帝国473年 帝都オーディン マッケンゼン家墓地
ゴットフリート・フォン・マッケンゼン
冷たい雨が全身に降り注ぐ。
葬儀が終わり参列者達が各々の帰路につく中、俺は父上と姉上が埋葬された一族の墓地でだだ1人ただずんでいた。
母上には無理を言ってもう少しこの場に居させてもらうことにした。母上とアリーゼを送った後に家の者が迎えに来てくれることになっているが…申し訳ないことをしたな…。
昨日から降り始めた雨は未だに止みそうにない。
父上と姉上の葬儀には多くの人が訪れた。軍・文・民を問わず様々な者達が参列した。二度目の軍務省内での大将暗殺事件として悪い意味で注目されていると考えた軍首脳部は葬儀に力を入れることで事件解決に力を入れると共に軍全体が、この事件に対して非常に強い関心を寄せていることを帝国全土に知らしめるために行われたのだった。
葬儀が行われたのは事件から1ヵ月が経過してからだった。
父上が暗殺されてからの軍務省は大混乱に陥った。
現職の帝国軍大将が軍務省の敷地内で暗殺されたのは帝国暦 442年のクリストフ・フォン・ミヒャールゼン提督暗殺事件から二度目であったが、今回の事件は以前の暗殺事件よりもより大きな混乱をもたらした。
理由は父上が有能な軍官僚でありながら前線のことを詳しく知っている数少ない将官であったこと。さらに父がイゼルローン方面における辺境星域において行われる辺境警備任務の実施や訓練計画の調整を行う為の責任者であったこと。
父上が軍部が主導する補給物資の一部購入や艦艇の故障などによる軽微損傷の整備などを行う業務を統括していたことで様々な部門が機能不全に陥ったこと。更にこの業務は辺境貴族達の重要な収入源であったがこの事件の影響により収入は大きく減少したという。
姉上は若いながら優れた絵画の才能を持っており多くの芸術家を抱えるパトロン達が姉上の死を悼んで葬儀に参列した。さらにべストファーレン男爵は後に男爵夫人となるマルグレーテ・フォン・べストファーレン嬢も親子で葬儀に参列しており丁重なお悔やみの言葉をいただいた。姉上とはどうやら芸術について語り合える数少ない友人だった様だ。
軍務省の敷地内において爆発が確認されると直ぐに軍務省在駐の憲兵隊が初動捜査を開始したが、得られた情報は微々たるもので捜査は行き詰まった。現場には原型を留めない程に損傷した父上と姉上そして、マティアスの遺体が遺伝子情報から確認できただけだった。
軍務省の敷地内において帝国軍大将が爆殺された事件を帝国軍三長官は重く受け止め、数日の内に捜査能力において憲兵隊の最高主席事件捜査官の中で最も有能と言われている老練のアンハルト中将を首班とした憲兵隊と情報部による合同捜査開始した。
双方の合意のもと異例の合同捜査本部の開設を宣言し、更に中将をこの事件捜査を主導する特別捜査本部長に任命した。
大規模な捜査が行われ車に同盟製の爆発物が仕掛けられたことによる犯行であること、帝国軍少佐の軍服を着た何者かが慌てた様子で3人が乗車する車を止め、父上にカバンを手渡していたこと。その人物が何者かであるのかは軍のデータベースには登録されておらず、出入り口の防犯カメラに映った顔は軍及び内務省のデータベースにデータが存在しないことが判明した。一部の捜査官の中には同盟による犯行ではないかと考えるものもいたが、アンハルト中将は「それは状況証拠にしすぎない」と述べてさらなる捜査を進めた。
するとその人物が軍務省の受付で掲示した軍籍証明書も偽物であったことが分かった。
以上のことからこの何者かが極めて被疑者の可能性が高いことが判明し、様々な手法で捜査を進めたが入力の手がかりを掴む事はできなかった。
アンハルト中将はモノクルが似合う老紳士だが捜査の一時報告の為に我が家に訪れた時は、酷く疲労しており非常に心苦しい表情で我々遺族に深々と頭を下げてからできる範囲で捜査状況を説明してくれた。
捜査は現在進行形で多大の労力を費やしているが、新しい情報が得られず捜査は難航していることを教えてくれた。それでもアンハルト中将は「私の残りの軍人生活を賭けてでも必ず犯人を突き止める。」と私たちに言ってくれた。話を聞く限りでは、祖父に命を救われたことががあったとのことであった。
