帝国暦478年 帝都オーディン
ゴットフリート・フォン・マッケンゼン
帝国暦478年に俺達は士官学校を何事もなく無事に卒業して少尉に任官することになった。
「ほら…これで最後だ。」
そう言って部屋から運び出した荷物を詰めた段ボールをフリッツに手渡した。
「すまんな。俺の荷物運びに付き合わせてしまって」
「気にするな。早く終わったほうが早く飲みに行けるそう思っただけだ」そう言って、俺が肩をすくめるとフリッツは豪快に笑った。
「その通りだ。今日で学生生活は終わりだ。一週間後にはそれぞれの任地に行くことになるしな…もしかすれば、共に酒が飲めるのは今回が最後になるかもしれないのか…」先程の笑顔から悲しそうな顔に変わった。
「柄にもなく暗いことを言うなよ。どうしたんだ?昨日まではずっと、ようやく勉強から解放されると喜んでたじゃないか?」
「…確かにそうなんだが…姉貴がな…悲しそうな顔していてな。……ああ…すまん。だが…俺たちは軍人に本当の意味になったんだなと思ってな…」
「かまわんさ…確かにな、だがフリッツ。お前は…いや、卿はそう簡単に死にはしないさ。俺たちの中で何があっても死ななそうなのは卿だぞ?」俺が少しふざけたように言うと、彼は少し憤慨したような表情を浮かべた。
「…俺は真面目に言ってるんだぞ?いつもそうだ…卿とザムエルはいつも俺にそんなことを言って揶揄う。」
「すまん。すまん。だが少しは気分が晴れただろ?豪放磊落な卿にそんな顔似合わないだろ。いつもの通りでいれば大丈夫だ」頬を緩めながら俺はそういった。
「確かにその通りだな…よし!あと少しで終わる!ペースを上げるぞ!」
「その域だ!早く飲みに行こうじゃないか?さっさと終わらせてザムエルを迎えに行くとしよう。」
「心得た!」
俺とフリッツはそれから30分もかからずに荷物を彼の実家に運び終えた。任地が早々に決まったザムエルも必要最低限の荷物以外は実家に送り、俺は実家から配属先に向かうことになっているので、既に実家に荷物を運び終えていた。だが遅くに決まったフリッツは、人事部に出頭して辞令を受け取るなどで荷物をまだ運び終えてはいなかった。そのため今日になって、ようやくすべての荷物を運び終えることが完了したのであった。
荷物運びを終えると俺とフリッツは徒歩でザムエルとの待ち合わせ場所に向かった。なんでもない話をしながら歩みをすすめると、あっという間に目的地に到着した。
「待っていたぞ。店はもう選んである行くとしよう」ザムエルはにこやかにそういった。
「すまんなザムエル。店選びを任せてしまって」
「なに気にするなフリッツ。俺もゴットフリートに荷物運びを手伝わせてしまった口だ。だから気にするな」
「本当にそうだ。卿らは俺を運び人か何かと勘違いしてるんじゃないか?」俺が茶化すようにそう言うと、2人は互いに顔を見合わせて笑い始めた。俺も2人につられて笑ってしまった。
賑やかな街を歩いていると至るところに、俺たちのような士官学校を卒業した者達と思われる若者達が目に入った。時刻は19時を過ぎているためかあちらこちらの店では、既にかなり深酒し始めた者たちが目に入っていた。友人との別れを惜しむ者や、自らの栄達に夢を膨らませる者達の楽しげな会話が耳に入ってきた。その様子はどこか浮世離れしているようで、前世の縁日を思い出した。歌っている者、踊っている者、笑っている者。そんな人々がひどくまぶしく見えた。
「そろそろ着くぞ、この辺りだ」ザムエルがそう言うと俺は街並みに見覚えを感じ始めていた。
一体どこで見覚えがあるんだ?この辺りの通りには初めて来るはずだが…。そんなことを考えて歩いていると、目的地に到着した。
「ここだ。中に入ろう」ザムエルがそう言うとフリッツはよほど酒が飲みたいのか、早足で笑顔を浮かべて彼の後についていった。しかし俺は店の前で立ち尽くしてしまっていた。
立ち尽くす俺を見て2人が不思議そうな顔を浮かべて聞いてきた。
「どうしたんだゴッドフリート?」 「何かあったのか?」 ザムエルとフリッツがそう聞いてきた。
「いや、すまない…なんでもないんだ」俺はそう言うと2人の後に続いて店の中に入った。
