ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
帰りの車内は静かだった。
助手席の芹亜は、後部座席で丸くなってすっかり夢の中だ。
俺は窓の外を流れる街灯の光をぼんやりと見つめていた。廃遊園地での騒動が嘘みたいに平和な夜だ。
「ねえ、吠くん」
不意に、凛空が静かに口を開いた。ハンドルを握る横顔は、いつもの余裕っぽい笑みを浮かべているわけでもなく、ただ無表情に前を見つめていた。
「あんた、私のことどう思ってる?」
「はあ?」
唐突な問いに俺は眉をひそめた。
「どうって…頼りになる運転手だろ。それとも何か? チップが足りねえってか?」
「ふふ、違うわよ」
凛空は短く笑ったが、その声には暖かみがなかった。
「ただ、思っただけ。あんたみたいに、自分の力で生きてる人間を見ると、ちょっと羨ましいなって」
「羨ましい? 俺がか?」
野良犬みたいな生活を羨むなんて、この女も趣味が悪い。
「あんたの方がよっぽどマシだろ。車も持ってるし、看護師の後輩もいる。俺なんざ家族もねえし、行き着く宛てもねえぞ」
「そうね。私には『TERA』があるわ」
その名前が出た瞬間、車内の空気が少しだけ冷えた気がした。芹亜が所属してる霊能力者集団だ。
「でもね、それは私が望んで入った場所じゃないの」
凛空の声が淡々と、まるで昨日の天気でも語るように続ける。
「私は4歳の時にTERAの施設に入れられた。親に売られたのか、攫われたのかは知らない。気づいたらそこにいたわ」
「…4歳だと?」
俺は思わず声を荒げそうになったが、後ろの芹亜を気遣って声を潛めた。
「ガキの頃からかよ」
「ええ。霊能力の素質があるってだけで、引っ張っていく手法は選ばないの。人身売買なんて可愛いもんよ。もっと酷い手だって日常茶飯事だったわ」
凛空の言葉に、俺は拳を握りしめた。俺だって捨てられたようなもんだが、金で売り飛ばされたわけじゃねえ。少なくとも俺の意思で野良犬になったんだ。だがこいつは違う。最初から選択肢なんて与えられちゃいなかったんだ。
「施設では徹底的な訓練を受けた。霊力を高め、制御するためのね。そして一定以上の力をつけた者から、『彷霊界』へ送り込まれる」
「芹亜たちが行ってた場所か」
「そう。そこはゴーストや悪霊と戦う場所だけど、それだけじゃないの」
凛空は一瞬、言葉を切った。その横顔が微かに歪んだ気がした。
「彷霊界の領域や資源を巡って、他の人間勢力とも衝突するのよ。奪い合いだ。ゴーストよりも厄介な人間同士の殺し合い」
「…人間同士でか」
「ええ。私は幼い頃からその修羅場で生き延びてきた。だからね、自分がこれまで何人の人間を殺したかなんて、もう数えられないわ」
淡々とした語り口。そこに自慢も自己卑下もない。ただの事実として、彼女はそれを吐露した。まるで自分の人生の履歴書を朗読するみたいに。
「だからTERAに愛着なんてない。ただの飼い主で、私はその番犬だった。それだけよ」
車内に沈黙が落ちた。
ラジオのノイズみたいな乾いた重さが、俺の胸にのしかかる。
俺は何も言えなかった。「かわいそうだ」とか「辛かっただろ」とか、そんな同情めいた言葉が喉まで出かけて、飲み込んだ。こいつは同情を求めてるんじゃねえ。ただ、誰かに聞いてほしかっただけだ。この重たい事実を、自分以外の誰かに半分背負わせたかったんだ。
「…ふん」
俺は短く鼻を鳴らし、視線を窓の外へ戻した。
凛空の重たい告白の後、車内にはエンジンの低い唸りだけが響いていた。俺は窓の外を流れる街灯の光をぼんやりと見つめながら、口の中に残る苦い味を噛み殺していた。
同情なんて言葉は野暮だ。お互い、こういう重たいものを抱えて生きていくしかねえんだ。だが、この女が自分の傷を晒した以上、俺も黙って聞いてるだけじゃ義理が悪い気がした。
「…俺もよ」
俺は短く呟いた。
「え?」凛空がハンドルを握る手を少し緩めた。
「俺も、ガキの頃に彷霊界みたいな場所に迷い込んだことがある」
言ってから、自分でも馬鹿な話だと思った。
思い出すのはノーワンワールドでの出来事。
「気づいたらそこにいた。どうやってそこへ行ったのかもわからねえ。ただ、生き延びることだけが毎日の仕事だった」
俺は自分の手を見た。傷だらけで、胼胝だらけの、野良犬の手だ。
「そこでどうやって生きてたかなんて、細かいことはどうでもいい。ただ必死に牙を剥いて、噛みついて、食い物を探して走り回ってただけだ」
そこには学校もなければ、テレビもねえ。あるのは今日生き残れるかどうかの瀬戸際だけ。俺の野生と、喧嘩の勘はあそこで磨かれたようなもんだ。
「それで? どうやって戻ってきたの?」凛空が静かに聞いてきた。
「それがわからねえんだよ」
俺は首を振った。
「ある日、気づいたら人間の世界に戻ってた。大人になってた。どうやって戻れたのか、誰が連れてきたのか、理由なんざさっぱりわからねえ。ただ、気づいたらこっちの路地裏で目を覚ましてたんだ」
唐突で、理不尽で、脈絡もねえ。まるで神様が気まぐれに犬を拾っては捨てたみたいに。
「理由もわからず、ふらふらと元の世界に戻ってきた。行き場もねえし、帰る場所もねえ。だから、今みたいな日銭稼ぎの生活をしてる」
俺はため息をつき、シートに深く体を沈めた。
「てめえはTERAって鳥籠に閉じ込められてた。俺は異界って名の捨て場に放り出されてた。どっちもロクなもんじゃねえが…まあ、生きてりゃなんとかなるもんだな」
「ふふ、そうね」
凛空の口元に、微かな笑みが戻った。
「私たちはどっちも、帰る場所なんて最初からなかったのかもしれないわね」