ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦   作:ボルメテウスさん

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歌の力

 TERAの部屋は、妙に静かだった。

 

 畳の匂いがして、障子越しの光がやわらかい。外であれだけ面倒なことが起きた後だってのに、ここだけ切り離されたみたいに落ち着いている。その静けさが逆に、さっきまでの出来事を現実味の薄いものにしていた。

 

 部屋の真ん中に、恩人――相葉芹亜が座っている。

 

 顔色はまだ少し白い。けれど、ぐったりしているわけじゃない。自分の身体を、自分のものとして動かせている。そこにまず、小さく息を吐いた。助かった、とまではまだ言い切れない。けど、少なくとも今は、あの得体の知れない何かに完全に飲まれている顔じゃなかった。

 

 その隣に楓さんがいる。背筋を伸ばして、けれど肩肘を張りすぎない距離で芹亜のそばに座っていた。守る気があるくせに、それを押しつけまではしない座り方だ。

 

 雪庭は、部屋の正面に静かに座っている。いつもの柔らかい顔のままだ。けど、目だけはよく見ていた。芹亜の様子も、楓さんの空気も、壁際に寄ってる俺の反応まで、まとめて拾っているのが分かる。

 

「少しは落ち着いたか、芹亜」

 

 最初に口を開いたのは雪庭だった。

 

 声は穏やかだ。けれど、ただ安心させるためだけの声でもない。ちゃんと今から話を聞くぞ、って響きがある。

 

 芹亜は自分の膝の上で手を重ねたまま、少しだけ頷いた。

 

「……はい。まだ、頭の中が少しふわふわしてますけど」

 

「無理に急がなくていい。思い出せるところからでいいから、聞かせてくれ」

 

 芹亜はそこで少し黙った。

 

 思い出してる、んだろう。怖かったことも、分からなかったことも、たぶん全部きれいに整理できてるわけじゃない。それでも言葉にしようとしているのが、見ていて分かった。

 

「最初は……すごく怖かったです」

 

 ぽつりと落ちた声は、小さかった。

 

「自分じゃないものが入ってくる感じがして、身体の中を勝手に歩かれてるみたいで……気持ち悪くて、嫌で、逃げたかったです」

 

 楓さんの指先が、畳の上で少しだけ動いた。今すぐ手を伸ばしたいのを、我慢してるみたいな動きだった。

 

 芹亜はそのまま言葉を続ける。

 

「でも……」

 

 そこで一度、視線が揺れる。

 

「それだけじゃ、なかった気もするんです」

 

 俺は壁にもたれたまま、少しだけ目を細めた。

 

 雪庭も急かさない。ただ続きを待っている。

 

「歌ってた時……命令されてた、って感じとは少し違ってて」

 

「違う?」

 

 雪庭が短く返す。

 

「はい。なんて言えばいいのか……」

 

 芹亜は困ったように笑って、それからまた真面目な顔に戻った。

 

「誰かが、すぐ近くで話しかけてくるみたいだったんです。怖いのに、ちゃんと聞こえてきて……私も、返してた気がして」

 

「会話みたいだった、ってことか」

 

「……たぶん」

 

 その言い方で、部屋の空気が少し変わった。

 

 ただの憑依じゃない。そういうことなんだろう。相手が身体を奪って終わりじゃなく、もっと奥で繋がっていた。そこが、この世界のややこしいところだ。

 

 雪庭は頷いて、静かに言う。

 

「彷霊界は、人間界と幽界が混ざる場所だ。そこで起きる現象は、単純な取り憑きや心霊現象って言葉じゃ片づかないことがある」

 

 そこで一度、芹亜をまっすぐ見た。

 

「君の中に入ったのは、普通の霊じゃない。グレートゴーストだ」

 

 芹亜の睫毛が少し震える。

 

「クレオパトラ……」

 

「そう」

 

 雪庭は肯定した。

 

「強い霊は、人に干渉するだけじゃなく、もっと深く結びつくことがある。とくに歌が絡んだ時はね」

 

「歌……」

 

「鎮魂歌だよ。霊を鎮めるための歌であり、同時に、霊と人を繋ぎ直す歌でもある」

 

 その言葉に、俺は喉の奥で小さく息を飲んだ。

 

 繋ぎ直す。

 

 その表現が、妙に引っかかった。

 

 歌に力がある。それ自体はもう、俺にとっては今さら驚くことじゃない。驚くことじゃない、はずなんだ。けど、この世界の歌は、俺の知ってる“歌で力を引き出す”って話より、もっと生々しく何かに触っている感じがする。

 

「……吠さん?」

 

 楓さんの声で、少しだけ意識が戻る。

 

 どうやら黙り込んでたらしい。

 

「いや……」

 

 頭を掻く。

 

 こういうのを言葉にするのは得意じゃない。けど、言わないままでもいられなかった。

 

「あの時の歌、ただ響いてるだけじゃなかった」

 

 部屋の視線がこっちへ集まる。

 

「力があった。空気ごと持ってくみてえな……いや、空気だけじゃねえな。もっと、内側に触ってくる感じだった」

 

 芹亜が少しだけ目を見開いた。

 

