ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
黒と橙の札が、祈祷所を囲んでいた。
いや囲んだんじゃねえ。縫い止めたんだ。
地面に刺さるように並んだ札が植物へ変わりかけた霊たちを押さえ込んでいる。蔓の先端がピクリとも動かねえ。さっきまでうねっていた食虫植物の萼が、札の力で石畳に縫い留められていた。願い札も鳴りを潛めている。風が死んだみたいに静かだ。
乾いた足音が近づいてきた。
カツ、カツ、カツ。
石畳を踏む音が、やけに澄んで響く。祈祷所の古い空気を切り裂くみたいに。俺は物陰から顔を出した。誰だ。敵か味方か。どっちにしても只者じゃねえ。
現れたのは、黒と橙の狩衣をまとった男だった。
若い。俺より少し上か。長い黒髪を後ろで一つに束ねている。顔立ちは整っているが、表情がねえ。まるで能面みたいに平坦だ。目だけが妙に鋭くて、その視線は凛空の足元に縫い止められた霊たちに向けられている。
「想定内の事象ですね」
男が言った。淡々とした声だ。抑揚がねえ。報告書を読み上げるみたいに平坦な口調で続ける。
札に封じられた霊が淡く揺れた。
微かな光だ。凛空の足元に縫い止められた霊たちが、薄い輪郭を震わせている。蔓の先端がゆっくりと伸びようとしていた。凛空の方へ。頼るみたいに。まるで「助けて」と言っているみたいに。
だが悟の指が動く。
人差し指と中指を軽く揃えて、空中で払うみたいな動作。それだけで札が締まった。ギリリ。見えない力で蔓が土へ押し戻される。霊の光が小さく明滅し、また動かなくなる。
(あいつ、指一本で封印を制御してやがる)
俺は物陰で歯を噛んだ。精密な術だ。凛空の霊を傷つけずに抑え込んでいる。だがその「傷つけず」ってのが逆に癪に障る。事情も聞かず一括して封じる。そういう乱暴さが、この男の術から滲んでいる。
「祈祷所に蓄積した願いは霊を集めます」
悟が続けた。平坦な声だ。まるで天気予報を読み上げるみたいに。
「長期間放置された祈りは、意図を持たないまま霊を引き寄せます。集まった霊は限界を迎えると暴走する。被害が生じる前に対処を開始しました」
「なるほどね」
凛空が応じた。穏やかな声だ。笑みも戻っている。だが俺にはわかる。あの笑みの温度が下がっている。普段のふわふわした笑みじゃない。表面だけ整えた、氷の笑みだ。
「で、この子たちが暴走する前に封じた。それがあなたの言い分?」
「そうです」
悟は頷いた。迷いがない。微塵もない。
「祈りによって集まった霊が限界を迎える前に封印する。それは自然な循環を守るために必要な処置です」
「自然な循環?」
凛空は首を傾げた。わざとらしいほどゆっくりと。
「この子たちが私の周りに集まったのは、祈りがあったから? それともこの子たち自身の意思?」
「区別は不要です」
悟が即答した。凛空の問いを切り捨てるみたいに。
「霊に意思があるかないかは問題ではありません。重要なのは均衡が乱れる前に元の状態へ戻すことです」
凛空の笑みがわずかに薄れた。
ほんの一瞬だ。0.5秒くらいか。だが俺には見えた。笑みの裏で何かが冷えた。怒りじゃない。もっと静かで、もっと危い何かだ。
(あいつ、怒ってんのか?)
いや違う。怒りじゃない。凛空は今、悟の術を観察している。構造を見ている。どこから力が流れているか、札の制御はどうなっているか。戦う前に、敵を知ろうとしているんだ。
同時に、霊たちの状態を確かめている。封じられた霊が傷ついていないか。蔓が圧迫されて痛んでいないか。凛空の視線が一瞬だけ足元へ落ちた。普段の余裕がない目だ。この子たちに何かされたら、即座に殺しにかかるぞという目だ。
「この子たちの声も聞かず、均衡だけを守るのね」
凛空が言った。声は穏やかだ。笑みも乗っている。だがその言葉には、刃があった。
「個人の意思より全体の安定。それがあなたのやり方?」
「はい。個人の意思は全体の安定を脅かす場合があります。その場合、個人の意思は制限されるべきです」
悟は平坦に答えた。まるで当たり前のことを言っているみたいに。俺は背筋が寒くなった。こいつ、本気でそう思っている。十二歳の白玖とは違う。白玖は快と不快の二択しかない子供だった。だがこいつは大人だ。理屈が完成している。信念が固まっている。それが怖い。
「個人の意思を制限する。ふうん」
凛空は笑った。可笑しそうに。だが目が笑っていない。葉哲の作り笑いとは違う。もっと冷たくて、もっと深いところでの作り笑いだ。
「あなた、私の霊が植物に変わるのも自然な循環を歪めてるって思ってるんでしょ」
「そうです」
悟は頷いた。
「霊を植物へ変化させ従属させる行為は、霊の本来の在り方を改変しています。自然な循環の観点からは、是正されるべき事象です」
「是正ね」
凛空の指先が動いた。封じられた霊へ伸ばしかけた指だ。だがその指が一瞬止まった。札の力が指先を弾くみたいに。凛空は指を引っ込め、代わりに唇を歪めた。