まさか…キルヒアイスの生家の近くの黒ビールを出していたあの酒場とはな…。
何かの巡り合わせのようなものを感じてしまうな…。そんなことを考えながら、俺たちは円形のテーブルの席についた。
「この店は、黒ビールがうまいんだ。今夜は存分に飲むとしよう!」ザムエルがうれしそうにそう言った。彼は直ぐに、あの優しげな店主を呼んで注文をはじめた。
「黒ビールを大ジョッキで3杯。ザワークラウト、それからジャーマンポテトとソーセージの盛り合わせをお願いします」
「あいよ!…うん?兄ちゃんたちも士官学校の卒業生だな?たくさんサービスしてやるよ!」
「ありがとうございます!」フリッツが上機嫌にそう言った。
「ありがとうございます。ですがいいんですか?我々だけに…」申し訳なさそうに俺がそう言うと店主は俺の顔を見てから優しげな笑顔を浮かべて、こう言った。
「気にするな!気にするな!これから軍人さんになるんだ。戦場では、こんなうまい黒ビールやソーセージは食えないだろう。だからこの店じゃ毎年士官学校の卒業生にはサービスしてるんだ。だから気にするな!」笑い声を上げながら、割腹の良い小太りの店主はカウンターの奥の厨房に向かった。
「良い店主さんだな。だが、どうして俺たちが卒業生だとわかったんだろうか?候補生の制服はもう着ていないぞ?」フリッツが頭をかしげながらそう言った。
「それは多分。俺たちが同じような年頃の奴らがグループで店に来てるからじゃないか? ここ数日は、俺たちのような卒業生で賑わっているだろうからな」ザムエルがそう言った。
「確かにな…しかし、ザムエルはこんないい店よく知っていたな?」俺がそう聞くとザムエルは笑顔で言った。
「なに。それはなゴッドフリート。あのミュラーが教えてくれたんだ」俺が驚いているとフリッツが心底驚いた様子で言った。
「あのミュラーがか?あいつがやたらと物知りなのは知っていたが…何故そんなことまでで知っているんだ?」
「彼はもともと交友関係が広いからそういう情報には詳しいらしいからな。この辺で良い店はないかと聞いたら、ここを教えてくれたんだ。彼に聞いて正解だったようだ」ザムエルは言った。
「…これはいつかあいつを飲みに連れてやっていかないとダメな様だな…ミュラーには今度会ったら礼を言わないとな」俺がそう言うと、フリッツも「そうだな」と言っていた。
「…そのことだがな…ゴットフリート。ミュラーの奴は『どこか美味しい店に連れてってくださいね。マッケンゼン先輩』と言っていたぞ。頼もしい後輩じゃないか」とザムエルがおかしそうに言った。
「待て。なんで俺だけなんだ?」と慌ててザムエルにそう聞くと、今度はフリッツが答えた。
「それはまぁ…出会った時のことを、いまだに根に持っているんじゃないのか?」
「待て待て。それならフリッツ、卿も同じだろうが」俺がそう言うと。
「確かに俺もミュラーに詰め寄ったが、話も聞かずにいきなりミュラーを威圧したのは卿だろうが。」
「……」その言葉に対して、俺は何も言えなかった。
俺とミュラー…後にヤン・ウェンリーに良将と讃えられるナイトハルト・ミュラーとの出会いはこうだった。
姉上がそうだった様に、多くの芸術家のパトロンを担っているベストファーレン男爵邸訪問をしているアリーゼを迎えに行った今年の夏の休暇の日のことだった…。
たまたまフリッツと会う予定がありその帰途でアリーゼを迎えに行くことになっていた。
しかし、屋敷の前に行っても、アリーゼが見つからず2人であたりを探していると。
近隣の少し開けた公園で彼女が涙を流して若い男と向き合っているのが目に入った。その男は、アリーゼの帽子を持ち、彼女の前に立っていた。
その瞬間、俺はアリーゼが目の前の男に帽子を奪い盗られていると誤認してミュラーに対して殺気を放ち詰問したのであった。しかし、事実は風で飛ばされてしまったアリーゼの帽子が木に引っかかって泣いている場面に遭遇したミュラーが木に上り帽子を拾ってくれていたということであった…。…すぐには、彼とは気づかなかったんだな…。
話しをすると彼は父と共に付き合いのある貴族の屋敷を訪問していたということだった。2人の会話が長引きそうなので、あたりを散歩していたと言うことだった。
