ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
銀色の光が石畳に落ちている。桜の木が夜風に揺れる。花弁が散る。だが今夜の風は自然じゃねえ。音弥が立っている場所から、花弁が渦を巻いている。
音弥の手が、ライドウォッチを起動した。
『ライダータイム!』
電子音声が夜の境内に響く。音弥の腰にジクウドライバーが現れる。回転機構が唸りを上げて、金色の光が溢れ出した。
『仮面ライダー歌舞鬼!』
変身音声が夜空を切り裂いた。
光が音弥の体を包み込む。白みのある金髪が消える。代わりに、鬼の面が現れる。緑の装甲。頭部には二本の角。鮮やかな緑色の瞳が、仮面の奥で光る。
仮面ライダー歌舞鬼。
八十二年分の怒りを纏った鬼だ。
禽次郎はそれを見た。
笑みが消えている。普段のへらりとした表情が剥がれ落ちている。代わりにあるのは、引き締まった表情だ。真面目な目だ。ふざけた態度の奥に隠していた本物の目が、今、表に出ている。
「…やる気かよ」
禽次郎が呟いた。小さく。だがその声には覚悟がある。
禽次郎の手が、センタイリングを掲げた。ゴジュウイーグルの力。空を駆ける翼。今夜、その翼を使うことになるとは思わなかった。だが迷っている暇はない。音弥が動く。なら自分も動くしかねえ。
『クラップユアハンズ!』
変身音声が響く。
『ゴジュウイーグル!』
それが禽次郎の目的だ。音弥を止めることじゃねえ。音弥が中継施設へ向かうのを防ぐことだ。施設を壊せば、そこに繋がっている人たちが傷つく。音楽を聞いている人たちが。歌を聴いている人たちが。禽次郎はそれを止めたかった。
歌舞鬼が動いた。
速い。変身完了と同時に、右手に武器が出現する。音叉剣だ。音叉の形状をした剣。柄の部分がU字型に分かれており、刃先に向かって細長く伸びている。一振りで空気を震わせる武器だ。八十二年分の音楽経験が、剣筋に反映されている。
歌舞鬼が音叉剣を構えた。
左半身。剣先を斜め下に向けた構え。独特の構えだ。剣術の型じゃねえ。もっと古い。もっと個人的な構え。だがそこに無駄がねえ。構えだけで、次の動きが読めない。八十二年間、身体で刻んできたリズムが、静止姿勢の中に宿っている。
(隙がねえ)
禽次郎は歌舞鬼の構えを見て、そう感じた。軽い。重いじゃなくて、軽い。構えが軽い。だがその軽さの中に、何十年分の練習が凝縮されている。素人じゃねえ。達人だ。音楽の達人が、剣の達人に転じている。
次の瞬間、歌舞鬼の口が開いた。
鬼火だ。
赤い炎が、歌舞鬼の口から吐き出された。火球じゃねえ。もっと細い。もっと正確。弓矢のように真っ直ぐに、禽次郎の胸元を狙って飛んでくる。
熱気が肌を灼いた。
「っ!」
禽次郎が横に跳んだ。ギリギリだ。鬼火が右肩の装甲を掠める。赤い熱気が、夜の空気を焦がす匂いが鼻を突いた。
だが歌舞鬼は、一発で終わらなかった。
鬼火が二発、三発と続く。連射だ。だが正確に言えば連射じゃねえ。リズムだ。一定の間隔で、正確に、狙いを変えながら放たれている。一発目を避けた位置に、二発目が来る。二発目を避けた位置に、三発目が来る。
(回避方向を読まれてる!)
禽次郎は気づいた。歌舞鬼は鬼火で回避方向を誘導している。逃げる先に次の弾が待っている。逃げれば逃げるほど、追い詰められる。
(なら上だ!)
禽次郎が背中の翼を展開した。
ゴジュウイーグルの翼。鷲の翼を模した巨大な羽が、夜の空気を叩く。バサッ。強い風が足元の花弁を巻き上げた。
禽次郎が跳んだ。
翼が空気を掴む。浮力が体を持ち上げる。地上の拘束から解放される瞬間だ。ゴジュウイーグルの飛行能力。これが禽次郎の最大の武器だ。地上の敵には、空が見えない。だが空の敵には、地上が全部見える。
鬼火が四発目を放つ。だが禽次郎はもう空にいた。赤い炎が夜空を横切る。当たらない。地上にいたなら当たっていた弾が、空にいれば届かない。
(取った!)
