ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
数日後のことだった。
俺は街を歩いていた。特に用事があったわけじゃねえ。
ただ、なぜかボルキャンサーのカサカサした足音がずっと続いているような気がする。
たまには一人になりたくなっただけだ。
(別に逃げたわけじゃねえ)
心の中で言い訳した。誰に言ってるわけでもねえ。野良犬は時々、縄張りから離れたくなるもんだ。それだけだ。
スマホが鳴った。
画面を見る。一河角乃。
「もしもし」
「吠? 今、時間ある?」
角乃の声は早口だった。いつもの歯切れのよさに、少しだけ焦りが混じっている。
「あんたが時間あるかどうか聞く時は、大体ロクな用じゃねえ」
「失礼ね。今回は真面目な仕事よ。襲撃事件。被害者がいる」
「襲撃?」
「詳細は会って話す。場所を送るから来て」
プツリと切れた。相変わらずだ。返事を待たねえ。こいつはそういう女だ。
スマホに住所が送られてきた。商店街の裏手にある古い雑居ビル。歩いて十分ほどの距離だ。
(行くか)
別に義理はねえ。だが角乃がわざわざ俺を呼ぶってことは、何かあるってことだ。野良犬の勘がそう言ってる。
* * *
現場は、雑居ビルの二階だった。
古い階段を上がるとすでに角乃がいた。黒髪に整った顔立ち。都会的な服装。ユニコーンを意匠とした金色のイヤリングが、昼の光を反射している。
隣に、村山朱莉がいた。小柄で、どこか落ち着いた雰囲気のある女だ。角乃の知り合いらしい。俺は詳しい経緯は知らねえ。
「吠、来たわね」
角乃が振り返った。探偵モードの顔だ。愛想のいい営業スマイルじゃねえ。もっと真剣な顔。
「で、何があった」
俺は壁に背中を預けて立った。野良犬の定位置。ええ、わかってますよ。壁際がお似合いですよ。
「襲撃よ」
角乃が部屋の中を示した。
「被害者はこのビルのテナント。商売をしてる人。昨夜、何者かに襲われた」
部屋の中を見た。事務所だ。机が倒れている。椅子が壊れている。壁に亀裂。床に血痕。激しく暴れた跡がある。だが、金品は奪われていない。レジも無事だ。金目のものを狙った犯行じゃねえ。
「被害者は?」
「奥の部屋で休んでる。命に別状はないけど、精神的に参ってる」
角乃が腕を組んだ。
「問題は、被害者の過去よ」
「過去?」
「この人、八年前に重大事件の容疑をかけられたことがあるの」
朱莉が補足した。静かな声だ。
「でも、裁かれていない。証拠不十分で不起訴。でも世間は、この人を犯人だと思ってる」
「冤罪か?」
「わからない」
角乃が首を振った。
「罪があるかもしれないし、ないかもしれない。でも今は被害者よ。過去の罪の有無で、襲撃を見過ごすわけにはいかない」
こいつはそういう女だ。打算的で、人脈を作るのに余念がなくて金持ちには愛想がいいくせに、こういう時だけはまっすぐだ。変な女だ。
「で、俺を呼んだ理由は」
「現場を見てほしいの。あんた、喧嘩慣れしてるでしょ。暴れ方を見れば犯人の癖がわかるかもしれない」
「買い被りだ」
「謙遜しないで」
角乃が軽く笑った。
俺は壁から離れて、現場を見た。
机の倒れ方。椅子の壊れ方。壁の亀裂。血痕の位置。全部を見る。確かに、ただの強盗じゃねえ。暴れ方が計画的だ。被害者を狙って、特定の部屋に押し入って暴れた。金品は無視してる。
「犯人は一人じゃねえな」
俺は言った。
「少なくとも二人。一人が被害者を押さえて、もう一人が暴れてる。役割分担ができてる。素人の喧嘩じゃねえ。慣れてる」
「やっぱり」
角乃が頷いた。
その時だった。
「その通り。でも、もう一つ見落としてる」
声がした。
振り返る。部屋の入り口に、女が立っていた。
小柄だ。細い体。長い黒髪。切れ長の目。どこかで見たことがあるような気がする。森亜るるかに似ている。だが、似ているだけで別人だ。
(誰だ?)
