ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
TERAに所属するようになった事で、俺はかなり充実した。
「…最高だな」
畳に背中を預けるたび、まだ少しだけ落ち着かない。
広い和室だった。寝返りを打ったくらいじゃ壁には届かないし、天井も高い。窓際にはきちんと磨かれた棚があって、押し入れまである。風が通るたび、畳と木の匂いが静かに混ざった。俺がずっと一人で暮らしてきた、あのボロアパートの一室とは何もかも違う。
あっちは、手を伸ばせば大体のもんに届いた。狭くて、古くて、冬は寒いし夏は暑い。壁は薄いし、床は軋むし、流し台はやたら小さい。けど、あれはあれで、自分の場所って感じはあった。
ここは広い。広すぎて、逆に自分の居場所がふわふわして見える。
「……贅沢すぎんだろ、ほんと」
独り言が畳に吸われた。
布団もちゃんとしてる。飯も出る。風呂もある。寝る場所に困らないってだけで、こんなに気が抜けるもんかと少し驚く。森で寝起きしてた時の自分に見せたら、たぶん殴られる。
その時、障子の向こうで小さく気配が止まった。
「……入る」
短い声のあと、障子がすっと開く。
立っていたのは瑠衣だった。相変わらず感情の波が見えにくい顔で、両手に洗った布巾を抱えている。
「何だよ」
「休んでた?」
「見りゃ分かるだろ。さっきまで戦ってたんだぞ、少しくらい伸びてても文句ねえだろ」
「文句はない。でも、ちょうどよかった」
「ちょうどよかったって、嫌な予感しかしねえな」
瑠衣は部屋の中を一度見回した。散らかしているつもりはない。むしろ、こういう場所ほど変に触らない方がいい気がして、なるべく大人しくしていたくらいだ。
布巾を抱え直して、瑠衣がこっちを見る。
「手、空いてるなら手伝って」
「は?」
「家事。ちょっと人手が欲しい」
「いや、待て。何で俺が自然に戦力に入れられてんだよ。ここに来てそんな経ってねえんだぞ」
「でも、暇そう」
「暇そうってなんだよ。今、ちゃんと休養っていう大事な仕事してたんだけど」
「寝転んでただけに見えた」
「言い方ってもんがあんだろ」
瑠衣は少しだけ首を傾げた。
「違う?」
「……間違ってはねえけどよ」
「じゃあ、お願い」
「軽いな。もっとこう、頼みに来た側の切実さとかねえのか」
「ある」
「あるのかよ」
「今日は洗うものも片づけるものも多い。ひとりだと時間がかかる」
平坦な声なのに、妙に断れない言い方だった。
それでも、すぐ頷くのは何か癪で、俺は畳に肘をついたまま睨む。
「他にも手伝えるやついんだろ」
「いる。でも、今はいない」
「都合よく回ってきやがったな……」
「それに」
瑠衣の視線が、俺の手元から部屋の隅、そしてまた俺へ戻る。
「吠、できるでしょ」
その一言で、少しだけ言葉に詰まる。
できるかできないかで言えば、できる。かなり、できる。掃除も洗濯も炊事も、一人で回してきた時間が長いぶん、下手なやつより多分ちゃんとできる。
けど、それをあっさり見抜かれるのは面白くない。
「……勝手に決めんな」
「違う?」
「……できるけどよ。できるけど、何で分かったんだよ」
「動き方」
「動き方?」
「さっき、お茶を運ぶ時に湯呑みを自然に寄せた。洗面所でも、使ったタオルを揃えてた。そういうの、慣れてない人はしない」
思わず黙る。
よく見てやがる。
「……お前、そういうとこ無駄に鋭いな」
「無駄じゃない。助かるから見てる」
「堂々としてんな」
「駄目?」
「いや、駄目じゃねえけど……何か調子狂う」
瑠衣は瞬きをひとつして、それから布巾を少し持ち上げた。
「お願い。手伝ってくれると助かる」
さっきより少しだけ、頼み方がちゃんとしていた。
それだけで、断る理由が薄くなるのが我ながら単純だと思う。
「……分かったよ。やりゃいいんだろ、やりゃ」
「うん」
「その“うん”で済ますな。こっちは結構しぶしぶ頷いてんだぞ」
「でも、断らないと思ってた」
「何でだよ」
「吠、文句は言うけど、頼まれたこと投げなさそう」
「勝手なイメージだな」
「当たってる?」
「……半分くらいは」
「じゃあ、当たり」
そこはちょっと笑うところだろ、と言いかけたが、瑠衣の顔はいつも通り静かなままだった。なのに、からかわれてる感じはしない。ただ事実を並べてるだけみたいな口ぶりで、それが余計にやりにくい。
仕方なく立ち上がると、瑠衣は少しだけ脇へ寄った。
「何やりゃいい」
「まず洗濯物。終わったら台所。お皿もあるし、拭くものも残ってる」
「普通に多いな。ちょっと手伝うって量じゃねえだろ、それ」
