ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
寺の石段を登る足が、今日に限って重い。
理由は簡単だ。背後にふよふよ浮いてついてくるこいつのせいだ。
「ねえ吠、もっとゆっくり歩いてくれない? 僕、剣だから足がないんだけど」
「……浮いてるじゃねえか」
「浮いてるのと歩くのは違うんだよお? 空気抵抗だってあるし」
あるか。
俺は空を見上げた。晴れ渡った空の下、黒い長剣がひらひらと宙を舞う様は、客観的に見て絶対におかしい。だがもうツッコミ疲れた。こいつが俺の兄貴だと名乗り出てから、こっちの精神力がゴリゴリ削れていく。
筑波山を望む寺。古い山門。苔むした石畳。見慣れた境内を抜けると、本堂の縁側に見慣れない――いや、見慣れた顔たちがいた。
「あ、吠くん!」
真っ先に駆けてきたのは芹亜だ。茶色の髪を揺らして、ぱたぱたと小走りにこちらへ来る。その後ろから、陸王がゆったりとした足取りで続き、さらに奥から和尚の雪庭が出てきた。
「おかえりなさい。戻ってきたのね」
芹亜が安心したように微笑む。その目が、俺の背後で浮遊する黒い長剣に止まった。
「……え?」
笑顔が固まった。
「吠くん、その後ろの……」
「あー、うん。それな」
俺は頭を掻いた。どう説明したもんか。
黒を基調に白と赤を配した長剣。鍔元にある狼の頭部。左目が淡い紫、右目が黄色。赤いX字模様。どこからどう見ても、ただの武器じゃないことは一目でわかる。
「ふふ、紹介してくれないのかい? 吠」
剣が喋った。
正確には、剣のままクオンの声が出た。明るく芝居がかった、よく通る声だ。
芹亜が「ひっ」と小さく声をあげた。霊視の力がある彼女にとっては、剣に宿る意識みたいなものは敏感に感じ取れたはずだ。
「え、えっと、この剣……喋った?」
「喋ったらダメなの?」
クオンがきょとんとした声で返す。いやきょとんとしてる場合か。
「あのね、僕はただの剣じゃないんだよ。一応、意識もあるし、人格もあるし、声も出せるし、自分で浮いて動けるし」
「だ・か・ら」
俺は割って入った。
「こいつはクオンだ。遠野久光。俺の兄貴だ」
しん。
境内に鳥の声だけが響いた。
芹亜の目が点になった。口が半開きで、瞬きすら忘れている。
陸王も苦笑いだ。芝居がかった仕草で頬に手を当てている。
「へえ……兄弟揃って、とはこういうことかい?」
「そういうことだよ、陸王くん。初めまして、僕は遠野久光。吠の兄だよ」
クオンがひらりと剣身を翻して、陸王に向かってお辞儀みたいな動作をした。剣がお辞儀する。シュールだ。
「……兄? 吠くんの?」
芹亜の声が上ずった。彼女は目をぱちぱちさせながら、俺と剣を交互に見ている。
「う、うん。そう。俺の兄貴。だったやつ。今は剣」
「だったやつって。僕は今も君のお兄ちゃんだけど?」
「うるせえ」
「でもでも」芹亜が首を傾げた。「吠くんの兄さんが剣になってるって……どういう……」
「説明すると長くなるんだよな」
俺は面倒くさそうに石段に腰を下ろした。足が痛い。全身筋肉痛だ。セイントゴジュウウルフとの戦いの後遺症だ。
「僕が説明してあげるよ」
クオンが嬉しそうに声を弾ませた。
「いいかい芹亜ちゃん。僕はね、元々はリングハンター・ガリュードって呼ばれてた悪いやつでね。吠と戦って負けて、テガソードに『剣になって善行を積め』って罰を与えられたんだよ」
「悪いやつって自分で言うんだ……」
芹亜がぽつりと呟いた。その反応に、俺は少しだけ笑った。
「でもね、これは罰でもあるけど、僕の願いが半分叶った姿でもあるんだ」
クオンの声が少しだけ柔らかくなった。
「吠と一緒にいたい。それが僕の願いだったから」
芹亜が黙った。彼女は何かを感じ取ったみたいに、静かに剣を見つめている。
「……そう、だったんだ」
彼女の声には、驚きだけじゃなくて、どこか温かい響きが混じっていた。幽霊の業に寄り添ってきた彼女だからかもしれない。剣になった兄の声に、無理のない共鳴を感じ取ったんだろう。
「芹亜ちゃん、ありがとう。僕のこと、ちゃんと見てくれてるんだね」
「え、あ、いえ、そんな……」芹亜が頬を染めてぶりぶりと首を振った。「私、ただちょっと……感じたことを言っただけで……」
「ふふ、謙虚だねえ。可愛いねえ」
「い、いやらしい目で見るなよクオン」
「いやらしい目って。僕剣だよ? 目は二つだけど表情筋ないよ?」
「そういう問題じゃねえんだよ」
