ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
街に近づくにつれて、空気が変わった。
重い重力感は消えた。代わりに、何というか、ふわりとした空気が頬を撫でた。春風みたいだ。いや彷霊界に春があるのかどうかわからねえが、少なくとも不快じゃない。
(拍子抜けだな)
俺は思った。警戒して損した気分だ。腰を低くしてテガソードに手をかけたまま進んできたのに、目の前に広がっているのは穏やかな街並みだ。
往来があった。
石畳の道だ。両脇に建物が並んでいる。日本の街じゃない。どこか欧州の旧市街を思わせる石造りの建物だ。だが看板の文字は読めない。いや文字じゃないかもしれない。模様みたいなものが看板の代わりに掲げられている。
そして、霊がいた。
往来を歩いている。普通に。まるで生者が歩くみたいに。
老いた霊が杖をついて石畳を渡る。若い霊が建物の軒先で何かを話している。子どもの霊が走り回っている。笑い声が聞こえる。いや笑い声みたいな音が聞こえる。声帯がないから声は出ないはずだが、芹亜には聞こえているのかもしれない。
「…普通の街だ」
竜儀が呟いた。金色の複眼じゃない。素の目だ。だがその目は鋭い。周囲を警戒している。
「普通じゃねえよ」
俺は低く言った。
「ここは彷霊界だ。生者の街じゃない。見た目が普通でも中身は違う」
「わかってる。だが…」
竜儀は言葉を切った。子どもの霊が目の前を走り抜けたからだ。小さな光の塊が石畳を駆けていく。まるでかくれんぼでもしているみたいに。
「…わかってる」
竜儀は繰り返した。声が少し柔らかくなった。この男、テガソードへの信仰以外にも柔らかいものを持ってる。まあ知ってたけど。
「芹亜、どうだ」
俺は芹亜に声をかけた。芹亜は目を細めて街を見ている。
「霊はたくさんいる。でも、みんな穏やか。怒ってる霊も怖がってる霊もいない」
「怒ってる霊も?」
「いない。みんな、ただ暮らしてるみたいに」
芹亜の声には不思議と驚きがない。この子にとって霊が見えるのは日常だ。日常の延長線上にこの風景がある。だからこそ違和感に気づく。
「普通すぎるのが逆に怖いな」
角乃が言った。周囲を見回しながら。手元のテガソードに触れている。いつでも構えられる準備だ。
「吠、あの建物。看板みたいなのがある」
角乃が指した。石造りの建物の軒先に、何かが掲げられている。木の板に模様が刻まれている。
「方針を確認する」
凛空が言った。笑みを浮かべている。だがその目は鋭い。
「街の住民と作戦の標的を混同しない。この街の霊たちは敵じゃない。敵はMiucSのサーバーを守る存在だ。住民を巻き込まないように進む」
「当然だ」
竜儀が頷いた。
「サーバーの場所は街の奥か。角乃の地図だとこの通りをまっすぐ行った先だったな」
俺は角乃に確認した。
「ええ。でも地図は推定よ。実際の距離感は彷霊界の中で変わるかもしれない。芹亜、歌の方向はわかる?」
芹亜は少し目を閉じた。耳を澄ますみたいに。
「…奥。あっち」
芹亜が街の奥を指した。まっすぐ伸びる石畳の道。その先に見える建物の群れ。
「歌が強くなってる。あっちに行けば近づく」
「よし。じゃあ芹亜が先導する。俺がその隣。竜儀と角乃が左右。凛空と瑠花が後方」
俺が配置を決めた。角乃が眉を上げた。
「吠くんが指揮?」
「うるせえ。戦場の配置は俺の方が得意だ。文句あるか」
「ないわよ。適材適所でしょ」
角乃は肩をすくめた。だが従っている。口では文句を言っても、こいつは合理的な判断は素直に受け入れる。
一行が動き出した。
石畳の道を歩く。建物の間を抜ける。窓から中が見える。霊が暮らしている。部屋の中で何かをしている。読書みたいな動作。食事みたいな動作。全てが生者の生活を模している。だか実体はない。机の上の皿は空だ。本の文字は見えない。それでも霊たちは暮らしている。
(何やってんだ、お前ら)
俺は思った。だが口には出さない。暮らしている霊をからかう趣味はない。ここで暮らす理由があるんだろう。俺が知る必要はない。今はサーバーだ。
道の脇で老いた霊がこちらを見た。俺と目が合った気がした。いや気のせいかもしれない。霊の目は焦点が定まらないことがある。だがその霊は穏やかに微笑んだみたくなった。怒ってもいない。怖がってもいない。ただ、そこにいる。
(穏やかすぎる)
俺の勘が告げている。何かがおかしい。だが何がおかしいのかはわからない。穏やかさが不自然なのか、それとも俺が不自然なだけなのか。
「吠くん、肩が固いわよ」
角乃が小声で言った。
「戦ってる時より硬い」
「戦ってる時の方が楽だ。敵が目の前にいる方がわかりやすい」
「そうね。穏やかな場所の方が、何が起きるかわからなくて怖い」
角乃が意外なことを言った。この女、意外と臆病なところがある。だがそれを認める強さもある。
「芹亜、怖くないか」
俺は芹亜に聞いた。
「怖い」
芹亜は即答した。
「でも、あの霊たちは悪くない。この街が壊されなきゃいいと思う」
「壊さねえよ」
俺は言った。即答した。根拠はない。だが言った。
「俺たちの目的はサーバーだ。街を壊すつもりはねえ」
「…うん」
芹亜は小さく頷いた。その顔が少しだけ緩んだ。安心したみたいだ。
街の奥へ。石畳の道が続く。建物が変わる。居住区みたいな場所から、少し大きな建物が並ぶ区域へ。商店街みたいだ。だがやはり誰もいない。いや霊はいるが、俺たちに関心がない。ただ自分たちの暮らしの中にいる。
「ここから先は、気をつけて」
凛空が言った。笑みが消えている。
「霊の密度が変わる。住民じゃない霊が混じり始めてる」
俺は前方を見た。道の先に見える建物の陰に、何かが潛んでいる気がした。住民の霊とは違う気配。もっと冷たく、もっと重い。
「構えを解かないぞ」
俺はテガソードの柄を握った。いつでも変身できるように。いつでも戦えるように。
一行は街の奥へと進んだ。
穏やかな街の中に、一筋の冷たい風が吹き始めていた。