「…まぁ。さすがにミュラーも怒ってはいないとは思うが…。必ずどこかうまい店に連れて行った方がいいと思うぞ?」ザムエルが苦笑いを浮かべながらそう言った。
「その通りだ…これはますます生きて帰らなくてはならなくなったな…」 俺は深いため息をついた。
「まぁそんなに本気にならなくても大丈夫だと思うぞ。ミュラーも笑いながら言っていたからな。」
「いや…確かにあの時の事は謝ったが、生きて帰って来れたら必ずあいつを、うまい飯を食いにでも連れてってやろう」俺がそう言うと、2人は面白おかしそうな顔をした。
「卿は相変わらずお人好しだな」と笑いながらフリッツが言い、「なるほど…だから女性に好かれるのか」とよくわからないことを言ったのがザムエルだ。
「ほっといてくれ…それから、俺は女性には好かれてないぞ?」俺は気恥ずかしくなって、2人から視線を外した。
なぜだか、2人から、ひどく残念な生き物を見るように見つめられたが…そんなことを話していると、酒と料理が到着した。
「お待ちどうさま!」とニコニコ顔の店主がテーブルに料理を並べ始めた。
ジョッキに並々と注がれた芳醇な香りを放つ黒ビール。香草が練り込まれているのか、いい香りがする山盛り香草が練り込まれた大量のソーセージ。できたてなのか湯気がまだ見えるジャーマンポテト。
椅子から立ち上がって俺とザムエルの顔を見てフリッツがジョッキを掲げて言った。
「俺たちの卒業を祝ってプロージット!」
「「プロージット!」」
ジョッキに並々と注がれた黒ビールを掲げ、ジョッキ同士を付き合わせてた。
今夜は楽しくなりそうだ。
それから俺とザムエルが黒ビールのジョッキを5、6杯空け、フリッツは10杯近く飲みながら、学生時代に思い出話や、今後の未来への展望などを一通り語り終える。すると酔いが回りながらもザムエルは真面目な顔で言った。
「…俺はイゼルローン要塞の駐留艦隊の駆逐艦。フリッツはフェザーン回廊付近の巡航艦の哨戒部隊。そしてゴットフリートはノイエ・サンスシーの近衛兵。全員がバラバラになってしまったな」
「全くだ…俺も卿らの様に宇宙への配属を希望していたのに…どういうわけなんだ。軍務省は何を考えているのかと直接、尚書閣下に聞きに行ってやりたいよ…我が家の事情を抜きにしてもな」
これには本当に驚いた。俺たちは3人とも艦隊勤務の配属を希望していた。
卒業席次で考えてみても何とか中の上に食い込んでいるフリッツ。…平均より上位の上の中のザムエル。
そしてどういう訳か第6席次で卒業したことで上の上と言われる俺。成績的に考えてもザムエルは俺と同じほどだと思ったが、どうやら総合格闘技大会での優勝やシュミレーション大会の決勝戦での作戦指揮能力が、反映されている様だった。
そして…誠にアホらしいがどうやら俺が帝国騎士とはいえ貴族である点が原因であるらしい。その証拠にどういうわけか上位8名は貴族に限られている…全くふざけたことだ…。確かに評価が同程度なら個人の能力や、性格といったものから判定をつけるのも良いだろう。しかし、それを家柄まで持ち込むことが一体何の意味があるんだ?同盟軍は相手が、名門貴族の息子なら、手加減でもしてくれるのか?戦闘行動において家柄が良いと言うのはアドバンテージになるのか?…それがもしも、謀略を交えた高度な戦略ならば話は別だが、家柄を鼻に掛ける貴族で碌な奴に会った試しはない。
話しを戻そう。
勿論、配属先は卒業席次の上位者から人気な部署へと配属される。確か今年の首席殿は宇宙艦隊総司令部に、次席殿は軍務省の軍務局に配属されたという。
いわゆる“華形”と呼ばれる部署だが違った意味で名誉であり人気の部署が存在している。
それが帝国近衛兵だ。
近衛兵総監をトップとする部署であり、装甲擲弾兵総監や憲兵総監の様に、総監の指示のもと特殊な軍務を担う兵種だ。皇帝及び皇帝一家を守護やノイエ・サンスシーを警備するのが任務である。
また、並大抵の事では配属を許されることがないことで有名でありある意味、最難関とされている部署だ。本人の成績以外にも、容姿や家柄、個人の戦闘技術。さらに宮廷教養や皇帝に対する忠誠心。これ以外にも必要と考えられているものが数えられないほど存在している。