禽次郎が空中で体勢を整えた。歌舞鬼が見上げている。緑色の複眼が、空の獲物を追っている。だが空は広い。地上より遥かに広い。飛べる者にとって、空は最大の有利だ。
禽次郎が右手を伸ばした。
イーグルシューター50。
鷲をモチーフにした弓矢型武器。翼を思わせる弓状パーツが腕に装着される。矢を引いて、離す。それだけでいい。シンプルな武器だ。だがシンプルな武器ほど、使い手の力量が如実に出る。
『イーグルシューター!50!』
起動音声が響く。
禽次郎が矢を引いた。弓がしなる。弦が張り詰める音が、翼の間で響く。狙いは歌舞鬼。地上の鬼。空から見れば、動きは全部見える。
放った。
矢が空気を裂いた。緑色の光の弾道が、夜空に線を引く。速い。直線的な速さだ。弓の威力も高い。だが何より、上空から放たれる射撃は、地上の回避方向を制限する。横に逃げても、後ろに逃げても、上からの射線は追ってくる。
歌舞鬼が動いた。
横に跳ぶ。矢が石畳に突き刺さる。コンクリートが砕ける音が響いた。だか歌舞鬼の動きには、焦りがねえ。矢を避けた動きが流れるように次の構えに繋がっている。
(軽い。やっぱり軽い)
禽次郎は、歌舞鬼の動きを見て思った。八十二歳の老人が十八歳の体で動いている。だがその動きに迷いがねえ。迷いがないから軽い。長年の音楽経験で培ったリズム感が、戦闘にそのまま応用されている。音符の間隔が、攻撃の間合いになっている。休符の長さが、回避のタイミングになっている。
もう一矢放った。今度は歌舞鬼の左側を狙う。逃げる方向を限定するためだ。右に逃げれば、次の矢が右に待っている。左に逃げれば、この矢が当たる。空中からの射撃は、地上の敵に対してこういう詰めができる。
歌舞鬼が矢を避けた。
左じゃねえ。前だ。矢の下をくぐるように、前に出た。予想外だ。空中からは、前への移動が見えにくい。上から見ると、前後の動きは奥行きが読みにくい。歌舞鬼はそれを知っている。知っていて、前に出た。
(この距離なら!)
禽次郎が三矢目を引いた。歌舞鬼が前に出たことで、距離が縮まった。だが近ければ近いほど、射撃の命中率は上がる。
だが。
歌舞鬼が立ち止まった。
動きが止まった。だがそれは隙じゃねえ。構えだ。音叉剣を体の前に構え、刃先を上に向けた。呼吸するように自然な構えだ。そして、ゆっくりと、剣先を振った。
空気が震えた。
音叉剣の振動が、空気を伝って広がる。だがそれだけじゃねえ。桜の木が揺れた。風がねえのに、枝が大きく揺れて、花弁が一斉に舞い上がった。
桜吹雪。
「桜花響音(おうかきょうおん)」
歌舞鬼が言った。静かに。だがその声が、舞い上がった花弁の中を通って、禽次郎の耳に届いた。声が花弁に乗っている。花弁が音を運んでいる。
花弁が渦を巻いた。
桜の花弁が、夜の境内を埋め尽くしていく。上空もだ。禽次郎の周囲に、花弁が舞い込んできた。淡いピンク色の花弁が、月明かりの中で、まるで雪みたいに降り注いでいる。
(視界が――)
禽次郎の複眼が、花弁の情報を拾いすぎている。センサーが花弁一つ一つを認識して、全体像がぼやけていく。歌舞鬼が見えない。花弁の向こうに、鬼がいるはずだ。だがどこにいるかわからない。
視界が遮断された。
射線も遮断された。花弁が矢の軌道を邪魔する。物理的にじゃねえ。花弁が放つ微弱な霊力が、イーグルシューター50の矢の軌道を僅かに歪める。一枚二枚じゃ影響はねえ。だが何千枚、何万枚の花弁が舞っていれば、累積で無視できなくなる。
(まずい)
禽次郎が上空でホバーしようとした。翼を強く叩いて、花弁の上へ抜けようとした。だが花弁は上昇してくる。上空へ逃げても追ってくる。どこまでも。
歌舞鬼の位置がわからない。
さっきまで、上から全部見えていた。地上の鬼の位置も、動きも、次の動作も。だが今は何も見えない。花弁が、視界を白く染めている。
(リズムが読まれた)
禽次郎は気づいた。さっきの射撃。三矢連続で放った時のリズム。あのリズムを読まれた。禽次郎の射撃の間隔、射撃後の硬直、次の矢を引くまでの時間。全部、歌舞鬼のリズム感で読まれた。
だから歌舞鬼は前に出た。射撃の合間を突くタイミングを知っていたから。
だから今、桜吹雪を展開した。視界を封じるだけでなく、次の射撃までの時間を稼いでいる。
(どこにいる!)
