ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
光が、禽次郎の体を包み込んだ。
金色と銀色。重厚な装甲が腕から脚へと展開していく。頭部のクラッシャーが変形する。鷲の嘴が消えて、代わりに硬い兜が現れる。だが一番の変化は腕だ。
右腕に、鋏が現れた。
巨大な鋏だ。
腕の装甲そのものが鋏の構造になっている。二枚の刃が、まるでハサミみたいに重なり合っている。いやハサミそのものだ。蟹の爪を模した巨大な切断武器。シザースの名の通り、斬るんじゃなくて挟むための武器だ。
(…何これ)
禽次郎は戸惑った。初めて使うフォームだ。ゴジュウイーグルは空を飛んで射撃する。それが禽次郎の戦い方だ。だがシザースは違う。空は飛べない。射撃武器もない。代わりに巨大な鋏が両腕についている。
(使い方がわかんねえよ!)
だが迷っている暇はない。歌舞鬼の音叉剣が、振り下ろされている。真上から。八十二年分の怒りを乗せた全力の一撃が、今まさに禽次郎の頭蓋を砕こうとしている。
禽次郎は右腕を上げた。
反射的に。理屈じゃねえ。体が動いた。巨大な鋏が、頭上で開かれる。二枚の刃が、V字型に広がる。
音叉剣が降ってきた。
ガギィィンッ!
金属音が夜の境内に炸裂した。火花が散る。音叉剣の切っ先が、鋏の二枚の刃の間に挟まった。挟まった。挟み込まれた。
(…挟まってる?)
禽次郎は鋏の中に音叉剣の刀身が挟まっているのを見た。刀身が二枚の刃に挟まれて、動きを止めている。斬るんじゃなくて挟む。それがシザースの戦い方だ。イーグルとは全然違う。だが確かに、音叉剣は止まっている。
「っ、離せ!」
歌舞鬼が音叉剣を引こうとした。だが鋏が離さない。二枚の刃が刀身を挟み込んでいる。引けば引くほど、挟みが深くなる。
歌舞鬼の音叉剣を握る力が強くなった。引くのを諦めて、押し込む。だが押し込んでも鋏は外れない。挟む力の方が強い。
(これなら……!)
禽次郎は右腕を捻った。
鋏が回転する。二枚の刃が、挟まれた刀身を捻り上げる。金属が悲鳴を上げる音が、夜の境内に響いた。ギリギリギリ。音叉剣の刀身が、鋏の圧力に耐えきれずに歪んでいく。
歌舞鬼が息を呑んだ。
音叉剣が、折れた。
パァン!
金属が砕ける乾いた音が響いた。刀身が鋏の力に負けて、中ほどからへし折れた。折れた刀身が空中に飛んで、花弁の中に落ちていく。チャリンと、金属が石畳に落ちる音が続いた。
歌舞鬼が、折れた音叉剣を見た。
残った柄と、根本の数寸だけが残っている。切っ先がなくなった剣。武器としての機能を失った棒切れ。それを、歌舞鬼は見つめていた。
(……見てる)
禽次郎は、歌舞鬼の目を見た。緑色の複眼が、折れた剣を見ている。八十二年間、音楽のために使ってきた手が、今は棒切れを握っている。その手が微かに震えていた。
だが禽次郎は、その内面を深読みしなかった。読む暇がなかったからだ。なぜなら。
「今だ!」『フィニッシュフィンガー!シザース!』
ドスン。
背後から、足音が響いた。
重い。ずっしりと重い足音だ。石畳が振動している。花弁が揺れる。何かが来ている。何かでかいのが。
禽次郎は振り返った。
「……えっ誰!?」
オレンジ色の体。ずんぐりとした体型。二足歩行のカニ。巨大なハサミを持った、歩く甲羅。それが、花弁の向こうから現れた。
ボルキャンサー。
シザースの力が呼び寄せたのか。ライダーリングの効果なのか。とにかく現れた。オレンジ色の巨大なカニが、ずんぐりむっくりとした体で、境内の石畳の上に立っている。
「いやいやいや待って。何? これ何?」
禽次郎は戸惑った。シザースの能力を使うのは初めてだ。巨大な鋏だけで精一杯なのに、召喚獣まで出てくるとは聞いてない。
ボルキャンサーが禽次郎を見た。
小さな目が、じっと禽次郎を見ている。そして、両腕を上げた。巨大なハサミを、両手で構える。構え方が変だ。戦闘構えじゃねえ。もっと……。
(……レシーブ?)
