくなったそうだ。」父さんは穏やかな声でそう言った。
「それはなぜだかわかるか?ゴットフリート。」いつもの優しい口調であったが、今までにないほど真剣な表情で私にそう父は聞いてきた。
「ご先祖様は、自らが帝国騎士(ライヒスリッター)であることに誇りを持っていたからでしょうか?騎士として主君を守るのに爵位は必要ない。そのように思ったからではないでしょうか。初代様のお話を聞きてその人となりがなんとなくですがわかった様な気がします。」俺は父さんにそう言った。当時、俺はかなり緊張して答えていた。
父は優しい笑を浮かべて言った。大きな手で、いつものように俺の頭を撫でてくれた。
「その通りだ。ゴットフリート。騎士として、主君を守り、主君のために戦うことに爵位は必要ない。ご先祖様もそのように考えられたんだ。私は父から父は祖父から祖父は曽祖父からそして、曽祖父は初代様からこの教えを受け継いできた。そして私からゴットフリートお前に伝えた。お前も自分の子供にこの教えを伝えなさい。」
その表情は今までに見たことがないほど真剣で威厳に満ちており、瞳には力強さがあった。
「分りました。父上。」俺はいつも見せない真剣な表情でそう言って頷いた。すると、父さんは満足そうにゆっくりと頷いた。
「では、もう一つ聞こう…騎士とはなんだと思う。どのような存在だと思う?この場合私が言っているのは帝国騎士ではなく騎士のことだ。」しばらく考えた後、俺は父さん言った。
「戦う者でしょうか?敵を滅ぼすために?そして、誰かを守る者でしょうか?」私がそう言うと、父さんは髭を撫でながら言った。
「もちろん戦う者であり他者を守る存在だが、私が考えるのは揺るがない〈心の軸〉を持っている者と言うことだ。」
「この話をすると、いつも他家の貴族達には失笑されるが、私は良き騎士であろうとしている。騎士道精神を持ち、弱者を守り不条理や迫る危険から守る。これを心情にしている。世の中は、綺麗事だけでは生きていくことはできないが、それでも私は格ありたいと思っている。それが私の揺るがない軸だ。」そう言うと、父は見せたいものがあると言って、ソファーを立ち、部屋の隅にある重厚な箱から1つの剣を慎重に取り出した。
見事な造りの剣で、美術品としてよりも実戦的なものであり、装飾はあるが、決して華美な物ではない。おそらく長年使われたであろう。傷が至るところに見られる。
「この剣は青眼帝よりご先祖様が直にいただいたものだ。その時、青眼帝はこのようにおっしゃった。『良き騎士であれ。我が剣よ。』とな。お前はまだ知らないかもしれないが、名君でありゴールデンバーム王朝中興の祖と呼ばれる青眼帝はその生涯をかけて帝国の再建に取り組まれた。」
「ルドルフ大帝が帝国の統治を行うために、貴族と言うエリートを育成されたが、すべての者ではないが貴族たちは腐敗し、むしろ帝国の政を混乱させる者たちも現れたのだ。青眼帝はこのような貴族たちに生涯、頭を悩ませた。
父さんは会話を一区切りして、再び俺の瞳を力強く見つめる。
「ゴットフリート…常に誇り高き騎士であれ。騎士として恥じるような生き方はするな。時には不利益を被ってもなさなければならないこともある。助けを求める者には手を差し伸べなさい。そしてお前も自分自身の揺るがない〈心の軸〉を持ちなさい。」今まで見たことがないほどの気迫で威風堂々とした姿でそう言ったのだった。
俺はその時、心の底から思った。このような父さん…いや父上を持てて本当に良かった。そして感謝した。この人の息子に生まれたことを。銀河帝国ゴールデンバーム王朝末期においては、多くの貴族は腐敗し門閥を形成して徒党を組み、堕落した。その様子は原作にも描かれており、ラインハルト・フォン・ローエングラムがそうした貴族たちを次々に滅ぼした。
その様な時代において公明正大で騎士道精神を持ち合わせた、帝国騎士や貴族は一体他に何人いるだろうか。おそらく父上以上の人物は存在しえないだろうと。
「父上!私はこの場を持って誓います!このゴットフリート・フォン・マッケンゼンは次期マッケンゼン家当主として恥じることのない立派な大人になります!青眼帝マクシミリアン・ヨーゼフ2世陛下と初代様それに父上やみんなに!マッケンゼン家の誇りであるとおっしゃられるような立派な騎士と必ずなってみせます!」少し早口になりながらも俺の言葉を最後まで、父上は、耳を傾けてくれた。
あの時の父上の嬉しそうで、誇らしそうな表情が忘れられない。俺はあの時誓った。
必ずや、立派な騎士になってみせると。父上やヴァルハラに行った青眼帝やご先祖様たちに誇らしいと思ってもらえるような軍人になってみせると。たとえこの世界があの銀河英雄伝説の世界であろうともこの気持ちだけは誰にも負けるわけにはいかないと。
今思い出してみても、あの日の事は生涯決して忘れない、いや忘れてはいけないと思っている。
