ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
言葉が終わるか終わらないかの境目だった。
そして白玖は、静かに告げた。
「変身」
声に抑揚はなかった。
宣言にしては淡々としていた。挨拶にしては重すぎた。ただ事実を述べるみたいな、白玖にしてはありふれた一言だ。だがその一言が、空気を一変させた。
白玖の左手がドライバーの中央を掴んだ。
グルン――!
ベルト中央の回転機構が、唸りを上げて一回転した。
音声ではない。振動だ。空間そのものが軋むような低い唸りが、本堂の柱から床から天井から湧き上がってくる。俺の歯がガチガチと鳴った。腹の底が共振する。気持ち悪い感覚だ。
直後、巨大な時計盤が白玖の背後に展開した。
デカい。
本堂の天井を突き抜けるんじゃないかってくらい巨大な時計盤が、白と黒だけで描かれていた。文字盤の数字が反時計回りに回転している。通常のジクウドライバーなら金色に輝く数字が、こいつの場合は白黒だ。まるで古い時計塔の幻影がそのまま実体化したみたいだ。
時計の文字が白玖の周囲を orbits するように、ゆっくりと、だが確実に速度を増しながら巡り始めた。
「……すげえな」
俺は思わず呟いた。嫌味じゃない。純粋に圧倒されていた。変身演出ってのは派手なもんだ。俺だってテガソードで変身する時は光と音の嵐の中に立つ。だが白玖の変身は、派手さの中に冷たさがある。巨大な時計盤が回り、文字が飛び交う派手な演出と、本人の無表情がアンバランスだった。
(なんつーか……背景が全力出してて本人がやる気ねえみたいな落差だ)
次の瞬間、白い影が現れた。
時計盤の中心から、コウモリが飛び出した。
白いコウモリだ。
翼を広げた全長が白玖の身長くらいある巨大なエネルギー体。本来のライブなら青白い光を帯びているはずのコウモリ型エネルギーが、白玖の場合は純白だ。雪景色みたいに白い。だが温かみはない。氷像を砕いた時みたいな、冷たい白さだ。
白いコウモリが翼を広げた。
左右に開かれた翼は、まるで白玖を抱きしめるみたいに、その小さな身体を包み込んでいく。
翼の膜が白玖の全身に巻きつく。
同時に、時計の文字が降り注いだ。
回転する文字盤から数字が剥がれ落ち、コウモリの翼に重なっていく。数字と翼が交差するたびに、白玖の身体が変わっていく。黒い装束の上に、白い装甲が形成されていくのだ。
膝から脛へ。腰から胸へ。腕から肩へ。
白い装甲が、氷が結晶化するみたいに、滑らかに形成されていく。金属の質感がある。だが冷たい。陶器みたいに滑らかで、鋼みたいに硬い、矛盾した質感の白い鎧だ。
翼が一度、閉じた。
白玖の全身が白い翼に包まれ、一瞬だけ繭みたいになった。巨大な時計盤が最後の一回転を終える。文字盤の全ての数字が一点に集約され、弾けた。
『ライダータイム! 仮面ライダーライブ!』
電子音声が響いた。
だがその声も、白玖の空間の中では色彩を失っていた。本来は荘厳で、高らかな変身音声だ。だが聞こえてきたのはモノクロームの声だ。録音テープの再生速度がわずかに落ちたみたいな、少し低く、少し乾いた音声。
翼が、左右へ開いた。
パサリ。
布を翻すみたいな軽い音と共に、白い翼が左右に展開する。開かれた翼の間に、仮面ライダーライブが立っていた。
白い装甲。
黒いライン。
青い複眼。
コウモリを模した頭部。左右に広がるクリスタンアイが、淡い青の光を帯びている。白玖の装束の黒と、ライブの装甲の白。その二色だけで構成された姿は、この白黒の世界に完全に馴染んでいた。
だが目だけが青い。
白と黒の世界の中で、青い複眼だけが異質だった。灯台みたいに、モノクロームの海の中で光っている。
仮面ライダーライブ。
その姿は、本来の変身者が纏うべきものと同じ形をしていた。だが纏っている人間が違う。白玖の平坦な表情が、青い複眼の奥に透けて見える気がした。表情筋が動かない。変身の高揚感も、戦いへの緊張も、何もない。ただ立っている。
(……なんだこれ)
俺は息を呑んだ。
変巨大な時計盤、白いコウモリ、翼の包摂。ジクウドライバーの変身システムが全力で演出を叩き出している。だがその中心に立つ少年は、微動だにしない。表情も変わらない。声も変わらない。まるで台風の目みたいに、周囲が渦巻いているのに本人だけが静謐だ。
その落差が、俺の背筋を凍らせた。
