ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
祈祷所が、歪んだ。
そう表現するしかねえ。壁が曲がる。天井がしなる。床が波打つ。まるで建物全体が巨大な肺で、今にも呼吸を始めそうだ。コンクリートと木と鉄が混ざり合って、あり得ねえ角度に傾いていく。
その中心に、でかいのがいた。
式神だ。だが今まで見たどんな式神とも違う。でかい。天井を突き抜けるほどにでかい。黒と橙の光が渦を巻いて、何かの形を成している。獣でも人でもねえ。もっと曖昧な形だ。輪郭が常に揺らいでいる。右側が怒れる獣なら左側が泣いている子供。上半分が笑う仮面なら下半分が叫ぶ顔。矛盾してる。一つの体に、相容れねえ感情が詰め込まれている。
(アレは歪んでる。根本から)
俺は祈祷所の入り口で足を止めた。息が止まった。いや、止まったんじゃねえ。空気が重すぎて肺が動かねえ。式神から漂う圧力が、物理的に呼吸を阻害してやがる。
そして、笑い声が聞こえる。
笑い声と、泣き声が、同時に。
式神の体のあちこちから、人間の声が漏れている。嬉しそうに笑う声。悲しみに崩れるように泣く声。怒りに叫ぶ声。全部が同時に聞こえる。耳の中でごちゃ混ぜになって、何が何だかわからなくなる。
(頭が割れそうだ)
太陽穴を押さえた。目の奥が熱い。吐き気が這い上がってくる。この感覚は初めてじゃねえ。野良犬として路上で生きてきた時に何度も感じた、世界そのものが自分を拒絶している感覚。だが今回は規模が違う。レベルが違う。
祈祷所の中に人がいた。
祈祷所の職員や参拝者が、歪んだ床の上で膝をついている。あるいは倒れている。全員の顔がぼんやりと笑っている。あるいは泣いている。あるいはその両方だ。式神の影が彼らを覆って、感情を吸い上げている。愿望(願い)を吸い上げている。
「悟!」
声が聞こえた。凛空の声だ。俺の斜め前方。凛空が祈祷所の中にいた。植物霊を三つ連れている。あの五つのうち二つはもう動けねえらしい。残った三つだけが、凛空の周りを必死に旋回している。
凛空の視線の先。式神の根元。
悟がいた。
天童寺悟。あの男だ。黒い髪、痩せた体、いつもの冷静な仮面みたいな顔。だが今は冷静じゃねえ。式神の光が悟の体を半分飲み込んでいる。右腕が光の中に埋もれている。肩まで浸かっている。式神が悟を取り込もうとしている。
悟は歯を食いしばっていた。左手に何かの札を握りしめたまま、右手で式神の光を押し返そうとしている。だが押し返せてねえ。一分ごとに、悟の体が数センチずつ光の中に沈んでいく。
「一人で制御しようとしてるの!? 馬鹿!」
凛空が叫んだ。声に焦りが混じっている。笑みがねえ。いつものふわふわした笑みが消えている。仮面が外れた顔だ。焦りと怒りと、その奥にある恐怖が剥き出しになっている。
「あの式神は矛盾した愿望で動いてる! 制御できるわけないでしょ!」
悟が何かを言った。だが聞こえねえ。式神の咆哮がかき消している。笑い声と泣き声が重なって、悟の声を潰している。
俺は奥を叩いた。拳が痛い。だが構わねえ。
(どうすんだ、これ)
式神がさらに膨張した。天井が崩れ始める。破片が降ってくる。コンクリートの欠片が俺の肩を掠めた。避ける。だが避けても意味がねえ。式神は膨張を止めねえ。このままじゃ祈祷所ごと飲み込まれる。
「竜儀!」
凛空が叫んだ。
廃ビルの方から足音が響く。重い足音だ。竜儀が来た。包帯を巻き直した背中を丸めながら、祈禱所の中に入ってくる。大柄な体が入り口を塞ぐほどにでかい。だがその目は静かだった。冷静だ。こいつは状況がどうなっても冷静だ。信仰が支えているからか、それとも単に図太い神経をしてるからか。
「凛空さん。状況は」
「あの式神は悟のものだけど、暴走してる。矛盾した愿望が核になってる。制御不能。このままじゃあの男も祈祷所も全部飲み込まれるわ」
