ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
灰色の空。ぬめるような石畳。まるで水彩画の具が滲んだような曖昧な建物が、どこまでも続いている。
「うっ……ここは」
角乃はこめかみを押さえながら、ゆっくりと上体を起こした。背中の下で、ひんやりとした石の感触が伝わってくる。さっきまでいたはずの街並みも、戦闘中の仲間の声も、どこにもない。
「転移……やっぱり、何者かの仕業ね。ここがどこか、確かめないと」
スマートフォンを取り出す。しかし画面は砂嵐のようになり、圏外を示す赤い表示が虚しく点滅しているだけだった。
「当然、よね……」
苦笑しながら立ち上がり、角乃は周囲を見渡した。通りの左右には、どこか見覚えのあるようでいて、決定的にどこか違う店並みが続いている。看板の文字は読めるのに、店の種類がわからない。喫茶店のようで葬儀屋のようで、そのくせ内側からは明るい笑い声が聞こえてくる。
(まるで、舞台装置を途中で放置した大道具倉庫みたい……)
胸の奥でツッコミを入れる余裕はまだ残っている。それは、まだ事態が把握できていないからかもしれない。あるいは、探偵としての職業病だろう。
「まずは、誰かに話を聞く。ハイクラス名探偵の基本よね」
角乃は唇を引き結び、通りの奥へと歩き出した。
* * *
道を歩いていると、不思議な光景に出くわした。
角を曲がるたびに、同じ場所へ戻ってくる人々がいるのだ。
「おい、またここかよ!」
「さっきからずっと同じ通りだ……」
初老の男性と、若い女性が、石畳の上で膝をついている。その背後には、角乃がついさっき通ってきた店並みが、まるでコピー&ペーストしたかのように並んでいた。
「待って、動かないでください。焦ると余計に迷子になるんです」
落ち着いた声が響く。
声の主は、角乃の斜め前に立っていた。ふわりとしたローブを羽織り、頭には深いフード。手には透明な水晶玉。いかにも「怪しげな占い師」といった出で立ちだ。
しかし、その声には妙な安心感があった。低すぎず、高すぎず、耳元で囁くような優しさがある。
「ええと……あなた、さっきもここにいませんでしたか?」
角乃は眉をひそめた。記憶の片隅に、確かにこのローブ姿が映っている。しかし、どこで会ったのか、それがいつだったのか、ぼんやりとしていて掴めない。
「おや。覚えておられるのですね。光栄です」
占い師――早希と名乗った女性は、静かに笑った。フードの奥に、柔らかな光が瞬くのが見える。
「この街では、方位が定まりません。私の占いでも、正確な出口を示すことは難しい。ただ、危険な場所を避けることくらいは、できるのです」
そう言って早希は、膝をついた二人に水晶玉を差し出した。淡い光が、二人の足元を照らす。石畳に浮かび上がった矢印は、かすかに震えながら、ある方向を指し示していた。
「北東へ。今は、その方向にだけ近づかないでください」
「北東? なんでまた」
初老の男性が不満そうに唸る。早希は首を横に振った。
「今のあなた方の足取りでは、そこに大きな“歪み”があります。進めば、この街の中でさらに迷子になるでしょう。まずは休憩を。焦りは、方位感覚を曇らせますから」
「はあ……まったく、とんだ日になったもんだ」
男性はため息をつきながらも、早希の言葉に従って腰を下ろした。若い女性も、不安そうな表情のまま、その隣に座り込む。
「ありがとうございます、占い師さん」
「早希、とお呼びください。それより、お水を差し上げましょうか」
早希はローブの懐から小さな水筒を取り出し、二人に手渡した。その動作は自然で、まるで行き倒れた旅人を介抱する旅の僧侶のようだ。
角乃は、その様子を少し離れた場所から眺めていた。
(……ただの占い師、じゃなさそうね)
水晶玉の光。道を指し示す矢印。そして、この街の人々を案内する行動。ただの騙しではなく、確かに何かを見ている――そんな確信が、角乃にはあった。
「なにか、ご相談ですか?」
