ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
廊下を歩くたび、脇腹の奥で鈍い熱が揺れた。
大した傷じゃない。そう思っていた。いや、思い込むことにしていた、の方が正しい。あのくらいで寝ていられるほど、俺は器用に休める性格じゃない。足が動くなら動く。腕が上がるなら上げる。それで何とかなってきたし、何とかするしかない時間の方が長かった。
だから、治療室の前を素通りしようとした時も、特に迷いはなかった。
「その歩き方で平気なふり、ずいぶん雑ね」
後ろから飛んできた声に、思わず舌打ちが出る。
振り返ると、青木が壁に寄りかかるように立っていた。相変わらず、どこまで本気か分からない顔だ。笑っているようにも見えるのに、目だけはきっちりこっちを見ている。
「盗み見でもしてたのかよ」
「してたわけじゃないわ。目に入っただけ」
そう言って肩をすくめる仕草が、妙に腹立たしい。
「それで、何。怪我人なのに元気に散歩?」
「怪我人ってほどじゃねえよ。ちょっと痛むだけだ」
「ふうん」
その一言だけで済ませるくせに、青木はそこからどかない。通せんぼってほど露骨じゃないのに、真っ直ぐ進めばそのままぶつかる位置にいる。意図してやってるのが分かるから余計に面倒だった。
「どけよ」
「嫌」
「即答かよ」
「だって、通したら倒れそうだもの」
「倒れねえよ」
「そう言う人ほど倒れるの。知らない?」
「知るか」
言い捨てて横を抜けようとした瞬間、床の影がぬるりと伸びた。
「っ」
足首に何かが絡む。反射で踏ん張った時には、細い蔓みたいなものが俺の行く手に回り込んでいた。植物、というには妙に冷たい。けれど、ただの蔓じゃないのは分かる。霊を植物じみた形に変えて使う、青木の能力だ。
「お前な……!」
「怪我人が強情だと、こっちも手間が増えるのよ」
平気な顔で言いやがる。
「離せ」
「治療室に入るなら」
「条件つきかよ」
「あなた相手に、口だけで済むと思ってないもの」
笑ってないくせに、言い方だけは妙に人を食っている。腹が立つ。立つけど、足首に巻きついたそれを無理やり引き千切ってまで意地を張るのも、それはそれで青木の思う壺な気がした。
「……性格悪いな、お前」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「褒めてねえよ」
「知ってる」
結局、そのまま治療室に押し込まれた。
木の椅子に座らされる。いや、座らされたというより、座るまで蔓が離れなかった。人を拘束するほど強くはないくせに、地味に逆らいにくい力加減なのが余計に性格が悪い。
青木は棚から包帯だの消毒だのを慣れた手つきで出してくる。毒舌家のくせに、そういうところだけ妙に手際がいい。古参らしいって言えばそうなんだろうが、見た目の柔らかさと中身の容赦のなさが噛み合ってなくて、いまだに慣れない。
「服、少し上げて」
「自分でやる」
「そう。じゃあちゃんと見えるくらいまでね。中途半端だと余計に面倒だから」
「いちいち言い方が引っかかるんだよな……」
ぶつぶつ言いながら裾を持ち上げる。脇腹に走った傷は浅いが、思っていたよりは赤くなっていた。青木が覗き込む。距離が近い。薬品の匂いの奥に、青木自身の匂いが少し混じる。嫌いじゃない種類の匂いなのがまた癪だった。
「やっぱり」
「何がだよ」
「思ったよりちゃんと痛そう」
「日本語おかしいだろ、それ」
「あなたの我慢の張り方に対して、って意味」
「分かりづれえよ」
消毒液が触れた途端、ぴり、と嫌な刺激が走る。
「っ……」
「痛い?」
「別に」
「今、肩上がったけど」
「気のせいだ」
「嘘下手ね、遠野吠」
その呼び方もまだ慣れない。青木に名前を真っ直ぐ呼ばれると、何となく逃げ場がなくなる感じがする。
「お前が細けえんだよ」
「見えてるものを見えてるって言ってるだけ」
「それを細けえって言うんだ」
「じゃあ、観察眼があるってことでいいんじゃない?」
「自分で言うな」
青木は小さく鼻で笑った。露骨に馬鹿にするほどでもない、けれど確実に一枚上から見ている笑い方だった。
手当ては容赦がない。雑じゃないのに優しくもない。傷の具合を確かめる指先は迷いがなくて、痛い場所はちゃんと痛い。でも、不思議と乱暴さは感じなかった。必要なだけ、きっちりやってるだけだと分かる。
