ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
路地は、薄暗かった。
昼なのに日の光が届かない。両側のビルが空を細く切り取っている。湿った壁。染みのついたアスファルト。生ゴミの匂い。野良犬の俺には馴染みのある空気だ。
青年は、いなかった。
路地を抜けた先の交差点。人通りはそこそこある。だが、あの長身の青年の姿はもうどこにも見えなかった。消えた。まるで煙みたいに。
「逃げられたわね」
角乃が息を切らして言った。隣で瑠花が静かに周囲を見回している。息一つ乱していない。こいつ、走るの速いな。見た目によらず。
「吠、あの男。何か感じた?」
角乃が聞いた。
「わかんねえ」
正直に答えた。
「ただ、普通じゃねえ。あの立ち方。場数を踏んでる。戦い慣れてる」
「同感」
瑠花が短く言った。角乃が瑠花を見た。瑠花は角乃を見ない。交差点の向こうを見ている。感情の読めねえ横顔だ。
「戻りましょう」
角乃が言った。
「被害者を放っておけない」
* * *
雑居ビルの二階に戻った。
被害者の男は、奥の部屋で座り込んでいた。朱莉がそばに寄り添っている。男はまだ震えていた。腕の包帯を握りしめて、小さく呼吸している。
角乃が男の前にしゃがんだ。
「大丈夫ですか」
声色が変わっている。探偵モードの真剣な声じゃねえ。依頼人に接する時の甘い声だ。こいつ、こういう切り替えが早い。打算的だと言やあ打算的だ。だが今は、その打算が人を安心させる方向に働いている。
「少し、お話を聞かせてください」
男は顔を上げた。怯えた目だ。
「先ほどの男性。路地にいた彼です。知り合いですか?」
男の体が、びくりと震えた。
「…知らない」
掠れた声だった。
「本当に? あなた、彼を見て怯えていたでしょう」
「知らない」
男は繰り返した。目を逸らしている。嘘だ。だが角乃は追及しなかった。
「わかりました」
角乃は頷いた。
「無理に聞きません」
瑠花が、部屋の入り口に立っていた。腕を組んでいる。静かに男を見ている。問い詰めるでもねえ。ただ観察している。
「無理に聞いても、意味はない」
瑠花が言った。小さな声だ。
「怯えている人間は、嘘をつく。でも嘘をつく理由は守りたいものがあるから」
男が瑠花を見た。一瞬だけ。それからまた俯いた。
瑠花はそれ以上何も言わなかった。
* * *
部屋の外に出た。
廊下は薄暗い。角乃が腕を組んで壁に寄りかかっている。瑠花が窓のそばに立っている。俺は入り口の柱に寄りかかった。野良犬の定位置だ。
「で、どうすんだ」
俺が聞いた。
「被害者は口を割らねえ。犯人の目星もつかねえ」
「目星なら、ついてるわ」
角乃が言った。
「さっきの男よ。被害者があれだけ怯えるってことは、何か関係がある。少なくとも被害者は彼を知ってる」
「でも、襲撃犯とは限らない」
瑠花が言った。角乃が瑠花を見た。
「なぜそう思う?」
「怯え方は、加害者に対するものじゃなかった」
瑠花は窓の外を見たまま言った。
「被害者は、彼を見て『来た』と思ったんじゃない。『見つかった』と思った」
「見つかった?」
「過去が、見つかった」
瑠花の声は静かだった。
「八年前の事件。被害者が関わったとされる重大事件。あの男は、その事件の関係者。被害者はそう思って怯えた」
角乃が少し黙った。
「推測ね」
「推測よ」
瑠花がようやく角乃を見た。
「でも、あなたも同じことを考えてるはず」
角乃は答えなかった。だが否定もしなかった。
しばらく、沈黙があった。
廊下の蛍光灯が、時々ちらついている。古いビルだ。配線が弱っている。
やがて、瑠花が口を開いた。
「一河角乃」
名前を呼んだ。フルネームで。
「杏子から託されたWを、どう使うつもり?」
角乃が瑠花を見た。
「どう使うって」
「Wには力がある。でも、力の使い方は人による」
