ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦   作:ボルメテウスさん

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犬は見るだけ、それが一番辛い

祈祷所の境内に、静けさが戻った。

 

歪んだ壁が元に戻りつつある。ゆっくりと。骨接ぎをされた骨折箇所みたいに、完全には戻らねえかもしれんが、少なくとも倒壊は免れた。床の亀裂から砂塵が漏れている。天井の穴から夜空が覗いている。星が見える。綺麗なもんだ。爆発の直後に星を見るなんて、なかなかロマンチックな状況じゃねえか。

 

(笑えねえ)

 

俺は境内の石段に座っていた。野良犬の定位置。石段の隅。ええ、わかってますよ。隅っこがお似合いですとも。

 

霊たちは避難した。悟の式神が霊を安全圏へ導き、凛空の植物霊が愿望を剥がし、サウザーが核を砕いた。三つの役割が噛み合った。奇跡みたいに。だが奇跡じゃねえ。三人が自分で選んで、自分で動いた結果だ。

 

残った霊たちは境内の裏手に避難している。凛空の植物霊が三つ、明滅しながら見守っている。疲れ切っている。光が弱い。蛍みたいに頼りねえ。だが生きている。

 

そして。

 

境内の中央に、二人が立っていた。

 

黄金と銀色の装甲。仮面ライダーサウザー。竜儀だ。包帯の下の傷がまだ痛むはずだが、直立している。背筋が伸びている。黄金の装甲が星明かりを受けて、ぼんやりと光っている。

 

その対面に。

 

オレ魂。橙色の目玉を模した装甲。仮面ライダーゴースト。悟だ。痩せた体が装甲に覆われている。さっきまで式神に飲み込まれかけていた男だ。だが立ち上がっている。ガンガンセイバーを右手に握っている。刃が星明かりを反射して、鋭く光る。

 

二人が向き合っている。

 

間合いは五メートル。境内の石畳の上で、二つの影が対峙している。

 

(一騎打ちかよ)

 

俺は石段に座ったまま、その光景を見ていた。凛空も境内の外周に立っている。壁に背中を預けて、二人を見ている。植物霊が肩の後ろに一つだけ残っている。あとの二つは疲れ果てて休んでいる。凛空の表情は静かだ。笑みがない。あるいは笑みを浮かべる余裕がない。どっちでも同じだ。今の凛空は、仮面を外した顔をしている。

 

「凛空さん」

 

サウザーが口を開いた。竜儀の声だ。装甲越しで少しくぐもっているが、低い声は変わらねえ。

 

「下がっていてください」

 

「わかってる」

 

凛空が答えた。短い。いつもの軽口も冗談もない。ただ頷いて、壁に背中を預けたまま動かない。

 

「援護はしないの?」

 

俺が聞いた。野良犬が口を挟むことじゃねえかもしれんが、聞かずにいられなかった。凛空が俺を一瞥した。

 

「しない」

 

即答だった。

 

「これは二人の決着よ。私が入る場所じゃない」

 

(へえ)

 

凛空も変わったな。前なら「私が管理するわ」って言っていただろう。自分が中心にいるのが当たり前だと思っていた女が、「私が入る場所じゃない」と言った。それは進歩ってやつかもしれねえ。

 

サウザーが悟に向き直った。

 

「天童寺悟」

 

名前を呼んだ。姓じゃねえ。名前だ。竜儀が悟を名前で呼ぶのは初めて聞いた。

 

「前の戦いで、決着がつきませんでした。ここで終わらせます」

 

悟がサウザーを見ている。橙色の複眼が静かに光っている。何も言わねえ。ただ見ている。

 

「ですが、一つだけ言わせてください」

 

竜儀が続けた。サウザンドジャッカーを右手に握りしめる。金色の刃が星明かりを反射する。

 

「私がここに立つのは、テガソード様のためではありません」

 

悟の複眼が微かに動いた。

 

「テガソード様の意志だからではありません。信仰だからでもありません。私が、ここに立つと決めたのです。私の意志で。私の選択で」

 

竜儀の声は静かだった。だがその静けさの中に、以前とは違う何かがあった。言い訳のない声だ。神の名を盾にしてねえ。自分の言葉で、自分の足で、立っている。

 