そのため、近衛兵は親から子へと非公式であり例外も存在するが世襲するのが習わしであると考えられている。父上は確かに近衛兵であったが祖父は違った。であるから父上が近衛の連隊長に就任した際は、いい意味でも悪い意味でも注目されたとのことだった。このような理由からまさに寝耳に水とも言える様な配属先であると言える。
通常であれば俺の席次であれば正規艦隊の幕僚・運営チームか、軍務省において軍事行政を管轄する様々な部署又は、統帥作戦本部総長が管轄する統帥本部であろうか。
俺が第一希望に申請したのは宇宙艦隊の正規艦隊への配属。第二希望が正規艦隊の分艦隊旗艦への配属。第三希望が最前線の基地に駐屯する装甲擲弾兵部隊の小隊への配属だった。要するに俺が申請した配属希望は何一つ通らなかったことになる。
「だがそれにしてもゴットフリートの希望先が何一つ通らないことは驚いたな。それに…近衛とはな」フリッツが顔を赤くしながらジョッキを傾けながら言った。
「俺たち平民からしてみれば、雲の上のような話だ。配属先は近衛第三大隊だしな…」とザムエルがそう言った。
「それに一番驚いているのは俺だ。…確かに我が家の家名はそれなりに知られているが、あくまでも下級貴族だ。どのような理由があって、こんな人事が通ったのかは、わからないが正直に言えば迷惑している。…何か裏の事情のようなものを感じてならないんだ。確かに父上は、近衛を経験している。しかし普通に考えてみれば、俺の家柄は近衛に任命されるようなものじゃないんだ」と俺は2人に語った。…ジョッキに残っていた黒ビールを一気に煽るが、先程まで感じなかった苦みがやけに口の中に残った。
帝国の貴族の中において、爵位による序列と言うもの以外にも序列や派閥争いは、もちろん存在している。それは公爵や伯爵と言った爵位に限るものではないと言うことを思い知らされた。
原作の物語を読んでいるだけではわからなかったが、派閥ごとの組織構造やブランシュバイク公やリッテンハイム侯と言った様な門閥を形成している大貴族以上に我々帝国騎士の方が遥かに難解で複雑な階級社会なのである。帝国騎士と一括りにされてはいるが、中身は大きく異なっている。
歴史はあるが財力が低い権勢を誇っていない家、この様な家の多くの場合は、歴代の皇帝に仕えて平民から貴族に列せられた歴史を有している家系などが存在するが、我がマッケンゼン家もこの例に該当してる。
ロイエンタール家の様に当主の才幹で急速に力を持った家、もちろん由緒ある歴史を持っている家と言うこともあるが、中には婚姻や養子縁組により、帝国騎士となった家も存在している。ロイエンタール家は由緒ある帝国騎士の家系だが、代々の帝国騎士の家系と財力や婚姻政策で帝国貴族に列せられた新興の帝国騎士との関係性はかなり険悪なのだが。
まぁ何が言いたいかと言えば、俺は本当に迷惑している。はっきり言えば、場違いな場所に放り投げられることに対して困惑を感じていて何者かの思惑を感じている。…周りは、何世代にも渡り近衛兵を輩出してきた名家だ。俺の様な帝国騎士の家系は限られているだろう。
…いやもしかすれば、限られている所か1人もいないかもしれない、そんな場所だ。帝国騎士同士の家柄による対立がお遊戯に思える位の血みどろの権謀術数渦巻く宮廷闘争が行われる場所だ。この様な場所に家柄と爵位に護られていない新米少尉が配属されればどうなるかは火を見るよりも明らかだろう。
更に配属先がこれまた大問題なのだ。通称近衛第三大隊。正式には銀河帝国軍、第一近衛歩兵師団、第一旅団隷下の第三近衛大隊。銀河帝国には建国当初の名残で複数の近衛師団が存在しているのだが、第一近衛歩兵師団は帝都に駐屯して首都防衛を担っている。しかし、第一近衛旅団は他の旅団と異なる組織機構造をしている。
第一から第三大隊の隊員が交代でノイエ・サンスーシー宮殿の警備を担うことになるが、それぞれの連隊の主業務は以下のようになる。
第一大隊は皇帝の親征の際に随行する部署であり、名門貴族の子弟の多くがここに配属される。開設当初は異なっていたようだが皇帝による親征が行われることが無くなった現在では名誉職となりつつある部署である。
