帝国暦478年 装甲擲弾兵副総監部 執務室
ゴットフリート・フォン・マッケンゼン
オフレッサーの執務室はOVAで描かれた、彼の邸宅の客間とは違って動物の剥製が壁に掛けられてはいなかった。執務用の机に椅が置かれて、本棚さらに来客を迎えるためのソファーが二つとテーブルが設けられているだけであった。熊親父は大きな音を立ててソファーに腰を下ろした。俺は准将が熊親父に続いて腰を下ろしてから向かいに腰を下ろした。
「これでようやく話ができるな」
「貴様は今回の件について多くの疑問を持っていると思う。まずは貴様の疑問について答えてやろう」
「ではまず今回の騒動において何故小官を助けて頂けたのか理由をお聞かせ願いたいです、確かに閣下とは以前に面識を持っておりましたが、それだけで助けていただけたとは思っておりません」
「…貴様はこの建物に入った際にどう思った」
妙なことを聞いてくるものだな。しかし違和感と言えばあれしかないだろう。ここまで対照的ならな。
「この装甲擲弾兵副総監部は人員が多く規律が高く、士官一人一人が活力に満ちているように感じました。しかし、このフロア以外は人員が疎らで幾人かいた士官も…皆覇気がなく、装甲擲弾兵でありながら…自己鍛錬が足りない様に見受けられました」
この階に到着するまでにすれ違った全ての士官に言えることだがまず他の陸戦隊とは異なり装甲擲弾兵は精鋭中の精鋭である。前線においては、地上制圧は勿論のこと様々な任務において先兵として派遣せれる傾向が強い兵科である。当然のことではあるが装甲服を着用しての長時間の戦闘には強靭な肉体と精神力が求められる。
しかしながら、副総監部以外の士官はとてもではないが前線で装甲服を着用して戦闘が行える様な者ではなかった。軍服の上からでも分かるほどに贅肉がついている者、先ほどまで飲酒していたのか顔が赤らんでいた者、仕事を行わずに賭博に興じる者。…とてもではないが、これがあの装甲擲弾兵の総監が管轄している建物なのかと困惑した程だ。
「貴様にも分かったであろうがこの階にいる人員を除いて装甲擲弾兵を名乗るには値しない屑ばかりだ。総監のバルトシュタット上級大将は門閥貴族に属しているおかげで役職についている様な奴だ。総監部で使い物に成るのは佐官クラスでは中佐以下の有能な者たちだけだ」
「しかし、いくら門閥貴族に組していたとしても装甲擲弾兵総監の重職を続けられるものなのでしょうか?いくら規律が緩んでいたとしても前線で白兵戦を行う装甲擲弾兵のトップでいられるとは小官には思えません」
俺がそう言うとオフレッサ―は腕を組んで熊の様な笑い声を挙げた。
「貴様も意外と優秀に見えて世間を知らんな。ここでは士官学校では学べなかった多くのことをここでは学べるだろう」笑うのを止めて今度は険しい顔で説明し始めた。
「いいか。これが現在の帝国の現状なのだ。門閥貴族に属すものや取り入ることでいい思いをする奴らが前線で戦う多くの将兵の屍の上に自らの安楽な生活を享受しているのだ…」
熊親父は握りしめた拳をテーブルに叩きつけた。
「単刀直入に言うぞ。バルトシュタットを追い落として俺は装甲擲弾兵総監に就任することを目指している。この現状に対して俺と同様に危機感を抱いていたミュケンベルガー元帥は足場を固めさせてから俺を総監に推挙しようと秘密裏に協力して下さっている」
オフレッサ―は横に座る准将に目を向けた。
「俺は自分で言うのもなんだが腕っぷしには自信はある、唯の前線指揮官なら誰にも負けわせん。だが部隊の運用や一定以上の部隊規模の用兵に関しては准将の足元にも及ばんだろ。この男は俺が前線に出るたびに的確な助言をもたらし幾度も勝利に貢献してくれたいわば俺の懐刀だ。…本来ならば装甲擲弾兵は身分に関係なく実力主義だ。それは下級貴族出身の俺がいい例だろう。しかし、門閥貴族である現総監のバルトシュタットの元では本当に力ある者達が活躍の場を得ていない…」
悔しそうに拳を強く握りしめている。
オフレッサ―は今までに見たことが無いほど力強い眼光で俺のことを見つめて言った。
「このままでは装甲擲弾兵はただの案山子になり果てるだろう見掛け倒しのな。故に俺は総監の地位に必ず付かなくてはならんのだ。准将の様な者たちを本来あるべき地位につけさせなくてはならん。さもなければ栄えある帝国装甲擲弾兵は臆病者の代名詞になるだろう。故にだ少尉。貴様の力を貸してもらうぞ」
今までに無いほどまでに覇気を纏い俺に語りかけるオフレッサー。
この男の根底にあるのはもしかしたら、ラインハルトとどこか同じなのかもしれない。
特権階級によって奪われ虐げられる側の苦しみを理解しており、能力ではなく生まれや特権によって相応しくない者が権力や地位を得ている現状に対して忸怩たる思いがあるのだろう。特に部下の境遇に対してはそれがより顕著に現れているのか会話の節々から部下を大切に思っているのが伝わってくる。