「ここに立つと決めたのは、私です」

 

竜儀がジャッカーを構えた。刃を斜めに構える。重心を落とす。大柄な体が、まるで岩みたいに安定する。恐竜が地面に足を食い込ませているような重圧。ゴジュウティラノを思わせる構えだ。

 

悟が、俯いていた顔を上げた。

 

橙色の複眼がサウザーを捉える。ゆっくりと。首が動く。まるで錆びた関節を無理やり回しているみたいに、ぎこちなく。だが最後には、ちゃんと顔が上がった。

 

「……均衡を維持するため、か」

 

悟が呟いた。声が掠れている。式神に飲み込まれた影響がまだ残っている。だがその声に、いつもの冷静さが戻りつつある。

 

「あんたはいつもそれを言うな」

 

俺が石段から呟いた。悟は俺の方を見なかった。サウザーだけを見ている。

 

「均衡。大義。そういう言葉で逃げてるんじゃねえかって、あの女に突かれたんだろ」

 

俺は顎で凛空を指した。悟の複眼が一瞬だけ揺れた。図星だ。凛空に言われたんだ。「不都合な答えを均衡って言葉で隠していないか」って。竜儀に対して言ったのと同じことを、悟にも言ったんだろう。あの女はそういう女だ。他人の逃げ道を的確に見つけて、容赦なく塞ぐ。

 

悟がガンガンセイバーを構えた。

 

答えは言葉じゃなかった。剣だ。刃を正眼に構える。刀身が水平に伸びて、サウザーの喉元を狙う位置で止まる。古い型だ。剣術の基本に忠実な構え。この男は基本的なことを正確にやるタイプだ。地味だが、厄介だ。

 

「……受けるよ」

 

悟が言った。短い。三文字だ。だがその三文字に、覚悟が詰まっていた。均衡という大義に逃げず、決着を受け入れる覚悟だ。

 

サウザーが頷いた。

 

「来てください」

 

静かな声だった。挑発じゃねえ。挑戦でもねえ。ただ、相手を認めている声だ。お前の力を見せろ、と。

 

悟が動いた。

 

速い。ガンガンセイバーが横薙ぎに振られる。橙色の光が弧を描く。サウザーがジャッカーで受ける。――ギィン。金属音が境内に響く。火花が散る。星明かりの下で、火花が一瞬だけ花火みたいに見えた。

 

(綺麗だな、こういうの)

 

俺は石段に座ったまま思った。戦いを見るのは好きじゃねえ。自分が戦う方がいい。だが今回は、見るしかねえ。俺の力じゃ介入できねえ。二人のレベルが違う。野良犬が噛みついていい相手じゃねえ。

 

悟が連撃を放った。ガンガンセイバーが縦横に踊る。速い。正確だ。一撃一撃が無駄にねえ。型に忠実な剣術。教科書みたいな攻撃。だが教科書通りだからこそ隙がねえ。

 

サウザーは受けた。ジャッカーで受ける。弾く。いなす。だが反撃がねえ。防御に徹している。悟の攻撃を受け流しながら、何かを見ている。

 

「霊体化」

 

悟の体が消えた。

 

消えた。文字通り消えた。ガンガンセイバーの刃が空を切り、サウザーのジャッカーが何もない空間を切った。悟の姿がない。橙色の装甲が透明になってやがる。

 

(オレ魂の能力か)

 

霊体化。実体を消して物理攻撃をすり抜ける。チートみたいな能力だ。だが欠点がある。攻撃する時に実体化しなきゃならねえ。霊体のままじゃ物理的に斬れねえからな。

 

サウザーが動かなかった。待っている。悟が実体化する瞬間を。ジャッカーを構えたまま、重心を落としたまま、じっと待っている。まるで狩人だ。獲物が姿を現すのを待つ狩人。いや、狼だ。獲物が隙を見せるのを待つ狼。

 

(こいつ、待つの上手いな)

 

俺は感心した。竜儀は直情的な男だと思っていた。テガソードのためなら突っ込むタイプだと。だが今の竜儀は違う。待っている。観察している。信仰に突き動かされるんじゃなく、自分の判断でタイミングを計っている。

 

来た。

 

