ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
寺の境内に、似合わない香水の匂いが漂っていた。
「だーかーら! 現場保全は基本でしょ? あんたたち、足跡くらい残さないで歩きなさいよ!」
階段の下で、一河角乃が腰に手を当てて喚いている。黒を基調にしたファッションに、ユニコーンのモチーフの金色のネックレスが光る。その出で立ちは、この古びた寺の境内と云うよりは、高級ホテルのラウンジの方が百万倍は似合っているはずだ。それが、埃っぽい土産物の前に仁王立ちして、名探偵のごとく指図をしているのだから、世の中わからない。
「ハイクラス&ラグジュアリー名探偵の出番ってわけね。この事件、絶対に私が解決してやるわ!」
やけにハイテンションだ。俺は縁側に座り込み、その光景を眺めながら深いため息をついた。うるせえ女だ。さっきから「私のエスパー能力がピクリと反応したわ!」とか「この美しい指紋採取テープを見て!」とか、独りで騒ぎまわっている。呆れて言葉も出ない。
俺の隣で、市川瑠衣が黙って座っていた。小さな体に不釣り合いな振袖、無表情な顔。手には虎の剥製を乗せている。彼女は角乃の騒ぎなど耳に入らない様子で、ただ淡々と状況を見つめていた。
「必要?」
ぽつり、と瑠衣が呟く。
「あの騒ぎ、何のため?」
「知らねえよ」俺は肩をすくめた。「目立ちたいだけだろ」
雪庭が庫裡から飛び出してきたのは、三十分前のことだった。いつもの軽妙な顔色がなく、青褪めている。『義経の刀が盗まれた』、それだけを告げるだけで、言葉少なに奥へ引っ込んでしまった。義経。
「ねえ、瑠衣ちゃん! ちょっとこっち来て! この窓枠の擦り痕、絶対にプロの仕業よ!」
角乃が手招きをする。瑠衣は動かない。ただ、黒い瞳で盗難現場の柱をじっと見つめていた。
「義経の刀」瑠衣が言った。「霊刀? それとも、ただの鉄?」
「ただの鉄なわけないでしょ! 歴史的価値も霊的価値もハイクラスよ!」
「そう」
興味なさげに呟いて、瑠衣は立ち上がった。虎の剥製が、小さく喉を鳴らす。
「瑠衣、探す。お父さん、困ってるから」
「お、おう。頼むよ」俺は頷いた。
角乃が鼻を鳴らして近づいてきた。「あんた、やる気あるわけ? 名探偵の助手なら、もっとシャキッとしなさいよね」
「てめえが勝手に決めた役割だろ。俺はただ、借用書を返したいだけだ」
「まあいいわ。それより、現場を見て。犯人はここから侵入して……」
角乃の解説を聞き流しながら、俺は盗まれた刀の空虚な台座を見つめた。義経の刀。それを盗むような輩がいる。芹亜にはまだ言わねえ方がいいか。そう考えていると、背筋に冷たいものが走った。
霧の向こうで、誰かが笑ったような気がした。
「おい」俺は声を上げた。「話は後だ。まずは探すぞ」
「そうよ! 名探偵の力、見せてあげるわ!」
角乃が指を鳴らし、瑠衣が無言で頷く。俺は面倒くささを噛み殺しながら、寺の奥へと足を踏み出した。
縁側で爪を研いでいた俺は、角乃に呼ばれて渋々、本堂の中へ足を踏み入れた。線香の煙が薄く漂い、そのせいで余計に埃っぽく感じられる。だが本当に埃っぽいのは、姉ちゃんのユニコーンの香水が線香と喧嘩しているせいだ。これがまた、鼻の奥を突く。
「遅い! 何グズグズしてんのよ!」
角乃が腕を組み、仁王立ちで俺を見下ろす。
「あんた、犬でしょ! だったら、警察犬みたいに盗人の臭いを嗅ぎなさいよ!」
「犬じゃねえ」
「ええーっ!? 嘘でしょ!? だって、その手とか耳とかしっぽとかモロに犬じゃない! 今すぐ臭いを辿りなさいよ! これもハイクラスな推理のためなんだからね!」
「てめえ、人の事を勝手に犬扱いすんな!」
言い争っていると、瑠衣が黙って俺の袖を引いた。相変わらず感情の薄い顔で、虎の剥製を俺に向ける。
「警察犬、やらないの?」
「やらねえよ!」
「だってさ」瑠衣は角乃に向き直る。「吠は、普通の犬じゃないらしい」
その「普通」って言葉のアクセントが微妙に引っかかるが、今は追求している暇がない。
俺は諦めて、仕方なく、台座の周辺で鼻を利かせる。樟龍の嗅覚は舐めてもらっちゃ困る。何せ獣のセンタイリングだ。線香と埃と、ユニコーンの姉ちゃんの香水――それをかき分けて、確かに、異質な臭いを捉えた。
「…こいつだ」
「え!? 本当にわかるの!」
「うっせえな。ちゃんと残ってんだよ」
刀が置かれていた台座の周辺に、微かに残る煙のような臭い。嗅いだことのない、冷たい金属の匂いに、何故だか鼻の奥を焼く花の香りが混ざっている。俺は床に這いつくばって臭いを辿り、本堂を出て、庫裡の裏手へ向かった。
「すごい! さすがは私の助手兼警察犬ね!」
「だから犬じゃねえって言ってんだろ!」
「はいはい、わかったわかった。ちゃんと辿りなさいよ」
「信用してねえな、この女…」
「当たり前でしょ。あんた、顔は怖いし態度も悪いし、鼻だけが頼りなんだから」
「てめえ…!」
「二人とも、喧嘩してる場合?」
瑠衣が冷めた声で割って入る。虎の剥製を抱えたまま、さっさと先に進んでいた。
「痕跡、こっち」
「さすが瑠衣ちゃん! あなたも優秀な助手ね!」
「…助手じゃない。瑠衣は、瑠衣」
結局、庫裡の裏手の壁に、外から何かでこじ開けたような細い傷があった。匂いはここから境内の外へと続いている。
「ふーん、なるほどね。結構手際がいいわ」
角乃が顎に手を当てて、わざとらしく考え込むポーズを取る。
「この傷のつけ方、プロの仕事よ。それに、呪術的な痕跡もある。この手口、前にパリで見たわ」
「パリ?」
「あんた、知らないの? あの連続美術品窃盗事件。犯人は必ず花の香りを残すのよ」
「…へえ」
「もっと驚きなさいよ!」
驚く気力もねえ。俺は匂いの先を見据えた。寺の裏山へと続く小道に、かすかな煙の残り香が揺れている。
「追うぞ」
「よし! ハイクラス&ラグジュアリー名探偵、一河角乃の事件解決よ!」
「…うるせえ。ついてくんな」
「ついてくわよ! 助手のくせに何言ってんの!」
「俺はてめえの助手になった覚えはねえ!」
そう言い争いながらも、三人で裏山へと足を踏み入れた。瑠衣は相変わらず無表情で、俺たちの後ろをトコトコとついてくる。
蝉の声が、やけに遠くで聞こえていた。義経の刀――それが何を呼ぶのか、その時はまだ、俺にもわかっていなかった。