ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
ビーストの装甲が砕けた瞬間、路地を満たしていた圧が一度だけほどけた。
赤と青のフォトンブラッドが夜の薄闇へ尾を引き、俺と陸王はほぼ同時に着地する。足裏に伝わる衝撃は確かだ。クリムゾンスマッシュも、コバルトスマッシュも、間違いなく直撃した。これで終わりだと、そう思った。
だが。
「……まだだな」
気づいたのは、俺より雪庭の方が一瞬早かった。
砕けたビーストのいた場所に、黒い靄が残っていた。装甲の破片でも、ただの残滓でもない。消えるどころか、むしろそこへ集まり直している。肉を失った獣が、骨だけで立ち上がろうとするみたいに、いやな粘り方だった。
俺は息を吐きながら、まだ解いていない555の拳を握る。
「倒したんじゃねえのかよ」
「倒したよ」
陸王が上空を見るように顎を上げたまま言う。
「でも、あれは別物らしい」
その黒い靄が、ゆっくりと膨れた。
耳障りな音だった。咆哮、と呼ぶには形がない。獣が喉の奥で唸っているような、湿った怒りだけが、空気そのものを震わせる。壁際に散っていた小石がかたかたと鳴り、足元の影が妙に濃く揺れた。
青木が小さく舌打ちする。
「最悪。抑え込んでた器が壊れたせいで、中身だけ剥き出しになってる」
「中身、ってことは……」
陸王が問いかける。その声にさっきまでの軽さはなかった。
「あれは今、形を失ったまま暴れかけてる。斬れば散るけど、散った先で周囲の霊気まで巻き込む。最悪、この一帯ごとおかしくなる」
面倒にもほどがある。
俺が舌打ちを飲み込んだ、その時だった。
「……っ」
後ろで、芹亜が胸元を押さえた。
振り返る。顔色は悪い。けれど、ただ怯えている顔じゃない。何かを聞き取ろうとしているみたいに、じっとあの黒い靄を見ていた。
「恩人?」
「違う……」
小さく、けれどはっきりした声だった。
「これ、ただ苦しいだけじゃない」
黒い靄が、まるでそれに反応したみたいに大きく波打つ。
獅子のような輪郭が、一瞬だけそこに浮かび上がった。
俺は眉を寄せる。確かに見えた。鬣のように逆立った霊気の向こうに、人の形に近いものが混じっている。ただの獣じゃない。何かの姿を取り戻しかけて、取り戻しきれずにいる感じだ。
「……誰か、いる」
芹亜が言う。
雪庭の目が細くなる。
「分かるのか」
「全部じゃ、ないです。でも……怒ってるだけじゃない。まだ、ちゃんと中にいる」
そう言って、芹亜が一歩前へ出た。
「おい」
思わず声が強くなる。
「何する気だ」
「私が、やります」
「無茶言うな」
即座に返したが、芹亜は下がらない。怖がっていないわけじゃないのは、見れば分かる。肩は少し強張っているし、息だって浅い。けど、それでも逃げない。
「このまま消したら、駄目な気がするんです」
その言葉に、青木が顔をしかめる。
「勘で言ってる?」
「……そうかもしれません。でも、今の私にはそれしかないから」
陸王がわずかに顎を引き、芹亜を見る。
「行くつもりなんだな」
「はい」
「自信は?」
「ありません」
即答だった。
「でも、放っておけません」
その返しに、陸王が小さく息を吐く。
「なるほど。そっちは吠君と同じ系統か」
「一緒にすんな」
「言い方が似てるって話だよ」
こんな時でも軽口を挟めるのは、正直大したもんだと思う。思うが、今はそれに付き合ってる余裕はない。
雪庭が短く言った。
「やるなら支える。吠、陸王、左右につけ。青木、広がりを抑えられるか」
「やるしかないでしょ」
青木の足元から、植物じみた霊がするりと這い出す。黒い靄を囲むように地面を這い、逃げ場を塞ぐみたいに円を描いた。