白玖は右腕をゆっくりと上げた。白い装甲の腕が、水平に伸びる。その手には何も握られていない。だが存在感がある。その手が何かを掴む瞬間、戦いが始まる。
青い複眼が、静かにこちらを見た。
青い複眼が俺たちを捉えた瞬間、空間の温度がもう一段下がった。
いや温度じゃねえ。さっきも言ったが、感情の密度だ。白玖が変身したことで、周囲の空気から色と感情を削ぎ落とす影響範囲が広がっている。俺の苛立ちが薄くなってる。焦りが薄くなってる。それが怖え。
「葉哲さん、下がって」
陸王が動いた。
一歩。ただ一歩、前に出ただけだ。だがその一歩の重みが違った。アイドル時代、ステージの中央に立つ時に踏み出す一歩。観客の視線を全て集める一歩。あれだ。百夜陸王という人間が、舞台に上がる時の一歩だ。
葉哲の前に立ち、片手で葉哲の肩を軽く押し込む。葉哲は一瞬抵抗しようとしたが、陸王の目を見て止めた。
「…お願いします」
葉哲が下がった。本堂の奥、雪庭和尚の傍まで退がる。笑顔はもうない。代わりに浮かんでいるのは、管理官としての判断と、十二歳の少年に対する何か別の感情が混ざった顔だ。あいつ、白玖を敵として見てねえな。少なくとも完全には。
(まあ十二のガキだしな)
俺もわかる気はする。だがわかることと許せることは別だ。
陸王が右手を掲げた。
テガソードが呼び出される。金色の巨大な剣が光の粒子となって出現し、陸王の手に収まった。センタイリングの装填部が青白く輝いている。
「百夜くん」
白玖が言った。ライブの青い複眼が陸王を捉えたまま、平坦な声で呼ぶ。
「君も止めるの」
「止めるよ」
陸王は微笑んだ。柔らかく、人を安心させる笑み。だが目は笑っていない。琥珀色の瞳の奥に、冷たい決意が光っている。
「でもね、僕は君を倒したいわけじゃない。話したいんだ。――まだ、間に合う」
「間に合う?」
白玖の声に疑問の色がなかった。純粋に意味を問うているだけだ。
「君の考えを変えてほしい、ってことさ」
陸王はテガソードを構えながら言った。剣を構えているのに、声は穏やかだ。この男はいつだってそうだ。武器を持っても、まず言葉を選ぶ。
「色をなくす。感情をなくす。君にとってはそれが普通なのかもしれない。でもね白玖、世界は君の普通だけじゃ回らない。他人の普通だってあるんだよ」
「…さっきも聞いた」
白玖は言った。平坦な声。だが微かに、ほんの微かに、首が傾いた。
「君たちはみんな同じことを言う。押しつけだ、勝手だ、本人に聞け。でもボクは聞いてる。ボクはみんなに聞いてる。『苦しみたくないか』って。答えはいつも同じだよ。苦しみたくないって」
「それは質問じゃないよ」
陸王の声が少し硬くなった。微笑みが消え、代わりに真剣な表情が浮かぶ。
「答えを用意してから聞いてる。それは対話じゃない。お題目だ」
白玖は答えなかった。
ただ静かに、陸王を見つめている。青い複眼の光が揺らがない。考えを改める気配もなければ、反論する気配もない。ただ受け入れるでもなく、拒絶するでもなく、そこに立っている。
沈黙が流れた。
白黒の世界の中で、陸王の琥珀色の瞳と、ライブの青い複眼が対峙する。
「…わかった」
陸王が息を吐いた。短く、だが覚悟を決める吐息だ。
「言葉が届かないなら、体で伝えるしかない。――僕の流儀でやらせてもらうよ」
陸王は左手をテガソードの装填部にかざした。指の間に、一つのリングが挟まれている。金色の縁に青い石。獅子の意匠が刻まれたセンタイリング。ゴジュウレオンのリングだ。
リングがテガソードに装填される。
カチリ。
『センタイリング!』
テガソードが音声を発した。電子音声が本堂に響く。だが白玖の空間の中で、その声も僅かに色を失いかけている。それでも陸王のリングは色を保っていた。金色の縁。青い石。白黒の世界の中で、二色だけが鮮やかに輝いている。
陸王がテガソードを構え直した。斜めに、獅子が獲物を狙うような構え。
「エンゲージ!」
声が響いた。
宣言だ。だが白玖の「変身」とは違う。陸王の声には熱があった。覚悟があった。ステージに立つ前のカウントダウンみたいな、間の取れた宣言だ。
テガソードが光り出した。
青い光だ。
白黒の世界の中で、青い光が爆ぜた。まるでモノクロ映画に誰かが絵の具をぶちまけたみたいに、鮮やかな青が空間に広がっていく。
光が形を変えた。
獅子だ。