凛空が早口で言う。植物霊たちが彼女の肩の後ろでビクビク震えている。式神の圧力に当てられている。だが逃げねえ。凛空のそばにいると決めているからだ。
「竜儀さん。サウザーを使える?」
「体はまだ動きます。だが…」
竜儀が式神を見た。金色の目が細くなる。
「あれは、霧が中にある。式神の中に人が一人。迂闊に攻撃できません」
「わかってる」
凛空が頷いた。
「だから、まず分離するの。愿望と霧を。核になっている矛盾した愿望を剥がせば、式神は安定する。少なくとも膨張は止まるわ」
「どうやって」
俺が聞いた。壁際から声を投げる。俺はまだ何もしてねえ。野良犬は隅っこにいるのが定位置だ。だが口くらいは動かせる。
凛空が俺を見た。一瞬だけ。それから竜儀に視線を戻す。
「私の植物霊が愿望を分離する。霧を安全な場所へ導くのは悟の式神。核を壊すのはサウザー。三つの役割を同時にやる」
「同時に?」
竜儀が眉を寄せた。
「タイミングがズレたら意味がない。核を壊す前に霧が避難しきてなかったら、霧ごと消えるわ」
「…そうですか」
竜儀が顎を引いた。難しい話だ。三つの動きを同時に合わせる。しかも相手は暴走した巨大式神だ。余裕なんてねえ。
「凛空さん」
竜儀が言った。声が低い。
「一つ聞かせてください。あなたの植物霊は、この作戦に協力する意思がありますか」
凛空が止まった。
植物霊たちが凛空の肩の後ろで明滅している。竜儀の問いの意味が、凛空にもわかったはずだ。今までなら凛空は「この子たちは~」と言って霊の意思を理由にしただろう。だが今は違う。前の夜に俺が突いた部分を、凛空は覚えている。
「…あなたたち」
凛空が植物霊に向き直った。命令じゃねえ。問いかけだ。
「私は、あなたたちに協力してほしい。でも、命令はしない。選んで。私と一緒に行くか、ここで待つか。あなたたちの意思で決めて」
植物霊たちが明滅した。
三つの光が、一斉に強くなる。ふよふよと凛空の肩から離れて、前方へ出た。式神の圧力の中へ。ビクビク震えながら、だが前に出た。
凛空がその光を見ていた。
笑みはねえ。だが目が潤んだ。一瞬だけ。すぐに消したが、俺は見た。
「…ありがとう」
凛空が呟いた。小さく。蚊の羽音みたいに小さく。
それから凛空が竜儀を見た。
「竜儀さん。あなたも選んで。サウザーを使うかどうか。あの力は好きじゃないでしょ」
竜儀が一瞬、目を閉じた。
開く。
「使います」
短い答えだ。
「自分で選びました。テガソード様のためじゃない。霊を救うために、サウザーの力を使います。私の判断で。私の責任で」
凛空が頷いた。初めて、少しだけ笑みが戻った。ひび割れたままの笑みだ。だが本物だ。
「悟!」
凛空が式神に向かって叫んだ。声が響く。式神の笑い声と泣き声を切り裂くほどに、強い声だ。
「あんた一人で制御できるわけない! 手を貸して!」
悟の顔が動いた。光の中で、辛うじて見える。苦悶に歪んだ顔だ。だが目はまだ冷静だった。あの男は、取り込まれかけても目だけは冷静だ。ある意味で怖い男だ。
「…協力、だと」
悟の声が届いた。掠れている。だが届いた。
「あんたは私を利用しようとしたでしょう」
「利用したわ。あんたの封印術を解析するために」
凛空が即答した。嘘をつかねえ。この女は、都合のいい時だけ嘘をつくが、都合が悪い時は嘘をつかねえ。変な性格だ。
「でも今は違う。あんたを助けるために力を貸してほしい。私だけじゃ、届かないわ」
届かない。その言葉が、祈祷所の歪んだ空気の中に溶けていった。凛空が手を伸ばした。式神の方へ。悟の方へ。左手を真っ直ぐに。指先が震えている。だが真っ直ぐに。
植物霊たちが凛空の手の周りに集まった。三つの光が、凛空の指先から伸びる蔓みたいに形を変えていく。食虫植物の蔓だ。淡い桃色の蔓が、式神の光の中へ向かって伸びていく。式神の表面に触れる。バチバチと弾かれる。だが凛空は引かねえ。