第二大隊は皇帝臨御の式典や巡幸に参加する儀仗兵の役割を持つ部署で見栄えのいい眉目秀麗が求められ、第一位中隊同様に家柄が重視される部署である。余談ではあるがユリウス一世を暗殺したフランツ・オットーに自裁を命じられ寵姫の妹を持った近衛士官が所属していたのはこの大隊である。
しかし、俺が配属されることになる第三近衛大隊の職務は戦場に出征することでも、式典に参加することでもない。
帝国における最重要人物である皇帝の身辺警護にある。さらに第三大隊は宮殿警備の職務上権限が被る第一、第二大隊に敵対視されている。間違いなく面倒ごとに巻き込まれる部署と言っても過言ではないだろう。第一、第二大隊に配属されるよりも名門貴族との対立は避けられる可能性が僅かに高いが責任は他二つの大隊とは比べ物にならならず、自分自身の失態が一族全員に及び兼ねない部署なのである。
この情報は父上が残していた手記で知ったものであり、第三大隊は皇帝の身辺警護を担うという事しか知られてい。
そんなことを難しい顔をしながら考え込んでいただろうか、ザムエルとの会話は続けていたが話しかけても俺の返答が直ぐに終わってしまうので心配そうに話しかけてきた。
「…すまん。気分を悪くさせたか?…近衛の話は別に卿を貴族だからとか、俺たちが平民だかと区別したつもりで理由で言ったわけではなくてだな…」その言葉を聞いて俺は大分思考の海に潜っていたことに気づかされた。俺は慌ててザムエルに返答した。
「いや。こちらこそ済まない。別に気を悪くした訳ではないんだ単純に任官先のことを考えていてな」
…正直に言えば彼に全て話してしまいたかった。自分が配属される任官先がどの様な伏魔殿なのか。だが親友たちに彼らが心配してもどうにもならないことに対して、余計な心配をかけて彼がこの先の任務で支障をきたすことになるのは何よりも望まない。二人もこの先の任務のことについて高揚し、夢を描くのと同じくらいに自らの将来に不安を感じているはずだ。…友に余計な心配をかけるな…。そんなことを俺は自らに語り掛けて、 叱咤した。
「…必ずこの先、生きて再びもう一度今日の様に共に飲みに来ようザムエル。俺は卿と過去の思い出話だけではなく未来の夢や希望についても語り合いたい」俺は彼に出会った時の様に手を差し出した。
「もちろんだ。卿とはこの先も良き友人でいたい。必ず飲もうゴットフリート。卿にはいつか必ず俺の結婚式に友人代表として祝辞を述べてもらうからな」彼は俺の手を力強く握ってきた。お互いの顔を目をしかっかりと見てから固く握りしめた手を離した。
「…なんだよ?いい人がいるのか?」と俺は揶揄う様にザムエルに尋ねた。もしかしたら、原作で結婚していたようにその女性と既に出会っているのかもな。だとするなら健康面について気を付ける様に、それとなく伝えておくか?確か奥さんを病気で亡くすことになるはずだからな。…ザムエルにもフリッツにも幸せになって欲しいからな…。
「…ほっといてくれ。いつかそんな相手に出会えるといいなという話だ。フリッツ…卿からも言ってやれ。ゴットフリートの様に女性からの…」と言いかけた所で話すのを止めたザムエル。なんだ?と視線でザムエルに尋ねると横を見ろと視線を行ってきた。視線をフリッツに向けると。
……ジョッキを抱きしめながら顔を真っ赤にして船をこぎながら眠っていた。……静かだなとは思っていたがまさか寝ているとはな…全く気が付かなかったが、俺も相当酔いが回っているな。
「…今日はこのあたりでお開きにするか」ザムエルが言った。
「そうだな。フリッツも潰れてしまったことだしな。…酒は強かったはずだが…」と俺が口にすると。
「…多分俺たちの倍くらいは飲んでいるはずだ。最初から飛ばしていたし、料理を食べながらだったが明らかに飲む量の方が多かったからな」とザムエルが語りなが肩を軽く揺さぶるとフリッツが目を覚ました。
「…?…眠っていたのか…飲みすぎた…」と寝ぼけながら赤ら顔で言った。
「フリッツ。帰るぞ立てるか?」と俺が尋ねると大分おぼつかないが立ち上がり財布を渡してきた。
「…悪い。払っといてくれ」と言ってきた。…不用心な奴だと思って割り勘ではなく俺が多めに財布から取るかもしれんぞ?