青いエネルギーが、四つ足の獣を象った。鬣を振り乱し、爪を突き立て、咆哮する獅子。だが声はない。エネルギー体だから当然だが、それでも咆哮が聞こえる気がした。陸王の意志が、力の形を通して叫んでいるみたいだ。
青い獅子が陸王の周囲を駆け抜けた。
一周。二周。三周。
巡るたびに、陸王の身体が変わっていく。私服の上に装甲が形成されていく。青い装甲。金色のライン。獅子を模した頭部。鬣を思わせる金色の crest が頭頂部から背部へ流れる。
胸甲に獅子の紋章が浮かぶ。青い宝石が中央に嵌まり、金色のフレームが左右に広がる。獅子が牙を剥いたような意匠だ。
腕部の装甲が固定され、腿部の装甲が締まり付けられ、最後に獅子の頭部を模したヘルメットが完成する。金色のマスク。青い複眼。口元の意匠は獅子の牙を模している。
『クラップユアハンズ! ゴジュウレオン!』
変身音声が響いた。
白玖の変身音声がモノクロームに染まっていたのとは対照的に、陸王の変身音声は色を保っていた。いや、白黒の世界の中で、むしろ鮮烈に響いた。テガソードの金色と、ゴジュウレオンの青と金。白玖が世界から色を奪っている空間の中で、陸王だけが色を取り戻しているみたいだ。
青い獅子のエネルギーが、陸王の全身に重なり、装甲となって定着した。残光が金色のパーツに沿って流れ、獅子の鬣みたいに背中で揺れる。
ゴジュウレオン。
百夜陸王が変身した姿。王者のカリスマ。
金色のマスクの奥で、青い複眼が静かに光っている。白玖のライブの青い複眼と同じ色だ。だが質感が違う。ライブの青は冷たい。ゴジュウレオンの青は熱い。同じ青でありながら、正反対の温度を持っていた。
(……すげえ対比だ)
俺は縁側からその光景を眺めていた。口を開けるほど圧倒されていた。
白と黒の世界の中で。
青と金の獅子が、白の蝙蝠と対峙している。
ゴジュウレオンの鮮やかな青と金。ライブの無機質な白と黒。色彩豊かな獅子と、色彩を削ぎ落とした蝙蝠。その対比は、絵画みたいに鮮烈だった。
ゴジュウレオンはテガソードを斜めに構えた。刃が床と平行に、獅子が獲物を狙う角度。金色の刃が白黒の空間の中で異彩を放っている。
対するライブは、右手に武器を召喚していた。
ツーサイドウェポン。
銃形態だ。白を基調とした銃身が、ライブの白い装甲に馴染んでいる。本来は青や赤のラインが走る武器だが、白玖の手の中では白と黒だけに染まっている。だが銃口はしっかりとゴジュウレオンを捉えていた。
ライブは微動だにしなかった。
構えすらない。ただ立って、銃を握っているだけだ。だがそれが逆に恐ろしい。隙がない。隙がないんじゃない。隙が最初から存在しないみたいな、完成された静止だ。
「白玖」
ゴジュウレオンの口から陸王の声が出た。変身しても声は変わらない。だが響きが違う。装甲を通して、より重く、より鋭く響く。
「最後に一度だけ聞く。考えを改めてくれないか」
白玖は答えない。
いや、答えた。
「ノー」
一言だけ。平坦に、静かに、感情の起伏なく。
「ボクは止めない。世界をボクの普通にする。それがボクの願いだから」
「…そうか」
ゴジュウレオンの青い複眼が細まった。陸王の表情は見えない。だが声のトーンが変わった。柔らかさが消え、鋭さだけが残った。
「残念だよ。君の歌、本当はもっと色があるはずなのに」
「歌?」
白玖が首を傾げた。ライブの青い複眼が微かに揺れる。
「ボクは歌わない。歌には感情がいるから」
「そうかもね。でも僕は――」
ゴジュウレオンがテガソードを構え直した。刃が白黒の空間を切り裂くみたいに、金色の軌跡を描く。
「君に歌わせてみたい。君の本当の色を」
沈黙が落ちた。
本堂の柱が白黒に染まったまま動かない。ちゃぶ台も、お茶椀も、護符も、全部が色を失ったまま静止している。その世界の中で、二つの影だけが動いていた。
青と金の獅子。
白の蝙蝠。
互いの間合いを測るみたいに、二つの仮面のライダーが静かに對峙した。ゴジュウレオンはテガソードを斜めに構え、ライブはツーサイドウェポンを構える。
互いの呼吸が重なる。
風が止まった。
完全に止まった。
俺の心臓の音だけが聞こえる。ドクン。ドクン。縁側で息を止めている俺の鼓動だけが、この白黒の世界に残された唯一のリズムだ。
ライブの銃口が、微かに動いた。
角度が変わる。ゴジュウレオンの胸甲を狙っている。いや、狙っているんじゃない。もう引くつもりだ。
パン!