どうやら、これ以上の成果が得られないことから特殊な訓練と手厚い支援を受けた同盟の工作員が犯人であると考える者が軍の上層部におり、その可能性を隠すために捜査をうやむやにしているものがいるようだとアンハルト中将はこっそりと俺にだけ教えてくれた。また、これは持論ではあるがと前置きをして教えてくれた。今まで捜査を行ってきてこれほどまでに証拠がない事件はなかった。事件の痕跡がこれほどまでに残っていないと言う事は逆に不自然で、大きな力が働いている可能性がある。裏には、門閥貴族やフェザーンがいたのかもしれないということだった。そう教えてくれた中将に俺はお礼を言う事しかできなかった。
父上は本当に人望があったにだと思う。参列した多くの人々が心から涙を流して、その別れを惜しんでいた。冥福を祈る言葉と共に多くの温かい言葉を俺にかけてくれた。父上が俺に対して「誇り高き騎士たれ」と言った様に自らも誇り高き騎士であったのだと思う。
マティアスも優しいおじさんの様で厳しい師匠のようなそして、大好きな家族だった…。我が家の家臣であることから遺言書に記されている様にマティアスの父が同じ様に眠るマッケンゼン家の墓所に埋葬された。
姉上も面倒を沢山見てくれたとても優しい姉さんだった。幼い頃、病気の時はいつもそばにいてくれた…。姉上の墓前には大好きだった椿の花を供えた。
父上はまさに手本とするべきような素晴らしい人だった…この人のようになりたい…この人の役に立ちたい…心の底から、そう思えた人なのに…俺は…何かしてあげることができたのだろうか…。
俺は3人から受け取ってばかりだったのじゃないだろうか…何か返せたのか…いや…まだ何も返せていないじゃないか…。
…まだ3人には何も返せていないのに…。…まだまだ言いたいことや話したいこと…してあげたいことがたくさんあったのに…。
暫くの間、父上の墓前に佇んでいた。どれ程時間が経っていたのかは分からない。
雨は一向に止みそうもない。
俺は力無く父達の墓前で蹲った。涙が止まらなかった。
マッケンゼン家の男子が人前で軽々に涙を流してはいけない。生前父上が、俺が幼い時に言った言葉だ。
我ながらよく出来たと思う。家族達が全員涙を見せる中、俺は決して涙を流さなかった。
だかなぜか先ほどから前が霞んでよく見えない。雨が目に入ったのだろうか…それとも…
自然と拳に力がこもった。
だが暫くすると俺は地に膝をついていた。力が足に入らなかった。
「…父上ー!姉上ー!師匠ー!」
力強く握りしめた拳から血が出ようとも構わずその拳で俺は地面を殴りつけた。
「…たとえ誰であろうとも必ず!必ずだ!泥水を吸ってでも仇を討ってやる!この場をもって誓ってやるぞ!今に見ていろよ何年か後を!犯人を見つけだし、生まれたことを必ず!必ず後悔させてやるぞ!」
俺は慟哭し、癇癪を起こした子供の様に叫んだ。
俺はそれから何度も何度も雨に濡れた地面を血に濡れた拳で殴り続けた。
それでも力尽き怒りと悲しみに震えながら地面を睨み俺は、家族を奪った者たちへの復讐を心の中で誓っていた。
しかし、何故かふと父の言葉が頭よぎった。
あれはいつの頃だったろうか。父上から護身目的として剣術と射撃を習っていた時のことだった。
何合か父上と家の庭で剣を重ねた時に注意されたことだった。
父上の振るう剣にばかり注意を向けてしまい足場の悪さに気づかず、転んでしまったことがあった。
『ゴットフリート。物事の本質や本来の目的を見失うな。他のことに気を取られていては、本当になすべきことを見失ってしまうぞ。これは剣術や射撃以外にも応用できることだが、常に冷静で周囲を確認しいなさい。感情に身を任せていてはダメだ。剣術に関しては剣を振るう腕よりも足運びに注意しなさい。どんなことも足元がおろそかになってしまっては、本来の目的を見失ってしまうぞ』
この時の会話が脳裏をよぎり、俺は冷静になれた。
俺にはなぜかその時、父上が目の前に現れて、そう告げているように思った。
…そうですよね父上。復讐にとらわれていては、本来なすべきことを見失ってしまいますよね…。