俺は自分の部屋の本棚にある一冊の古ぼけた本を手に取った。『ゴールデンバーム王朝における中興の祖 青眼帝 マクシミリアン・ヨーゼフ2世の生涯とその人物像』この本は、初めて父さんから贈られた本だ。この歴史書は俺の曽祖父にあたるフランツ・フォン・マッケンゼンが記した書物だ。
曽祖父はある時より軍人としてよりも歴史学者として著名な人だ。やはり実際に青眼帝に直接話を伺い多くの事実のみ(不敬罪になりそうな、事実は例外とする。)を記したことで高い評価を得た。
これにより青眼帝の在位期間の一次歴史資料となっている。そして現在の青眼帝研究を専門とする歴史家達の必読書となっている。
噂によると、帝国領からフェザーンに渡り、果ては同盟領でも読まれている様だ。既に何度も読んでいるせいか、綺麗な表紙がだいぶ痛んでいる。いつものようにこの本を手に取って考え込む。
青眼帝マクシミリアン・ヨーゼフ2世は銀河英雄伝説においては、銀河帝国ゴールデンバーム王朝の中興の祖として、また名君の1人としてその名が挙げられている。前世において、歴史好きが講じて銀河英雄伝説と出会った俺からしてみれば、知れば知るほど興味深い話だった。
これは個人的に思うことではあるが後世において強く影響を与えた歴史上の出来事の1つとして考えているのは、悪名名高い《劣悪遺伝子排除法》を有名無実化したことだと考えている。
1つ例え話をしてみよう。劣悪遺伝子排除法が、もしも、原作開始時点において有名無実化されていなければ後のローエングラム王朝初代軍務尚書であり、ラインハルトの元で総参謀長を務めたパウル・フォン・オーベルシュタインは罷り間違っても軍人にはなっていなかったと思う。
さらに言えば、原作には登場しなかったが、帝国軍を支えていた多くの軍人たちが存在しないことになっていたかもしれない。確かに数自体は少ないかもしれないが虚弱体質やオーベルシュタインのような生まれつきの盲目の者でも軍人を志すことができるようになった。オーベルシュタインは冷徹で非常な男として描かれていたが、彼がいなかった場合、原作世界はどのように変化したか俺にはわからない。
勿論彼のことを全面的に依怙贔屓して擁護するつもりは無い。
しかし、彼の存在が無ければリップシュタット戦役で戦死者と犠牲となった市民の数はより増え、内戦はより長期化したのではないかと思う。
ラインハルトが時代を焼き尽くして新たな帝国を創造した光なら、オーベルシュタインはその光の背後にいたなくてはならない暗い影の様な存在であったと思う。俺はオーベルシュタインが軍人を志し、ラインハルトの影にならなくては、宇宙の統一はより長くかかったかもしれないと思えてならない。
さらに、もう一つの重要な出来事と言えるのが、第二次ティアマト会戦だ。自由惑星同盟のブルース・アシュビーは第二次ティアマト会戦において帝国軍に対して、「軍務省にとって涙すべき40分」と呼ばれるほどの甚大な損害を与えた。この出来事によって、参戦した帝国軍の高級軍人達が多くが命を落とした。これによって人材不足に陥った帝国軍は、野心や才能はあるが栄達を望めなかった下級貴族や平民に対しても立身出世の扉が開き、多くの有能な若者たちが軍人を志した。
現在の帝国軍の実情を見てみればわかることだが、前線を支えているのは、有能な下級貴族や平民出身の軍人たちだ。これはまさに後のローエングラム元帥府に登用された提督たちを見ればわかりやすい答えになっていると思う。
こうした出来事一つ一つが現在の歴史を形作り、今の世界を形成している。全ての出来事が複雑に絡み合い1つ違えれば、また違った形の歴史を見出すと思うと、俺は歴史と言う概念の複雑でありながらどこか規則性が存在している場合と存在していない場合、双方の顔を持つ歴史と言う学問に対して、前世以上に強い関心を持った。
原作において、全く名前を聞か無かった我がマッケンゼン家はどのような歴史を歩んだのだろうか。それとも原作においては存在し得なかったなかのであろうか…考えても、考えても、答えは出なかった。
ゴールデンヴァーム王朝に対して絶対の忠誠を誓うことが騎士として正しいのか、それともラインハルト・フォン・ローエングラムに忠誠を誓い改革を行うことで、全銀河を統一することで戦争をなくし平和と安定の時代を築くことこそが騎士としての正しいあり方なのか答えはまだ出ない…。
だがいずれにせよ俺は誓った。そう…誓ったのだ。騎士として1人の男して。どの様なことがあろうとも俺は騎士として揺るがない自分自身を持って生きていく。
俺は誓った。
父上に顔向けできなくなる様な情けない生き方は決してしないことを。
俺は誓った。
騎士道精神を持ち揺るがぬ軸を持って生きていくことを。
俺は誓った。
誇り高き騎士となることを。
俺は大神オーディンに語りかけるようにそう誓ったのだった。