瑠花の声は静かだ。だがその静けさの中に、確かめるような強さがある。
「杏子はあなたを選んだ。その理由を、私は知らない。だから聞いてる。あなたはその力をどう使うつもりなの?」
角乃は、少し黙った。
それから、答えた。
「まず、目の前の人を守る」
短い答えだった。飾りがない。打算もない。こいつの本音だ。
「事件を解くことより、犯人を捕まえることよりまず、目の前で傷ついてる人を守る。それが私の使い方」
瑠花は、じっと角乃を見ていた。
感情の読めねえ目だ。だがその目が微かに動いた。何かを確かめて、何かを納得したような動きだ。
「…そう」
瑠花は呟いた。
「なら、実戦で見せて」
「実戦?」
「来るわよ」
瑠花が窓の外を見た。
俺も窓の外を見た。
路地の入り口。さっき青年が消えた方向。そこに、別の影があった。
黒い影だ。
いや、違う。
マントだ。
黒いマントが、先に視界に入った。風もねえのにマントが揺れている。その下に、白い装甲が見えた。
白を基調とした装甲。胸、腕、足首に青い炎の模様が走っている。頭には横倒しの「E」を思わせる三本の角。左右の目は中央でつながって無限大の記号に見える。
腰には、ジクウドライバーがあった。
仮面ライダーエターナル。
「何だあれ」
俺は呟いた。
エターナルが動いた。手にナイフ型の武器を持っている。エターナルエッジ。白い刃が、昼の光を反射してぎらりと光る。
「来るわよ」
瑠花が繰り返した。今度は廊下の外へ向かって。
「被害者を守りながら戦う。できる?」
角乃への問いだ。試すような問いだ。
角乃は、すぐに答えた。
「できる」
「なら、見せて」
瑠花が廊下を歩き出した。俺と角乃も続く。朱莉は被害者のそばに残った。
* * *
ビルの屋上に出た。
エターナルが待っていた。白い装甲が昼の光の中で異様に輝いている。青い炎の模様が、まるで生きてるみたいにゆらめいている。
「あんた、何者だ」
俺が叫んだ。
エターナルは答えなかった。ただ、エターナルエッジを構えた。
瑠花が動いた。
手に何かのアイテムを握っている。変身用のアイテムだ。俺は詳しくは知らねえ。だが、光を放っている。
『アギレラ!』
変身音声が響く。瑠花の体が光に包まれた。紫と黒の装甲が形成されていく。仮面ライダーアギレラ。女戦士の姿だ。
角乃も動いた。
手にWのアイテムを握っている。テガソードだ。それにリングを装填する。
『ゴジュウユニコーン!』
変身音声が響く。黒を基調に白とマゼンタを配した装甲。頭部には一角獣の角を思わせる意匠。ゴジュウユニコーンだ。
だが、終わらねえ。
角乃はさらにリングを取り出した。Wのリングだ。
『W!』
二重変身。ゴジュウユニコーンの装甲の上に、Wの力が上書きされていく。緑と黒の装甲が混ざり合う。仮面ライダーWへと姿を変える。
「行くわよ」
角乃の声が響く。
エターナルが動いた。速い。白い装甲が風を切って突進してくる。エターナルエッジが、角乃を狙う。
瑠花が割って入った。
アギレラの武器が、エターナルエッジを受け止める。ガキィン。火花が散った。
「一河! 前は任せる!」
瑠花が叫んだ。
「私は援護!」
角乃は頷いた。Wの装甲が、エターナルに向かって突進する。パンチだ。緑と黒の拳が、白い装甲を捉える。
ドガッ。
エターナルが数歩後退した。
だが、強い。エターナルはすぐに体勢を立て直して、反撃してくる。エターナルエッジが横薙ぎに振られる。角乃は後ろに跳んで避ける。
瑠花が横から攻撃を仕掛ける。武器を替えながら。アギレラの武器は複数あるらしい。状況に応じて使い分けている。
(こいつ、強いな)
俺は思った。瑠花も強い。だが角乃も負けてねえ。Wの力を使いこなしながら戦っている。
だが、角乃は戦いに集中しきっていない。
戦いながら、周囲を見ている。屋上の端。ビルの下。被害者がいる方角。逃げ道はないか。巻き込まれる人はいないか。ずっと確認している。