バレーボールのレシーブだ。両手を前に出して、ボールを受け止める形。オレンジ色の巨大なカニが、バレーボールのレシーブの形で両手を構えている。シュールだ。あまりにもシュールだ。
ボルキャンサーが、ハサミで手招きした。
乗れ。
無言の意思だ。言葉はねえ。だが伝わる。ボルキャンサーの小さな目が、「乗れ」と言っている。両手のレシーブ構えが、「ここに乗って」と言っている。
「え、乗るの? 俺、これに乗るの?」
禽次郎は戸惑いながらも跳んだ。
戸惑いながらも、だ。理由はわからない。だが今、ボルキャンサーが現れたのは偶然じゃねえ。シザースの力が呼んだんだ。なら、このカビの意図に従うしかねえ。
ボルキャンサーの背中に跳び乗った。
ずっしりと重い背中だ。甲羅の上に乗ると、足元が意外と安定している。だが安定している暇はない。ボルキャンサーが動いた。
オレンジ色の体が、歌舞鬼に向き直る。
歌舞鬼は、折れた音叉剣を握りしめたまま、立ち尽くしていた。動きが止まっている。折れた剣を見ていた時間が、反応を遅らせている。
ボルキャンサーが突進した。
ドドドドドッ。
ずんぐりとした体が、意外な速さで石畳を蹴る。花弁が舞い上がる。オレンジ色の突撃だ。歌舞鬼が反応しようとした。だが遅い。折れた剣を見ていた時間が、致命的な遅れを生んでいる。
ドガッ!
ボルキャンサーの体当たりが、歌舞鬼を捉えた。
胸部に、ずっしりとした甲羅がぶつかる。歌舞鬼の体が浮いた。空中に放り出される。花弁の中を、鬼の体が吹き飛んでいく。石畳の上を滑って、境内の端まで転がった。
「……強いじゃんカニさん」
禽次郎は呟いた。だが感心している暇はない。ボルキャンサーが、再度両手をレシーブの形に構えた。
今度は、背後だ。
禽次郎の背後。ボルキャンサーが両手を上に向けて構えている。「乗れ」とは言っていない。もっと具体的な指示だ。両手が、「ここに乗って、上に飛ぶぞ」と言っている。
(乗るしかねえ!)
禽次郎はボルキャンサーの両手に飛び乗った。
ズシン。ずっしりとした両手が、禽次郎の体を受け止める。重い。だが安定している。ボルキャンサーの足が石畳を踏みしめる。バネが溜まる。ためができる。
そして。
トス。
ボルキャンサーが両手を上に弾いた。
「うわあぁぁっ!」
禽次郎の体が、空高く放り出された。
ドン、と上へ。まっすぐ上へ。月明かりの中を、花弁の中を、禽次郎の体が上がっていく。高さいっぱい。夜空に届きそうなくらい高く。
(やばやばやばやばやば!)
地面が遠い。歌舞鬼が小さく見える。境内の端で、ようやく立ち上がろうとしている。だがまだ体勢が整っていない。吹き飛ばされた直後だ。立ち上がりかけている。中途半端な体勢だ。
(今だ!)
禽次郎は空中で体を丸めた。
膝を抱えた。両腕で膝を抱き込んで、体を球体にする。シザースの重装甲が、丸まった体の外殻となる。巨大な鋏が、抱えた膝の上に重なる。
そして回転した。
前回転。空中で、丸まった体が回転を始める。最初はゆっくり。だがすぐに速くなる。ギュルルルル。空気を切り裂く音が、夜の境内に響いた。花弁が巻き込まれる。回転の渦が、周囲の花弁を全て巻き込んで、ピンク色の竜巻になった。
高速回転する金色の球体。花弁を巻き込んだ竜巻の中を、回転しながら落下していく。狙いは一点。歌舞鬼。まだ立ち上がりかけている、中途半端な体勢の鬼。
(当たれ!)
回転する球体が、歌舞鬼に向かって落ちていく。
歌舞鬼が顔を上げた。緑色の複眼が、落下する金色の球体を捉える。だが反応が遅い。まだ体勢が整っていない。折れた音叉剣を構えようとするが、棒切れじゃ防げない。
直撃。
ドガァァァン!
