ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
夜だ。
寺の一室に、行灯の光が灯っている。小さな炎が障子越しの月明かりと混ざって、部屋の中に薄い影を作っていた。
俺は部屋の隅に座り込んでいた。背中を壁に預けて、膝を立てる。野良犬の定位置。ええわかってますよ。隅っこがお似合いですよ。
部屋の中央に、三人が向かい合っている。
雪庭。
禽次郎。
それから、音弥。
行灯の光が、それぞれの顔を半分照らして半分影に落としている。月明かりが障子を通って、畳の上に青白い格子模様を描いている。廊下には気配があった。瑠衣だ。昼間の言葉を引きずったまま、部屋の外で聞いている。
「単刀直入に申し上げます」
音弥が口を開いた。穏やかな声だ。だがその穏やかさの中に、固い芯がある。
「ライドウォッチを、私に譲っていただきたい」
雪庭が茶を飲んでいた。
湯呑みを口元から離さない。音弥の言葉を聞いても、動じない。僧侶らしからぬ軽さを持つ男だ。だがこういう時、こいつは動じない。湯呑みを置いて音弥を見た。
「どのライドウォッチだい?」
「何でも構いません。MiucSへ対抗できる力であれば」
音弥の声に、熱が混じった。抑えている。だが抑えきれていない。
「あなた方はTERAだ。彷霊界とゴーストに対抗する術を持つ。私はMiucSに音楽を奪われた。奴らを止める力が欲しい」
雪庭が顎に手を当てた。胡散臭い僧侶の顔だ。飄々としている。だが目は真剣だ。
「MiucSねえ。君が奴らに恨みがあるのはわかる。だがね、ライドウォッチをポンと渡すわけにはいかないんだよ」
「なぜです」
「理由はいくつかある」
雪庭が指を折った。
「一つ。ライドウォッチは誰でも使えるもんじゃない。使い手の願いや精神状態に反応する。君の怒りが強すぎれば、力に振り回される」
「私は冷静です」
「冷静な人間は『冷静です』なんて言わないよ」
雪庭が軽く笑った。だが目は笑っていない。
「二つ。MiucSの中継施設を破壊するとなると、周辺の生活基盤に影響が出る。彷霊界の流れが乱れれば、一般人の霊的被害が出る。我々はそれを防ぐために動いている」
「だから待てと?」
音弥の声が低くなった。
「待っている間にも、音楽は奪われ続けている。私の曲も他の誰かの歌も。あなた方はTERAだろう。奪われたものを取り戻すのが仕事じゃないのか」
「仕事は守ることだ。奪い返すことじゃない」
雪庭が言った。声が少し低くなる。
「守るべき対象を傷つけてまで取り戻す気はないよ」
「…そうですか」
音弥の指先が、微かに震えた。
行灯の光の中で白い指が小さく揺れている。声は荒らげていない。表情も崩していない。だが指が震えている。八十二年分の怒りが、指先に集まっている。
「鬼崎さん」
禽次郎が口を開いた。
明るい声だ。だが今の明るさは、いつものへらへらした明るさじゃない。もっと固い。もっと真剣な明るさだ。
「一個聞いていいっすか」
「何ですか」
「あんた、中継施設を壊したら音楽が戻ると思ってるんすか?」
音弥が禽次郎を見た。緑色の瞳が、行灯の光を反射してぎらりと光る。
「戻るとは思っていません。だが、奪われるのを止めることはできる」
「止めるだけっすか」
「止めるだけでも意味がある」
「でもさ」
禽次郎が膝を立てた。両腕を膝の上に置いて、音弥を真っ直ぐに見ている。
「音楽を取り戻す前に、聞く人間を傷つける気っすか?」
音弥の目が揺れた。
一瞬だけ。ほんの一瞬だ。だが確かに揺れた。
