ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
巨大怨霊の残骸が、黒い霧となって崩れていく。
さっきまで空を埋め尽くしていた怨念の塊は、もう形を保てていなかった。無数の顔が呻くように浮かんでは消え、蛇のように伸びていた腕も、力を失った布切れみたいにしおれていく。最後には、それら全部がただの靄になって、彷霊界の薄い風にほどけた。
俺は、テガソードレッドの中で浅く息を吐いた。
勝った。
その実感が遅れて胸の奥へ落ちてくる。けど、気が抜ける感じじゃない。むしろ今の戦いで、また一つ、この世界の厄介さを思い知らされた気分だった。ユニバースライダーだけでも面倒だってのに、怨霊が寄り集まってあんな化け物にまでなる。笑えない。
巨体の視界の向こうで、朱莉と雪庭がこちらを見上げていた。
朱莉は、伊吹丸を肩へ担ぎ直したまま口を半開きにしている。普段なら何かしら真っ先に噛みついてくるはずなのに、今はそれすら出てこないらしい。雪庭はいつもの穏やかな顔を崩してはいないが、目だけははっきりと驚きを隠せていなかった。
「……何だよ、その顔」
言ったつもりだった。
けれど、テガソードレッドの喉を通した声は、低く巨大な響きになって彷霊界全体へ落ちた。
朱莉がようやく肩を揺らす。
「何だよ、じゃねえだろ! 何なんだよそれ! でかすぎんだろ!」
「さっきも言っただろ。テガソードだ」
「説明が雑なんだよ!」
ようやくいつもの調子に戻った声に、少しだけ笑いそうになる。
その横で、雪庭は視線を上へ、次に俺へ、そしてまた上空へ向けた。テガソードレッドの巨体を観察しているというより、何が起きたのか理屈を拾い集めている顔だった。
「……彷霊界だから、か」
ぽつりと零したその呟きが、やけにはっきり耳へ届く。
「何だよ」
「おそらく、この顕現には条件がある」
雪庭は、俺の返事を待たずに続ける。
「さっきの二つのリング。ガヴとゼッツ。あれが同時に共鳴したこと。そして、ここが彷霊界だったこと。この場所のエネルギーを媒介にしたからこそ、今のテガソードは現れた……そう考えるのが自然かな」
「つまり、ここじゃなきゃ呼べねえってことか」
「少なくとも、簡単には再現できないだろうね」
そう言われると妙に納得した。
人間界で、いつでも好きな時にこんなでかいもんを呼び出せるなら、とっくにもっと色々滅茶苦茶になっている。今回こうして現れたのは、あくまで彷霊界っていう場所と、ガヴとゼッツっていう二つの力が揃ったから。そういう偶然と必然が噛み合った結果なんだろう。
朱莉がまだ納得しきれていない顔で俺を見上げる。
「お前、いつもこんなもん連れて戦ってんのか?」
「デカい奴と戦う時にはな」
心底げんなりした声だった。
そのやり取りを聞きながら、俺はゆっくりとテガソードレッドの巨体を沈める。人神一体ってやつの感覚は、まだ完全に馴染んだわけじゃない。けれど今は、どう身体を動かせばいいかだけは分かっていた。
膝をつく。
大地が低く唸る。
砕けた地面の上へ、テガソードレッドの巨体がしゃがみ込む。視界の高さが少し下がったところで、胸の奥に満ちていた巨大な熱が、静かにほどけ始めた。
終わった、というより。
ここまでだ、と告げられている感じだった。
「……降りるぞ」
呟くと同時に、巨体の中心から光が立ち上った。
熱い。けれど、戦いの時のような激しい熱じゃない。何か大きなものから切り離される時の、名残みたいな温度だ。俺の意識が、テガソードレッドの輪郭から少しずつ剥がれていく。広がっていた感覚が戻る。脚の長さも、腕の重さも、人間ひとり分のものへ縮んでいく。
次の瞬間、俺は地面へ着地していた。
見上げれば、テガソードレッドの巨体がまだそこにある。だが、もうさっきまでのような確かな質量感はなかった。金と赤の輪郭が薄く揺らぎ、その端から霧みたいにほどけ始めている。
「消えるのか」
思わずそう漏らす。
朱莉も伊吹丸を下ろしたまま、その巨体を見上げていた。