ふいに、早希がこちらを向いた。フードの奥から覗く瞳は、灰色の空の下でもなお、静かに光を帯びている。
「……ええ。ちょっと、ね」
角乃は一歩前に出た。警戒心は解かない。けれど、この街のことを知っている相手は、今のところ彼女だけだ。
「あなたは、この場所のことを知っているようね。ここがどこか、教えてもらえる?」
早希は水晶玉を抱きかかえるように持ち直し、少し首を傾げた。
「ここは、彷霊界の片隅。名もない迷いの街です。帰り道を見失った者たちが、いつまでも彷徨い続ける場所……そう呼ばれています」
「帰り道、ね……」
角乃は自分の足元を見下ろした。石畳の継ぎ目が、まるで迷路のように複雑に入り組んでいる。さっきから何度も通っているはずなのに、景色が微妙に変わっているような、変わっていないような、不気味な既視感が付きまとっていた。
「あなたも、迷ってしまったのですか?」
「迷子、っていうよりは……強制的に転送された、って感じかしら。仲間と離れちゃってね。合流しなきゃいけないんだけど、連絡手段がなくて」
角乃はスマートフォンを振ってみせた。画面は相変わらず圏外のまま、虚しく点滅しているだけだ。
「なるほど……それで、どうすればいいか悩んでいたのですね」
「ええ。探偵として、こういう状況は得意なんだけど……情報が少なすぎるのよ。まずはここがどういう場所なのか、それを知らないと始まらない」
角乃は腕を組み、早希を見据えた。探偵モードだ。声は少し低く、目つきは鋭くなる。
「それで、占い師さん。あなたがさっき言ってた“歪み”って何のこと? この街で起きている異変を、ちゃんと説明してくれる?」
早希は一瞬、目を伏せた。ローブの袖が、かすかに震える。
「……異変、ですか」
「そう。私が転移させられた原因も、きっとそれと関係があるはず。あんたの占いで、何か見えない?」
角乃は早希の前に一歩踏み出した。距離を詰めることで、相手の反応を見ようという意図もある。だが、早希は後ずさりしなかった。静かに顔を上げ、水晶玉に目を落とす。
「……わかりました。あなたのこと、少しだけ覗かせてもらいますね」
早希が水晶玉をかざす。淡い光が、角乃の全身を包み込んだ。
(え、ちょっと待って――!)
驚いた角乃の胸の内に、ふっと何かが触れたような感覚が走る。それは、角乃自身の能力――ナンバーワンエスパーが他人の表層思考を感じ取る時の感覚と、よく似ていた。
「……あなたは、探偵。そして、戦士。守りたいものがあって、そのために戦っている……」
早希の声が、低く響く。フードの奥の瞳が、かすかに潤んでいる。
「迷いの街は、その迷いを糧に広がります。あなたが仲間と合流したい、と強く願えば願うほど、この街は迷路を増やしていくでしょう」
「……つまり、焦れば焦るほど、帰れなくなるってこと?」
「ええ。この街は、“帰りたい”という想いに引っかかるのです。だからこそ、落ち着いて、正しい道を選ぶ必要があります」
早希は水晶玉を下ろし、静かに息を吐いた。
「……詳しい話は、また後ほど。今は、まず休憩を。あなたの体も、少しだけ無理をしています」
「……そうね。ありがとう」
角乃は肩の力を抜いた。早希の言葉は、不思議と胸に沁みた。戦いの中で、つい忘れがちになる“休む”という選択肢を、この占い師は当然のように提示してくる。
(ただの占い師、じゃないわね。この人も、何かを抱えている……)
角乃はふと、早希のローブの袖口に目を留めた。そこに、かすかに見える傷跡。新しいものではない。けれど、戦いの痕跡であることは、角乃の目には明らかだった。
「ねえ、早希さん」
「はい?」
「あなたも、迷っているの?」
角乃の問いに、早希は一瞬、目を丸くした。そして、ふっと微笑む。
「……さあ、どうでしょう。占い師は、自分のことは占えないものですから」
その答えは、肯定とも否定とも取れた。けれど、角乃にはわかる。この占い師は、自分の迷いを、誰かに明かすことを恐れているのだ。
(ま、無理に聞き出すのも野暮、か)
角乃は小さく肩をすくめた。