と尋ねるが「俺の友は!そんなせこいマネをする男じゃない!」と吠える様に言って直ぐにまたウトウトし始めた。思わず俺は黙り込んでしまった。
「…酔っ払いに言いくるめられたな?」とフリッツに肩を貸しながらザムエルも程よく酔いが回った様子で言ってきた。
「ほっといてくれ…」と言いながらもザムエルが財布を渡してくるので受け取ってから自分の財布も取りだして、カウンターで他の客のジョッキに黒ビールを注いでいた店主に会計を伝えると直ぐに会計に入ってくれた。
値段までサービスしてくれるようで適正価格よりも大分安かった。料理も美味しかった上に注文していない、ザウアーブラーテンやカッセラーもサービスしてくれた。会計を終えてから俺は店主に声を掛けた。
「本当にありがとうございました。美味しかったです」と俺は店主に頭を下げた。
「気にしなくていいぞ。それよりも兄ちゃんも元気でな?任官してからも友達と是非来てくれよ?」と人好きのする笑顔を浮かべて送り出してくれた。店を出るとフリッツの肩を支えながザムエルが待っていた。
「すまん待たせたな。手を貸すか?」俺はザムエルに財布を手渡して、フリッツの財布を彼のポケットに入れた。
「大丈夫だ。フリッツは俺が官舎まで連れて行くからゴットフリートは家に帰れ。官舎とは反対方向だろ?」
「だが…」と俺が渋っていると。
「態々反対方向に行くことは無い。早く家族の元に帰ってやれ」とザムエルが言ってきた。
「…分かった。済まないな必ずまた再会しよう武運を祈る。フリッツを頼むぞ」とザムエルに声を掛けて「フリッツ。武運を祈るぞ」とうつらうつらしている彼に声を掛けた。僅かに頷いた様に見えたのでザムエルと顔を合わせて笑った。
「ゴットフリートにも武運…いや健康を祈るぞ。次の再会を楽しみにしているぞ」と次の再会を誓って二人とは別れた。俺は二人の背中が見えなくなるまで見送ると、夜の帳が既に降りた夜の帝都オーディンを一人歩きながら家路についた。
バスはまだ出てはいるし、自動操縦のエレカも近くにあったが歩きたくなって、夜の帝都を歩いて帰ることにした。昼の帝都とは違った顔を見せており、明かりは疎らでどこか前世で慣れ親しんだ大学の下宿先周辺の様な雰囲気を感じた。夜風が頬を撫でて酔いによる熱を冷やしてくれた。
俺は家路を歩みながら、ひたすらにこの先の銀河英雄伝説の世界はどうなるのかということで頭がいっぱいになっていた。自分と言う異分子がこの世界の対してして与えた影響について。しかし考えは定まらなかった。酔った頭でこんなことを考えても仕方が無いと結論づけて歩みを速めた。
四十分程歩いて家の近くの広場にたどり着いた。広間の入り口からでも確認することができるルドルフ像の一部を一瞥して、内蔵されているカメラにはできるだけ映らない様に歩いて帰ろう…下げたくもない頭を下げるのは癪だしなと思いながら広間を横切ろうとすると人だかりが見えた。
…なんだ?と思いながらも目を凝らそうとすると……
助けてください…!