乾いた音が響いた。
ライブのツーサイドウェポンが火を噴いた。白い光弾が銃口から放たれ、白黒の空間を切り裂いてゴジュウレオンへ殺到する。
速い。
俺の目でも追いきかねえほど速い。だがゴジュウレオンは動いていた。テガソードを一閃させ、光弾を弾き飛ばす。金色の刃と白い光弾がぶつかり、火花が散った。いや火花じゃない。白い光と金色の光が弾け、周囲の白黒の空間に亀裂みたいな光が走る。
「ほう…」
白玖の声が漏れた。平坦な声だが、ほんの少しだけ何かが混じった。興味か。それとも確認か。
「弾いた。やっぱり君は強いね、百夜陸王」
「まだ名前で呼ぶかい?」
ゴジュウレオンがテガソードを振り抜いたまま、地面を蹴った。青い装甲が白黒の空間を切り裂くみたいに突進する。
「呼び方なんてどうでもいいでしょ。ボクにとって名前は識別子でしかないから」
「そういうところがダメなんだよ!」
ゴジュウレオンが叫んだ。テガソードを横薙ぎに振るう。金色の刃が弧を描き、ライブの胸部を狙う。
ライブは動かなかった。
正確には、最小限の動きでかわした。上体を後ろに反らし、刃を紙一重で見切る。白い装甲の胸元を金色の刃が掠め、白い装甲片が一つだけ宙に舞った。
(避けた。反応速度が同じかそれ以上だ)
俺は歯を食いしばった。十二歳のガキ。だが変身したライブの反応速度は、ゴジュウレオンと同等かそれ以上だ。白玖本人の感覚が優れているのか、ライブのフォーム性能が高いのか。おそらく両方だ。
ライブがツーサイドウェポンを構え直した。銃口をゴジュウレオンに向け、連射する。パンパンパン! 三発の光弾が連続して放たれた。
ゴジュウレオンはテガソードを盾にするみたいに構え、光弾を防ぐ。一金、二金、三金。三発目を弾いた瞬間、ライブはもう次の行動に移っていた。
ツーサイドウェポンを変形させる。銃から剣へ。白い刀身が展開し、ライブはそれを振り上げた。
「距離を詰める」
白玖が呟く。感情のない声だ。戦闘を作業として処理している音だ。
ライブが踏み込んだ。白い刀身がゴジュウレオンの頭部を狙い、振り下ろされる。ゴジュウレオンはテガソードを上げて受ける。
ガキン!
金属音が白黒の世界に響いた。金色の刃と白い刃が噛み合い、火花が散る。いや、白い火花だ。白玖の空間では火花さえ色を失っている。
「くっ…!」
ゴジュウレオンが歯を食いしばった。受けたはいいが、ライブの力が強い。十二歳の体格差を補って余りあるフォーム性能だ。だがゴジュウレオンも力では負けていない。テガソードを押し返し、間合いを取る。
二つのライダーが、一度距離を取った。
ゴジュウレオンはテガソードを斜めに構え直し、ライブはツーサイドウェポンを剣形態のまま下段に構える。
青と金。白と黒。
二つの影が、白黒の世界の中で對峙した。
「…強いね白玖」
ゴジュウレオンが言った。息が上がっている。だが声には熱があった。
「でも僕は負けない。君の『普通』は、世界を静かにするかもしれない。でもそれは、世界を殺すのと同じだ」
「殺す?」
ライブの青い複眼が微かに動いた。
「ボクは殺さない。苦しみをなくすだけ。命は残る。心臓は動く。ただ色と感情がなくなるだけ」
「それが死と同じだって言ってるんだよ」
ゴジュウレオンが吼えた。テガソードに力を込める。金色の刃が白黒の空間に光を放つ。
「感情がないなら、生きている意味もない。君が感じたことのない色を、君は奪おうとしている。それは救いじゃない。――略奪だ」
白玖は答えなかった。
ただ、ツーサイドウェポンを構え直しただけだ。
答えの代わりに、白い刀身が光った。