衝撃音が境内に轟いた。石畳が割れる。亀裂が走る。花弁が衝撃波で四方に散る。回転する金色の球体が、歌舞鬼の胸部に叩きつけられた。重装甲の質量が、回転の運動量と合わさって、鬼の体を地面へ叩きつける。
歌舞鬼が倒れた。
仰向けに。石畳の上に。火花が装甲から散っている。赤と白の装甲に亀裂が走っている。復眼の光が、ちらちらと明滅している。
禽次郎は回転を止めて、歌舞鬼の横に着地した。
膝をつく。息が荒い。空中で丸まって回転して体当たりする、という必殺技をやったのは初めてだ。体中がぐらぐらする。目が回っている。
「……うぷっ、めまいすげえ……」
禽次郎は膝をついたまま、歌舞鬼を見た。
歌舞鬼は倒れていた。動かない。だが死んでいない。装甲の亀裂から火花が散っているが、徐々に収まっている。復眼の光も消えていない。ちらちらと明滅している。意識はある。だが立てない。
変身が解除された。
金色の光が、歌舞鬼の体から剥がれ落ちていく。赤と白の装甲が粒子になって消える。鬼の面が砕けて、下の顔が現れる。音弥の顔だ。白みのある金髪。整った顔立ち。だが目は閉じている。意識を失っている。八十二年分の疲労と、必殺技の衝撃と、折れた剣のショックが、一気に押し寄せたのだろう。
音弥は、死んでいない。
倒れているだけだ。
「……勝った、のか」
禽次郎は呟いた。実感がない。シザースの力を初めて使った。巨大な鋏で剣を折って、知らんカニに乗せられて空に投げられて、回転しながら体当たりした。何だそれ。何なんだそれ。
ボルキャンサーが横から顔を出した。
ずんぐりとしたオレンジ色の体が、禽次郎の隣で小さな目を瞬かせている。「やったじゃん」とも「お疲れ」とも言わん。ただ立っている。
「……お前、何者なんだよ」
禽次郎はボルキャンサーを見た。カニだ。オレンジ色のカニだ。ずんぐりむっくりの二足歩行カニだ。こいつがシザースの力が呼んだのだろう。だが何なのかはわからない。レシーブの形で手を構えるカニ。シュールすぎる。
ボルキャンサーは答えない。答える口を持っていないのか、答える気がないのか。ただ、小さな目で禽次郎を見て、それから倒れている音弥を見た。
花弁が、静かに降り注いでいる。
歌舞鬼がいなくなっても、桜の花弁はまだ舞っている。音弥が残した桜吹雪が、夜の境内に淡いピンク色の雪を降らせ続けている。
禽次郎は立ち上がった。
膝の震えはまだ止まらない。体中がぐらぐらする。だが立つ。立って、倒れている音弥を見下ろす。
八十二歳の少年。音楽を奪われた作曲家。歌を取り戻したくて、他者を犠牲にしてでもと、そう思った男。
禽次郎は、音弥の顔を見ていた。
「……あんたの音楽、取り戻してやりたいよ」
小さく呟いた。
「でもさ、犠牲の上に乗せた音楽なんて、それあんたの音楽じゃねえだろ」
音弥は答えない。意識がない。だがその寝顔は、八十二歳の老人のものではなく、十八歳の少年のものだった。安らかな顔だ。怒りも焦りもない。ただ、疲れ切った顔だ。
ボルキャンサーが、音弥の横にしゃがみ込んだ。
ずんぐりとした体で、小柄な音弥の隣に座っている。小さな目が、音弥の顔を見ている。まるで番犬みたいに。いや番蟹か。
「……見張り、してくれるのか?」
ボルキャンサーは答えない。ただ、小さな目を細めた。それが肯定なのか単に眠いのかはわからない。
禽次郎は、テガソードを下ろした。
夜の境内に、静寂が戻った。花弁が、ゆっくりと降り注いでいる。月明かりが、石畳の上に青白い影を落としている。
(終わった)
禽次郎は思った。
(でも、これで終わりじゃねえよな)
音弥はまだ目を覚ましていない。目を覚ましたら、また同じことを言うかもしれない。中継施設を壊すと。音楽を取り戻すと。待てないと。
その時どうする。
禽次郎にはまだ答えが出ない。
だが今は。
「……とりあえず、カニさん。こいつ、本堂に運ぼう」
ボルキャンサーが、小さな目を瞬かせた。