「中継施設を壊せば、そこで繋がってる人たちも傷つくかもしれない。音楽を聞いてる人たちが。歌を聴いてる人たちが。あんたが取り戻したい音楽を、今まさに聞いてる人たちが」
禽次郎の声が低くなる。
「それでもやるんすか?」
音弥が沈黙した。
行灯の炎が、微かに揺れる。障子越しの月明かりが部屋の中の影をわずかに動かす。廊下の瑠衣の気配が、微かに動いた。
「…私は」
音弥が口を開いた。声が掠れている。
「私は、音楽を奪われた。ピアノを弾けなくなった。曲を書けなくなった。私の存在そのものが、MiucSに吸い上げられた」
指先の震えが強くなる。
「それでも待てと言うのですか。他に方法があるなら教えてください。私に。私の音楽を取り戻す方法を」
雪庭が湯呑みを置いた。
コトリと小さな音がした。
「方法はあるよ」
「本当ですか」
「ああ。ただし、君が思い描いてるような派手な方法じゃない」
雪庭が立ち上がった。障子の方へ歩いていく。月明かりが、僧侶の横顔を照らす。
「MiucSの中継施設。確かに我々もマークしている。だが今は動けない。次の作戦の準備中だ。それに、君一人で突っ込んでも結果は見えている」
「ならば」
「君に渡せるものはない」
雪庭が振り返った。飄々とした笑みは消えている。真顔だ。この男の真顔は、滅多に見られない。
「悪いが、ここで引き下がってくれ」
音弥が立ち上がった。
静かな動作だ。だがその静けさの中に、決意がある。マントの裾が畳の上を掃いた。
「…そうですか」
音弥が言った。声は静かだ。だがその静かさが、逆に危険だ。
「あなた方は、待てと言う。守れと言う。だが私の音楽は待っている間にも消えていく。奪われたまま、戻らない」
音弥が部屋の出口へ向かう。山門の方へ。
「私は待てない。待っている間に、私の音は死ぬ」
「鬼崎さん」
禽次郎が呼び止めた。
音弥は止まらなかった。襖を開けて、廊下に出る。瑠衣の気配が微かに後ずさった。
「MiucSの中継施設の場所は、調べがついています」
音弥が廊下で言った。背中を向けたまま。
「今夜、私一人で行きます」
「待てよ」
禽次郎が立ち上がった。だが音弥は振り返らない。
「あなた方に迷惑はかけません。私一人の責任でやります」
「待てって!」
禽次郎が廊下に出た。俺も壁から離れて、後に続く。雪庭も動いた。
音弥は廊下を歩いていた。月明かりが障子越しに細長い影を落としている。その影の中を、小柄な体が進んでいく。
瑠衣が廊下の端に立っていた。
音弥の前。行く手を阻む位置だ。だが瑠衣は何も言わない。声を出せない。昼間の言葉が、喉に張り付いている。
音弥が瑠衣の横を通り過ぎる。
一瞬だけ、足を止めた。
「瑠衣さん」
音弥が言った。振り返らずに。
「あなたは、歌えるようになったら誰のために歌いますか」
瑠衣は答えられなかった。
喉に手を当てて、俯く。
音弥は待たなかった。そのまま廊下を進んで、山門へ向かう。
「鬼崎さん!」
禽次郎が走った。
俺も走った。
だが音弥は速かった。小柄な体が夜の境内を滑るように進んでいく。山門の前に立つ。月明かりが、白みのある金髪を照らした。
音弥が振り返った。
緑色の瞳が、月の光を反射して異様に明るい。
「これ以上、私を止めるなら」
音弥が手を上げた。
「君は…」
禽次郎が息を呑んだ。
「音楽を取り戻すために、誰かを傷つける覚悟があるのなら」
音弥がライドウォッチを構えた。
「止めてみせてください」
月明かりの下で、音弥の指がライドウォッチの起動ボタンに触れる。
戦いの予兆が、夜の境内に満ちた。