ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
カエサルとアントニウスが現れたことで、彷霊界の空気は一段、いや二段は重くなった。
クレオパトラだけでも息が詰まるような圧だったのに、そこへ同じ質のものが二つも並ぶ。甘ったるい匂いも、濁った霊気も、全部まとめて場の真ん中へ押し込まれたみたいだった。
ゼッツの装甲の中で、俺は浅く息を吐く。
正面には恩人の顔をした女。その両脇に、剣を持った二人の影。楓さんも雪庭も、もうさっきまでみたいに軽口を挟む空気じゃない。少し動けば、そのまま全員まとめて斬り合いになる。そういう張り詰め方だった。
けれど。
そこで、クレオパトラがふいに目を細めた。
「――静かになさい」
命令というより、歌い出す前の息継ぎみたいな声音だった。
その一言だけで、空気が変わる。
カエサルもアントニウスも、ぴたりと動きを止めた。俺も反射で踏み込みを止める。止めたつもりはない。けど、止まっていた。彷霊界そのものが、一瞬だけ大きく息を吸い込んだみたいに静まり返る。
恩人の――芹亜の唇が、ゆっくり開く。
次の瞬間、歌が響いた。
「――っ」
耳で聞いた、って感覚じゃない。
空間そのものが鳴っている。建物の壁も、足元の地面も、漂う霧も、全部がその旋律を含んで震えていた。声は柔らかいのに、やけに深いところまで入り込んでくる。ただ綺麗なだけの歌じゃない。もっと別の何かが混じっている。
力だ。
音そのものに、はっきりとした圧がある。
「これ……」
喉の奥で、言葉が引っかかった。
似ている。
俺の知っている何かに、やけに似ていた。歌に宿る力。空気を震わせる熱。形のないまま人を動かして、場を変えてしまうもの。
「フォニックゲイン、みてぇだ……」
思わず漏れた声を、楓さんが振り向きもせず拾う。
「吠さん?」
「ただの歌じゃねえ……力がある」
そう言った自分の声が、少しだけ上擦っていた。
クレオパトラの歌は、場に満ちていた嫌な匂いを、少しずつ塗り替えていく。
いや、消していく、という方が近い。
怨念の濁り。まとわりつく悪意。皮膚の上を這い回っていた不快さ。そういう“嫌な部分”だけが、歌に撫でられるたび薄れていく。全部が浄化されたわけじゃない。目の前の女が善いものになったわけでもない。けれど、剥き出しだった刺々しさだけが削られていく。
まるで、歌がそこだけ選んで消したみたいだった。
「何だ、これ……」
楓さんの声にも、困惑が混じる。
雪庭だけが、細く目を開いたまま歌を見ていた。
「変わってる……」
低く落ちたその声が、やけにはっきり聞こえた。
クレオパトラの後ろで、カエサルとアントニウスの輪郭が揺らぐ。
最初は霧かと思った。けれど違う。二人の身体そのものが、歌にほどかれるみたいに薄くなっていく。白い靄にも、黒い影にも見える曖昧な何かへ変わりながら、ゆっくりと芹亜の方へ流れていく。
「おい……!」
踏み込もうとした足が、また止まる。
クレオパトラも同じだった。恩人の顔で微笑んだまま、その輪郭だけを柔らかく崩していく。艶やかで、嫌に上品で、それなのに人のものじゃない笑みを残したまま、歌の中へ溶けていく。
そして。
カエサルとアントニウス、さらにクレオパトラ。その全部が、芹亜の身体へ吸い込まれていった。
胸元から、喉から、影から。どこが入口なのかも分からない。ただ、そこにいたはずのグレートゴーストたちが、歌に導かれるように、恩人の中へ収束していく。
最後に残ったのは、芹亜一人だった。
いや、本当に一人かどうかなんて分からない。むしろ、さっきよりずっと“中身”は濃くなっているはずだ。なのに、見た目の不快さだけが薄れている。そこが気味悪い。
俺は奥歯を噛んだ。
歌が終わる。
彷霊界に、静けさが落ちる。
さっきまでそこにあった嫌な濁りだけが、綺麗に拭われたみたいに薄くなっていた。全部が消えたわけじゃない。危険さも、異様さも、消えていない。ただ、目につく嫌悪感だけが、歌に奪われた。
それが逆に、不気味だった。
「……何だよ、それ」
思わず吐き捨てる。
恩人を見つめる。芹亜はそこに立っている。けれど、その中には今、クレオパトラだけじゃない。カエサルもアントニウスも、まとめて全部入った。
そう分かるのに、歌のせいで、その嫌な部分だけが少し見えなくなっている。
見失うな、と胸の奥で何かが鳴った。