ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
指先に残る感触が、妙に生々しかった。
さっきまで時計みたいな形をしていたはずのものが、今は俺の掌の上で、すっかり指輪の顔をしている。センタイリングと同じくらいの大きさ。けれど、刻まれた意匠は知らないものだ。冷たい金属の感触が、じわじわと皮膚へ沈んでくる。
「……何なんだよ、お前は」
答える奴はいない。
路地裏には、戦いの熱だけがまだ燻っていた。倒れた二人も動かない。火花の匂いも、焦げた空気も、全部まだそこにある。なのに、指輪だけがそこから浮いているみたいに異質だった。
掌の中で、かすかに脈打つ。
「っ――」
次の瞬間、視界が暗転した。
音が消えた。
風もない。熱もない。さっきまで肌にまとわりついていた路地裏の空気が、きれいさっぱり剥がれ落ちている。
暗い。
どこまで行っても黒い闇だ。地面があるのかどうかも曖昧なのに、俺は確かに立っている。遠近感も消えている。自分が前を向いているのか、上を見ているのかさえ分からない。
その中で、声だけが響いた。
「遠野吠、聞こえるか」
聞き覚えのある、低く重い声だった。
「……テガソードか!」
「ようやく聞こえたな、遠野吠」
「おい、テガソード!」
声のする方へ振り向く。だが、闇は闇のままだ。輪郭の代わりに、圧だけがある。見えていないのに、そこに“いる”と分かる、厄介な存在感だった。
「ここは何だ。さっきの指輪は何なんだよ」
「問うべきことは多い。だが、順を追って話そう」
いかにもこいつらしい言い方だった。俺が苛立っていようが関係ない、最初から全部自分の間合いで話すつもりの声だ。
「それはライドウォッチだ」
「……ライドウォッチ?」
「仮面ライダーたちの力と歴史が刻まれたものだ」
言葉だけが、暗闇の中へ静かに落ちる。
仮面ライダー。知らない名じゃない。けど、俺の知ってる戦いの中で、そう呼ばれる奴らとまともに向き合ったことはない。少なくとも、あの時計みたいなものと結びつくような知識はなかった。
「歴史まで、かよ」
「かつては、その歴史ごと封じる器でもあった」
「だったら、何で今は指輪になってる」
俺が握っていた感触を思い出した瞬間、闇の中へかすかな光が生まれた。二つの輪。さっき手に入れた指輪とよく似た光が、俺の目の前にふわりと浮かぶ。
「お前の持つ力と、私の力に共鳴した結果だ」
「共鳴?」
「お前は私の戦士だ。ゆえに、お前の手へ渡る時、ライドウォッチはセンタイリングに近い形へ再構成された」
淡々と告げられたその説明は、妙に納得できてしまうのが腹立たしい。確かに、あれは最初から俺の知る“指輪”の顔をしていた。知らない力のくせに、手に馴染みすぎていた。
「……じゃあ、元の仮面ライダーって奴らは消えたわけじゃねえんだな」
「無論だ」
そこで初めて、テガソードの声がほんのわずかに強くなった。
「ライドウォッチには、仮面ライダーたちの歴史が刻まれている。だが、お前の手にあるそれは歴史を奪ったものではない。仮面ライダーの力を、お前が扱える形に変えたに過ぎん」
「仮面ライダー、ね」
口の中で転がしてみても、まだ実感は薄い。
けれど、さっき戦った二人の姿は嫌でも思い出せる。違う力。違う戦い方。なのに、どこか筋が通っていた。こっちの世界には、まだ知らない戦士が山ほどいる。そう突きつけられた気分だった。
「仮面ライダー?」
「スーパー戦隊と最も縁のある戦士たちの名だ」
俺は眉をひそめた。
「スーパー戦隊と、縁がある……?」
「仮面ライダーとスーパー戦隊は表裏一体」
闇の奥で、何か巨大なものが静かに身じろぎした気配がした。
「異なる世界を守りながら、深く関わる戦士たちでもある」
「別の世界を守る、もう一つの戦士ってことか」
「そうだ」
短い肯定。
それだけなのに、不思議と重い。戦隊とは違う。だが、完全に遠いわけでもない。鏡の向こうにいるみたいな、そんな感じだ。
その時、目の前に浮かんでいた光の輪の片方が、ふっと強く輝いた。
腹に口を持った、あの鮮やかなライダーの残像が一瞬だけ脳裏を掠める。
「今、お前の持つガヴは、数多くいる仮面ライダーの中で、最もゴジュウジャーに近い戦士だ」
「ガヴ」
さっきベルトが鳴らした名を、今度ははっきりと口にする。
「あぁ」
テガソードの声は変わらず静かだった。
「異世界の人間たちとの間に生まれた戦士。母の世界を守るために戦った者だ」
闇の中へ、その言葉だけが残る。
異世界。
その単語だけで、妙に胸の奥がざわついた。
