ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
甘ったるい匂いの中心にいたのは、やっぱり恩人だった。
街角の灯りの下で立っている相葉芹亜は、見た目だけならあの時と同じだ。困っている俺に食べ物を差し出してきた時と同じ、細い身体、整った顔立ち、柔らかそうな髪。けれど、中身が違う。そこにいるのは芹亜一人じゃない。もっと濃くて、もっと古くて、もっと気持ちの悪い何かが、あの身体の奥で笑っている。
「……恩人」
口に出した瞬間、胸の奥が妙にざらついた。
楓はすぐ俺の隣へ並んだ。戦える距離を残しながら、それでも俺を止めるんじゃなく、同じものを見るために立つ位置だった。
「吠さん」
「分かってる」
短く返す。
分かってる。これはもう、ただ様子がおかしいって話じゃない。
芹亜の顔で、そいつはゆっくりと俺を見た。唇の端が持ち上がる。笑っているのに、体温がない。人の表情を真似してるだけみたいで、余計に腹が立つ。
「あら」
声も芹亜のもののはずなのに、耳へ落ちる響きだけが違った。
「その娘を、恩人と呼ぶのですね」
言い方が気に入らない。
上から見ている。勝手に値踏みして、勝手に面白がっている。芹亜の顔でやるな、と真っ先に思った。
「てめぇ、恩人に何してやがる」
睨みつける。
芹亜の瞳が、楽しそうに細められた。
「何も。少し、お借りしているだけですわ」
「ふざけんな」
吐き捨てた声が、自分でも思ったより低かった。
「恩人の身体で、勝手なこと言ってんじゃねえよ」
楓が小さく息を呑む気配がした。けれど、次に聞こえた声は静かだった。
「……ええ。吠さんの言う通りです」
その一言で、俺は少しだけ横を見る。
楓は芹亜――いや、その中の何かをまっすぐ見据えていた。冷静な顔のまま、けれど目だけははっきり怒っている。
「これは、ただの憑依ではありません。芹亜ちゃんを返してもらいます」
その言葉に、芹亜の口元がさらに歪んだ。
「友を想う心は美しいものですわ。けれど、あなたも――」
視線が、ゆっくり俺へ移る。
「あなたも、随分と傷だらけではなくて?」
その声音が、妙に甘い。
嫌な感じがした。歌うみたいに、肌へまとわりつく声だった。
「独りでここまで来たのでしょう。行くあてもなく、帰る場所も遠い。なら、こちらへ来なさいな」
芹亜の身体が、ほんの少しだけこちらへ傾く。
「その娘と同じように、わたくしが抱いてあげてもよくてよ。苦しいことも、寂しいことも、全部忘れさせて――」
「うるせえ」
最後まで聞く気になれなかった。
甘ったるい。まとわりつく。人を絡め取るために言葉を選んでるのが分かる。だからこそ、余計に気に入らない。
「その態度が気に入らねえんだよ」
俺は一歩前へ出る。
「恩人の顔で、勝手に上から見て、分かったみたいなこと抜かしてんじゃねえ」
芹亜の身体に入った何かは、少しだけ目を見開いた。驚いた、というより、思ったより噛みつくと分かった顔だった。
けれど次の瞬間には、また笑う。
「あら、子供ですこと」
くすくすと、鈴を鳴らすみたいに笑う。
「そんな目で睨んでも、可愛いだけですわ」
「誰が」
「真っ直ぐで、青くて、未熟。けれど嫌いではありません。そういう子ほど、堕ちる時は綺麗ですもの」
ぞわりと背筋が粟立つ。
言葉そのものより、その余裕が気持ち悪い。こっちの怒りを怒りとして受け取っていない。子供が牙を剥いているくらいにしか見ていない。その見下し方が、たまらなく腹立たしかった。
「吠さん」
楓が、今度は俺を見た。
制止じゃない。確認だった。
「芹亜の中にいるもの、やはりかなり強いです」
「ああ。匂いが濃すぎる」
「ええ。私も同意見です」
その一言が、妙に心強かった。俺の感覚を、そのまま戦うための判断に繋げてくれる声音だった。
少し離れた場所で、雪庭がため息をつく。
「二人とも、そこで熱くなるのは分かるけどさ」
いつもの柔らかい声なのに、今はちゃんと重い。
「このまま人間界でやり合うのは、さすがにまずい」
雪庭が一歩前へ出る。芹亜へ向ける視線が、さっきまでよりずっと鋭い。
「ここまでだ」
芹亜の中の何かが、面白そうに雪庭を見る。
「あなたが舞台を変えるのかしら」
「そうだよ」
雪庭は笑わない。
「吠、楓。離れるな」
その一言で空気が変わる。
地面の輪郭が揺らぎ、街の灯りがにじむ。足元から影が広がるんじゃない。世界の方が一枚剥がれるみたいに、景色が薄くなる。
彷霊界。
前に一度踏み込んだ、現実とあの世の境目みたいな場所が、また開こうとしていた。
俺は芹亜――その中の女を睨んだまま、拳を握る。
「逃がすなよ」
楓が、俺の隣で短く頷く。
「ええ。今度こそ、芹亜を取り戻します」
芹亜の身体で、女が楽しそうに笑った。
「よろしいですわ。なら、続きをいたしましょう」
次の瞬間、街の色がまとめて剥がれ落ちた。