ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦   作:ボルメテウスさん

18 / 57
憑依

 最初に引っかかったのは、風だった。

 

 人通りの少ない路地を抜け、街の明かりが近くなってきた頃だ。昼間の熱をまだ少し残した空気の中に、不意に、甘ったるい匂いが混じった。香水みたいにも思えた。けど違う。もっと重い。花の匂いを無理やり濃く煮詰めて、その底へ何か腐ったものを沈めたみたいな、妙に喉へ残る匂いだった。

 

「……何だ、これ」

 

 足が止まる。

 

 もう一度、鼻から吸い込む。

 

 街の匂いは普通だ。人の汗、排気、食い物、夜へ向かっていく雑多な生活の匂い。その奥に、それだけが釘みたいに刺さっている。しかも、ただ変なだけじゃない。嫌な濃さがあった。霊の気配に似ている。けれど、俺がこれまで嗅いできたものとも少し違う。

 

 普通じゃねえ。

 

 そう分かった瞬間には、身体が先に動いていた。

 

 考えてから走るんじゃない。やばいと感じたから、そのまま向かう。それだけだ。昔からそういう時は、理屈を並べるより先に足が地面を蹴る。

 

 匂いは、街の中心へ近づくほど濃くなった。

 

 通りの明かりが増える。けれど、人の気配は妙に薄い。いないわけじゃない。なのに、そこだけ切り取られたみたいに静かだった。遠くで車の音はする。端末の電子音も、店先のざわめきも、ちゃんとこの街にはあるはずなのに、その一角だけが妙に沈んでいる。

 

 空気が重い。

 

 鼻の奥へまとわりつく甘い匂いもそうだが、それ以上に、見えない何かがその場に張りついていた。肌にまとわりつく湿気みたいに、じっとりとした圧がある。

 

「……面倒な感じしかしねえな」

 

 吐き捨てるように呟いて、角を曲がる。

 

 そこで、ようやく匂いの中心が見えた。

 

 一人の少女がいる。

 

 その前に、黒髪の女――楓。少し離れた位置に、雪庭の姿も見えた。

 

 けれど、目を引いたのはそっちじゃない。

 

 少女の方だ。

 

 立っているだけに見える。だが、立っているだけじゃない。輪郭がぶれているわけでもないのに、何かが重なって見えた。人が一人いる。けれど、その内側へ別の何かが入り込んでいる。そうとしか言いようがない異様さがあった。

 

 匂いが、そこからしている。

 

 甘い。濃い。まとわりつく。人間一人分の匂いじゃない。もっと古くて、もっと濁っていて、触れたらそのまま内側まで染み込んできそうな嫌な気配だ。

 

「――止まってください」

 

 鋭い声が飛ぶ。

 

 楓だった。

 

 俺に気づいた瞬間、そいつはすぐにこっちへ半身を向けた。完全に背を見せない。現場へ意識を残したまま、こっちも警戒している立ち方だった。

 

「これ以上、近づかないでください」

 

「近づかないで済む状況に見えるかよ」

 

 思わず返す。

 

 楓の目が細くなる。けれど、怒ったんじゃない。俺がただの野次馬じゃないと測っている目だった。

 

「あなた、何者ですか」

 

「そんなの後だ」

 

 俺は視線を少女から外さない。

 

 あれはただの憑依じゃない。そんな甘いもんじゃねえ。中にいる“何か”の圧が濃すぎる。皮を被ったみたいに人の形へ収まっているのが、逆に気持ち悪かった。

 

 雪庭が俺を見た。こいつもこいつで、穏やかな顔をしているくせに目の奥だけがやたら鋭い。

 

「吠君」

 

 呼ばれる。

 

 だが、今はそっちへ意識を割いている余裕がない。

 

「これ……普通の霊じゃねえだろ」

 

 口に出した途端、楓の空気が変わった。

 

 俺は続ける。

 

「まだ中にいる。一人分じゃねえ。もっと濃いもんが噛んでる」

 

 少女の方から流れてくる匂いは、相変わらず甘ったるいのに、吸い込むたび胸の奥がざらつく。香みたいで、けど生臭い。女の匂いに似てるのに、人間の体温が感じられない。まるで、死んだものが無理やり笑って立ってるみたいだった。

 

「それに、あいつは」

 

そこにいたのは、こっちの世界に来たばかりに助けてくれた奴がそこにいた。

まさか、憑依されている。

 

「……あなた」

 

 楓が、わずかに息を呑む。

 

 さっきまでの制止とは違う。今の一言で、ようやくこっちを“現場の外から来た誰か”じゃなく、“何かを感知している相手”として見たのが分かった。

 

 雪庭もまた、笑みを消して少女を見る。

 

「なるほどね……」

 

 いつもの軽さのない声だった。

 

 楓は俺を一瞬だけ見て、それから再び少女へ視線を戻す。短いその間だけで、判断が一段深くなったのが分かる。

 

 ただ危険だ、じゃない。

 

 想定より重い。

 

 そんな顔だった。

 

 少女の唇が、ゆっくりと吊り上がる。

 

 その笑い方を見た瞬間、背筋の奥に冷たいものが走った。人の顔で、人の表情をしているのに、その中身がまるで別物だと分かる笑みだった。

 

 楓の声が、低く落ちる。

 

「雪庭さん」

 

「ああ。どうやら、予想していたより厄介らしい」

 

 その言葉で、場の空気がさらに張り詰めた。

 

 俺は小さく息を吐く。

 

 やっぱり来て正解だった、と思うのと同時に、面倒なものへ首を突っ込んだって実感も湧いた。

 

 けど、もう遅い。

 

 匂いを嗅いだ時点で、こうなるのは決まっていたんだろう。

 

 俺は拳を軽く握り、目の前の“中身が一人じゃない少女”を睨んだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。