禽次郎が周囲を探した。複眼が花弁の情報を必死に処理している。だがノイズが多すぎる。花弁の霊力が、センサーにノイズを走らせている。
その時だ。
右翼に、衝撃が走った。
「ぐっ!」
音叉剣だ。花弁の向こうから、音叉剣が翼を掠めた。一撃だ。だが精密な一撃だ。翼の関節部分を正確に狙っている。飛行能力を削ぐための一撃。
翼が片方、出力を落とす。バランスが崩れた。体が傾く。空がぐるりと回る。花弁が、傾いた視界の中で渦を巻いている。
(落とされる!)
禽次郎が翼を全力で打った。片翼だけで体勢を立て直そうとする。だが片翼じゃ足りない。空気を掴む力が足りない。高度が下がっていく。
花弁の向こうで、歌舞鬼が見えた。
一瞬だけ。花弁の切れ間から、鬼の面が覗いた。緑色の瞳が、真っ直ぐに禽次郎を見上げている。冷静な目だ。怒りも焦りもねえ。ただ、落とすべき獲物を見ている目だ。
歌舞鬼が跳んだ。
花弁を蹴って、空中へ。音叉剣を振り上げる。刃先が月明かりを反射して、銀色に光る。一撃の軌道が、禽次郎の体に向かって描かれる。
禽次郎は避けようとした。だが片翼じゃ避けきれない。花弁が視界を埋めている。歌舞鬼の位置が読めない。音叉剣の軌道が見えない。
当たった。
音叉剣がゴジュウイーグルの胸部装甲を捉えた。ズガッ。金属が砕ける音が響く。衝撃が体を貫く。肋骨がきしむような感覚。息が止まった。
地面が来た。
背中から落ちた。コンクリートが背中を打つ。衝撃が脊椎を走る。翼が砕けた音が、夜の境内に響いた。粉塵が舞う。花弁が、粉塵に混じって降り注いでいる。
禽次郎は地上に倒れていた。
仰向けに。空を見上げている。空には月がある。だが月の前に、花弁が舞っている。桜の花弁が、禽次郎の体の上に降り積もっていく。
歌舞鬼が着地した。
音もねえ。花弁の上に着地したからだ。音叉剣を下ろす。静かに。獲物を追い詰めた後の静けさだ。
禽次郎は見上げた。
歌舞鬼が立っている。月明かりを背にして。花弁が、その周りで舞っている。鬼の面の奥で、緑色の瞳が静かに光っている。
冷静だ。
八十二年分の時間を、十八歳の体に詰め込んだ男。音楽を奪われ、音を失い、それでも取り戻そうとしている男。その男が、今、目の前に立っている。
「…お前は強いすね」
禽次郎が言った。地上に倒れたまま。声は掠れている。だが明るさは残っている。へらりとはしていない。もっと静かな、正直な声だ。
歌舞鬼は答えなかった。
答えない代わりに、音叉剣を構え直した。切っ先が禽次郎の喉元に向けられる。冷たい刃先が、月明かりの中で銀色に光っている。
花弁が、二人の間に舞っていた。
音もなく。
月明かりの中で。
桜と翼と、墜ちた鳥。