ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
雪庭に案内されて足を踏み入れた瞬間、空気の手触りが変わった。
ただ冷えるとか、湿っているとか、そういう話じゃない。鼻に入る匂いが薄いくせに、気配だけがやたら濃い。視界に映る木立も地面も森と大差ないはずなのに、どこか色が浅くて、現実が半歩ずれた場所へ押し込まれたみたいだった。
「ここが彷霊界だよ」
雪庭がいつもの穏やかな声で言う。
「人間界と幽界、その境目みたいな場所だ。慣れるまでは、あまり一人でふらつかない方がいい」
「慣れたくなる場所じゃねえな」
思ったままを返すと、前を歩いていた朱莉が鼻で笑った。
「びびってんのかよ。さっきまで威勢だけは良かったくせに」
「はっ、言ってろ。気持ち悪い場所だって言っただけだ」
「同じようなもんだろ」
そう言って、朱莉は肩に担いだ伊吹丸を軽く持ち直す。体格に似合わない大太刀なのに、こいつが持つと妙に馴染んで見えるのが腹立たしい。
口は悪い。けど、足取りに迷いがない。彷霊界みたいな異空間に入っても、こいつは最初から喧嘩の真ん中に立つ気満々だった。
「吠」
雪庭が呆れ半分の声を投げてくる。
「見学だからといって、気を抜くなよ。ここでは何が出てもおかしくない」
「分かってるよ」
「本当に分かってるやつは、そんな顔で朱莉と張り合わないんだけどね」
「そっちが吹っかけてきてんだろうが」
「知らねえよ。受けて立ってんのはあんたじゃん」
朱莉がにやりと笑う。その顔を見てると、どうにも黙っていられない。似たような気質だと、自分でも分かるから余計に面倒だった。
その時、空気の奥で何かが軋んだ。
音じゃない。気配だ。彷霊界の薄い景色の向こうで、何かがこちらに気づいたみたいに濁る。
朱莉の顔つきが一瞬で変わる。
「来るぞ」
次の瞬間、木々の間から人影のようなものが滲み出た。輪郭の定まらない霊体。けれど数がいる。三体、五体、いや、もっとだ。ぼやけた腕を伸ばしながら、こっちへにじり寄ってくる。
朱莉が伊吹丸を振り上げる。
「どうだぁ、あんたがどんな力を持っていようが、こっちの方が上なんだよ!」
啖呵と同時に踏み込む。大太刀が風を裂き、先頭の霊をまとめて薙いだ。鈍い手応えも断末魔もない。ただ、斬られた影が煙みたいに散る。
速い。力任せに見えて、ちゃんと急所を断ってる。
「はっ、言ってろ! 俺の方が多く狩ってやるよ!」
売り言葉みたいに返して、俺も地を蹴る。真正面からぶつかる気だった。見学? そんなもん、霊が出た時点で吹っ飛んでる。
横から迫った一体を蹴り飛ばし、別の一体の腕を払う。実体が曖昧でやりにくい。だが、押し負けるほどじゃない。
朱莉が笑いながら叫ぶ。
「だったら見せてみろよ!」
「あぁ、見せてやるよ――エンゲージ!」
吠え返しながら、俺は腰のテガソードへ手を伸ばした。
前に手に入れた鎧武のライダーリング。あの果実みたいな異様な力が、今度は俺の武器になる。
リングを抜き、テガソードへ装填する。
「ぶわははははっ、なんだよそれ! 蜜柑の侍で本当に勝てるのかよ!」
朱莉が腹を抱えそうな勢いで笑った。こっちだって最初はそう思った。思ったけど、笑ってる場合じゃない。
「うるせぇ! 見てろよ!」
上空で光が弾けた。
巨大なオレンジが、まるごと頭上へ落ちてくる。何度見ても意味が分からねえ。意味が分からねえのに、そのまま俺の身体へ重なり、果実の断面みたいな装甲になって噛み合っていく。
『ライダーリング! 鎧武! オレンジアームズ! 花道・オンステージ!』
音声と共に鎧が閉じる。肩、胸、腕、脚へと甲冑めいた意匠が走り、俺の視界が一段鋭くなる。
鎧武。
自分で変身してるくせに、やっぱり妙な気分だった。
「ほんとに蜜柑の侍になりやがった!」
「だから見てろって言っただろ!」
叫んで、そのまま霊の群れへ飛び込む。
手には大橙丸。振れば重い。けれど鈍くはない。鎧武の身体そのものが、斬るために組み上がっている感じがする。前へ出るたびに、果実の鎧がぐっと噛み合う。
朱莉が別方向から斬り込み、俺がその死角を潰す。息が合ってるわけじゃない。むしろ互いに勝手に暴れてるだけだ。なのに、不思議と噛み合う。こいつが前を開ければ、その先に俺が入れる。俺が押し返した霊を、朱莉の伊吹丸がまとめて刈る。
「そっち遅えぞ!」
「うるせえ! あんたが斬り損ねたのを片づけてやってんだろ!」
「勝手に拾ってろ!」
「言われなくても拾うっての!」
怒鳴り合いながら斬る。何だこの戦い方、と思う。けど悪くない。気に食わねえ相手のくせに、背中を見て動ける感じだけは妙に腹立たしかった。
後ろで雪庭が、深いため息をつく気配がした。
「二人とも、戦闘中に気を抜くな」
呆れた声だった。
「競ってる場合じゃないよ」
「気抜いてねえよ!」
「抜いてねえって!」
声が揃った瞬間、自分でも笑いそうになった。
霊の最後の一体を、朱莉の伊吹丸が真っ二つに裂く。遅れて俺が踏み込み、逃げかけた残滓を大橙丸で叩き潰した。
静かになる。
彷霊界の薄い風が戻る。さっきまでいたはずの霊の気配だけが、すうっと引いていく。
「どうだぁ!」
朱莉が肩で息をしながら、伊吹丸を担いでこっちを見る。
「あんたがどんな力を持ってようが、こっちの方が上なんだよ!」
「はっ、まだ言ってんのかよ。数で言えば俺の方が多く狩ってるだろ」
「何だと!?」
「そこまでにしておけ」
雪庭が一歩前へ出た。苦笑しているくせに、目はさっきまでよりずっと鋭い。
「……終わった、とは思わない方がよさそうだ」
その言葉で、背筋が先に反応する。
彷霊界の空気に、別の気配が混じった。
霊じゃない。さっきまでの残滓とも違う。もっと輪郭がはっきりしていて、妙に現実感があるのに、立っているだけで夢みたいに掴みどころがない。
木立の向こうに、小柄な影が一つ立っていた。
女子高生――に見える。だが、ただの少女じゃないと一目で分かる。彷霊界の景色の中で、そいつだけ別の理屈で存在しているみたいだった。
俺は大橙丸を構え直す。
朱莉も伊吹丸を下ろし、雪庭の気配が静かに沈む。
新しい気配が、ゆっくりとこちらを見た。
ユニバースライダー。
そう思った瞬間、彷霊界の空気がまた、少しだけ冷たくなった。