ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
拠点の空気が張り詰めていた。
朝だ。窓から白い光が差し込んでいる。だがその光は暖かくない。何かを警戒するみたいに、冷たく平らな光だ。
作戦室のテーブルには地図が広げられている。角乃が昨夜徹夜でまとめたMiucSサーバーの場所の推定図だ。だが地図の上に描かれているのは街じゃない。霊的な地形図だ。等高線の代わりに霊脈の流れが描かれている。素人の俺には何が何だかわからねえ。だが専門家にはわかるらしい。
「サーバーは彷霊界の深層にある」
雪庭和尚が言った。老いた声だが、芯がある。この老人に異を唱える者はいない。
「MiucSの音楽配信システムは、物理的なサーバーだけでは動いていない。霊的な基盤がある。それが彷霊界にある限り、本体を破壊しても復元される」
「つまり、彷霊界まで行ってサーバーを叩けばいいってことだろ」
俺は腕を組んで言った。和尚は頷いた。
「簡潔に言えばな。だが彷霊界は危険だ。生者の概念が通じない場所もある」
生者の概念が通じない。俺は眉をひそめた。何だそりゃ。重力がないとか、時間が歪むとか、そういうことか?
「芹亜ちゃんなら大丈夫です」
和尚が芹亜を見た。芹亜は小さく頷いた。だがその顔は青い。緊張している。唇をぎゅっと結んで、拳を握りしめている。
「芹亜」俺は呼んだ。「大丈夫か」
「…うん。大丈夫」
芹亜は答えた。声が少し高い。無理してるな。だが追及はしねえ。この子が行くと言ったら行くんだ。止めても無駄だ。霊が見える子が、霊の世界へ行くのを止める権利なんて俺にねえ。
「出発は一時間後」
角乃が声を上げた。資料をまとめながら、顔を上げない。
「彷霊界への入口は筑波山の裏手。和尚さんの手配で開けてもらう。入ったら直線でサーバーへ向かず、まず周辺を偵察する」
「なぜ迂回するんだ」竜儀が尋ねた。
「罠があるかもしれないからよ」
角乃は答えた。簡潔に。だがその目は真剣だ。ハイクラス名探偵の目だ。
「異変があったら合流地点で集合。ここだ」
角乃は地図の一点を指した。霊脈が交差する場所だ。和尚が印をつけている。
「わかった。俺は前衛で行く」
竜儀が言った。当然みたいな口調だ。この男、前衛以外の位置を想像できないらしい。
「私は中衛で」
凛空が手を挙げた。笑みを浮かべている。だがその笑みの温度が低い。昨日の祈祷所の件以来、この人の笑みはどこか硬い。だが動いている。それだけで十分だ。
「私は芹亜の傍にいる」
俺は言った。芹亜が目を丸くした。
「吠くん…?」
「野良犬は群れの端を歩くもんだ。お前が中心なら俺はその隣だ」
「それ群れの端じゃないですよ」
角乃がツッコミを入れた。うるせえ。比喩だよ比喩。
「それと瑠花」
俺は瑠花を見た。瑠花は静かに頷いた。
「あなたは後衛で。蜂蜜で退路を確保してくれ。異変があったら逃げ道を塞ぐんだ」
「わかった。やってみる」
瑠花は淡々と答えた。十六歳にしては落ち着きすぎてるが、この子はそういう子だ。
「朱莉さんは通信を頼む。彷霊界の中で通信が通じるかわからないが、通じるなら情報を共有する」
角乃が朱莉に向けて言った。朱莉はヘッドセットを調整しながら頷く。
「了解です。通信が切れた場合は、合流点で三十分待機してそれでも来なければ撤退します」
「そういうこと。全員、死ぬなよ」
角乃は笑った。軽い笑みだ。だがその目は笑っていない。「死ぬな」という言葉の重さを、この女は分かって言っている。
「死ぬかよ」俺は鼻を鳴らした。「野良犬はしぶといんだ」
* * *
筑波山の裏手。杉林の奥。苔むした岩の前に、和尚が立っていた。
「ここだ」
和尚が杖で岩を叩く。カツン。乾いた音が響く。すると岩の表面が揺れた。いや揺れたんじゃない。波紋が広がったんだ。水面に石を投げたみたいに、岩の表面に波が広がる。
「入り口だ。気をつけて行きなさい」
和尚が言った。芹亜が一歩前に出る。その手が岩に触れる。
波紋が広がり、岩が消えた。いなくなるんじゃない。向こう側が見えるようになったんだ。岩の向こうに、別の景色が広がっている。
「…うわ」
芹亜が息を呑んだ。
俺も見た。
向こう側は、別の世界だった。
空が違う。色がねえ。いや色があるんだけど、見たことのない色だ。紫と青が混ざったような、夕暮れとも朝焼けともつかない空。地面は白い。雪じゃない。砂でもない。触れたら崩れそうな、白い地面。
「彷霊界か」
竜儀が呟いた。金色の複眼ではない。素の目で見ている。だがその瞳には敬畏の色がある。テガソードへの信仰とは違う、未知への畏れだ。
「行くぞ」
角乃が先に足を踏み出した。迷いがない。だが肩が微かに強張っている。気づかねえふりをした。この女に弱さを指摘したら、倍になって返ってくるからな。
俺は芹亜の隣に立った。
「行くか」
「うん」
芹亜は頷いた。声が震えている。だが足は動いた。一歩。二歩。岩の波紋を越える。
越えた瞬間、身体が重くなった。
(何だこれ…!)
空気が重い。いや空気じゃない。重力が違う。足取りが鈍る。身体が鉛みたいに重い。だが数歩で慣れた。野良犬の身体は環境への適応が早い。どんな路地でも生き残れる。それが俺の取り柄だ。
周囲を見回す。
白い地面の向こうに、何かが見える。建物だ。街並みだ。だがおかしい。色がねえ。建物はあるが、色が全部白と灰と淡い紫だ。窓があるが中が見えない。道があるが誰もいない。
「街だ」
凛空が呟いた。笑みが消えている。霊視の目が街を見つめている。
「霊が集まってる。あの街に」
「霊が?」
「たくさん。でも動いてない。止まってる」
凛空の声が低くなった。
「まるで、待ってるみたいに」
俺は街を見た。静かな街。誰も動かない街。だが確かに何かがそこにいる。気配だ。無数の気配が街の中に沈んでいる。
「芹亜、何か感じるか」
芹亜は目を閉じていた。開く。
「…歌が聞こえる」
「歌?」
「誰かが歌ってる。あの街の奥から。でも、声が変。人じゃないみたい」
芹亜の声が震えた。だが目は開いている。逃げていない。
「行こう」
芹亜は言った。小さく。だはっきりと。
俺は頷いた。テガソードの柄に手をかける。いつでも構えられるように。
角乃が前を向いた。竜儀が並ぶ。凛空が後に続く。瑠花が退路を確保する位置へ。朱莉の通信がまだ繋がるか確認する声が微かに響く。
一行が動き出した。
静かな街へ。歌の聞こえる街へ。
俺は芹亜の隣を歩きながら、周囲を警戒していた。何か来る。何かが来る。野良犬の勘がそう告げている。
(うるせえ勘だ。でも今回は信じる)
俺は前を向いた。
白い街並みが、静かに口を開けて待っていた。