ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
TERAの茨城支部は、まるで巨大な機械の腹の中みたいだ。
コンクリートの壁に囲まれた地下空間。パイプが這い巡り、モニターの明滅が青白い光を投げかけている。次の作戦へ向けて、装備点検と資料整理が同時進行で動いていた。
ガタン、ゴトン。
金属音が反響する。武器の積載音だ。通信機のノイズが混じり、誰かが怒鳴っている声が遠くで聞こえる。慌ただしい。空気そのものがざわついているみたいだ。
俺は壁に寄りかかってその騒音を聞き流していた。野良犬は喧騒の隅がお似合いだ。だが、その喧騒の中に一つだけ、明らかに異質な音があった。
カサリ。
紙がめくれる音だ。
本棚の影。古い祈祷所の資料が山積みになった机の前に、凛空が座っていた。
周囲は右往左往しているってのに、あいつだけは別世界にいるみてえだ。
淡い金茶色の髪が、モニターの明かりを反射して微かに光っている。指先が古びた表紙をなぞり、ページをめくっては何かを探している。その表情はいつもの飄々とした笑みを貼り付けているが、瞳の奥だけが別の光景を見ているみてえだった。
「ねえ、凛空さん。ここのケーブル、どっちに繋ぐんだっけ?」
若い構成員の一人が、配線を手に尋ねた。
凛空は資料から目を離さずに、ふわりと笑った。
「ああ、それね。左のポートよ。間違えるとショートするから気をつけてね」
「了解ですー!」
構成員は慌てて走り去る。凛空はまた資料へ視線を落とす。
頼られる凛空。笑顔で応える凛空。まるで支部の潤滑油みてえなもんだ。だが、俺には引っかかる。
(願いを誰かへ託す人間の行動……?)
俺の脳裏に、ふとそんな言葉が浮かんだ。葉哲の「送り出す側」の話といい、白玖の「不快を消す」話といい、最近周りじゃ「願い」とか「想い」とかそういうのがやけに渦巻いてる。凛空のその笑顔も、誰かの願いに応えるための仮面なんじゃねえか?
本心も目的も明言しねえ。ただ笑って誤魔化す。それは優しさか、それとも……。
カサリ。
またページがめくれた。凛空の指が止まる。
その時、俺の目と凛空の目が合った。
「!……」
凛空の視線が、スッと逸れた。
まるで声をかけられる直前に逃げるみたいに。同時に、開いていた資料がパタンと伏せられる。
小さな仕草だ。だが俺には、それが迷いに見えた。何かを決めかねえ人間の、小さな躊躇い。
(おい、どこ行くんだ)
声をかけようとした。だが喉まで出かかった言葉は飲み込んだ。
凛空は立ち上がったからだ。
音もなく椅子を引いて、伏せた資料をそのままに、誰にも告げずに背を向けた。微笑みは消えている。その横顔には、張り付いた仮面の跡もねえ。ただ静かで、冷たい。
迷いを抱えたまま、迷いを誰にも見せず、あいつは出口へと歩き出した。
「……おい」
声は出た。だが届く距離じゃなかった。凛空の足取りは止まらない。重い鉄の扉が開き、あいつの背中が飲み込まれていく。
迷いを抱えた人間が一人で出ていく。ロクなことにならねえ。
「出て行きましたね」
低い声が、背後から響いた。
ビクッとして振り返ると、大柄な男が立っていた。暴神竜儀だ。金色の装甲を思わせる重厚な佇まい。その瞳は静かだが、どこか常識から外れた熱を宿している。
「ああ……」俺は顎をしゃくった。「凛空さんだ。一人で」
「ええ。見ました」竜儀は扉の閉まった先を見つめている。「静かでした。祈りに似ていました」
「祈り?」
「はい。誰にも告げず、ただ一人で神前に赴く。それは信仰の形の一つです」
竜儀の口調は淡々としている。だがその言葉の端々に、テガソードへの奉仕以外の何かが混じっている気がした。
「でもよ、祈りなら神社か寺だろ。なんで祈り似てるなんかわかるんだよ」
「私もそうだからです」
竜儀は俺を見た。鋭い目だ。だが敵意はない。
「テガソード様のためなら何でもやる。ですが、私にも誰にも言えない祈りはあります。言わなくていいこともあるのです。だから、わかるのです」
(言わなくていいこと……)
俺は言葉を呑んだ。
凛空の伏せられた資料。視線を逸らした瞬間。あれは「言わなくていいこと」だったのか? それとも「言ってはいけないこと」だったのか?
