ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
俺は縁側から立ち上がっていた。腰が浮いている。足が動いている。だが介入できる距離じゃない。
エビルの攻撃が、ゴジュウレオンを追い詰めていた。
羽根の嵐の中を黒い影が縫うように飛び回る。エビルブレードが幾筋もの残像を引き、ゴジュウレオンの装甲を削り取っていく。青い装甲片が白黒の空間に散る。まるで花びらが散るみたいだ。だが綺麗じゃねえ。痛々しい。
「ぐっ…!」
ゴジュウレオンが膝をついた。
テガソードを地面に突き、体を支えている。だが腕が震えている。レオンバスター50はもう構えられないのか、左手がだらりと下がっている。青い獅子の装甲、胸部の獅子紋章に亀裂が走っていた。金色のラインが断ち切られ、青い宝石が微かに明滅している。
変身が、解除されかけている。
俺にはわかった。同じ変身者として、身体に馴染んだ力が剥がれ落ちる感覚。テガソードとの接続が不安定になっているのが見て取れた。このままじゃ、あと数撃でゴジュウレオンの変身が弾ける。
「まだだ…!」
陸王が呻いた。テガソードに力を込め立ち上がろうとする。だがエビルは容赦しねえ。
「作業を終わらせる」
白玖が言った。平坦な声。慈悲も憎しみもない。ただの処理業務としての宣告だ。
エビルブレードが振り上げられた。黒い刃が白黒の空に向かって弧を描く。その軌道は、ゴジュウレオンの頭部を狙っている。あれが降れば、変身は強制解除される。いや、もっと悪ければ陸王の身体に直接ダメージが行く。
「陸王!」
俺は叫んだ。間に合わねえ。距離が遠い。俺がテガソードを呼び出したところで、エビルの刃の方が速い。
だが。
陸王は笑った。
「へえ…僕を追い詰めた気になってるんだろうけどさ」
笑顔だった。血を流しながら、装甲を砕かれながら、それでも笑っている。いや笑っているんじゃない。にやり、だ。計算された笑みじゃない。もっと泥臭い、状況を楽しむような笑みだ。
「まだ出し切ってないんだよ、僕の手札は」
陸王の左手が動いた。
レオンバスター50を握っていた手じゃない。だらりと下がっていた左手。その指の間に、何かが挟まっていた。
指輪だ。
小さな指輪。銀色の縁に淡い青の石。表面には狼の顔が刻まれている。見覚えがある。いや、見覚えがあるどころじゃない。俺がこいつに渡したんだ。
数日前のことだ。寺の庫裏で、俺は陸王に一つのリングを渡していた。回収した亡のライドウォッチが、テガソードの変換機能でライダーリングになったものだ。何となく渡した。いや何となくじゃない。あの時の俺は、何となくのふりをして、計算して渡したんだ。こいつなら使える。こいつなら、あの力の本当の使い方がわかる。
(まさか、このタイミングで…!)
陸王は左手のリングをテガソードの装填部にかざした。
ゴジュウレオンの装甲が光り出した。青と金の光じゃない。白い光だ。純白の光が亀裂から溢れ、獅子の装甲を内側から崩し始める。
「おい! 変身が…!」
俺は声を上げた。だが陸王は構わなかった。
リングがテガソードに装填される。
カチリ。
『ライダーリング!』
テガソードが音声を発した。電子音声が白黒の世界に響く。だがその声には色があった。白玖の空間に染まらない。いや染まろうとしているのに、リングの力がそれを跳ね返している。
ゴジュウレオンの装甲が砕け散った。
青い獅子の装甲が金色の装甲が、光の粒子となって剥がれ落ちていく。だがその下から現れたのは陸王の素顔じゃない。新しい装甲だ。
黒いインナースーツが身体を包む。続いて白と銀の装甲が形成されていく。獅子の装甲とは全く違う、細身で鋭い輪郭の装甲だ。
頭部が組み替わった。
獅子の鬣を模したヘルメットが消え、狼の顔を機械的に再構成した形状へと変わる。左右に尖った耳が伸びる。マスクの意匠は日本狼だ。俺が知っている狼の顔。遠野の地で伝説として語り継がれてきた獣の顔。
複眼が光った。
冷たい青色だ。ゴジュウレオンの青とは違う。もっと淡く、もっと冷たく、そしてもっと鋭い。冬の夜空に浮かぶ月の光みたいな青だ。
両前腕に刃が展開した。
四枚の長い刃。それぞれが爪のように前腕から伸びる。ニホンオオカミノツメ。白と銀の刃が、淡い青の光を帯びて展開する。
『ライダーリング! 仮面ライダー亡!』
変身音声が響き渡った。
白黒の世界の中で白と銀の装甲が凛と立つ。ゴジュウレオンの獅子型装甲は一欠片も残っていない。完全に、仮面ライダー亡へと変化していた。
「なっ…!」
白玖の声が初めて明確に揺れた。エビルブレードを振り上げたまま、新しい姿を凝視している。反転した瞳の奥で何かが揺らいでいる。驚愕か。いや理解不能なものを目にした時の反応だ。
「今の…今のフォームは…」
「知らないよ」
陸王の声が響いた。だがゴジュウレオンの時とは違う。もっと鋭く、もっと軽い。軽いというより、速い。声の響きが速い。身体が軽くなった分、声の出口も変わったみたいだ。
「名前も知らない。力もよくわかってない。でもね」
仮面ライダー亡が立ち上がった。膝をついていた体勢から一瞬で直立へ。速い。ゴジュウレオンの時にはない速さだ。装甲が軽い。細身の身体に軽量の装甲を纏っている。その分、機動力が段違いだ。
「こいつを渡してくれた人がいる。『借りは返す』って言った。だから使う。それだけだ」
エビルブレードが振り下ろされた。
だが亡はそこにいなかった。
消えた。
いや消えたんじゃない。動いた。速すぎて見えないだけだ。白黒の空間を一瞬で切り裂き、エビルの右側面に回り込んでいる。
(速っ…!)