若い女性の泣いている嗚咽にも似た掠れた小さな悲鳴が聞こえてきた。俺は声が聞こえると同時に走り出した。考えるよりも早く身体が動く出していた。全力疾走で声の元に駆け寄ると一人の女性が下卑た笑みを浮かべる五人の若い男たちに囲まれていた。そして今にも乱暴されそうな場面であることを俺はすぐに理解した。
「何をしているか!!」俺は男たちに怒鳴りつけた。男たちが俺の存在に気付いて視線を俺に向けてきた。…!…共に今年、士官学校を卒業した者達だった。こちらに卑しむ様な視線を向けてくる者達で会話したことがない者達が殆どであったが首魁と思われる男とは面識があった。去年の戦術シュミレーション大会の初戦で徹底的に叩きのめした門閥貴族の一門の男だ。男たちからは嗅ぎなれない香水か何かの臭いとアルコールの混ざり合ったような嫌な臭いがした。
「貴様!?マッケンゼン!?どうしてここに!」一人の取り巻きの男がしゃべりかけてきた。
「…?マッケンゼン…あの卑しい帝国騎士か…。あの時は良くも公衆の面前で辱めてくれたな!」と傲慢で卑しむ表情を浮かべて吐き捨てる様に首魁の男が話し出した。
「貴様の様な名ばかりの貴族とは違い我ら正当な貴族はルドルフ大帝が定められた高尚な義務を行っているだけだ。貴族と呼ぶのもおこがまし犬が…誠の貴族が慈悲をこの女に慈悲を与えようとしているのだ」いやらしい下卑た笑顔を浮かべ女性の腕をつかみながら笑い声をあげた。取り巻きたちも一斉にいやらしく笑い出した。
「義務だと?……ルドルフ大帝は若い女性を集団で囲み、慰み者にしろとおっしゃたのか…。貴様らに帝国軍人としての名誉はないのか。誇りはどこへ行った。そろいも揃って臆病者の集まりなのか?」俺は腹の奥底から湧き出てくる怒りを抑えながら語った。自分でもこんなに低い声が出せるものなかと思うほどに、低い声が出た。熊の唸り声の様だった。……俺は今恐らくアリーゼには見せられない程に恐ろしい表情を浮かべていると思う。
「…ひっ…汚らわしい犬が。犬の分際で人間の言葉を喋り我らの遊興に口を出すか!?構わん!その卑しい犬に己の身分を教育してやれ!」と怯えた表情を浮かべて取り出した護身用の小型ブラスターを取り巻きに向けて指示を出した。
取り巻き達四人は怯えながらもその指示通りに殺到してきた。彼らの手には護身用の電磁警棒が握られていた。だが俺は今までに無いほどに視界が澄み渡った。かつての陸戦総合格闘技大会の激闘を演じた決勝戦以上に頭が冴えた。青眼帝と初代様の誓い。父上との約束そして、己が掲げた「良き騎士」としての理想像。そんな記憶や思いが、走馬灯の様に脳内を駆け巡った。
いまだかつてないほどの騎士の義憤がゴットフリートを支配した。
最初に詰め寄ってきた男は、四人の中でも大柄な男で、電磁警棒を突き出した。
ゴットフリートは最初に迫ってきた、その男が繰り出す電磁警棒を左手で「つかみ取った」燃えるような鋭く痺れる痛みを感じながらも鷲掴みにした。唖然としている男に右手で渾身の正拳を顔面にそして、怯んだ所に、顎の下から突き上げる様に拳を叩きこんだ。190cmに僅かに届きそうな長身のゴットフリートから繰り出された拳に殴られた男は鈍い音を立てて真後ろに倒れて、動かなくなった。
二人目は中肉中背の長い金髪の優男で驚きと、恐怖の表情を浮かべながら、ゴットフリーが一人目を殴り飛ばすと同時に横から打ちかかった。
「遅い!」無意識にゴットフリートは吠えていた。
ゴットフリーは男が電磁警棒を振り下ろすと流れる様に早くかわして、男の乱れた髪を鷲掴みにする。怯んだ所を髪を思いきり引っ張り、渾身頭突きを鼻先からお見舞いした。