俺は警戒した。知らない人間が現場に入ってくる。普通じゃねえ。
女は静かに部屋の中に入ってきた。足音がしねえ。まるで影みたいに。髪が長い。黒い。光を吸い込むみたいに黒い。目は切れ長で、感情が読めねえ。服装は地味だ。動きやすい恰好。だが、生地の質がいい。安物じゃねえ。
「先に現場を調べさせてもらった」
女が言った。口数が少ない。マイペースだ。
「壁の亀裂。見て」
女が壁を指さした。俺が見た亀裂だ。
「この亀裂、上から下に向かって走ってる。犯人が上から叩きつけた痕跡。身長は百七十以上。右利き。体重は七十キロ前後。筋肉質」
「…あんた、誰だ」
俺が聞いた。女は俺を見ない。壁を見たまま続ける。
「床の血痕。被害者の血じゃない。犯人の血。被害者が抵抗した時にできた傷。深さからして、刃物じゃない。何かの角。あるいは硬い物体で切った」
「角?」
「わからない。でも、普通の喧嘩じゃない」
女がようやく俺と角乃を見た。
「真冬瑠花(まふゆ・るか)。杏子の友人。探偵仕事を手伝ってる」
杏子。その名前を出した時だけ、声に親しみがにじんだ。ほんの少し。だが確かに。
「杏子の…」
角乃の声が、少しだけ硬くなった。
瑠花が角乃を見た。じっと。感情の読めねえ目で。そして、言った。
「あなたが、Wの力を託された人?」
角乃は答えなかった。
「杏子は、どうしてあなたを選んだの?」
挑発じゃねえ。ただ答えを確かめるような問いだ。瑠花の声は静かだ。だが、その静けさの中に何か重いものがある。
角乃が口を開きかけた。
「まず、事件を解く」
短く言った。瑠花の問いに答えず、事件の方を選んだ。
瑠花は、少しだけ目を細めた。
「そう」
それだけ言って、瑠花は壁から離れた。
その時だった。
奥の部屋から、被害者が出てきた。
中年の男だ。顔色が悪い。怯えている。腕に包帯を巻いている。昨夜の襲撃で怪我をしたのだろう。男は部屋の中を見回して、それから、ふと、窓の外を見た。
視線が、止まった。
怯えが、一瞬で強くなった。体がすくんだ。ガタガタと震えている。目が見開かれている。
俺は窓の外を見た。
ビルの向かい側。路地の入り口。そこに、男が立っていた。
年若い青年だ。長身。立ち姿が静かだ。服装は目立たない。だが、その立ち方に普通じゃねえ雰囲気がある。まるで、場数を踏んだ人間の立ち方だ。
青年は、こちらを見ていた。
正確には、被害者を見ていた。じっと。感情の読めねえ目で。
被害者が、小さく悲鳴を上げた。喉の奥で掠れた声が漏れる。
青年は、何も言わなかった。
怯えるでもねえ。怒鳴るでもねえ。ただ被害者を見て、それから静かに背を向けた。歩き出す。ゆっくりと。まるで、最初から何もなかったみたいに。
「待て!」
俺は叫んだ。だが、青年は止まらなかった。路地の奥へ消えていく。角を曲がって、見えなくなった。
俺は振り返った。角乃が、すでに動いていた。
「追うわよ」
「ああ」
俺は頷いた。瑠花も、ついてきていた。静かに。無言で。
被害者は、まだ震えていた。朱莉がそばに寄り添っている。
「行きましょう」
角乃が言った。
「あの男が、鍵を握ってる」
俺は、青年が消えた路地を見た。
(誰だ、あいつ)
野良犬の勘が、吠えている。あの男は普通じゃねえ。何か、知っている。何か背負っている。被害者が怯える理由。襲撃事件の裏。全部、あの男に繋がっている気がする。
俺は走り出した。
角乃と瑠花が、後ろから続く。
路地の奥へ。
青年が消えた方向へ。
(待てよ)
心の中で呟いた。
(てめえ、何者なんだ)
答えは、まだ出ねえ。