俺は目を疑った。ゴジュウレオンの反応速度は高い。だが亡の速度は別次元だ。フォームの機動力が違う。細身の装甲は防御力を犠牲にして機動力に全振りしている。その代わり、速い。とにかく速い。
エビルが反応した。エビルブレードを横薙ぎに振るう。だが亡はそれを紙一重でかわした。青い複眼がエビルの刃の軌道を見切り、最小限の動きで身体を流す。無駄がない。動きに無駄がないんだ。
「捕まえた」
亡が呟いた。
右前腕の爪が閃いた。四枚の刃がエビルの右手首を狙い、一瞬で斬りつける。エビルブレードを持つ手が弾かれる。黒い刃が宙を舞い、石畳に突き刺さる。
「! 武器が…!」
白玖の声が揺れた。初めてだ。完全に動揺している。武器を弾かれたことがじゃない。自分の攻撃が完全に見切られたことが、揺さぶりをかけている。
亡は止まらない。
左手の爪が閃く。エビルの胸部を横薙ぎに斬りつける。黒い装甲に白い亀裂が走る。続いて右手の爪が下から上へ切り上げる。亀裂が広がり黒い装甲片が飛び散る。
「がっ…!」
エビルが後退る。だが亡はついていく。歩くのじゃない。滑るみたいに距離を詰める。白と銀の装甲が白黒の空間に残像を残す。残像だ。見える残像。それくらい速い。
「速い…!」
白玖が呟いた。平坦な声が初めて焦りを含んでいる。
エビルが体を捻り、手刀で応戦する。白黒の手刀が亡の頭部を狙う。だが亡は首を傾げるだけでかわす。爪がエビルの腹部を狙い突き出される。エビルは咄嗟に後退するが、爪の先が黒い装甲を掠める。火花が散る。
「くっ…!」
エビルが距離を取ろうと羽根を撒き散らす。白黒の羽根が視界を埋め尽くす。さっきゴジュウレオンを翻弄した手だ。だが亡には通用しない。青い複眼が羽根の隙間を見抜き、最小の空間を縫って突き進む。
「目くらましは効かないよ。このフォームは速すぎて、羽根が追いつかないんだ」
亡が言った。陸王の声だ。だがどこか楽しそうだ。ゴジュウレオンの時の余裕とは違う。状況を楽しんでいる音だ。スピードに乗っている。
亡が羽根の隙間を突き、エビルの懐に飛び込んだ。至近距離。爪が閃く。右爪がエビルの胸板を横に薙ぐ。左爪が肩を切り下ろす。連続攻撃。止まらない。一撃ごとに白黒の装甲片が飛び散り、エビルの身体が揺らぐ。
「当たっ…! 当たってる…!」
白玖の声が震えた。反転した瞳が明滅する。不快だ。初めて明確に「不快」を感じている。自分の攻撃が通じず相手の攻撃だけが積み重なる。それが白玖にとっての不快。快と不快の二択しかない世界で、今まさに不快の極みに達している。
だが白玖は引かない。
「フォームを…変える…!」
白玖の左手がジクウドライバーに伸びた。ライドウォッチのボタンを押し、フォームを切り替えようとしている。また別のフォームへ。また別の力へ。
「させないよ」
亡が動いた。
右手の爪がジクウドライバーを狙い、突き出される。白玖の手がベルトから弾かれた。ボタンを押す前に、指がベルトから離される。
「あ…」
白玖の声が小さくなった。初めて声が小さくなった。平坦さが崩れ、子供みたいな声が漏れた。
十二歳の声だ。
(あ…)
俺は縁側で息を呑んだ。今の声。あれは十二歳の少年の声だ。仮面ライダーでもなく、世界を変えようとする存在でもない。ただの、十二歳の子供の声だ。
だが陸王は止まらなかった。
「白玖」
亡の声が響いた。鋭く、だがどこか温かい。爪を構えたまま、エビルと對峙する。
「君は色が見えない。感情も快と不快しかない。そう言ったね」
「…」
白玖は答えなかった。エビルの装甲がボロボロになり、黒いインナースーツが露出している。だがまだ立っている。まだ倒れていない。
「でもね、色がなくても、心まで空っぽになるわけじゃない」
亡が爪を振り上げた。青い複眼が冷たく光る。だがその冷たさの中に、何かが灯っている。
