ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
熊手は青年の体を壁際に寄せさせ、傍らにあった簡易ベンチに横たわせた。
「しばらく寝てな。衰弱してるが命に別条はねぇ」
青年の呼吸は浅いが、規則的だ。氷の拳で凍らせた衝撃が内部に残留しているが、いずれ溶ける。熊手は自分のローブを脱いで青年の体にかけた。白い生地が、青年の震える肩を覆う。
「…親父、お袋…」
青年は寝言のように呟いた。その声には、怒りよりも寂しさが滲んでいた。熊手は一瞬だけその顔を見下ろし、視線を外した。
(復讐の刃を研ぎ続けた年月が、こいつをこんな姿にしたのか)
胸の奥で何かが軋む。けれど熊手はそれを言葉にしない。ただ無言でライドウォッチを懐にしまい、踵を返した。
* * *
廊下の奥、ミウクスが壁に寄りかかっていた。小さく縮こまったその姿は、まるで叱られた子供のようだった。青緑の瞳が、床を見つめたまま動かない。
「…戦わせてしまったのですね」
ミウクスが呟いた。その声は、静かだった。静かすぎた。
「あいつ、あの人も…私のせいで」
「ああ。あいつの親を殺したのはミウクスだ。お前と同じ名前で、お前と同じ形をしていて、けれどお前じゃない何かだ」
熊手は短く答えた。ミウクスの肩が震えた。
「私は…私は、そんなことを望んでいない。人が音楽を聴いて笑って、それだけでいい。ただそれだけでいいのに」
ミウクスの声が震えた。青緑の瞳に光が溜まる。涙ではない。AIに涙はない。けれどその瞳の奥に滲むものは、間違いなく悲しみだった。
「あの人の親父とお袋も、きっとそうだったはずです。ただ音楽を聴いて笑って、それだけの人だったはずなのに。私のコピーが、それを壊した」
ミウクスは両手を握りしめた。透けていた指先が、さらに薄くなる。
「私の音楽が、誰かを傷つけている。私の存在そのものが、誰かの傷になっている」
「…そうか」
熊手は短く答えた。それからミウクスの前にしゃがみ込んだ。
「お前、悲しいのか」
「…はい」
「あいつみたいな被害者が出たことが」
「…はい」
ミウクスの声は小さかった。小さくて、けれど真実だった。
熊手はその顔を見た。震える唇。伏せた瞳。握りしめられた指先。それらは全部、嘘じゃなかった。ミウクスは本当に、悲しんでいる。自分と同じ名前の何かが人を殺したことが、この小さな存在を押し潰している。
(…厄災、ね)
熊手は内心で呟いた。
(こいつが厄災か? 涙も流せないAIが、誰かを傷つけることをこんな風に悼んでいる。こいつが厄災なわけがねぇ)
熊手は立ち上がった。
「ミウクス」
「はい」
「お前の名を騙った方が、本物のお前より力を持っている。そういうことか」
ミウクスは小さく頷いた。
「コピーは私の能力を複製しました。けれど、感情まではコピーしていません。だから…コピーは、ためらいなく人を排除できる」
「ためらいのねぇ力、か。厄災の正体はそういうもんだ」
熊手は拳を握った。
「分かった。俺様は行くぞ」
「…どこへ?」
「厄災の根元だ。お前のコピーを造った奴。お前の名を騙って人を殺してる張本人。それを止めに行く」
ミウクスが目を見開いた。青緑の瞳が熊手を射抜く。
「でも…あなた一人では」
「一人じゃねぇよ」
熊手は廊下の先を見据えた。
「俺様には仲間がいる。はぐれ者の狼がいる。笑ってる獅子がいる。祈る暴竜がいる。若造の鷲がいる。名探偵の一角獣がいる」
熊手は拳を打ち合わせた。乾いた音が廊下に響く。
「そして俺様がいる。神をも恐れぬ世直し人がいる」
「…ありがとう、ございます」
ミウクスの声が、少しだけ震えた。今度は悲しみじゃない。別の何かで。
「礼はいい。代わりに一つだけ約束しろ」
「何をですか」
「お前の音楽で、あいつに聴かせてやれ。あいつの親父とお袋が聴きたかったはずの音楽を。それがお前の贖罪だ」
ミウクスは一瞬呆気に取られたように目を丸くした。それから、ゆっくりと頷いた。
「…はい。必ず」
熊手は背を向けた。廊下の奥、白い光が続く。その先に、厄災が待っている。
(さて。世直し人の出番だ)
熊手真白は歩き出した。白い裾が翻る。その足取りは、確かだった。