「無茶する人って、だいたい二種類なのよ」
包帯を引きながら、青木が言う。
「自分は壊れないと思ってる馬鹿と、壊れても構わないと思ってる馬鹿」
「ひでえ分類だな」
「で、あなたは後者寄り」
思わず、青木の顔を見る。
視線がぶつかった。柔らかい顔をしているくせに、こういう時だけ変に真っ直ぐだ。
「……勝手に決めんな」
「勝手じゃないわ。見てれば分かるもの」
「分かるかよ、そんなの」
「分かる」
即答だった。
「一人で何とかするのに慣れすぎてる人の顔してる。頼るのが下手で、倒れるくらいなら無理して動いた方がまし、って思ってる顔」
言葉が、思ったより深く刺さった。
反発するつもりで口を開いたのに、少しだけ遅れた。その遅れが、図星だと自分で認めたみたいで余計に腹が立つ。
「……そうでもしねえと、生きてこれなかっただけだ」
低く返す。
言ったあとで、少しだけ言い過ぎたと思った。ここまで話すつもりはなかった。けれど、青木はそこで変に追及してこなかった。
「そう」
短く受けて、それだけだった。
その代わり、包帯を巻く手つきだけが少しだけ慎重になる。優しくなったわけじゃない。ただ、扱いが雑にならない。その差だけで、余計に参る。
「ろくでもない慣れ方ね」
「自覚はある」
「なら、少しは人を使えば?」
「使うのは嫌いだ」
「じゃあ、借りを作るのでもいいわ」
「何だそれ」
「あなた、借りは気にするタイプでしょ」
また、見抜いたみたいに言いやがる。
「……そういう言い方、気に食わねえな」
「でも、外れてない」
「外れてねえのが面倒なんだよ」
青木はそこでようやく、少しだけ口元を緩めた。
「面倒なのはお互いさまよ」
その言い方が、妙に自然だった。
包帯が巻き終わる。青木が最後の端を押さえて、軽く確認するように手を離した。
「今日はこれ以上無理しないこと」
「命令かよ」
「忠告。あと、次に同じことしたら、もう少しきつく縛る」
「脅しじゃねえか」
「効くでしょ」
「……まあな」
認めたくないが、効く。
青木は使った道具を片づけ始める。その横顔を見ながら、俺は少しだけ息を吐いた。さっきまでの鈍い熱が、今は少しだけ遠い。痛みが消えたわけじゃない。けど、無理に無視しなくてもいいくらいには落ち着いていた。
「何」
視線に気づいたのか、青木が振り向く。
「いや……」
礼を言うのは、何となくむず痒い。言わないまま立ち去るのも、それはそれで気持ちが悪い。
少し迷ってから、俺は頭を掻いた。
「……借り、一つだ」
青木が一瞬だけ目を丸くする。それから、面白いものでも見たみたいに目を細めた。
「軽い借りね」
「重くしたかったら今からでも返すぞ」
「いい。そういうところ、ちゃんと律儀なのね」
「うるせえ」
「はいはい」
流すみたいに言って、青木は棚を閉めた。
「じゃあ、その借りの分だけ、今日は大人しくしてなさい」
「善処はする」
「その返事、絶対しないやつの言い方じゃない」
「よく分かってんじゃねえか」
言うと、青木は肩をすくめた。
「見てれば分かるって、さっき言ったでしょ」
確かに言っていた。
毒舌で、いちいち刺さる言い方をしてくるくせに、放っておく気はまるでない。面倒見がいいって言葉で済ませるには少しひねくれている。でも、ああいうのが青木なりの手の差し出し方なんだろうとも思う。
立ち上がると、さっきよりは身体が軽かった。
治療室の戸口へ向かいながら、背中越しに言う。
「次、蔓で縛るのはやめろよ」
「無理」
「即答か」
「あなた、普通に言っただけじゃ止まらないもの」
「信用ねえな」
「今のところはね」
そこで一拍置いて、青木が続けた。
「でも、さっきよりは少しある」
足が止まりかけた。
振り向くのも何か癪で、そのまま軽く手を上げる。
「……そりゃどうも」
それだけ返して、廊下へ出た。
さっきまでの鈍い痛みはまだ残っている。けれど、それとは別に、胸の奥に変な熱が残っていた。鬱陶しいのに、嫌じゃない。刺してくるくせに、ちゃんと見てやがる。青木ってやつは、そういう意味でもかなり面倒な相手らしい。
でもたぶん、悪くない。
少なくとも、放っておくには気になる相手だと思った。