「う…がっ……」と優男は鼻から血を流して石畳に倒れた。
更に間髪入れずに襲ってくる男は、一人目と二人目よりも小柄で、電磁警棒では効果がないと悟ったのか折り畳み式のナイフを突き出してきた。
「……やめろ!来るな!?」とゴットフリートの間合いに入って我武者羅にナイフを振り回していた。
ゴットフリートは恐怖を感じなかった。繰り出されるナイフの軌道を最小限の動作でかわしながら動きを見切ると
ナイフを持った腕を左手でつかむと右手で、鋭利な剣を振るう様に首筋に手刀を振るった。肺から空気が漏れる不快な音が響いた。更に間髪入れずに、膝をついた男の鳩尾へ、重い蹴りを叩きこんだ。男は内臓を押し潰された様に悶絶して白目を剥いて崩れ落ちた。
四人目はやや肥満体系で明らかに狂乱していた。唸り声を挙げながら狂ったように電磁警棒を振り回して飛びかかってきた。青白い光が広場を照らした。どうやら、警棒の出力を最大まで上げている様だった。
ゴットフリートはその警棒を、避けるのではなく男の手ごと柄の部分を渾身の力で握りしめた。男は指の骨が軋む様な痛みに耐えかねて警棒を手放した。ゴットフリートは男を地面に組み伏せて地面に落ちた警棒を奪い取る。逆手に持ち替えて振り下ろすように、躊躇なく男の胸元めがけて振り下ろした。
「あ、が……っ!?」
最大出力まで上げられた電磁警棒の電流が男の全身を巡り、筋肉がに硬直して、肉の焦げるような臭いを嗅ぎながら男の意識が電撃で失われるまで続けた。
俺は息を切らしながら、高価な装飾が施された小型のブラスターを震えながら向けてくる首魁の男に詰め寄った。
「その女性を放せ!!」俺は声を荒げた。
男は女性を突き飛ばすと、涙を流しながら何かを、わめきながら銃口の照準を必死に合わせようとした。
男が震えた手で銃口を照準を合わせるよりも早く間合いに入り込んで、本当に軍人の腕なのか?と思うほど柔い腕ごとつかんで銃口を空に向けさせた。自分の指をブラスターのトリガー部分に突っ込んでブラスターのエネルギー源が切れるまで空に向かって撃たせようと考えて、ひたすらにトリガーを引いた。手入れが行き届いていなかったのか十発ほどでブラスターのエネルギー源は切れた。
泣きわめいている男に渾身の拳を顔面に叩きこんで、沈黙させると俺は腰を下ろして荒くなった、呼吸を整えた。
「……流石に無理が過ぎたな…なんだよあの戦い方…考えるよりも早く身体が動いたぞ…」とそんなことを俺は考え口にしていた。
そして、冷静になり呼吸を整えるとすぐさま地面にうずくまっている女性に声を掛けた。
「…怪我はありませんか?」俺は膝をついて彼女の視線に合わせてそう尋ねた。
「…えっ…」と涙で頬を濡らした女性は状況に理解が追いついていないのか啞然としていたが、数十秒の気まずい沈黙の後に女性は再び泣き出してしまった。
!?…泣かせてしまったぞどうすればいいんだ!?とパニックになりけたが、彼女が薄着なことに気づいた。彼女の上着が石畳に落ちているのを見つけたが、先ほどまでの混乱によるものなのかそれとも俺がくる以前に破かれてしまったのかボロボロの状態だった。
俺は自分の上着を彼女の肩にそっと掛けた。彼女は泣き止んで涙で赤くなった瞳を広げてこちらを見てきた。
一分ほどの沈黙が過ぎると彼女は小さな声で呟いた。
「…ありがとう…ございます」と俺も緊張とアドレナリンの分泌が終わったのか、ようやく落ち着くことができた。彼女の言葉に対してなんとか頷くと再び腰を下ろした。
遠くから警察のサイレンが聞こえてきた。ブラスター発砲音を聞いた近隣住民の通報があったのだろうか……。
とにかく疲れたな……。