前線指揮官ということが大きな影響があるのかも知れないが…。だがおそらくこうした忸怩たる思いが姉の威光で急速に出世していく様に思えてラインハルトを嫌った背景なのかも知れない。…もっとも今の熊親父に聞いても分からんだろうが…。
「故に貴様の力が必要なのだ。俺の元には確かに有能な部下は多くいる。しかし、准将が就任した第124旅団は奴の子飼いの部下たちによって編成されている。いかに准将が有能と言えども孤立無援では最悪の場合は戦死に見せかけて謀殺される可能性すら現段階では存在している」
オフレッサーは息を整えてからさらに話しをつづけた。
「第124旅団は直ぐにでも出兵が命じられることになるだろう恐らく二ヶ月以内だ。任務は恐らく叛乱軍がイゼルローン要塞攻略の為に補給基地の建設を目論んでいるであろうヴァンフリート星域だ」
どこからか取り出した資料の束を投げてよこした。俺は慌ててそれを受け取る。その様子を見てからオフレッサーは続けた。
「俺は部隊練度が出兵には足らない為、練兵に努めるべきであると奴に進言したが断ってきた。敗戦しようが戦死しようがどちらでも同じことだと考えているのだろ。
准将のことはいずれ旅団長に就任させるつもりであった。しかし、この様な両手両足を奪われた状態ではない」
確かに酷い陣容だ…先程見かけた、腹が出ていた士官や陸戦要員とは思えない士官達の写真も資料に確認することができた。おそらく貴族共の取り巻きなのだろう…士官学校は今の軍の縮図だったのか…。
「准将が俺の懐刀ということは装甲擲弾兵内の多くの者に知られていることだ。無論バルトシュタットにもな。奴は長らく俺の参謀を勤めてきた准将が目障りなのだ。俺が現在の地位にいるのも准将の貢献が大きい。しかし、奴は准将を旅団長に就任させて俺と分離させてきた」
「さらに俺は子飼いの士官クラスの部下を准将の元に送り込もうとしたが断ってきた。奴は油断しているのか新米少尉なら問題ないと考えたのかは知らんが副官の人事までには口を突っ込んではこなかった。俺は新米少尉に任官するもので能力的にも人格的にも信頼にたるのは貴様以外には思いつかなかった」
なるほど事情は理解した。実に危険でまともな状況ではないのは確かだ。部隊において士官クラスがほぼ全員が敵対的というのは非常に厳しい。こと宇宙空間における戦闘と重力下で行われる戦闘行為は全くの別物だ。艦隊戦はビームやミサイルで乗艦を吹き飛ばされれば終わりだが地上戦はそうはいかない。それは今までの戦史が物語っている。
戦闘行為を行うにあたって同じ部隊の人員が頼りにならないどころか敵対的でこちらの命を狙ってくる者が必ずいるのだ。艦隊戦であれば味方艦を攻撃するバカはいない…セコいネズミは別だろうが…。しかし、地上戦はそうではない。
これは本当に厄介この上ないことだ。正面の敵にも注意をしながら背後の味方にも注意しなくてはならない。これは並大抵のことではない
しかしまだ疑問がある。たかだか士官学校の格闘大会で優勝しただけの実戦経験のない新米少尉である俺を選んだ理由だ。准将に対して敵対行為を行わない者ならいくらでもいたはずだ。それ位の人材なら熊親父の元にもいくらでもいるはずで、子飼いの部下の子弟や有能な下士官達を熊親父の強権で昇進させた方が余程信用できるだろう。俺のことを買っていることも、手元に置きたいというのも十分に分かった。だが門閥貴族を敵に回してまで俺を庇う理由があったのではないか。つまりだ…。
「閣下。差し出がましいかも知れませんが、今回の人事において閣下の存念をお聞きしたいのです。閣下は何をお考えなのでしょうか?閣下が装甲擲弾兵総監の地位を欲していることは理解いたしました。准将の身辺に信用できる者を配置するだけであれば、小官でなくとも幾らでも適任者は居るはずです」
そう俺が言い終わると熊親父は興味深い様な面白がっている様な表情をした。
「貴様には貴様の考えがあるだろう。この場で言ってみろ」
「はっ。小官が愚考したところ閣下達は、今回の出兵についてバルトシュタット総監閣下が張り巡らした陰謀を逆に利用して武勲を挙げて足場を固める好機と考えられているのではないでしょうか?」
「合格だ。バルトシュタットの奴なんぞにいい様に罠に嵌められてなるものか。奴は貴様らを罠に嵌められたと今頃ほくそ笑んでいるだろうが逆にそれを利用する」
満足そうに熊親父は髭を撫でている。ここまでは分かっていることだ。オフレッサーは一発殴られたら…十発位は殴り返す男だ。この熊親父がやられっぱなしで済ます筈がない。
だか答えになっていないぞ?それ程重要な任務に俺を参加させてあまつさえ、懐刀の副官にしているんだぞ?今までの説明だけでは俺は納得できないぞ?門閥貴族共から俺を庇った理由が知りたいんだ何かあるんだろう?