「ある意味、お前と似た戦士だ」
「……そうか」
短く返した自分の声が、少しだけ低かった。
似ている、なんて簡単に言い切れるほど、俺はそいつのことを知らない。けれど、まるきり他人事とも思えなかった。知らない世界へ引っ張られて、それでも誰かのために戦った戦士。そう言われれば、引っかかるものはある。
ガヴの輪郭が闇に溶ける。
代わりに、もっと重い気配が降りてきた。
「ライドウォッチを巡る新たな争奪戦は、すでに始まっている」
その一言で、空気が変わった。
さっきまでの説明が、全部ここへ繋がっていたのだと分かる声音だった。
「また争奪戦かよ」
「そうだ」
「誰が始めた」
「それは未だに謎だ」
そこだけは、こいつでも分からないらしい。
あるいは、分かっていても言う気がないのか。どっちにしろ気に入らない答えだ。
「だが、一つだけ確かなことがある」
闇の奥で、何かがさらに近づく。
「すべてのライドウォッチを手にした者は、世界を意のままに操ることができる」
思わず鼻で笑いそうになった。笑えるはずもないのに。
「……ふざけた話だな」
「だが、現実だ」
短く、容赦のない返答だった。
世界を意のままに操る。王になる、だの、何でも願いが叶う、だの。そういう胡散臭い話はもう嫌というほど聞いてきた。だが、それでも戦いは本物だった。路地裏であの二人が殺し合っていた理由としては、十分すぎる。
つまり俺は、もう足を踏み入れてる。
見物人じゃない。とっくに、その輪の中だ。
「故に、この問いをもう一度言おう」
テガソードの声が、真正面から落ちてくる。
「遠野吠、お前の願いは何だ」
闇が、ひとつ深くなった気がした。
その問いは知っている。前にも聞かれた。あの時は、言葉にできなかった。自分が何を欲しがって、何のために噛みついていくのか、上手く掴めていなかった。
でも今は違う。
拳を握る。指輪の感触が、確かにそこにあった。
「……俺の願いは決まってる」
言葉にすると、不思議なくらい迷いが消えた。
「俺は元の世界に帰る」
闇の中で、自分の声だけが真っ直ぐ伸びていく。
「あの世界で、俺をずっと待ってくれた響や未来がいる」
浮かぶ顔がある。
腹の立つ顔も、呆れた顔も、笑った顔も、全部。
「まだまだ喧嘩したい奴らもいるし、一緒に飯を食いたい奴らがいる」
思い出したら、余計に腹が据わった。
俺はあっちで生きてきた。あっちに帰る。理由なんて、それで十分だ。
「だから、元の世界に帰る為だったら、何度だってなってやるよ」
一度、息を吐く。
その先は、吠えるみたいに言い切った。
「ナンバーワンにな!」
静寂が落ちた。
テガソードはすぐには答えない。俺の言葉を測っているのか、それとも最初から答えを知っていたのか。どっちでもよかった。
やがて、低い声が響く。
「……そうか」
たった一言。
なのに、妙に重かった。
「今の私には、仮面ライダーたちの力をもってしても、お前を元の世界へ戻すことはできない」
思わず、舌打ちしそうになる。
「できねえのかよ」
「だが」
そこで、はっきりと声が切り替わった。
「ライドウォッチと共鳴したセンタイリングの力を集めれば、その道が開く可能性はある」
「可能性、ね」
「ゼロではない」
断定とも希望ともつかない、厄介な言い方だった。
だが、それで十分でもある。帰れないと決まったわけじゃない。手掛かりはある。そのためにやることも見えた。
つまり、集めるしかない。
この世界に散らばってるライドウォッチとやらを、全部だ。
「……結局、勝ち抜けってことか」
「お前が望むのならば、そうなる」
望むのならば。
言い方は穏やかでも、実際は選択肢なんてほとんどない。帰りたいなら戦う。そういう話だ。
俺は口の端をわずかに吊り上げた。
「上等だ」
闇の中で、指輪を握り込む。
「帰るためなら、やってやる」
その言葉を待っていたみたいに、暗闇の底で何かが脈打った。
視界の端から、黒が崩れる。
「ならば進め、遠野吠」
最後に聞こえたテガソードの声は、最初より少しだけ近かった。
「お前の願いの果てまで」
熱が戻る。
焦げた匂い。路地裏の空気。遠くの雑踏。
気づけば、俺は元の場所に立っていた。ほんの一瞬だったような気もするし、ずいぶん長く沈んでいた気もする。
掌を開く。
そこにはやはり、二つの指輪があった。
知らない力。知らない戦士。知らない争奪戦。
けれど、やることだけはもう決まっている。
俺は指輪を握り込み、低く息を吐いた。
「……帰るぞ」
誰に言うでもなく呟く。
その声は、もう迷っていなかった。