ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
彷霊界へ切り替わった瞬間、空気の重さが一段増した。
街の輪郭だけを引き剥がして、そのまま死者の気配を流し込んだみたいな景色だった。建物はある。道もある。けれど色が薄い。遠くまで続くはずの光が、途中で靄へ溶けている。その中心で、恩人の顔をしたあの女が、楽しそうに笑っていた。
「では、始めましょうか」
その言い方が気に入らない。
俺はテガソードを引き抜いた。金の刃が、彷霊界の薄闇を裂くみたいに光る。もう迷う理由はなかった。相手が何だろうと、恩人の身体を勝手に使ってる時点で、ぶっ叩く以外の選択肢はない。
「変身」
センタイリングを構える。
呼応するように、金のテガソードが唸った。刃の内側で赤い光が走る。リングを装填する。次の瞬間、俺の頭上へ巨大な狼の意匠が現れ、噛みつくように全身へ重なった。
弾ける。
装甲が走る。
牙を剥く獣の感覚が、骨の内側へ一気に噛み合う。
ゴジュウウルフ。
視界が鋭くなる。音が細くなる。地面を踏む足裏にまで、飛びかかるための力が満ちていくのが分かった。
「……その姿」
恩人の顔で、あの女が目を細める。
「やはり、面白い子」
「うるせえよ」
吐き捨てた、その瞬間だった。
周囲の空気がざわつく。建物の影から、地面の割れ目から、空へ漂っていた靄から、無数の霊が引きずり出される。腕のないもの。首だけのもの。口を裂いて笑う女。子供みたいな影。さっきまでただ漂っていた残滓が、クレオパトラの指先ひとつで、いっせいに牙を剥いた。
「行きなさいな」
甘い声と同時に、霊の群れが押し寄せる。
「っ!」
飛ぶ。
真正面から来た霊を、地面を蹴って飛び越える。横から伸びた青白い腕を身体を捻って躱す。頭上から落ちてきた顔だけの霊を、テガソードの刃で弾く。まともに喰らえばどうなるか分からない気配だった。だから全部避ける。避けながら、間合いを詰める。
だが、数が多い。
前から三。横から五。後ろからも来る。しかも、ただ押し寄せるだけじゃない。俺の進路を塞ぐように、わざと建物の壁際へ追い込んでくる。
「鬱陶しいな……!」
舌打ちが漏れる。
クレオパトラは動かない。ただそこに立ったまま、恩人の口元で笑っているだけだ。自分では手を汚さず、周囲の霊全部を駒みたいに使ってくる。やり方まで気に入らない。
なら、正面から付き合う必要はない。
俺は一度だけ大きく跳んで距離を切った。霊の群れが空いた場所へなだれ込み、次の瞬間にはまた俺を囲む。
そこで、もう片方のリングへ指をかける。
ゼッツ。
あの夢みたいなライダーの力が、指先へひやりと触れた。扱いづらい相手なら、こっちも理屈をずらせばいい。そういう感じがした。
「今度はこっちだ」
テガソードへ装填する。
『ライダーリング! ゼッツ! グッドモーニング! ライダー! ゼッツ!』
音声が響く。
ゴジュウウルフの外殻が一瞬だけほどけ、その上へ別の輪郭が重なる。夢の境目みたいな薄い光が全身を走り、現実感の薄い装甲が、俺の身体へ静かに定着していく。
仮面ライダーゼッツ。
視界が変わる。建物も、道も、漂う霊も、全部が少し柔らかく見えた。固いままじゃない。境目が曖昧で、引っ張れば形が変わりそうな感じがある。
だったら、使う。
俺は目の前の建物へ手を伸ばした。
「――っ、行ける」
壁に触れた瞬間、指先から感覚が潜る。石でも鉄でもない。粘土だ。巨大な塊をそのまま掴んで捏ねるみたいに、建物の壁面がぐにゃりと歪んだ。
「何ですの……?」
初めて、クレオパトラの声にわずかな驚きが混じる。
「こういうのも出来るんだよ!」
俺はそのまま、建物の外壁を生地でも引き剥がすみたいに引っ張った。
歪んだ壁面が巨大な塊となって持ち上がる。道に埋まっていた縁石まで巻き込み、建物の一部がそのまま武器へ変わる。重い。だが、ゼッツの力の中じゃそれすら軽い。
振るう。
巨大な塊が横薙ぎに薙ぎ払われ、押し寄せてきた霊の群れをまとめて吹き飛ばした。悲鳴とも笑い声ともつかない音が弾ける。霊どもが霧みたいに散り、後続まで巻き込んで壁へ叩きつけられる。
さらにもう一度。
今度は地面を掴む。舗装された路面そのものを粘土みたいに引き上げ、うねる波のように持ち上げる。そのまま前へ叩きつけると、群がる霊どもがまとめて呑まれ、衝撃でばらばらに吹き飛んだ。
「下がれ、雑魚ども!」
霊の群れが一気に散る。
クレオパトラの笑みが、そこで初めてわずかに薄れた。恩人の顔でやるな、とまた腹が立つ。こっちはまだ届いていない。けれど、確実に嫌がっているのは分かった。
「吠さん、今です!」
楓の声が飛ぶ。
俺は頷きもせず、地を蹴った。ゼッツの姿のまま、クレオパトラの懐へ飛び込む。あの女へ直接一撃を入れる、そのつもりだった。
だが。
その直前で、空気が変わる。
左右から、別の圧が割り込んできた。
「――っ?」
咄嗟に足を止め、身体を捻る。次の瞬間、さっきまで俺がいた空間を、鋭い斬撃みたいな衝撃が走り抜けた。遅れてもう一発。今度は槍みたいに一直線の圧が地面へ突き刺さる。
土煙。
霊気の揺らぎ。
そして、クレオパトラの両脇へ、二つの影が立った。
一人は男。細身で、剣を持つ気配が鋭い。
もう一人も男。こちらは槍のような、突き穿つための殺気をまとっている。
どっちも、普通の霊じゃない。
濃い。古い。しかも、クレオパトラと同じ系統の格がある。
恩人の顔で、あの女がゆっくり笑う。
「遅いではありませんか」
左右の影が、わずかに頭を垂れる。
「お待たせしました、我が女王」
「クレオパトラ様」
ぞくり、と背筋が冷えた。
援軍。
しかも、ただの増援じゃない。こいつらもまた、あの女と同格の厄介さを抱えている。
雪庭が低く言う。
「まずいな……」
楓も息を呑む。
俺はゼッツの装甲の中で、ゆっくり歯を噛み締めた。
クレオパトラの両脇に立つ二人の影。
敵が増えた。
しかも、とびきり面倒なやつが。