「君が『不快』って感じた。君が『消したい』って思った。それ自体が感情だよ白玖。快と不快の二択しかないって言ったけど、不快を消したいと思うこと自体が君の意志だ。意志があるなら、心は空っぽじゃない」
白玖は答えなかった。
ただエビルの赤紫の複眼が、亡の青い複眼を見つめている。
「そして僕だって同じだ。僕の感情は危うい。期待に押しつぶされそうになったこともある。でも、こうしてここに立ってる。君を止めようとしてる。それが僕の意志だ。色があろうとなかろうと、意志がある限り人は動ける」
亡の爪が光った。
淡い青の光が四枚の刃を包み込む。エネルギーが凝縮され、刃の先端に集中していく。爪の先に青い光点が灯る。四つ。それぞれが小さな星みたいに輝き始めた。
「こいつを渡してくれた人がいる。名前も知らない力だけど、渡してくれた人の意志は感じる。『借りは返す』。その意志が、この爪に乗ってる」
亡が構えた。腰を低くし、両前腕の爪を前に突き出す。獣が獲物に飛びかかる前の姿勢だ。いや、狼が獲物を仕留める前の姿勢だ。
「色がなくても、心まで空っぽになるわけじゃない。こいつが、その証拠だ!」
亡が地面を蹴った。
爆発みたいな加速だった。白黒の空間が一瞬で引き伸ばされる。残像が三つ四つと後に残る。四つの青い光点が弧を描き、エビルの胸部へと殺到する。
エビルは両腕を交叉させて防御した。残った装甲を盾にする。だが亡の爪はそれを砕いた。
ガガガガガン!
四枚の爪が連続でエビルの防御を砕く。最初の一撃で右腕の装甲が割れる。二撃目で左腕の装甲が飛ぶ。三撃目で胸の装甲が砕け、四撃目がエビルの胸板を直撃した。
ドゴォォン!
青い衝撃波が爆発した。白黒の空間に青い光が奔る。モノクロームの世界に青一色の花が咲いたみたいだ。エビルの身体が後方へ弾き飛ばされ、白黒の空間を転がっていく。
地面を削り、石畳を砕き、エビルは本堂の柱に背中を打ちつけられて止まった。柱に亀裂が走る。白黒に染まった木屑が宙を舞う。
仮面ライダー亡は着地した。爪を構えたまま、エビルを見据える。青い複眼が冷たく光っている。
エビルの装甲が光の粒子となって剥がれ落ちていく。黒と濃紺の装甲が砕け散り、下から白玖の黒い装束が露わになる。変身が解除されていく。だが完全には解除されない。ジクウドライバーがまだ腰にある。ライブのライドウォッチも装填されたままだ。ただフォームが維持できなくなった。エビルの装甲が剥がれ、ライブの白い装甲が一瞬顔を出し、それも砕けて、白玖の素顔が見えた。
白いおかっぱ頭。白磁の肌。反転した瞳。
十二歳の少年が、柱の下で膝をついていた。
「…不快だ」
白玖が呟いた。声は震えていた。平坦じゃない。初めて聞く白玖の揺れた声だ。
「不快だ。痛いのは不快だ。負けるのも不快だ。でも…」
白玖が顔を上げた。反転した瞳が、亡の青い複眼を捉えた。
「不快って感じてる自分が、少しだけ奇妙だ」
亡は爪を下ろした。
青い複眼が静かに白玖を見つめている。陸王の声が、鋭さを少し和らげて響いた。
「それが心だよ、白玖。不快でもいい。感じているなら、空っぽじゃない」
白玖は答えなかった。
ただ静かに膝をついたまま、反転した瞳で亡を見上げていた。その表情は無表情のまま。だがその無表情の中に、何かが滲んでいる気がした。何かが、微かに、動いている気がした。
俺は縁側で拳を握りしめていた。
(帰ってきたんだな、あいつ)
亡の青い複眼を見て、俺は思った。ゴジュウレオンの青とは違う。もっと冷たくて、もっと鋭くて、もっと孤独な青。だがその青が、確かにそこにある。陸王の意志として。俺が渡したリングの力として。
「へっ」
俺は鼻を鳴らした。
「言うことだけは立派だな、陸王」
もちろん届いちゃいねえ。だが俺はそう呟かずにはいられなかった。
白黒の世界が、ゆっくりと、色を取り戻し始めていた。