悟が実体化した。サウザーの右側面。ガンガンセイバーを横薙ぎに振る。実体化と同時に攻撃。隙を最小限に抑えた攻撃だ。だがサウザーは反応していた。

 

ジャッカーが動く。ガンガンセイバーの軌道を変える。いなす。悟の剣が空を切る。そして。

 

「今です」

 

竜儀が呟いた。

 

ジャッカーが悟の腹に突き刺さる。――ズドン。鈍い音。橙色の装甲に亀裂が入る。悟が呻いた。だが倒れねえ。後ろに飛んで距離を取る。霊体化。また消える。

 

「……速いな」

 

悟の声がどこからか響いた。透明な状態でも声は聞こえる。だが位置がわからねえ。サウザーは動かない。待つ。また待つ。

 

(根比べかよ)

 

俺は石段で足を投げ出した。長くなりそうだ。悟は霊体化で回避し、実体化して攻撃する。サウザーは実体化の瞬間を捉えて反撃する。悟は当てられず、サウザーは捉えきれない。膠着状態だ。

 

だが竜儀は焦っていなかった。

 

金色の複眼が境内の空間を走査している。空気の揺らぎを探している。霊体化しても完全に消えるわけじゃねえ。空気が微妙に歪む。透明人間でも足跡は残る。竜儀はそれを見ている。

 

「……右」

 

竜儀が呟いた。同時にジャッカーを右に振る。

 

ガキンッ。

 

命中した。透明な空気にジャッカーが弾かれる。悟の声が漏れた。

 

「……見えるのか」

 

「見えません。感じます」

 

竜儀が答えた。ジャッカーを構え直す。

 

「テガソード様は教えてくれました。目で見るだけでなく、全身で感じろと。ですが今は、テガソード様の教えだから感じているわけではありません。私が、感じようと選んだからです」

 

(言い方が回りくどいんだよ)

 

俺は心の中でツッコんだ。だが竜儀の言いたいことはわかる。信仰だからやってるんじゃねえ。自分で選んでやってるんだ。さっきの凛空の指摘を、こいつは消化している。

 

悟が実体化した。

 

今度は正面だ。ガンガンセイバーを突きに来る。刺突だ。速い。正確。喉元を狙う一撃。だがサウザーは身体を半歩ずらしただけ。最小限の回避。そしてジャッカーを振る。

 

悟がガンガンセイバーで受ける。――ギィン。弾かれる。だが竜儀は止まらねえ。ジャッカーを返す。二撃目。三撃目。連撃だ。金色の刃が橙色の装甲を叩く。一撃ごとに火花が散る。悟が後退する。一歩、二歩、三歩。

 

「……均衡を、維持する」

 

悟が呟いた。ガンガンセイバーを構え直す。だがその声に、力がなかった。均衡。さっきまでの大義。逃げ道。だがもう逃げられねえ。凛空に塞がれた。竜儀に塞がれた。自分で塞いだ。

 

「均衡じゃねえだろ」

 

俺が石段から口を挟んだ。悟が俺を見た。一瞬だけ。すぐにサウザーに視線を戻す。だがその一瞬で、悟の目が揺れたのを俺は見た。

 

「お前はただ、決着から逃げてただけだ。均衡って言葉で」

 

悟は答えなかった。答えられなかったんだろう。代わりに動いた。ガンガンセイバーを全力で振る。橙色の光が境内を照らす。一撃に全部を込めた。霊力を刃に乗せた。橙色の光が刃から溢れて、波みたいにサウザーに向かって押し寄せる。

 

サウザーがジャッカーを構えた。

 

「ジャッキングブレイク」

 

低い声だった。だが境内の空気を震わせた。ジャッカーの歯車が回転を始める。――ギリギリギリギリ。高速回転。金色の光が刃から溢れる。橙色の波と正面からぶつかる。

 

光と光が衝突した。

 

ドォン。

 

衝撃波が境内を走る。石畳が割れる。俺の座っている石段が揺れた。尻が痛い。凛空が壁に背中を押し付けたまま、表情を変えずに耐えている。植物霊がビクビク震えている。

 

金色の光が、橙色の光を飲み込んだ。

 

飲み込んだ。圧倒した。サウザーの力が悟の力を上回った。金色の光がガンガンセイバーの橙色の光を砕いて、刃ごと悟に向かって押し寄せる。

 