暫くしてから熊親父は話を再開した。…なんだ…俺の顔をやけに見ていたようだが…。
「それに貴様の疑問にも答えてやろう。先程から気になっていると顔に書いてあるのでな…確かに本来なら新米少尉を貴族共を敵に回してまで助けることなんぞせん。貴様が言う様に理由はあるのだが………
俺はお前の母方の叔父だ」
……………は?なんて言った?………叔父……叔父?……母方の……叔父!?叔父上なのか!?このオフレッサーが!?この熊親父が!?
「閣下…少尉が固まっています。…ですから心の準備をさせようと言ったではありませんか…」
心配する准将の横で熊親父は横で腹を抱えて大笑いしている。熊親父の顔がブルドックの様に見えた。
………………………………
よし…落ち着け…あんまり馬鹿面を2人に晒してると情けない奴だと思われるぞ…父上も情けなく思われるぞ。………軽く深呼吸をして、気持ちを冷静にしようとした。…あまりの事態に、頭はまだ混乱しているが………よし…ようやく先ほどよりは、落ち着いた。
俺は今度は深く深呼吸してから言った。
「……誠なのですか?」
疑わしげに俺は尋ねた。するとオフレッサーは笑うのをやめて立ち上がり執務用の机の近寄って引き出しから一枚の古ぼけた写真を取り出して俺に見せてきた。
写真を受け取って見てみるとオフレッサーによく似た大柄の男性が赤子を抱えており、傍には母によく似た優しげな黒髪の女性が笑みを浮かべて赤子を見つめている。
家族写真のようにも思えるがこれは…
「貴様の母親は俺の親父の婚外子で俺の腹違いの妹だ…生まれて間もない頃に親父の親しい貴族の家に養子に出された」
婚外子…養子…そうだったのか…幼い頃に亡くなる直前だったが母方の祖父母に会ったことがあった。とても優しい人達だった…父方の祖父母が亡くなっていたから余計に印象に残っている。幼いながらに…と言っても人生二週目なのだが母上は祖父母のどちらにも似ていないと思ったものだ。母上は明るい赤毛だ。だが母方の祖父母はどちらも茶髪だった。
しかし…母上からこんな話は聞いたことがない。母上の対応からして本当の両親の様に思っている様だった。仮に知っていたとしたら、オフレッサーに助けを求めたのではないだろうか。しかし、母上は助けを求めず父と親しかった軍人達に俺の助命嘆願の為に奔走していた…俺はとんでもない親不孝者だな…。
しかし、そうなるとまさか…
「閣下…小官の母はこの事実を知らないのですか?」
熊親父は頷いて言った。
「俺がお前の母親であるマリアの異母兄妹だと知っているのは、先ほどまで俺と准将そして、亡くなってマッケンゼン大将とマリアの養父母だけだった。
…俺の母親つまり親父の本妻は…酷く冷たい方でな…。親父は恵まれた体格から装甲擲弾兵として栄達して40代後半で大将まで昇進した。…だが親父曰く昇進できたのは家に帰って母の顔を見たく無かったからだそうだ」
テーブルの上のコーヒーを一口飲んだ…もうすっかり緩くなっている。オフレッサーは話を続けた。
「もともとこの結婚は不幸だったのだ…下級貴族だが軍で栄達を続けていた親父に、武門の名門貴族ではあるが貧しかった母親…お互いが望んだものではなかった。両家の親同士で決めた縁談で母の実家は1人を除いて、親父の力を利用することしか考えていなかった」
熊親父は腕を組んで大きなため息を吐いた。
「母は跡継ぎ…つまりは俺のことだな。俺を産むと直ぐに親父と別居した。俺も幼い頃に、母に何かして貰った記憶はない」
見せてくれた写真を俺は返した。オフレッサーはその写真を手に取りながら話を続けた。
「…俺を育ててくれたのは…俺の乳母であったマリアの実の母だ…もっとも彼女と一緒に居られた時間は長いものではなかったが…」
昔を思い出す様にオフレッサーは目を瞑る
「マリアの母レナはとても優しい女性だった…俺が幼い頃に寂しい思いをしなかったのは彼女のおかげだ。親父も自分勝手で傲慢で冷酷な、女房に嫌気がさしていたんだろうな…。確かではないが母は直ぐに愛人を囲っていたようだからな…」