「あなたの言う自然って、誰が決めたの?」
「天地の理です」
悟は間を置かずに答えた。
「人間が定めたルールではありません。霊の流れには本来の形があります。それを守ることが正しい対処です」
「ふうん。天地の理」
凛空は繰り返した。楽しそうに。だがその声の温度は下がり続けている。
「じゃあ私がこの子たちと一緒にいるのは、天地の理に反するってこと?」
「はい」
即答だった。迷いがない。一言で切り捨てた。
俺は拳を握った。思わずだ。この野郎、凛空の霊たちを「異常」の一言で片付けやがった。あの霊たちは凛空の仲間だ。凛空が四年からTERAの設施で育てられ、殺し合いに放り込まれた中で掴んだ、数少ない「本当の仲間」だ。それを「是正されるべき事象」の一言で片付ける。
「待て」
声が割って入った。
竜儀だった。
大柄な体躯が凛空と悟の間に滑り込む。テガソードに手を伸ばしたまま。鋭い目が悟を睨んでいる。だがその口調は妙に静かだった。
「信じることと、考えることをやめるのは違い」
竜儀は言った。低い声だ。テガソード様への信仰を口にする時の熱さはない。もっと冷静で、もっと重い声だ。
「私はテガソード様を信じています。ですが、信じているからこそ考えます。なぜそうするのか。何のためなのか。考え抜いた上で従う。それは考えなくて済むこととは違う」
悟の目が初めて竜儀に向けられた。平坦な瞳が、わずかに動く。
「あなたは信じるから考えないのか。それとも、考えなくて済むから信じているのか」
竜儀の問いだった。悟の信仰の核心を突く問いだ。だが竜儀は悟に向けたんじゃない。自分に向けた言葉でもあった。テガソードに仕えることを最高の幸せとする男が、自分自身の信仰の形を言葉にしている。
「……興味深い問いですね」
悟が言った。表情は変わらない。だがその平坦な声に、ほんの少しだけ何かが混じった。何かを検討するみたいな響きだ。
「しかし、今は問答の時間ではありません」
悟は札に視線を戻した。指先が軽く動く。札が微かに鳴る。
「封印した霊の引き渡しを要求します。この霊たちは祈祷所の均衡を乱す要因です。TERAの管轄下にて、適切に処理します」
「処理?」
凛空が呟いた。笑みが消えかけている。
「この子たちを、処理するの?」
「はい。封印を維持したままTERA本部へ移送します。以後の対応は本部の判断に委ねられます」
「委ねられる、ね」
凛空は繰り返した。その声にはもう笑みがない。
「本部の判断。霊能力者を道具として扱う本部の。霊を処理対象として扱う本部の」
「組織の判断は個人の感情に優先します」
悟は淡々と言った。平坦な声。平坦な目。平坦な心。
「だから、この子たちを渡しなさいってこと?」
凛空が一歩前に出た。竜儀が制止しようとしたが、凛空は止まらない。笑みが戻っている。だがそれはもう、普段のふわふわした笑みじゃない。もっと鋭くて、もっと冷たい笑みだ。
「ごめんなさい。それはできないわ」
凛空は言った。
語尾を伸ばさない。短く明瞭に断言する。本気で決めた時の凛空の声だ。
「この子たちは私の仲間だから」
祈祷所の空気が、刃みたいに張り詰めた。
凛空の「できないわ」という短い拒絶。それに対する悟の反応は、驚くほど淡々としていた。
「抵抗も想定内です」
悟は言った。平坦な声のまま。まるで天気が変わるのを確認するみたいに。
「実力による対処へ移行します」
悟の右手が動いた。
黒と橙の狩衣の袖から、何かが取り出される。円形の道具だ。腕時計みたいな形をしている。表面には仮面を思わせる紋章が刻まれていた。
(ライドウォッチ…!)
俺は物陰で息を呑んだ。見間違えようがねえ。白玖が使っていたライドウォッチと同じ系統の道具だ。だが色が違う。白玖のライブやファタルとは別物。黒と橙。まるでこの男の狩衣と同じ配色の。
「ゴーストライドウォッチ」
悟が呟いた。まるで道具の名前を確認するみたいに。そして親指でボタンを押す。
『ゴースト!』
電子音声が響き渡った。祈祷所の古い空気を切り裂くみたいに。冷たい風が吹き抜ける。願い札が一斉に鳴る。パラパラパラ。乾いた音が嵐みたいに連なる。
悟の腰に、いつの間にかベルトが装着されていた。ジクウドライバーだ。白玖が使っていたものと同じ形。だが色は黒と橙。この男専用のドライバーだ。
悟はゴーストライドウォッチをジクウドライバーに装填した。
『ロード!』
「変身」
悟が言った。平坦な声。抑揚がねえ。だがその一言には、揺るがねえ意志があった。
『ゴースト! ゴースト!』
電子音声が連呼する。ジクウドライバーから黒と橙の光が溢れ出す。光が悟の身体を包み込む。狩衣の上から装甲が形成されていく。黒を基調とした全身装甲。橙色のラインが各部を走る。頭部は仮面を思わせる形状で、目の部分が橙色に光っている。パーカーを被ったみたいな形状の装甲。全身に纏うオーラが、まるで死者の影みたいに揺らめいている。
(ユニバースライダー…!)