「竜儀さん」
「はい」
竜儀が前に出た。サウザーライドウォッチを取り出す。金色と銀色の円形アイテムが、歪んだ祈祷所の中で異様に眩しい。
『サウザー!』
変身音が響く。黄金と銀色の装甲が竜儀の体を覆う。仮面ライダーサウザー。金色の複眼が、式神の光に対抗するように鋭く光った。
「行きます」
サウザーが駆けた。
式神の外壁に向かって、一直線に。外壁は黑と橙の光が渦巻いている。触れれば弾かれる。だがサウザーは構わず突っ込む。黄金の装甲が光に弾かれながらも、強引に前へ。
「うおおお!」
竜儀の叫び。サウザーの拳が式神の外壁を殴る。――ドガッ。亀裂が入る。だがすぐに修復される。矛盾した愿望が外壁を再生させている。
(一本じゃダメだ。三方向同時に)
俺は状況を見ていた。隅っこで見ていただけの野良犬が、ここに来て状況を把握している。笑えねえな。だが笑ってる場合じゃねえ。
凛空の植物霊が動いた。
三つの蔓が式神の表面に食い込んでいる。バチバチと弾かれながらも、少しずつ奥へ食い込んでいく。蔓が式神を構成する光に触れ、何かを拾い上げ始めた。
愿望だ。
蔓の先端に、光の粒がくっついている。黑い粒と橙の粒。式神を構成する愿望の欠片だ。植物霊がそれを引き剥がしている。一枚、二枚、三枚。蔓が式神の表面から愿望を剥がしていく。剥がれた愿望は、空気中に散って消えていく。式神の表面が少しずつ薄くなる。
「霧を導いて!」
凛空が悟に叫んだ。式神の中に取り込まれている霊たちのことだ。式神は愿望で動いているが、動力源は霊だ。霧が式神の核に供給されている。霊を外に出せば、式神は弱る。
悟の左手が動いた。
札を切った。左手だけで印を結ぶ。六枚の札が式神の内部に飛んでいく。
「式神、退避の令」
悟の声が響いた。式神の中で、小さな光が動き始めた。霊だ。式神に取り込まれていた霊たちが、悟の札に導かれて外へ出ようとしている。だが式神が抵抗する。霊を離さない。核からの供給を止めまいと、霊を内部に留めようとする。
「させねえよ」
サウザーが動いた。
サウザンドジャッカー。金色の武器が出現する。無数の歯車が刻まれた刃。サウザーはジャッカーを構え、式神の外壁に突き立てた。
ガギンッ。
刃が食い込む。外壁の修復が追いつかない。凛空の植物霊が愿望を剥がして外壁を薄くしているからだ。薄くなった外壁に、ジャッカーが食い込む。
「核まで、届かせる」
サウザーがジャッカーを押し込む。ギリギリギリ。歯車が回転する。式神の外壁を削りながら、核へ向かって進んでいく。
式神が暴れた。
外壁が膨張する。サウザーを弾き飛ばそうとする。だが凛空の蔓が外壁を固定している。植物霊が必死に式神を抑え込んでいる。小さな光が、巨大な式神を抑え込む。無理な話だ。だが、やってる。植物霊たちが、自分の意思で選んだことだからだ。
「悟!」
凛空が叫んだ。
「手を!」
手を。凛空が差し出している。左手を。式神の中の悟に向けて。蔓が凛空の手から伸びて、式神の内部へ、悟の方へ届こうとしている。だが届かない。式神の光が阻んでいる。凛空の力だけじゃ、届かない。
悟の右手が動いた。光の中で。式神に飲み込まれかけている右手が、ゆっくりと動く。凛空の蔓に向かって。指先が震えている。だが伸びている。
触れた。
悟の指先が、凛空の蔓を掴んだ。
その瞬間、何かが変わった。凛空の霊力と悟の霊力が、蔓を通じて繋がった。二つの異なる力が、一つの通路を通って流れ始める。
「…力を、貸して」
凛空が言った。声が震えている。だが目は逸らしていない。悟を見ている。真っ直ぐに。
「私だけでは、届かないわ」
悟が、凛空を見た。式神の光の中で、二人の視線が交わった。何を思ったのか。何を感じたのか。俺にはわからねえ。だが、悟の手が蔓を握る力が強くなった。
「…借りは返す。それだけだ」