「だから助かるって言った」
「最初からそこまで詳しく言えよ……」
瑠衣の後ろについて廊下へ出る。TERAの中は静かだった。どこもきちんとしていて、歩くたびに板張りが軽く鳴る。生活の音はあるのに、妙に整っている。俺のアパートみたいな、生活に押し潰されかけた雑さがない。
洗濯物の置かれた部屋に着くと、瑠衣が籠を指した。
「これ、お願い」
「……思ってたより多いな」
「今日は少ない方」
「嘘つけ。これで少ないって、普段どんだけ回してんだよ」
「人が多いから、そのぶん増える。誰かがやらないと溜まる」
「それをお前がずっと一人でやってたのか」
「全部じゃないけど、だいたいは」
「そりゃ大変だな……」
しゃがんで一枚取る。タオル。次は手拭い。制服っぽいもの。慣れた手つきで畳んでいくと、瑠衣が黙ってその様子を見ていた。
「何だよ。その顔」
「思ったより、ちゃんとしてる」
「失礼だなお前。俺を何だと思ってたんだよ」
「見た目は、細かいこと気にしなさそう」
「見た目は余計だ。こっちは一人で暮らしてりゃ嫌でも覚えるんだよ。洗わなきゃ着るもん無くなるし、片づけなきゃ部屋が死ぬ」
「部屋が死ぬ」
「ほんとに死ぬんだよ。狭い部屋ってのは散らかるのが早いんだ」
「どんな部屋だったの」
「ボロアパートの一室。狭い、古い、暑い寒い、壁薄い。褒めるとこは……家賃が安いくらいか」
「それは、大変」
「だろ。だから、こういうのはできないと困るんだよ。飯も掃除も洗濯も、誰も勝手にやってくれねえし」
「……吠、ひとりで全部やってたんだ」
「そうだよ。別に珍しくもねえだろ」
「私は、ちょっと珍しいと思う」
「何でだよ」
「文句が多いから」
「そこかよ」
思わず笑いが漏れそうになる。
瑠衣は本気で言っているらしい。冗談なのか天然なのか分かりにくいのが、この子の厄介なところだ。
それでも、口調は相変わらず静かなのに、ちゃんとこっちを見て話しているのが分かる。雑に扱ってる感じはない。
洗濯物を畳み終えると、今度は台所だった。流しに置かれた器を見た瞬間、身体が勝手に動く。洗う順番、拭く場所、乾かし方。全部、もう染みついている。
後ろで見ていた瑠衣が、小さく言った。
「手際いい」
「まあな。伊達に長く貧乏やってねえから」
「貧乏、そんなに大変だった?」
「大変じゃなきゃ、ここまで身につかねえよ。食いもん無駄にできねえし、洗剤だって水だって減り見ながら使うし、ひとつサボると後で全部自分に返ってくる」
「ちゃんとしてる」
「さっきからそればっかだな」
「でも、本当にそう」
皿を拭いて棚へ戻す。横から次の皿が差し出される。受け取る。拭く。戻す。妙に息が合ってきて、会話があるのに手は止まらない。
こういうの、嫌いじゃないのかもしれないと思って、少しだけ困る。
「……で、お前はいつもこうやってんのか」
「うん。洗濯して、片づけて、ご飯作って、掃除して。気づくと一日終わる」
「すげえな」
「慣れた」
「慣れてても、面倒なもんは面倒だろ」
「面倒。でも、やらないと気になる」
「そこは分かる」
「吠も?」
「俺もだよ。流しに皿溜まってるとか、床に物落ちてるとか、そういうの目につくと落ち着かねえ」
瑠衣がそこで、少しだけこっちを見上げた。
「やっぱり似てる」
「何がだよ」
「文句言いながら、結局ちゃんとやるところ」
「お前も大概だろ」
「そうかも」
やっぱり、ちょっとくらいは笑ってもいい場面だろと思うのに、瑠衣は静かな顔のままだった。けど、そのまま次の器を寄越す手つきが少し柔らかい気がして、たぶん気のせいじゃない。
最後の皿を棚へ戻すと、ようやくひと息つく。
「……終わったぞ」
「うん。すごく助かった」
「それはよかったな」
「本当に。思ってたより、ずっと」
「だからその“思ってたより”をやめろ」
「じゃあ、思った通りに頼りになった、でいい?」
「それはそれで何かむず痒いな……」
瑠衣は少しだけ考えるように黙って、それから湯呑みを二つ取り出した。
「お茶いれる。手伝ってくれたお礼」
「別にそこまでしなくていい」
「私がしたい」
「そういう言い方されると、断りづらいんだよな」
「知ってる」
「分かってやってるのかよ」
「少し」
そこで初めて、ほんの少しだけ瑠衣の声が柔らかく聞こえた。
俺は小さく息を吐く。
広い和室も、きちんとした廊下も、温かい茶も、まだ全部に慣れたわけじゃない。けど、こうして誰かと並んで手を動かしていると、ここにも少しずつ自分の居場所ができていくのかもしれないと、そんなことを少しだけ思った。