そして。

 

ジャッカーの先端から、何かが出た。

 

黄金の光が集まって、形を成す。巨大な顎。太い首。短い前肢。力強い後肢。長い尾。

 

――ティラノサウルスだ。

 

黄金のティラノサウルス。ライダモデルだ。サウザーの力が具現化した姿。金色の装甲に覆われた巨大な獣。体長は三メートルほど。実物大だ。だがその存在感は、三メートル以上に感じる。圧倒的な質量。頂点捕食者の威圧感。

 

(でけえ)

 

俺は息を呑んだ。黄金のティラノが、咆哮を上げた。

 

『GROOOOOOOA!!』

 

境内が揺れた。鼓膜が痛い。だがそれ以上に、骨が震えた。原始的な恐怖が脊椎を走る。これは獣の声だ。太古の頂点に立っていた獣の声だ。角張った頭部。分厚い顎。力強い踏み込み。ゴジュウティラノを思い出す。竜儀の信仰の対象であり、こいつ自身の戦闘の原点。

 

黄金のティラノが突進した。

 

速い。重量級の体とは思えねえ速さだ。地面を蹴るたびに石畳が砕ける。ドンドンドン。重い足音が境内に響く。まるで地震だ。悟がガンガンセイバーで迎撃しようとする。だが間に合わない。ティラノの巨大な顎が、悟の体を捉えた。

 

ガァンッ。

 

顎が閉じる。橙色の装甲が砕ける音。悟の体がティラノの顎に挟まれている。だが砕かねえ。握り潰さねえ。捕捉しているだけだ。霊を吸収しないためだ。サウザーは式神の時と同じように、壊すのではなく従わせる。ティラノの顎が悟を拘束したまま、そのまま地面へ叩きつけた。

 

ズドォォォン。

 

境内の石畳が粉砕された。悟の体がクレーターの中に沈む。橙色の装甲がひび割れている。パラパラと光の粒子が剥がれ落ちる。

 

ティラノが咆哮した。もう一度。勝利の咆哮だ。

 

『GROOOOOA!!』

 

そして光になって消えた。ライダモデルがジャッカーの中へ戻っていく。金色の歯車が最後にもう一度回転して、止まった。

 

悟の変身が解除された。

 

橙色の装甲が光の粒子になって散っていく。残ったのは、痩せた少年の体だ。黒い髪。白い服。地面に倒れている。動かない。だが息はある。胸が微かに上下している。

 

竜儀が変身を解除した。黄金の装甲が消える。包帯を巻いた大柄な男が残る。ジャッカーを下ろす。武器が光になって消えた。

 

竜儀が悟に歩み寄った。

 

倒れている悟を見下ろす。表情は見えねえ。背中しか見えねえ。だが竜儀の背中からは、勝利の興奮も敗者への侮蔑も感じられなかった。ただ、静かだった。

 

「天童寺悟」

 

竜儀が言った。

 

「あなたは強かった。ガンガンセイバーの剣術は、私のジャッカーでは対抗しきれない部分があった。霊体化の使い方も巧みでした」

 

悟が目を開けた。虚ろな目だ。だが、完全に虚ろじゃねえ。何かが映っている。

 

「……負け、か」

 

「はい。ですが、あなたの力は本物でした。私が勝てたのは、サウザーの力がたまたまあなたの能力に有利だっただけです。純粋な実力で言えば、互角だったかもしれません」

 

竜儀は淡々と言った。謙虚じゃねえ。事実を述べているだけだ。こいつは嘘をつかねえ。信仰に嘘は禁物だと思っているからな。いや、今は信仰じゃなくて、自分の判断で嘘をつかねえと決めているのか。

 

「……互角、ね」

 

悟が空を見上げた。天井の穴から覗く夜空。星が見える。

 

「あんたに言われると、妙に説得力があるな」

 

「なぜでしょう」

 

「わからない。ただ、あんたの『私が選んだ』って言葉が、重かった」

 

悟がゆっくりと起き上がろうとした。腕に力を入れる。だが震えている。体が動かねえ。式神に飲み込まれた影響と、サウザーの攻撃のダメージが重なっている。

 