「おいおい……本当に何でもありかよ」
「何でもあり、ではない」
頭の奥へ、あの重い声が響いた。
テガソードだ。
霧へ溶け始めた巨体の中から、変わらず低く、揺るがない声音が落ちてくる。
『このライダー同士の戦い、私達の指輪争奪戦とは違うかもしれない』
その一言に、さっきまでの勝利の熱が少しだけ冷えた。
違うかもしれない。
つまり、今までのやり方だけじゃ足りないってことだ。指輪争奪戦で勝ち抜いてきた経験が、そのまま全部通じる保証はない。ライダーの力、彷霊界、怨霊、夢の世界みたいな異能。今俺が巻き込まれてる戦いは、前にいた場所と似てるようで、もっと面倒な何かを抱えてる。
テガソードの声は続く。
『油断するな、遠野吠』
叱咤というより、釘を打ち込むみたいな声音だった。
『お前には、あの世界で紡いだ絆がある』
その言葉で、胸の奥がわずかに揺れた。
あの世界。
響の顔が浮かぶ。呆れたように笑う顔。真っ直ぐで、馬鹿みたいに真剣な顔。未来も、まだ喧嘩したい奴らも、一緒に飯を食いたい奴らも、次々に思い出す。長い時間、会えなかった相手。ようやく繋がった声。そういうものが、一瞬で全部胸の中へ戻ってきた。
帰る理由なんて、もう何度も口にした。
けど、こうして改めて突きつけられると、やっぱり腹の芯が熱くなる。
ああ、そうだ。
俺はまだ、帰らなきゃならない。
帰って、またあいつらと馬鹿みたいな顔で笑って、喧嘩して、飯を食うんだ。
そのために、ここで負けてる場合じゃない。
「……分かってるよ」
小さく返す。
テガソードへ向けた言葉だったのに、半分は自分自身へ言い聞かせるみたいにも聞こえた。
霧の中で、テガソードの輪郭がさらに薄れる。
最後に、巨体の中央がわずかに明滅した。まるで返事みたいだった。
そして次の瞬間には、巨大な金色も、赤い輪郭も、全部まとめて彷霊界の霧の中へ溶けて消えた。
後には、風だけが残る。
朱莉がぽかんとした顔で上空を見たまま言う。
「……消えた」
「顕現に使っていた力が尽きたんだろうね」
雪庭の声は落ち着いていた。だが、目の奥ではまだ何かを考え続けているのが分かる。
「彷霊界のエネルギーを借りていたとするなら、戦闘が終われば維持し続ける理由もない」
「理屈は分かんねえけど、言いたいことは何となく分かる」
「それで十分だよ」
雪庭はそう言って、俺を見た。
「ただ、今の言葉は覚えておいた方がいい」
「テガソードのか」
「うん。あれはたぶん、かなり重要だ」
俺は頷きかけて、途中でやめた。
重要なのは、言われなくても分かる。
テガソードがわざわざ消え際に残した言葉だ。忘れるわけがない。
朱莉がまだ少し呆然とした顔のまま、俺の肩を小突くみたいに睨んできた。
「お前……何なんだよ、ほんとに」
「知らねえよ。俺だって聞きてえ」
「聞きてえ顔には見えねえな」
「今さら驚いてる顔すんのも面倒なんだよ」
そう返すと、朱莉は一瞬だけ口を噤んだあと、盛大にため息をついた。
「はぁ……ほんと、むかつくくらい図太いな」
その言い方に、少しだけ笑う。
大きな声じゃない。口の端が上がる程度だ。けれど、自分でも分かるくらい自然に出た笑みだった。
響たちのことを思い出したせいかもしれない。
いや、たぶんそれだけじゃない。こんなわけの分からない世界で、それでも俺はまだ繋がっている。元の世界とも、あいつらとも、これから先とも。そう思えたからだ。
雪庭がその笑みを見て、わずかに目を細める。
「少しは元気が出たみたいだね」
「うるせえ」
「そういう時は否定しなくていいのに」
「……余計なお世話だ」
言いながらも、笑みは消えなかった。
彷霊界の薄い風が、頬を撫でる。
戦いは、たぶんまだまだ終わらない。指輪争奪戦とも、ライダー同士の戦いとも違う何かが、この先に待っている。面倒だし、厄介だし、正直言えばろくでもない。
それでも。
帰る場所があるってだけで、少しはましだ。
俺は空を見上げ、もうそこにいないテガソードの名残へ向けるみたいに、小さく息を吐いた。