 雪庭は何も言わない。ただ続きを促すみたいに見ている。

 

「シンフォギアの時に感じたのと、少し似てた」

 

 口に出した瞬間、胸の奥の引っかかりが少し形になる。

 

「フォニックゲインって言うのか、歌が力になって場を動かす感じ。あれに近い。けど同じじゃねえ」

 

「どう違うんだ?」

 

 雪庭の問いは短かった。

 

 俺は少し考えてから言う。

 

「向こうは、歌で力を引き出して戦うって感じだ。けど、こっちは違う。歌そのものが、霊とか魂とか、そういう境目に直接触ってる」

 

 自分で言いながら、背筋がぞわつく。

 

 あの時、クレオパトラの歌が流れた瞬間に感じたのは、まさにそれだった。空間の嫌な濁りが薄れた。全部じゃない。けど、剥き出しだった悪意とか不快さとか、そういう嫌な部分だけが歌に撫で取られていった。

 

「……歌が」

 

 芹亜が、自分の手を見下ろしながら呟く。

 

「嫌なところだけ、少し遠くなった気がしたんです」

 

 俺は思わず顔を上げた。

 

 それだ。

 

「俺もそう見えた」

 

 芹亜と目が合う。

 

「全部が消えたわけじゃねえ。でも、嫌な部分だけが削れたみてえだった」

 

「はい……」

 

 芹亜は少しだけ不安そうに、でも逃げずに頷いた。

 

「怖さがなくなったわけじゃないんです。でも、歌ってる間だけは、ちゃんと向こうを見られた気がして」

 

「つまり」

 

 楓さんが静かに口を開く。

 

「芹亜の歌そのものが、クレオパトラと繋がる鍵であり、同時に、対抗する手段にもなり得る……そういうことですね」

 

 雪庭はゆっくり頷いた。

 

「可能性は高い」

 

 部屋の中がまた静かになる。

 

 誰も軽々しく結論を出せない。けど、今の話だけで、少なくとも何も見えていなかった時よりは前に進んだ。そんな手応えはあった。

 

 俺は芹亜を見た。

 

 恩人は、まだ疲れた顔をしている。弱っていないわけじゃない。怖かったはずだし、今も全部整理しきれていないだろう。それでも、自分の中で何が起きたかを、ちゃんと言葉にしようとしていた。

 

 その顔を見てると、また腹の奥が少し熱くなる。

 

「歌で繋がったなら」

 

 気づけば口が動いていた。

 

「歌で取り返せるってことか」

 

 楓さんがすぐにこっちを見る。

 

「吠さん……」

 

「だろ」

 

 視線は芹亜から外さない。

 

「向こうが歌で中に入ってきたなら、こっちも歌で手を突っ込める。そういう話なんだろ」

 

「乱暴だけど、間違ってはいない」

 

 雪庭が小さく笑った。

 

「君らしい言い方だ」

 

「うるせえよ」

 

 そう返しながらも、少しだけ気が楽になる。

 

 芹亜は俺の言葉を聞いて、少し驚いたような顔をしたあと、ふっと力を抜いた。

 

「……取り返す、か」

 

 その呟きは、自分に言い聞かせるみたいだった。

 

「できるなら、やりたいです」

 

「できるかどうかじゃねえ」

 

 俺は壁から背を離す。

 

「やるんだよ。恩人がそっちにいるなら、なおさらな」

 

 芹亜が目を瞬く。

 

「恩人って……まだ言うんですね」

 

「借りはまだ返してねえからな」

 

「そんなの、もう十分――」

 

「十分じゃねえ」

 

 遮るみたいに言う。

 

「俺の中じゃ、まだ終わってねえ」

 

 部屋の空気が少しだけ止まる。

 

 自分でも、思ったより真っ直ぐな声が出たと思った。けど、引っ込める気にはなれなかった。

 

 芹亜は少しの間黙って、それから困ったように、でも嬉しそうにも見える顔で笑った。

 

「……ありがとうございます」

 

 そういうのが一番困る。

 

 俺は舌打ちしそうになるのを堪えて、視線を逸らした。

 

「礼はいい。返し終わってからにしろ」

 

「ふふ……はい」

 

 その小さな笑い声で、部屋の張りつめた空気が少しだけほどける。

 

 楓さんもそれを見て、わずかに肩の力を抜いた。

 

「芹亜」

 

 その呼び方は、さっきまでよりずっと柔らかかった。

 

「一人で抱えないでください。私たちも、吠さんもいます」

 

「……うん」

 

 芹亜が頷く。

 

 その返事を見て、俺は小さく息を吐いた。

 

 たぶん、ここから先はもっと面倒になる。クレオパトラだけじゃない。歌も、彷霊界も、グレートゴーストも、全部がまだよく分かっていない。けど、少なくとも一つだけは腹に落ちた。

 

 この世界の歌は、ただの歌じゃない。

 

 だったら、歌の中身まで見ないと、この件は終わらない。

 

 俺は障子の向こうの薄明かりを見ながら、胸の奥で小さく笑った。

 

 借りを返すつもりで首を突っ込んだのに、気づけばそこから先まで背負い込む形になっている。ほんと、面倒な話だ。

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