……正に昼◯ラ並の泥沼だな…話を聞く限りでは実の祖父に悪い点はない様に思えるが…まぁ…色々と思うところはあるが…女性を心の底から愛したことがない。俺にはまだわからない話なんだろうか…。だが祖母はなぜそんなことができたんだ?実家は名門とはいえ貧しかったはずだ。別居してどうやって生計を維持していたんだ?
「閣下…その…閣下の御母上の…何故その様な行為を…祖父は咎めなかったのですか?」
「母の実の父…俺の母方の祖父は親父の長年の上官だった。…親父は終生頭が上がらない人だったそうだ。…この男が唯一、親父を利用しなかった先ほど言った母の親族だな。結婚してから俺が生まれるまでは表面上は上手くいっていたそうだ…だが祖父が亡くなると母は本性を見せたそうだ…。…親父は古風な男だった…敬愛した上官の娘を陥れる様なことはできなかったのだろう…だから母が生活に困るようなことがないように、資金援助もしていたようだ…もっとも母はそれを盾にしてあんな振る舞いをしていた様だが…だがバチが当たったのか、母は親父が死んですぐに死んだがな…」どこか複雑な表情で、オフレッサーはそんなことを言った。
「親父を責める様なことはできんだろう…親父とマリアの母は、もともと恋仲であったそうだが2人は親の決めた相手とそれぞれ結婚させられたのだからな…。俺が5歳の頃にレナの夫が叛乱軍との戦闘で命を落とした…。彼女は子供がいないことから義両親に追い出された…遺族年金を受け取ることすら出来なかったそうだ…。そんな頃に親父とレナは再会したそうだ。…そして親父は俺の乳母…と言っても要は俺の養育係だな…ともかく俺は彼女に育てられた。彼女は俺をつきっきりで育ててくれた。3年ほどだ、そして4年目に家族が1人増えることになった…語るまでないだろ…巡り巡って共にいるべき2人が一緒になったんだからな…」
オフレッサーは自分のコーヒーを一気に飲み干した。冷めて苦味が増しているのだろうか…幾分か顔を顰めている。
「だが…大神オーディンは非情だった…レナは子を産むとすぐに亡くなってしまった…産後の肥立ちが悪かった様だな…当時の親父の姿は見ている方が苦しくなるほど憔悴していた。…あんな姿の親父は後にも先にも見たことが無かった…だが親父が子を成したことに母は気づいた…残忍で冷酷でその上嫉妬深かった…このままでは娘に危害を加えられると考えた親父は懇意にしていた貴族家に託した。親父は、そのことが娘の未来をより良いものにするだろうと信じたんだろう。…それに親父も俺も装甲擲弾兵だ…俺たちの家族でいるよりも、彼女はより幸せになれると信じたのだ…これがことの顛末だ。故にマリアにはこの話は決してしてはならん」
…この感情をなんて言って言葉にしたらいいか俺にはわからなかった。…前世においても、今生においても心の底から誰かを深く愛すると言った経験は、俺にはなかったからだ。そして、オフレッサーの言葉、一つ一つからなぜ母上には真実を語っていないのかも断定することはできないが、なんとなく理由がわかってしまった。… 装甲擲弾兵は己の肉体と、トマホークを用いて敵と相対する。その恐怖は気づけば死んでいる様な宇宙空間の戦闘とはかけ離れたものだろう…だが戦争の本質が殺し合いということを忘れているもの達は装甲擲弾兵を時代遅れだとか野蛮と言って忌避する。…軍内部で得る名誉とは裏腹に彼らの家族に向けられる視線は決して好意的なものではないのだろう。
「閣下…お話しくださりありがとうございました…ですが、さらに無礼を承知申し上げます…小官を救っていただいたのは、血のつながりがあると言う事だけではないはずです。そうではありませんか?」
オフレッサーは確かに、俺が血の繋がった甥っ子であると言う事実は、確かに彼の中で存在しているのかもしれない。しかしそれだけで自分の立場や部下たちを危険にさらすような、男ではないはずだ。
