ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
# 第四話 missing Songs
痛みが引かねえ。
腹の底で何かが渦巻いているみたいな気持ち悪い感覚だ。白玖の変身が解除されて、白黒の世界が色を取り戻し始めた。だが空間に残った違和感は消えねえ。むしろ濃くなっている。
俺は縁側から降りて境内の真ん中へ歩き出していた。陸王の変身も、もう解けかけている。亡の白と銀の装甲が光の粒子となって剥がれ落ち、陸王の素顔が覗き始めていた。だがまだ完全には解除されていない。テガソードを杖みたいに突いて、陸王は立っている。肩で息をしながらそれでも目は白玖から離していない。
白玖は柱の下で膝をついたままだった。
ジクウドライバーはまだ腰にある。左側に装填されたファタルのライドウォッチが、微かに明滅している。右側のライブのライドウォッチもまだ光を保っている。
(まずい)
俺は思った。
あのライドウォッチ白玖が『黒白』で染め上げたもんだ。白玖自身の力で無理やり変換した代物だ。本来のライドウォッチじゃねえ。ファムのライドウォッチを強引にファタルに変えた、歪な力だ。
白玖が倒れた今、その歪みが暴走し始めている。
ジクウドライバーが震え出した。
カタカタカタ、と小さな音を立てて。白玖の腰のベルトが震えている。装填された二つのライドウォッチが、まるで悲鳴を上げるみたいに明滅を繰り返している。白と黒の光が交互に点滅し、空間に波紋を広げ始めた。
「白玖!」
陸王が叫んだ。亡の装甲が完全に剥がれ落ち、陸王の素顔が現れる。汗と血に塗れた顔だ。だが目は鋭い。
白玖は顔を上げた。反転した瞳が、震えるジクウドライバーを見下ろしている。無表情のまま。だが微かに、眉が動いた。
(まずいまずいまずい)
ジクウドライバーから放たれた光が、空間を歪め始めた。白黒の波紋が広がり石畳を削り、本堂の柱に亀裂を走らせる。白玖自身の力が、白玖自身を攻撃し始めている。歪な変換のツケが、今、返ってきたんだ。
「逃げろ白玖!」
俺は叫んだ。思わず叫んだ。敵だ。倒すべき相手だ。でも目の前で十二歳のガキが自分の力に殺されかけてるのを見過ごせるかっつーの。
白玖は動かなかった。
いや、動けなかったんだ。膝をついたまま、ジクウドライバーの暴走を止められずにいる。反転した瞳が光の奔流を見つめている。無表情のまま。でも手が微かに震えている。指先が、白くなっている。
ドン!
ジクウドライバーが爆発した。
いや爆発じゃない。光が弾けたんだ。白と黒の光が一点に凝縮し、弾け飛んだ。衝撃波が白玖の身体を吹き飛ばす。細い身体が宙を舞い、石畳を転がっていく。
「白玖っ!」
その声は、俺のものじゃなかった。
葉哲だった。
あいつはもう動いていた。雪庭和尚の傍から走り出し、吹き飛ばされる白玖の軌道へ飛び込んでいた。遅い。俺の目でも追える速度だ。間に合わない。誰の目にもそう映った。
だが葉哲は、間に合った。
白玖の身体を受け止め、そのまま自分も転がる。二人分の体重を抱えて石畳を二回三回と転がり、本堂の縁の下で止まる。葉哲が白玖を抱きかかえる形になっていた。背中を柱に打ちつけ、苦悶の表情を浮かべながらそれでも腕は白玖を離していない。
「…っ…」
白玖が葉哲の腕の中で小さく息を吐いた。
反転した瞳が葉哲の顔を見上げている。無表情のまま。でもその目は、確かに何かを見ていた。
「なんで」
白玖が呟いた。声は小さく、震えている。平坦じゃない。初めて聞く疑問の声だ。
「ボクは君を消そうとした。不快だから。君はボクに消されかけた。なのに、なんで助けた」
葉哲は答えなかった。
いや、答えられなかったんだろう。痛みで顔を歪めながら、それでも白玖を離さない腕。その腕が答えだった。
「わからない」
白玖が呟いた。反転した瞳が揺れている。快でも不快でもない何かを見たみたいに、その瞳が揺れている。
「君の行動が、分類できない。快でもない。不快でもない。ボクの二択に当てはまらない。だから…」
白玖は葉哲の腕の中から抜け出した。
よろよろと立ち上がりジクウドライバーを外す。ライブとファタルのライドウォッチが、もう光を失っている。使い物にならねえ。歪な変換が、力そのものを破壊したんだ。
「今日は撤退する」
白玖は言った。平坦な声に戻っている。だがその声の奥に、まだ揺れが残っていた。
「答えを保留する。君の行動を分類できるまで、ボクは戦わない」
白玖は背を向けた。
白いおかっぱ頭が、夕暮れの光の中に溶けていく。小さな背中だ。十二歳のガキの背中だ。なのに、その背中が妙に重たく見えた。何かを背負いすぎているみたいに。
「待てよ!」
俺は叫んだ。追いかけようとした。だが陸王が手を上げて止めた。
「いい。今日はここまでだ」
陸王の声は静かだった。悔しさを噛み殺したみたいな、静かな声だ。
白玖は振り返らなかった。
本堂の裏手に消えていく。白黒の残滓がその後を追うみたいに薄れていく。やがて、境内は元の色を取り戻した。夕暮れの赤。苔の緑。石畳の灰色。全部、元通りだ。
「…はあ」
俺は息を吐いた。どっと疲れが出た。変身もしてねえのに、全身が鉛みたいに重い。