「行きますか?」竜儀が尋ねた。「追うなら、今のうちです」
「……」
俺は一瞬迷った。
だが首を振った。
「いや」
追う権利がねえ。俺はただの野良犬だ。他人の迷いに吠えたてる資格も、拾い上げる度量もねえ。
「なら、見送りましょう」竜儀は言った。「静かに」
俺たちは並んで、凛空が出ていった扉を見つめた。
重い鉄の扉の向こう。地下の通路が続いているはずだ。その先に何があるのかわからねえ。凛空は何を探しているのか。何から逃げているのか。
わからねえままだ。
だが、扉の隙間から微かに、冷たい風が吹き込んできた。
彷徨う祈りは、音もなく、独り歩いていく。
俺は拳を握りしめた。
(願いなんてもん、持ったところでロクなことにならねえ)
そう心に言い聞かせた。だが、その言葉がいつもより軽く響いた気がした。
結局のところ、俺は追っちまったんだ。
「追う権利がねえ」とか格好つけた口を自分で殴りたくなる。足が勝手に動いたんだよ。野良犬は気になると匂いを追う。それと一緒だ。ただし今回の匂いは線香のかすかな残り香ってわけだ。
TERAの裏手にある古い祈祷所。
夕暮れの赤が傾き始め境内を朱色に染めている。色あせた願い札が風に触れてパラパラと乾いた音を立てていた。線香の匂いが鼻をつく。どうも苦手だ。死人の匂いがするからな。
その札の前には凛空がいた。
足を止めて立っている。手は合わせていない。ただじっと札を見上げているだけだ。淡い金茶色の髪が風に揺れ桃色の毛先が夕日に透ける。普段のふわふわした空気は消えていてその横顔は冷たいガラスみたいに見えた。
(手ぇ合わせねえのかよ)
祈りに来たんじゃねえのか?
そこへ影が落ちた。
竜儀だ。大柄な体躯が夕日を遮り凛空の背後に立つ。重たい空気。まるで山が動いたみたいな威圧感だが凛空は振り返りもしねえ。
「来ましたね」
凛空が言った。背中越しの声だ。
「あなたも祈りに?」
「いいえ」
竜儀の低い声が響く。
「凛空さんを気にかけただけです。いつも他人を支えるあなたが祈祷所にいるのが不審でしたので」
「不審? 私が祈るのがおかしい?」
「おかしいです」竜儀はきっぱりと言った。「あなたは神に頼る人じゃない。自分の足で立つ人だ」
凛空はくすりと笑った。振り返らずに。
「鋭いねえ。さすがテガソード様の信徒さん」
凛空は願い札に視線を戻した。
パラパラと札が鳴る。誰かの切実な願いが風に揺れている。
「私はね祈りなんて信じてないの」
凛空は呟いた。独り言みたいに。だがその声は竜儀へ向けられていた。
「神様が願いを叶えてくれるなんて思ってない。ただね」
凛空の指先が虚空を撫でた。まるで目に見えない札をなぞるみたいに。
「決断とか苦しみとかそういう重いものを見えない存在へ預ける行為に関心があるだけなのよ」
(預ける…?)
俺は物陰で息を呑んだ。
葉哲の言葉とは違う。白玖の言葉とも違う。凛空なりの「願い」の捉え方か。
「自分じゃ抱えきれないものをどこかへ放り投げる。そうすれば心が軽くなる。便利よねえ」
凛空は笑った。その笑みには温度がない。
「自分で考えなくて済むのは楽そうね」
その言葉に竜儀の眉がピクリと動いたのが見えた。
信仰を捧げる彼にとってそれは核心を突く言葉だったのかもしれない。テガソードへ全てを委ねること。それは「考えなくて済む」こととイコールなのか?
竜儀は否定しなかった。
ただ静かに問い返した。
「それは私への皮肉ですか?」
凛空は願い札から目を離さなかった。
その瞳には夕日が沈んでいる。
答えはない。
ただ笑顔だけがそこにあった。
冷たくて透明な皮肉の笑顔が。
俺は拳を握りしめた。
祈りじゃねえ。
あいつは何かを探してるんじゃない。
何かを投げ捨てようとしてるんだ。
祈祷所の空気が、変わった。
いや、変わったなんて生易しいもんじゃねえ。空気そのものが凍りついたみてえに重くなった。先刻までパラパラと乾いた音を立てていた願い札が、ピタリと止まる。風が消えた。いや、風そのものが殺されたみたいに。
(何だ?)
俺は物陰から身を縮めた。肌が粟立つ。霊的な圧力だ。TERAの構成員として幾度も戦場を潛り抜けた身体が、勝手に警戒態勢に入る。
凛空の周囲に、影が集まっていた。
あいつに従属する霊たちだ。普段は凛空の指示に従って索敵や拘束に使役される連中だが、今は様子が違う。霊たちが凛空の足元、腕、肩にへばりつくように集まっている。まるで怯えているみたいに。
次の瞬間、霊たちが輪郭を失い始めた。
植物だ。
食虫植物の萼みたいな形状が、霊の身体から芽吹き始める。蔓がうねうねと伸びて凛空の周囲を取り巻こうとしている。いつもの凛空の能力だ。霊を植物状に変化させて使役する力。だが今は、凛空が意図してやったんじゃねえ。霊たちが勝手に、凛空を守ろうとしているんだ。
だが。
その変化が、途中で止まった。
黒と橙の札が、霊たちを包んだのだ。
いや、包んだんじゃない。縫い止めたんだ。
黒い紙に橙の文字。札だ