熊親父は俺の話を聞いて、先程の暗い話はどこへやら…大きな声で笑い始めた。そして、息を整えると語り始めた。
「その通りだ…血のつながりがあったとしても、俺はここまでは助けなかっただろうな…やったとしても、おそらくせいぜい軍から追放されたお前を秘密裏に俺の庇護下に置く位しかやらなかっただろ…。お前は親父に救われたんだ…お前の親父のマッケンゼン大将にな」
熊親父は副官をテレビ電話で呼んでコーヒーのおかわりを2杯持ってくるように伝えた。画面の中の副官が消えてから話を再開した。
「あれは俺が装甲擲弾兵としてそれなりに地位を得始めた頃だった。今から20年以上前になる…亡きマッケンゼン大将とマリアが結婚すると言う話を聞いた俺はマリアに内密に会いたいとマッケンゼン大将に伝えた。俺はマッケンゼン大将に会って開口一番に彼女の生い立ちについて全てを説明した…。俺とマリアが異母兄妹であるという証拠と一緒にな」
「…大将は評判通りできた人物だった…自分が愛する女性を守ってくれたこと、陰ながら、彼女をずっと見守ってきた俺に対し礼を言ってくれた…俺は今回の件を内密にする代わりに何か協力できる事は無いかと大将に聞いた」
「…大将はこの先、生まれるであろう。彼女と自分の子が将来困っていることがあったら助けてやって欲しいと俺に頭を下げてきた…もっともその約束は大将が死亡している場合のみと自分自身で語っていたのだがな…俺はその話を承諾した。…あれほどまでに律儀で、仁義に厚い帝国軍人はおそらくいないだろう…惜しい男をなくした…」
オフレッサーが語り終えると、ともにノックの音が聞こえた。オフレッサーが入室を許可すると。副官がコーヒー2杯を持ってきた。…上位者であるため、慌てて立ち上がり頭を下げようとしたところ。副官に止められて、席に座り直した。彼が退出してから再び話を始めた。
「…俺と大将との約定がお前を生かしたことになる…出征前に墓前に礼を述べに行け」その言葉に俺は深々と頭を下げた。淹れたてであろう湯気が立つコーヒーをひと口飲んでから俺にそう言った。
…今回の騒動が始まってから…自分が起こした騒動ではあったが、この話を聞いて、俺はどこかひどく懐かしい気持ちになった…まさか今回の裏には、これほどまでに壮大な人と人の関わりがあったとは思いもしなかった…俺に目をつけていたオフレッサーが俺自身を生死を問わずに酷使する為ではないかと考えていた自分自身が恥ずかしかった…そして何よりも暖かい気持ちになった…久しぶりに父上と語り合ったような暖かさを感じた。…ようやく今回の話の全てを聞き終えるると強張っていた全身の筋肉から力が抜けるように感じた。
…すると視界に霞がかかりぼやけたように感じた…。…自分がなぜ武器を持った5人を相手に戦うことができたのかわかったような気がした。…母方の血の影響なんだろうな……母上の為に多くの方が命を紡ごうとして…そして父上のおかげで、俺は生かされている……。涙がこぼれそうになった…。
馬鹿野郎…涙なんか流すな!顔を上げろ!前を向け!そう自分に言い聞かせ自らを叱咤する。
「…閣下」俺は姿勢を正してオフレッサーに向き直った。
「なんだ…」
「改めて御礼申し上げます。誠にありがとうございました。」俺はそう言って深々と頭を下げた。
「構わん…」
それから数分間の間沈黙が俺達を支配したが決して居心地の悪くなる様な沈黙では無かった。
数分ほどだろうかオフレッサーはわざとらしく咳払いをしてから改めて話し始めてた。
「…准将すまんな…除け者にしてしまった様で」横に座るウルフェンベルク准将の方向いて声をかけた。
「いえ。構いません。…心温まる素晴らしいお話しでした。…私自身、少尉が閣下の甥であることは聞かされていましたが、この様な過去があろうとは思いもよりませんでした。…この場に同席させて頂き忝く思います」どこか暖かい笑顔を浮かべてそう言った。