「なんなんだよ、あいつ」
誰に言うでもなく呟いた。
* * *
事件の後、本堂で一服することになった。
雪庭和尚が茶を淹れてくれた。温かい茶が、冷えた身体に沁みる。俺は縁側に座り茶椀を両手で包みながら、ぼんやりと庭を眺めていた。夕日が苔を赤く染めている。さっきまで白黒だった世界が、嘘みたいに色を取り戻している。
「葉哲さん」
陸王が口を開いた。
本堂の柱に寄りかかり、腕を組んで立っている。傷の手当ては済んでいる。絆創膏が頬に貼られ、腕に包帯が巻かれている。だがその顔はいつものアイドルスマイルじゃなかった。真剣な、少し硬い表情だ。
「ひとつ聞きたいことがある」
「なんでしょう」
葉哲は振り返らずに答えた。縁側に座り、庭を眺めている。その後ろ姿はいつもの営業用の姿勢じゃない。どこか、脱力している。
「さっき、なんで白玖を助けた」
陸王の声は静かだった。責める調子じゃない。ただ、純粋に聞いている。
葉哲はしばらく答えなかった。
茶椀を両手で包み、湯気を眺めている。その横顔から笑顔が消えている。初めて見る素の顔だ。疲れている。でもその疲れは、身体の疲れじゃない。もっと深いところの疲れだ。
「反射です」
やがて、葉哲は言った。
「彼が吹き飛ばされるのを見て、身体が勝手に動きました。管理官としても大人としても、間違った判断です。敵を助けるなんて。でも…」
「でも?」
「僕は、送り出す側なんです」
葉哲は茶椀を置いた。湯気が揺れる。夕日が、その横顔を赤く照らしている。
「管理官として、戦う人を送り出す。吠さんも陸王さんも。送り出して、帰ってくるのを待つ。それが僕の仕事です」
「それが?」
「送り出す側が、帰ってこないことに慣れちゃいけないんです」
葉哲の声が、微かに震えた。
「慣れたら、終わりなんです。送り出す時に『どうせ帰ってこない』と思ったら、その時点で僕は管理官じゃなくなる。ただの人遣いだ。だから…」
「だから、反射的に助けた?」
「はい」
葉哲は頷いた。庭を見たまま、静かに。
「彼も、誰かにとっては帰ってきてほしい人なのかもしれない。敵でも。十二歳の子供です。誰かの帰りを待つ人がいても、おかしくない。僕はそれを無視したくなかった」
陸王は何も言わなかった。
ただ、葉哲の背中を見つめていた。その目に何か複雑な感情が浮かんでいる。理解と、違和感とそれから少しの羨望。アイドルとして、人を笑顔にすることを仕事にしてきた男の目だ。
「葉哲さん」
陸王が口を開いた。少し迷ってから、言った。
「君、笑う時、目が笑ってないよ」
葉哲の背中が、微かに震えた。
「自覚はあります」
「いつから」
「…ずっと、です」
葉哲は振り返った。
その顔に、また笑顔が浮かんでいる。張り付いたみたいな、いつもの営業用の笑顔。でもその目の奥は笑っていない。夕日の赤が、その瞳に沈んでいる。
「管理官になった時から、ずっとです。送り出す側は笑顔じゃないといけない。不安を悟られたら、送り出される人が迷うから。だから笑うんです。中身は関係なく」
「辛くない?」
陸王の声が、少し掠れた。
葉哲は笑った。営業用の笑顔のまま。
「辛いですよ。でも、慣れました。慣れちゃいけないって言った矢先に、慣れてるんです。矛盾してますね」
「矛盾してないよ」
陸王が言った。本堂の柱から離れ、葉哲の隣に座る。夕日が二人を照らしている。アイドルと管理官。人を笑顔にする男と、人を送り出す男。似ているようで全然違う二人。
「慣れちゃいけないと思いながら、慣れてしまう。それが人間だよ。矛盾してるのが普通なんだ」
「陸王さんは、矛盾してますか」
「してるよ」
陸王は笑った。今度は、目の奥まで笑った笑顔だ。
「僕はアイドルを辞めたのに、まだアイドルみたいに振る舞ってる。ステージに立つのが怖かったのに、こうして戦ってる。矛盾だらけだよ」
「そうですか」
葉哲の笑顔が、少しだけ緩んだ。張り付いた仮面がほんの少しだけ緩んだ。
「それなら、僕も矛盾したままでいいのかもしれません」
「いいんじゃないかな」
陸王は茶椀を手に取った。冷めた茶を一口飲んで、渋い顔をする。
「まずいな、これ」
「雪庭和尚の茶ですからね」
「和尚さん、茶道の心得はないんだね」
「ええ。でも、温かいです」
葉哲も茶椀を手に取った。冷めた茶をゆっくりと飲む。その横顔から、笑顔が消えている。素の顔だ。疲れてでも、少しだけ楽になったみたいな顔。
俺は縁側で、二人の会話を聞いていた。
(ふん)
茶椀を包む手に、力が入る。
送り出す側が帰ってこないことに慣れちゃいけない。葉哲の言葉が、胸に引っかかっている。俺は送り出される側だ。誰かに待たれているのか。誰かの帰りを、待たせているのか。
(そんなもん、いねえよ)
思った。でも、思った瞬間、違う考えが浮かんだ。
白玖の背中。十二歳のガキの、小さな背中。あいつは誰かにとっての帰ってくる人なのか。誰かが、あいつの帰りを待っているのか。
(知るか)
俺は茶を飲み干した。渋い。でも、温かい。
夕日が沈んでいく。庭の苔が、赤から藍へと色を変えていく。長い一日が終わろうとしていた。
白玖は、どこへ行ったんだろうな。
そんなことを考えながら、俺は二杯目の茶を淹れてもらった。