ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
数日が経った。
寺の境内は相変わらず静かだ。苔は生えるし鳥は鳴くし、クオンはうるさい。
「吠、今日もいい天気だねえ」
「関係ねえよ」
「花壇の花が咲いたよ。見てみない?」
「見ねえ」
「つれないなあ。せめて水やってくれない? 僕剣だからジョウロ持てないし」
「なんで剣が園芸に興味持ってんだよ」
俺はため息をついた。兄貴が剣になってからというもの、こいつは寺の平和を楽しむ老猫みたいにのんきだ。善行を積めと言われた罰だっていうのに、この抜け殻みたいな生活で善行になるのかどうかわからねえ。
本堂の縁側でダラダラしていると、境内の石畳を歩いてくる足音が聞こえた。二組。片方は軽く、もう片方は――あれは陸王か。
「おい吠くん、起きてる?」
縁側の向こうから、華やかな声が飛んできた。百夜陸王。元スーパーアイドルで現はぐれ者。柔らかい笑顔と鋭い目がトレードマークだ。
「寝てねえよ。見りゃわかるだろ」
「あはは、そうだねえ。ごめんごめん」
陸王の隣に、見慣れない男が立っていた。
スラリとした長身。黒髪をきっちり整え、TERAの制服を隙なく着こなしている。柔和な笑みを浮かべたその顔は、まるで営業時間終了後も笑顔が貼りついたまま外れたマネキンみたいだった。
「こちらは葉哲さん。TERA本部から派遣された茨城支部の管理・補佐役だよ」
陸王が軽く紹介する。葉哲は一歩前に出て、深く頭を下げた。
「初めまして、遠野吠くん。葉哲です。本部から定期的な連絡と、回収済みライドウォッチの確認のために参りました」
声も丁寧で穏やか。笑顔も崩さない。まるで接客マニュアルに従って動くロボットみたいだ。
「…ああ」
俺は適当に返した。愛想がないのはいつものことだが、こいつの場合は逆に愛想が良すぎて逆に不気味だった。
「吠、誰か来たの?」
クオンが本堂の奥から浮遊して現れた。剣のままひらひらと宙を舞い、葉哲の前に止まる。
「おや、この剣は…」
葉哲の視線がクオンに向いた。笑顔は崩れない。剣が勝手に動いているという異常事態に直面しても、こいつの表情スイッチは切れていないらしい。
「初めまして。僕は遠野久光。吠の兄だよ」
クオンが剣身を翻して挨拶する。この一連の動作に、葉哲は一瞬だけ目を細めた。だがすぐに元の笑顔に戻った。
「遠野久光くんですね。事情は雪庭さんから伺っています。ご兄妹の再会、おめでとうございます」
「ありがとう。でも兄妹じゃなくて兄弟だよ。僕はお兄ちゃんだから」
「あ、失礼しました。ご兄弟ですね」
葉哲が再度頭を下げる。完璧な対応だ。だが完璧すぎる。笑顔の裏に何も透けて見えない。
「…ふん」
俺は鼻を鳴らした。まあ、TERA本部から来る人間が手紙みたいな挨拶をするのは珍しくねえだろう。組織ってのはそういうもんだ。
本堂の中に移動した。
雪庭和尚がちゃぶ台を挟んで座っている。お茶を啜りながら、葉哲の報告を聞く体勢だ。和尚の顔も普段は飄々としているが、葉哲の笑顔の前だと逆に胡散臭さが際立つ。
「回収済みのライドウォッチですが」
葉哲が黒いアタッシュケースを開けた。中にはスポンジ状のマットが敷かれ、数個のライドウォッチが固定されていた。各ウォッチの表面には歴代ライダーの顔が刻まれ、微かに光を帯びている。
「現在確認できているものはこれで全てです。破損なし、変質なし。保管状態は良好と報告させていただきます」
「ご苦労さん」
雪庭が短く返す。お茶を啜る手が止まらない。この和尚、状況の大小に関わらずお茶を飲む頻度が異常に高い。茶葉の消費量が心配だ。
葉哲がケースを閉じようとした時だった。
陸王が縁側に腰掛けたまま、何気なく口を開いた。
「ねえ葉哲さん」
「はい、何でしょうか」
「一つ聞いてもいい?」
「どうぞ」
陸王はにっこりと笑った。アイドル時代のファンサービスか、計算された距離感で相手を引き込む笑顔だ。だがその目は笑っていない。琥珀色の瞳の奥に、鋭い観察眼が光っていた。
「いつ見ても変わらないね、その笑顔」
「…ありがとうございます」
「褒め言葉じゃないよ」
陸王の声が少しだけ低くなった。柔らかい物腰のまま、核心を突く。こいつの常套手段だ。
「雪庭さんたちを戦力として扱いきれてない。本部としては茨城支部の稼働率が低いと見てる。でも葉哲さんは、危険な任務から全員が帰還することを望んでる。――違うかい?」
