ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
最初に引っかかったのは、風だった。
人通りの少ない路地を抜け、街の明かりが近くなってきた頃だ。昼間の熱をまだ少し残した空気の中に、不意に、甘ったるい匂いが混じった。香水みたいにも思えた。けど違う。もっと重い。花の匂いを無理やり濃く煮詰めて、その底へ何か腐ったものを沈めたみたいな、妙に喉へ残る匂いだった。
「……何だ、これ」
足が止まる。
もう一度、鼻から吸い込む。
街の匂いは普通だ。人の汗、排気、食い物、夜へ向かっていく雑多な生活の匂い。その奥に、それだけが釘みたいに刺さっている。しかも、ただ変なだけじゃない。嫌な濃さがあった。霊の気配に似ている。けれど、俺がこれまで嗅いできたものとも少し違う。
普通じゃねえ。
そう分かった瞬間には、身体が先に動いていた。
考えてから走るんじゃない。やばいと感じたから、そのまま向かう。それだけだ。昔からそういう時は、理屈を並べるより先に足が地面を蹴る。
匂いは、街の中心へ近づくほど濃くなった。
通りの明かりが増える。けれど、人の気配は妙に薄い。いないわけじゃない。なのに、そこだけ切り取られたみたいに静かだった。遠くで車の音はする。端末の電子音も、店先のざわめきも、ちゃんとこの街にはあるはずなのに、その一角だけが妙に沈んでいる。
空気が重い。
鼻の奥へまとわりつく甘い匂いもそうだが、それ以上に、見えない何かがその場に張りついていた。肌にまとわりつく湿気みたいに、じっとりとした圧がある。
「……面倒な感じしかしねえな」
吐き捨てるように呟いて、角を曲がる。
そこで、ようやく匂いの中心が見えた。
一人の少女がいる。
その前に、黒髪の女――楓。少し離れた位置に、雪庭の姿も見えた。
けれど、目を引いたのはそっちじゃない。
少女の方だ。
立っているだけに見える。だが、立っているだけじゃない。輪郭がぶれているわけでもないのに、何かが重なって見えた。人が一人いる。けれど、その内側へ別の何かが入り込んでいる。そうとしか言いようがない異様さがあった。
匂いが、そこからしている。
甘い。濃い。まとわりつく。人間一人分の匂いじゃない。もっと古くて、もっと濁っていて、触れたらそのまま内側まで染み込んできそうな嫌な気配だ。
「――止まってください」
鋭い声が飛ぶ。
楓だった。
俺に気づいた瞬間、そいつはすぐにこっちへ半身を向けた。完全に背を見せない。現場へ意識を残したまま、こっちも警戒している立ち方だった。
「これ以上、近づかないでください」
「近づかないで済む状況に見えるかよ」
思わず返す。
楓の目が細くなる。けれど、怒ったんじゃない。俺がただの野次馬じゃないと測っている目だった。
「あなた、何者ですか」
「そんなの後だ」
俺は視線を少女から外さない。
あれはただの憑依じゃない。そんな甘いもんじゃねえ。中にいる“何か”の圧が濃すぎる。皮を被ったみたいに人の形へ収まっているのが、逆に気持ち悪かった。
雪庭が俺を見た。こいつもこいつで、穏やかな顔をしているくせに目の奥だけがやたら鋭い。
「吠君」
呼ばれる。
だが、今はそっちへ意識を割いている余裕がない。
「これ……普通の霊じゃねえだろ」
口に出した途端、楓の空気が変わった。
俺は続ける。
「まだ中にいる。一人分じゃねえ。もっと濃いもんが噛んでる」
少女の方から流れてくる匂いは、相変わらず甘ったるいのに、吸い込むたび胸の奥がざらつく。香みたいで、けど生臭い。女の匂いに似てるのに、人間の体温が感じられない。まるで、死んだものが無理やり笑って立ってるみたいだった。
「それに、あいつは」
そこにいたのは、こっちの世界に来たばかりに助けてくれた奴がそこにいた。
まさか、憑依されている。
「……あなた」
楓が、わずかに息を呑む。
さっきまでの制止とは違う。今の一言で、ようやくこっちを“現場の外から来た誰か”じゃなく、“何かを感知している相手”として見たのが分かった。
雪庭もまた、笑みを消して少女を見る。
「なるほどね……」
いつもの軽さのない声だった。
楓は俺を一瞬だけ見て、それから再び少女へ視線を戻す。短いその間だけで、判断が一段深くなったのが分かる。
ただ危険だ、じゃない。
想定より重い。
そんな顔だった。
少女の唇が、ゆっくりと吊り上がる。
その笑い方を見た瞬間、背筋の奥に冷たいものが走った。人の顔で、人の表情をしているのに、その中身がまるで別物だと分かる笑みだった。
楓の声が、低く落ちる。
「雪庭さん」
「ああ。どうやら、予想していたより厄介らしい」
その言葉で、場の空気がさらに張り詰めた。
俺は小さく息を吐く。
やっぱり来て正解だった、と思うのと同時に、面倒なものへ首を突っ込んだって実感も湧いた。
けど、もう遅い。
匂いを嗅いだ時点で、こうなるのは決まっていたんだろう。
俺は拳を軽く握り、目の前の“中身が一人じゃない少女”を睨んだ。