俺は准将に対しても深々と頭を下げた。そんな俺を見て准将は優しく笑ってくれた。…この人の笑顔は何とくだがマティアスの笑顔を彷彿とさせる。
オフレッサーは俺たち2人の顔をまじまじと見てから話し始めた。
「…改めて今回の出征について説明する」テーブルに置いていた作戦資料を今一度目を通しながら説明を受けた。
「…先ほども言ったが今回の出征先は現段階においてはヴァンフリート星系であることが確定している。…1ヶ月前にヴァンフリート星系の第3惑星周辺宙域において、哨戒任務を行っていた部隊が小集団の叛乱軍に接触した。恐ろしく足が速い奴らしく何とか艦影照合を行った結果、叛乱軍の高速巡行艦の艦影と一致したそうだ」
「そこでヴァンフリート星系の偵察可能な全ての惑星に対してワルキューレ(単座戦闘艇)による強行偵察が敢行された」
ワルキューレが撮影したと思われる解像度が余り良くない最大望遠で撮影された写真を指差しながら説明を続けた。見え難いが、集積された資材の山と仮設の建物が設けられている様に見ることができる。
「この結果、統帥作戦本部の見解ではおそらく叛乱軍は星系のいずれかの惑星にイゼルローン要塞攻略の為の本格的な補給基地を建設する可能性があるということだ。お前たち124旅団の任務はヴァンフリート星系第3惑星第1衛星に設けられたこの建設資材集積地点の制圧及び破壊だ。敵戦力はこちら側の動員兵力と同規模だ…おそらく叛乱軍はこのヴァンフリート3-1に補給基地を正式に建設するか決めかねている為に少数の兵力しか展開していないのだろう…もしくは同星域の他の惑星に基地を建設するのかもしれんが…」と考え込むような表情で語るオフレッサー。
ヴァンフリート星系…外伝小説においてグリンメルスハウゼン艦隊に配属されたライハルトがヴァンリート星系第四惑星の第二衛星にて地上戦を行った星系だ。…このヴァンフリート星域において帝国暦485年に行われた会戦は両軍共に自軍の位置が掴めずに混沌とした会戦になった。
資料からは出征先のヴァンフリート星域第3惑星第1衛星…通称ヴァンフリート3-1はヴァンフリート4-2とよく似た過酷な環境の様だ。例外は北半球に広大な荒涼とした平野が展開していることだ。勿論、緑化されていないため植物は存在していないが入り組んだ岩ばかりの星で開けた平野というのはなかなか珍しい。
「…今回の出征は今までの戦場に比べれば、そこまで悪い条件ではないと思える…しかし、バルトシュタットがどの様な姑息な手段を企んでいるか解らん。十分に注意しろ。何か付け加える事はあるか准将?」とオフレッサーが准将に尋ねた。
「はっ。おそらくではありますが…叛乱軍は本格的に、この場所に基地を築くつもりはないように感じられます。今後基地を作るための…演習…いや、我々が今後どのような対応を取ってくるのか、それを確かめるための、恣意行動であると考えられます。つまりこの先…ヴァンフリート星系のいずれかに本格的なイゼルローン要塞攻略のための補給基地を建設することが叛乱軍の主目標であると、小官は愚考致します」作戦資料を読み、顎を撫でながら深く考えた表情を浮かべながら准将が語った。
俺はこの言葉を聞いて驚いた。原作知識でこの先どうなるかは知っているが、まさか現段階でそこまで読み取っている軍人がいるとはいなかった。わずかな作戦資料からそこまで考えるのか…。改めて、准将がオフレッサーの懐刀と呼ばれているのは、伊達ではないのだと感じられた。
オフレッサーは満足そうにうずいてから、准将と俺を見ながら言った。
「…准将。お前をこんな馬鹿らしい小競り合いで失うわけにはいかん…必ず帰ってこい」
「はっ!」
准将がオフレッサーに起立敬礼した。
「…少尉。准将をよく助けて戦火の洗礼を受けて来い…成長した貴様と再会出来ることを願ってる」
「はっ!」
俺もオフレッサーに起立敬礼した。オフレッサーも起立して俺と准将に答礼してきた。
…いよいよ実戦に…宇宙を征く最初の戦いが始まる…初陣だ。