(そういうことか)
俺は気づいた。「まず目の前の人を守る」という言葉の意味がわかった。戦いながら、常に守るべきものを見ている。それがあの女の戦い方なんだ。
エターナルが動いた。
今度は、二人を同時に狙う構えだ。エターナルエッジを広く振り抜く。
角乃と瑠花が同時に跳ぶ。
だが、エターナルはそこを狙っていた。
跳んだ二人の着地点に別の攻撃を放つ。エターナルエッジから、青い炎が飛んだ。炎の斬撃だ。
二人が着地する前に、炎が迫る。
「危ねえ!」
俺は叫んだ。
だが、間に合わねえ。
その時だった。
ドンッ。
何かが屋上に着地した。音が響く。埃が舞う。
炎の斬撃が、何かに弾かれた。青い炎が四方に散る。
俺は目を凝らした。
白い装甲。青い炎の模様。三本の角。無限大の目。
エターナルがもう一人いた。
(違う)
俺は首を振った。同じじゃねえ。さっきのエターナルとは別の動きだ。
新しく現れたエターナルが、角乃と瑠花の前に立っている。
守るように。
さっきまで戦っていたエターナルが、新しく現れたエターナルを見ている。白い装甲の奥で、何かを考えているみたいだ。
「…増えた?」
角乃が呟いた。
新しく現れたエターナルは、答えなかった。
ただ、エターナルエッジを構えて、さっきまでのエターナルに向けている。
まるで、仲間割れみたいだ。
(何なんだよ、これ)
俺は屋上の入り口に立って、その光景を見ていた。
エターナルが二人。角乃と瑠花が二人。屋上の上で、奇妙な対峙が始まっていた。
さっきまでのエターナルが動いた。新しく現れたエターナルに向かって、エターナルエッジを振るう。
新しく現れたエターナルも、応戦する。
金属音が響く。白い装甲同士がぶつかり合う。
(意味わかんねえ)
俺は思った。(仲間割れか? それとも別の何かか?)
角乃と瑠花も、動けずにいた。
戦いの様子を見ている。どちらに加勢すべきか判断しかねている。
新しく現れたエターナルが、さっきまでのエターナルを押している。
強い。動きが洗練されている。さっきまでのエターナルより、格段に強い。
さっきまでのエターナルが後退する。押されている。
そして、さっきまでのエターナルが屋上の端に追い詰められた時だった。
さっきまでのエターナルが、後ろに跳んだ。
屋上から飛び降りた。
ビルの下へ。
「待て!」
俺は走った。屋上の端まで行って下を見た。白い装甲がビルの下に落ちていく。だが、地面に激突する直前で消えた。光になって散った。
(消えた?)
俺は目を疑った。
だが、確かに消えた。エターナルの姿はもうどこにもねえ。
俺は振り返った。
新しく現れたエターナルが、立っていた。
角乃と瑠花に向かって、ゆっくりと近づいてくる。
「あんた…」
俺は声をかけた。
エターナルは止まった。
俺を見た。無限大の目が、俺を見ている。
「さっきの男か?」
俺は聞いた。
エターナルは答えなかった。
ただ、少しだけ首を傾げた。それから背を向けた。
黒いマントが揺れる。白い装甲が、昼の光の中で輝く。
そして、消えた。
光になって散った。
屋上に残ったのは、俺と角乃と瑠花だけだった。
風が吹いている。昼の風だ。ビルの上には埃と、かすかな焦げた匂いだけが残っていた。
「…何だったの、今の」
角乃が呟いた。珍しく、声に戸惑いが混じっている。
瑠花は黙っていた。
ただ、屋上の端を見ていた。さっきエターナルが飛び降りた場所を。
俺もそこを見た。
(あの男)
さっき路地で消えた青年を思い出した。被害者が怯えていた青年。あいつとエターナルは関係あるのか。同じなのか違うのか。
(わかんねえ)
だが、一つだけわかったことがある。
(これで終わりじゃねえ)
あの白い悪魔は、また来る。
野良犬の勘がそう言っている。
屋上の風が、俺たちの間を吹き抜けていった。