ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
寺の夜は、妙に静かだった。
昼間は人の出入りがあって、誰かの足音だの、襖の開け閉めだの、細かい音がどこかしらでしているのに、夜になるとそれが急に薄くなる。風が木を揺らす音と、遠くで虫が鳴く声だけが残って、余計なことまで考えやすくなる。
縁側の前を通りかかった時、そこに恩人が座っているのが見えた。
芹亜は、庭の方を見たまま動かなかった。背中が小さく見える。別に泣いているわけじゃない。肩も震えていない。ただ、静かすぎた。
ああいうのは、逆に放っておきにくい。
「……何してんだ」
声をかけると、芹亜が少しだけ肩を揺らした。
「あ……吠さん」
振り向いた顔は、ちゃんと笑おうとしていた。けど、うまくできていない。疲れてるんだろうし、考え込んでもいるんだろう。見りゃ分かる。
「寝てなかったのか」
「少しだけ、眠れなくて」
「そうかよ」
それだけ返して、俺は少し離れた柱へ寄りかかった。隣に座るのも違う気がしたし、立ったまま戻るのも落ち着かなかった。
しばらく、沈黙が落ちる。
庭の木が揺れて、葉擦れの音がした。芹亜はまた前を向く。俺もその横顔を見るでもなく、ぼんやり庭へ目をやった。
「……私」
先に口を開いたのは芹亜だった。
「もう、死んだことになってるんですよね」
声は小さい。でも、変に震えてはいなかった。泣き言っていうより、確かめるみたいな言い方だった。
「たぶんな」
「家にも帰れないし、学校にも行けないし……友達にも、前みたいには会えないかもしれなくて」
言葉は途切れがちなのに、全部ちゃんと重かった。
「なんだか、急に、自分がどこにもいなくなっちゃったみたいで」
そこでようやく、俺は芹亜の方を見た。
そういう顔、知ってると思った。
自分が生きていた時間から切り離されたみたいな顔だ。昨日まであったはずの場所に、急に戻れなくなる。名前だけが置いていかれて、自分だけ別のところに弾き出されたみたいな感覚。
詳しく説明する気はなかった。したくもない。
けど、まるきり分からないとも言えなかった。
「……死んだことにされたからって、それで終わりじゃねえよ」
芹亜が、ゆっくりこっちを見る。
「吠さん……?」
「似たようなやつを、少し知ってるだけだ」
そこで止める。
それ以上は言わない。言ったところで、今は芹亜のためにならない気がした。
「最初は何もなくなる。帰る場所も、名前も、前までの生活も、全部切れたみたいに感じる」
口に出すと、思ったより昔の感覚が近くなる。嫌なもんだ。
「けど、生きてんなら、まだ終わってねえ」
芹亜は黙って聞いていた。
「今まで通りじゃなくても、先はある。願いとか、やりたいこととか、そういうのも、最初から綺麗に決まってなくていいだろ」
俺は頭を掻いた。
こういうことを真面目に言うのは、やっぱり落ち着かない。
「生き残ってりゃ、そのうち見つかる」
芹亜の目が、少しだけ丸くなる。
「……そんなふうに、思えるんですね」
「思うしかねえ時もある」
「それって」
「だから、似たようなのを少し知ってるだけだって」
少し強めに言うと、芹亜は小さく瞬きをしたあと、ふっと息を吐いた。
「でも……少しだけ、楽になりました」
「そうかよ」
「はい」
芹亜は膝の上で手を重ね直した。
「前みたいには戻れないかもしれないって、ずっとそればっかり考えてました。でも、戻れないことと、終わることは違うんですね」
「まあな」
「願いも、これから見つけていいんですね」
「誰も駄目なんて言ってねえだろ」
言うと、芹亜は少しだけ笑った。今度のは、さっきよりちゃんとした笑い方だった。
それを見て、妙にむず痒くなる。
「……ありがとうございます」
「やめろ」
「え?」
「そういうの、真正面から言うな。調子狂う」
「でも、本当に」
「いいって」
思わず遮る。こういうのを素直に受け取れるほど、こっちはできた人間じゃない。
芹亜は一瞬きょとんとして、それから少しだけ肩を揺らした。
「ふふ……吠さんって、変なところで照れますよね」
「うるせえな」
「でも、優しいです」
「それもやめろ」
「どうしてですか」
「気に入らねえからだ」
ぶっきらぼうに返すと、芹亜はまた笑った。
さっきまでの沈んだ空気が、少しだけ薄くなっている。全部が解決したわけじゃない。明日になればまた不安も出るだろうし、現実が軽くなるわけでもない。けど、今この瞬間だけは、少なくともさっきより息がしやすそうだった。
それで十分だと思った。
「……じゃあ、もう戻れよ」
「はい」
「ちゃんと寝ろ」
「吠さんもですよ」
「俺はいいんだよ」
「よくないです」
即答されて、思わず顔をしかめる。
「……生意気になったな」
「少しだけ」
その言い方に、また笑いそうになったのを誤魔化して、俺は踵を返した。
「じゃあな」
「あ、吠さん」
呼び止められて、半分だけ振り向く。
「……ありがとうございました」
今度は、さっきみたいに止めなかった。
止めたら、たぶん余計に気まずくなる。
「別に」
それだけ返して、俺はそのまま歩き出した。
廊下を進みながら、無意識に首の後ろを掻く。熱い。照れてんのかと思うと、余計に腹が立つ。
自室の襖を開けて中に入り、後ろ手に閉める。
「……ったく」
誰に言うでもなく呟いて、畳の上へどさりと腰を下ろした。
情けないくらい、落ち着かない。
けどまあ、ああいう顔が少しでもましになったなら、悪くはなかったんだろう。