白玖のエビルやライブとはまた違う。もっと不気味で、もっと静かでもっと冷たい。仮面ライダーゴースト。死者の力を使う戦士。その姿は、祈祷所の薄暗がりに妙に馴染んでいた。まるで元からそこにいたみたいに。
「凛空さん」
竜儀が言った。大柄な体躯が凛空の前に立ちはだかる。テガソードを構えている。その背中は、まるで壁みたいだ。凛空を守る壁。
「下がっていてください」
「竜儀…」
凛空の声が微かに揺れた。頼んだ覚えはねえって顔をしている。だが止めもしない。ただ静かに、その背中を見送っている。仲間を信じる者の目だ。送り出す側と送り出される側、両方を知っている者の目だ。
竜儀はテガソードを掲げた。
「テガソード様」
呟いた。低い声だ。信仰の声だ。だがそこには、いつもの熱狂はない。もっと静かでもっと深い。自分の意志で選んだ信仰の声だ。
「あなたの力をお借りします」
テガソードの装填部に、リングを装填する。金色のリング。表面に恐竜の紋章が刻まれている。
『ゴジュウティラノ!』
電子音声が響いた。テガソードが金色の光を放つ。光が竜儀の全身を包み込む。装甲が形成されていく。金色と黒。恐竜を思わせる重厚な装甲。頭部はティラノサウルスの顎を模した形状で、金色の複眼が鋭く光る。
『クラップユアハンズ!』
『ゴジュウティラノ!』
変身音声が祈祷所に響き渡った。竜儀の身体が金色の光に包まれ、完全にゴジュウティラノへと変化する。大柄な体躯がさらに一回り大きくなったみたいに見える。重厚な空気。地響きみたいな威圧感。
(すげえ…)
俺は息を呑んだ。竜儀の変身を見るのは初めてじゃねえ。だがこの空気は初めてだ。いつもの竜儀はテガソードへの信仰を熱狂的に語る。だが今は違う。静かだ。集中している。まるで祈りを戦いに変えたみたいに。
「行くぞ」
ゴジュウティラノが低く吼えた。金色の複眼がゴーストを睨む。ティラノハンマー50を握りしめている。噛み砕くような重打撃の構えだ。
「抵抗も想定内か」
ゴーストが呟いた。橙色の複眼が静かに光る。その声は平坦なまま。だがどこか、興味を含んでいるみたいに聞こえた。
「だが、想定と現実は違う」
「ああ」
ゴジュウティラノが答えた。低い声だ。地響きみたいに。
「テガソード様への信仰も、ここに立つのも俺が決めたことだ。誰かに強いられたもんじゃねえ。自分で選んだ」
竜儀の声だ。信仰を力に変える声だ。だがそこには、悟の問いへの答えもあった。信じることと考えることをやめるのは違う。考え抜いた上で従う。それが竜儀の信仰の形だ。
ゴーストは答えなかった。
ただ静かに構えた。両手を広げ橙色のオーラを纏う。その姿は、まるで死者を迎え入れるみたいだった。冷たくて、静かでどこか悲しい。
祈祷所の空気が、限界まで張り詰めた。
願い札が鳴り止んだ。
風が消えた。
線香の残り香だけが、微かに漂っている。
ゴジュウティラノとユニバースライダーゴースト。二人の戦士が向かい合った。金色と黒。恐竜と亡霊。力と均衡。正反対の存在が、古い祈祷所の真ん中で対峙している。
俺は拳を握った。物陰から飛び出す準備だ。だがその前に、二人のどちらかが動く。
どっちが先に動くか。
どっちが勝つか。
どっちが――正しいのか。
そんなことを考えている俺の耳に、凛空の静かな声が届いた。
「竜儀」
凛空は言った。笑顔のまま。だがその声には、普段の余裕がねえ。真剣な仲間を送り出す者の声だ。
「無理しないでね」
ゴジュウティラノの複眼が、一瞬だけ凛空を振り返った。
「はい」
短い返事。だがそこには、テガソードへの信仰と同じくらいの強さがあった。凛空への忠誠だ。仲間への想いだ。
そしてゴジュウティラノは前を向いた。
ゴーストが動く。
戦いが始まる。
(行けよ、竜儀)
俺は心の中で吠えた。
古い祈祷所に、金色と黒の光が交差する。
戦闘直前。その一瞬だけが、永遠みたいに長く感じられた。