「ローエングラム体制が確立してその時俺に権限があれば、父上達の死の真相を知ることが出来るはずだ。…だが…死の真相を求める事は、あくまでも本来の目的に至る道に過ぎない。ライハルトに協力して銀河系を再び1つに統一して戦争をなくそう。…それこそが3人が望むことのはずだ。俺に何ができるのかわからない…だが、原作の世界よりもより良い未来にしよう。そのために力の限り尽くそう…己の命をかけて…」自然とこの言葉が口から出ていた。
俺は墓所の墓標、すべてに視線を向けて地に優しく手をつき、言った。
「父上…姉上…師匠…並びにマッケンゼン家の御先祖様方…私はこの場を持って誓います。
不詳ゴッドフリート・フォン・マッケンゼンはこの命に替えても銀河系に再び統一と平和を。そして帝国と同盟及び、銀河系に住まう全ての民に安寧と秩序をもたらすことを誓います…どうか見守っていてください」
そう口にしてしばらくの間目を閉じた。今だけなら許されるはずだ…。どうか今だけ…涙を流すことを許してほしい…。
どれほど時間が経ったであろうか。そろそろ迎えが来る頃だろうと思い、移動しようとすると誰かの足音が聞こえてきた。どうやら待っていてくたようだ。表情は傘に隠れてよく見えないがアリーゼだった。寒いのか震えた手で傘をさして俺の側に来た。
すると彼女は急に傘から手を離して、倒れた。
「アリーゼ!」当初転んだと思った俺は慌てて彼女が元へ駆け寄り、彼女を起こした。しかし彼女が謝罪の言葉を何度も口にしているうちに、彼女の心からの叫びが聞こえてきた。
「…私のせいで!お父様が!…マッケンゼンお義父様が!…お姉様が!……お母様に会いたい…」そう言うや否やアリーゼの体は脱力して再び倒れかけるが何とか抱き止める。どうやら気を失っているようだ。とっさに額に手を当てると高熱を出していることがわかった。彼女が落とした傘を拾い彼女を抱き抱えると車に向かって走った。
どうやら車は、帰っておらず、ずっと俺の帰りを待っていたようだった。母上も車に乗っており、俺の帰りを待っていた。10分ほど前に、アリーゼが俺を迎えに行くと言って、傘を2つ持って車を出たそうだ。
アリーゼが熱を出していることを母上に伝えるとすぐに家に向かった。
それからアリーゼを自室のベッドに寝かせて医師が来たりと忙しい数日間を終えた。3日間ほど母上と俺そしてクルシュ夫人が交代で看病を行いアリーゼはようやく目を覚ました。
既にアリーゼが倒れる直前に話していたことを母上にも話しており。彼女が何を考え、何を思い詰めていたのかを自分なりの考えを用いて、話していた。アリーゼが話をしても、問題ないほど回復したことを確認すると、俺と母上は話を切り出した。
「アリーゼ…アリーゼのせいで不幸が我が家にもたらされたとは誰も思っていないよ。ましてやアリーゼのお父上とお母上が亡くなられたのは、アリーゼのせいではない。まして、父上や姉上の死に何も関わりはない。」俺の言葉にアリーゼに見えるように、母上もうなずいている。
ベッドで体を起こし話を聞く彼女に優しく穏やかに俺は思っていることを伝える。
「だからどうか自分をそんなに責めないでほしい。」
「私も心の底からそう思っているわ。アリーゼ…あなたは何も悪くないわ。」そう言うと、母上は椅子から立ち上がり、優しくアリーゼを抱きしめ始めた。
とうとう限界点に足したのか、アリーゼが大粒の涙を流し始めた。そして多くのことを話してくれた。
自分が関わった人は、全員不幸になるのではないかと、どこかよそよそしい態度をしていたこと。そんな事はないんだと。自らが考え始め、姉上と仲良くしていた。やさきに今回のことが起き、やはり自分は不幸を寄せつける不吉な存在であると考えていたこと。
彼女の言葉を聞いているうちに、俺も涙が止まらなくなった。幼い少女がここまで思い詰め苦しんでいたことに俺は気づくことができなかった。俺は彼女にゆっくりと近寄ると優しく頭を撫で始めた。
「お前の兄は絶対にアリーゼを一人ぼっちにしない。だから俺と母上には以前よりもっと仲良くしてほしい。」彼女は涙で赤くなった。目を擦りながら、何度も何度もうなずくのであった。
このこと以降、アリーゼは俺や母上には心を徐々に開き始めて時々ではあるが、以前のように子供らしい向日葵の様な笑みを浮かべてくれるようになった。俺はそのことがたまらなく嬉しかった。