葉哲の笑顔が一瞬だけ固まった。ほんの一瞬だ。瞬きする間にも戻る。だが陸王は見逃さなかった。アイドル時代、何万人の観客の表情を読み取ってきた目だ。一瞬の躊躇なんて紙切れみたいに薄い。
「…百夜くんは観察眼が鋭いですねえ」
葉哲は笑ったまま答えた。困ったように眉を下げる。だが目は笑っている。いや、目も笑っている。完璧な笑顔だ。完璧すぎて何も読めない。
「私の笑顔が変わらないのは、特別な意味があるわけではありませんよ。ただの癖です」
「癖、ねえ」
陸王は鼻で笑った。信じていない。だがこれ以上追及するつもりはないらしい。肩をすくめて視線を外した。
「まあいいや。無理に剥がすのは野暮ってやつだ」
「ありがとうございます。気遣いありがとうございます」
「だから褒め言葉じゃないってば」
陸王が苦笑した。俺は縁側で腕組みをして二人のやり取りを眺めていた。(なんだこの腹の探り合い。アイドルと事務屋の会話劇かよ)
クオンが俺の横で浮遊している。「面白いねえ」と剣のまま呟いた。うるさい。
葉哲がアタッシュケースに視線を戻した。確認作業を続けるためだ。指先がケースの留め金に触れたその瞬間だった。
カチリ。
微かな音がした。いや、音じゃない。感覚だ。背筋に冷たいものが走る。霊的な波長。芹亜がいればもっと敏感に感じ取っただろうが、俺にもわかる。空気が変質した。
「…あれ?」
葉哲の声が初めて揺れた。笑顔が剥がれたわけじゃない。だが目が動いた。ケースの中を見ている。
俺も視線を向けた。
アタッシュケースの中のライドウォッチが、色を失っていた。
一つじゃない。全部だ。
赤も青も金も銀も、鮮やかな色彩が波紋のように広がりながら消えていく。残るのは白と黒だけ。まるで古いモノクロ映画のフィルムが巻き戻されるみたいに、鮮やかな色彩が剥がれ落ちていく。
「なっ…」
葉哲がケースから手を引いた。笑顔が消えかけている。初めて見る、まともな反応だ。
「これは…」
雪庭が茶椀を置いた。お茶を飲む手が止まるのは、この和尚にとっては相当の事態だ。
「色が…消えた?」
陸王が腰を浮かせた。琥珀色の瞳が細められ、ケースの中を覗き込む。
ライドウォッチの表面に刻まれたライダーの顔が、白黒の陰影に塗り替えられていく。まるでネガフィルムみたいに反転した色彩。そして各ウォッチの表示面が、カチカチと独りでに回転し始めた。
「停止していない。ウォッチが起動している…?」
葉哲が後退った。管理担当として回収済みのウォッチが勝手に起動する現象がどれほど異常か、すぐに理解したらしい。笑顔が完全に消えていた。代わりに浮かんでいたのは、事務屋としての冷徹な判断の色だ。
「雪庭さん、結界を――」
雪庭がすでに動いていた。護符を取り出し、本堂の四方に貼り付ける。だが護符が柱に触れた瞬間、紙の色も白黒に染まった。
「…効かねえ」
雪庭の歯が鳴った。この和尚が焦るのは珍しい。
俺はテガソードを呼び出そうとした。だが右手が動かない。いや、動かないんじゃない。空気が重い。まるで水の中に潛っているみたいに、体全体に圧がかかっている。
「一体化何が…」
陸王が声を絞り出した。彼のレオンバスター50も召喚できないらしい。色が失われていく空間の中で、私たちの武器へのアクセスが遮断されている。
そして、空間の色が完全に白黒になった。
本堂の柱も、壁も、ちゃぶ台も、雪庭の僧侶衣も、陸王の服も、葉哲の制服も。すべてがモノクロームの世界に塗り替えられていく。
その中心に、少年が立っていた。
いつからそこにいたのか。いや、最初からいたのか。いや、色がなくなった瞬間から現れたのか。わからない。ただ、気がつけばそこにいた。
白いおかっぱ頭。白磁のような肌。喪服みたいな黒い装束。小さな体を包む黒い布は、この白黒の世界に融け込むように馴染んでいる。
そして目が――白黒が反転していた。白い部分が黒く、黒い部分が白い。その瞳は何の色も映していない。ただ静かに、私たちを見つめている。
十二歳くらいだ。俺よりずっと小さい。だがその佇まいは、大人のそれよりも遥かに静かで、揺るぎない。
「…」
少年は何も言わなかった。
ただ静かに立っている。表情はほとんど変わらない。喜怒哀楽のどれにも属さない、静止した顔。