「あはは、仲いいねえ二人とも」
「仲良くねえよ!」
俺と芹亜の声が被った。芹亜が「ち、違うんです、私は別に……」と慌てて手を振っている。その様子を見て、陸王がくつくつと笑った。
「さすが吠くん。はぐれ者同士、こんな風に集まるのも何かの縁だねえ」
「縁とか言うな。気持ち悪い」
「素直じゃないねえ。でもまあ、兄さんが戻ってきたのは確かに良いことだ」
陸王がクオンに視線を向けた。その目は柔らかいけれど、鋭い光が奥にある。こいつは何か考えてるな。いつものことだが。
「クオンくん、だったよね。僕は百夜陸王。元アイドルで、今ははぐれ者。君の弟くんの仲間だ」
「知ってるよ。吠から聞いてる。元スーパーアイドルだって?」
「うん、まあ、一応ね」陸王が困ったように笑う。「でも今はただの陸王だよ」
「へえ、君のことも色々聞いたけど……」クオンが剣身をゆらりと揺らした。「吠が頼りにしてるなら、悪いやつじゃないんだろうねえ」
「頼りになんかしてねえよ」
「はいはい、そういうことにしとこうか」
クオンが軽く流した。この兄貴、本当に鬱陶しい。
本堂に戻ると、雪庭和尚がお茶を淹れて待っていた。白髪の老人は、クオンの姿を見ても眉一つ動かさなかった。
「ほう。剣に兄、ですか」
「驚かないんですか? お坊さん」
俺が尋ねると、和尚はにやりと笑った。
「この寺には古くから様々なものがお見えになる。剣の兄くらいたやすいものです」
「たやすいってなんだよ」
芹亜がお茶を啜りながら、まだチラチラとクオンを見ている。その視線は、霊視のそれだ。彼女にとってクオンは、剣の形をした霊的存在に近いのかもしれない。
「ねえ、クオンくん」
「なんだい、芹亜ちゃん」
「剣のままだと、不便じゃないですか? ご飯とか、お風呂とか……」
「ああ、それね。ご飯は食べられないし、お風呂も入れない。でも意識はあるから寂しくはないよ。吠がいつも喋りかけてくれるからね」
「喋りかけてねえよ」
「嘘つき。昨日寝る前に『うるせえクオン』って三回も言ってくれたじゃない」
「それを喋りかけるって言うのかよ!」
芹亜がぷっとお茶を吹きそうになった。陸王が腹を抱えて笑っている。
「いやあ、兄弟喧嘩が剣と人間で繰り広げられるとは。世の中広いねえ」
「広くねえよ」
俺は湯呑みを掴んで一気に飲み干した。熱い。舌が焼ける。だがそれくらいしないと、この場の空気に耐えられない。
「それで」和尚が静かに尋ねた。「クオンくんは、これからどうするつもりですか」
クオンの声が少し真面目になった。語尾が伸びない、短い口調。
「善行を積む。それが罰だから。吠と一緒にいて、吠の剣として戦う。それだけだよ」
「……ふむ。立派な志ですな」
「立派じゃないよ。ただ、吠の近くにいたいだけだから」
その言葉に、境内が少しだけ静かになった。
俺は下を向いた。兄貴のくせに、こういうことをさらっと言いやがる。柄に刻まれた狼の目が、静かに俺を見つめている気がした。
「……うるせえよ」
「ふふ。やっぱり吠は素直じゃないねえ」
「素直になんかなるかよ」
芹亜が静かに微笑んでいた。その顔には、何か察したような、それでいて温かい光があった。
「……吠くん、お兄さんが戻ってきてよかったね」
「戻ってきたっていうか、くっついてきただけだろ」
「それでも」芹亜が続けた。「一緒にいるって、大事なことだと思います」
彼女の声が少し震えていた。彼女もまた、孤独を知っている目をしていた。霊が見えるがゆえに人と距離を置いてきた少女。その痛みを知っているからこそ、兄と一緒にいられる今の状況を――
「……ま、まあそうだな。悪くはねえよ」
俺は視線を逸らして呟いた。
「あら、珍しい。吠が認めた」
陸王が目を丸くした。
「うるせえ! 茶を飲め!」
「いま湯呑み持ってるけどね」
「じゃあ追加淹れろ!」
「はいはい」
境内に笑い声が響いた。朝の光が石畳を照らし、苔がきらきらと光っている。クオンが剣のまま、満足そうに浮いていた。
(……ま、悪くねえか)
俺は心の中でだけ認めた。
口に出したら、この兄貴調子に乗るからな。
「ねえ吠、今『悪くねえ』って思ったでしょ」
「思ってねえよ!」
「嘘つき。僕にはわかるんだよお? 兄弟だもん」
「兄弟だからって心が読めるわけじゃねえだろ!」
「読めるんだよねえ、不思議と」
「読めねえよ!」
芹亜がくすくす笑っている。陸王が目を細めて空を見上げている。和尚が新しくお茶を淹れ始めた。
平和だ。
少しだけ、そう思った。