竜儀が手を差し出した。

 

悟がその手を見た。一秒、二秒。やがて、竜儀の手を取った。竜儀が悟を引き上げる。二人が並んで立った。

 

俺は石段からそれを見ていた。

 

(……決着、か)

 

俺は立ち上がった。尻が痛い。石段に座りすぎた。野良犬は座っているのが得意だが、立ち上がるのは苦手だ。

 

凛空が壁から離れて歩いてきた。植物霊が一つ、肩の後ろについている。笑みはない。だが目が穏やかだ。戦いを見終わった後の目だ。安堵でもなく、興奮でもなく。ただ、見届けた目だ。

 

「終わったわね」

 

凛空が言った。静かに。

 

「ええ。終わりました」

 

竜儀が頷いた。

 

悟は何も言わなかった。だが俯いていた顔を上げて、凛空と竜儀を交互に見た。虚ろな目に、微かにだが光が宿っていた。

 

俺は三人から離れた場所で立ち止まった。

 

(俺は)

 

三人が並んで立っている。竜儀、悟、凛空。それぞれが自分の足で立っている。自分の選択で立っている。神の影でも霊の影でもねえ。自分の足で。

 

俺は?

 

俺は壁際にいる。隅っこにいる。野良犬の定位置だ。

 

(……帰るか)

 

踵を返した。境内の出口に向かって歩き出す。足音が石畳に響く。三人はまだ話している。俺が去ることに気づいてねえかもしれない。それでいい。野良犬は去る時に挨拶しねえ。

 

「吠」

 

声が聞こえた。凛空だ。足を止めた。振り返る。

 

凛空が立っていた。笑みを浮かべている。ひび割れた笑みだ。だが本物だ。

 

「どこに行くの?」

 

「帰る」

 

「帰るって、どこへ?」

 

俺は答えなかった。答えられなかった。帰る場所なんてねえ。野良犬に帰る場所はねえ。俺はいつも適当な廃ビルとか路地裏とか公園のベンチとかで寝ている。帰る場所なんてない。

 

「……あの廃ビル、まだ空いてるわよ」

 

凛空が言った。何でもないことみたいに。世間話みたいに。

 

「布団はないけど、屋根はあるし雨は凌げるし、竜儀さんが懐中電灯付けてくれてるから明かりもあるわよ」

 

俺は凛空を見た。こいつは何を言ってるんだ。俺をあの廃ビルに泊めるとでも言うのか。

 

「……うるせえ」

 

俺は言った。いつもの言葉だ。蓋だ。だがその蓋の下に、何かが熱い。胸の奥が熱い。原因はわかってる。認めたくねえが、わかってる。

 

「借りは返す。それだけだ」

 

俺は踵を返した。境内の出口に向かって歩き出す。背中に三人の視線を感じる。だが振り返らねえ。野良犬は振り返らねえ。

 

(帰る場所、ねえよ)

 

心の中で呟いた。

 

(ただの寝床だ。それだけだ)

 

だが足は、廃ビルの方に向かっていた。

 

  *  *  *

 

境内に静寂が戻った。

 

凛空は悟と竜儀の背中を見送っていた。二人は並んで境内の裏手へ歩いていく。悟の歩調は遅い。竜儀が悟の速度に合わせて歩いている。何も言わずに。ただ、隣を歩いている。

 

植物霊が凛空の肩の後ろで小さく明滅した。温かい光だ。凛空はその光に指先を触れた。ひんやりとしているが、嫌な冷たさじゃない。仲間の温度だ。

 

「……帰る場所、か」

 

凛空は呟いた。空を見上げる。星が見える。天井の穴から覗く夜空。壊れた祈祷所の屋根の隙間。

 

「和尚に報告しなきゃ」

 

凛空は独り言ちた。茨城支部の指導者、雪庭への報告だ。事件の概要。悟の正体。サウザーの能力。暴走式神の件。全部報告しなきゃならないことが山積みだ。

 

だが今日はもう遅い。明日でいい。今日は、休もう。みんな疲れている。

 

凛空は境内を後にした。植物霊がふよふよとついてくる。小さな光が夜道を照らす。蛍みたいだ。頼りないが、温かい。

 

「おやすみ、みんな」

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