だが空気は凍っていた。本堂の温度が下がったみたいに冷たい。いや温度じゃない。感情の温度だ。この少年がいるだけで、周囲の感情が薄くなる。俺自身の怒りも焦りも、色褪せていくみたいな感覚だ。
(なんだこいつ…)
俺は歯を食いしばった。全身の毛が逆立つ。獣の本能が警鐘を鳴らしている。こいつは危ない。見た目はガキだが、中身が揮発している。
「こんにちは」
少年が口を開いた。声は低く、平坦だった。感情の起伏がない。挨拶なのに挨拶に聞こえない。
「ボクは黒峰白玖。引き渡しに来たんだ」
「…引き渡し?」
葉哲が声を返した。笑顔はもうない。代わりに浮かんでいるのは、管理官としての冷静さと、奥に押し隠した焦りだ。
「何を引き渡すのかな、白玖くん」
「ライドウォッチ」
白玖は言った。平坦な声で。まるで天気予報みたいに。
「君たちが持っているライドウォッチを、ボクに渡してほしい」
「…理由を聞いても?」
葉哲が尋ねた。笑顔を取り戻そうとしているが、不完全だ。口角が微かに震えている。
白玖は首を傾げた。わずかに。それだけ。
「世界を、ボクと同じにするためだ」
「同じ?」
「色をなくす。感情をなくす。それがボクの普通だから」
白玖の目が動いた。反転した瞳が、ケースの中の白黒に染まったライドウォッチに向けられる。
「人間はね、色と感情で混乱している。悲しい、嬉しい、怒り、恐れ、全部が混ざり合って、苦しみを生む。ボクにはそれがわからない。ボクには快と不快しかない。シンプルで、静かで、普通」
白玖の声には、悪意がなかった。
憎しみも、軽蔑も、優越感もない。ただ事実を述べるみたいに言葉を並べる。それが逆に恐ろしかった。こいつは自分を正しいと思っている。悪意なく、他人の感情を消し去ろうとしている。
「だからボクは、世界をボクの普通に合わせたい。誰も苦しまなくていい。誰も混乱しなくていい。色をなくして、感情をなくして、みんな静かになる」
「…それを私たちに押しつける、ということかな」
葉哲の声が低くなった。笑顔が完全に消えた。初めて見る、葉哲の素の表情だ。眉間に皺が寄り、黒い瞳が白玖を真っ直ぐに見据えている。
「押しつける、かな」
白玖は首を傾げた。本当にわかっていないみたいだ。
「ボクはみんなを楽にしたいだけだよ。確認なんていらない。だって、苦しみがなくなるんだから。いいことでしょ」
「よくないね」
声は陸王からだった。
陸王がゆっくりと立ち上がった。モノクロームの空間の中で、琥珀色の瞳だけが微かに色を残している。いや、それも錯覚かもしれない。だが彼の声には、確かに色があった。
「百夜陸王」
白玖が陸王を見た。反転した瞳が、まっすぐに陸王を捉える。
「君は人気者だったんだね。很多人的心を動かしてきた。色と感情の力を知っているはずだ」
「知ってるよ」
陸王は微笑んだ。柔らかく、計算された笑み。だがその奥には、冷たい光があった。
「だからこそ言える。人の感情は綺麗なもんばかりじゃない。期待に押しつぶされる人もいる。人気は人を傷つけることもある。――そういうの、僕は嫌というほど見てきた」
陸王の声が少し低くなった。元アイドルの経験が滲む。だが彼は続けた。
「でもね、だからって他人の感情を勝手に消すのは違う。君の言うことも一部わかるよ。感情は人を苦しめる。でもそれは、誰かが選んでいいことじゃない」
「…選ぶ?」
白玖の表情が、初めて微かに動いた。眉がわずかに下がる。不快、と呼ぶにはあまりに小さな変化だ。
「感情をなくすことは、君の普通かもしれない。でもそれは君だけの普通だ。他人の普通じゃない。勝手に決めるのは、押しつけだよ」
「でも」
白玖の声が少し変わった。まだ平坦だが、何かが混じり始めている。
「ボクはみんなを助けたい。苦しみをなくしたい。それの何がいけないの」
「助けるって、本人に聞いてないでしょ」
陸王はきっぱりと言った。微笑みを崩さない。だが目は笑っていない。
「君の普通を、他人に押しつける。それは助けじゃない。押しつけだ。――僕はそれを許さない」
本堂が静まった。
白玖の目が陸王を凝視している。反転した瞳の中に、何かが揺らいでいる。不快か、あるいは理解できないことへの戸惑いか。
「…百夜陸王。君の言うこともわかる」
白玖は言った。わかった、ではない。わかる、だ。理解はするが、受け入れはしない。その違いが、少年の平坦な声に含まれていた。
「でもボクは止めない。世界をボクの普通にする。それがボクの願いだから」