俺と陸王は、芹亜の左右へ回る。
「危なくなったら引っ張るぞ」
俺が言うと、芹亜は小さく頷いた。
「はい」
黒い靄が、なおも低く唸っている。
近くへ寄ると、さっきよりはっきり分かった。ただの怒りじゃない。苦しさと、誇りと、どうにもならない執着みたいなものが、ぐちゃぐちゃに混ざっている。嫌な匂いだ。だが、それだけじゃない。
芹亜が、そっと口を開く。
「あなたは、誰なんですか」
大きな声じゃない。
でも、その一言は妙にはっきり届いた。
黒い靄が揺れる。
今までの暴れ方とは違う。怒りに任せて膨れるんじゃなく、問いかけられて戸惑ったみたいに、ゆっくりと形を崩す。
「怒ってるだけじゃ、ないですよね」
芹亜が続ける。
「あなたの中に、まだ、ちゃんと名前があるんですよね」
獅子の輪郭が、また浮かんだ。
今度はさっきより長い。鬣のような霊気の奥に、剣を持つ影が見えた。王冠にも見える輪郭が、一瞬だけ頭上に浮かび、すぐ消える。
雪庭が低く呟く。
「届いてる……」
陸王も、さすがに口を挟まなかった。黙ってそのやり取りを見ている。
芹亜が、少しだけ息を吸う。
「……ライオン」
その言葉に、黒い靄が大きく揺れた。
獅子の頭部が、今度ははっきり見えた。咆哮ではない。ただ、名前の欠片に反応しただけだと分かる震え方だった。
「王様……」
剣。
獅子。
王。
誇り高くて、けれど孤独そうな気配が、芹亜の声へ引かれるみたいに少しずつ一つの形を取り始める。
そして、芹亜がその名を口にした。
「……リチャード1世」
黒い靄が、びくりと震えた。
叫びじゃない。ようやく自分の名前へ辿り着いたものの震え方だった。
「リチャード……」
俺が思わず繰り返すと、雪庭が短く頷く。
「獅子心王」
青木が肩を竦めた。
「なるほどね。だからビースト、ってわけ」
その言い方は軽いくせに、目は全然笑っていなかった。
黒い靄が、ゆっくり変わっていく。
暴れるのをやめた。
いや、正確には暴れられなくなったんじゃない。名前を取り戻したことで、自分を見失わずに済む形へ戻っていく。そんな感じだった。
獅子の輪郭が、芹亜の前で一度だけ静かに頭を垂れるように揺れる。
そのまま、消えていく――
そう思った。
だが、違った。
「おい」
思わず声が漏れる。
黒い靄はほどけながら、散らなかった。今度はまっすぐ、芹亜の方へ流れていく。獅子の鬣のような霊気を残したまま、静かに、しかし迷いなく、恩人の方へ向かっていく。
「消えねえぞ」
陸王が低く言う。
「いや……」
雪庭の声が変わった。
「違う。あれは――」
芹亜が目を見開く。
次の瞬間、黒い靄が芹亜の胸元へ沈み込んだ。
「……っ!」
芹亜の身体が大きく揺れる。
反射で肩を支える。軽い。けれど、崩れ落ちるほどじゃない。震えてはいるが、拒絶で暴れている感じでもない。むしろ重みがひとつ増えたみたいに、身体の奥へ何かが収まっていくのを耐えている顔だった。
「恩人!」
「大丈夫、です……」
かすれた声で、それでも芹亜はそう言った。
陸王も反対側へ一歩寄る。
「本当にか?」
「はい……怖いけど、消えたわけじゃない」
胸元に手を当てる。
その仕草だけで、そこに何かが宿ったのが分かった。
雪庭が静かに息を吐く。
「持ち霊になったか」
俺は眉を寄せたまま、芹亜を見る。
「グレートゴーストが、そのまま入ったってのかよ」
「芹亜はグレートゴーストをその身に宿していくはずの子だ」
雪庭が答える。
「今回のリチャード1世も、その流れに乗ったんだろう」
「でも、ライダーになってたやつだぞ」
「だから厄介なんだよ」
雪庭の声には珍しく、少しだけ疲れが滲んでいた。
「グレートゴーストがライドウォッチで肉体を得て、仮面ライダーになった。そのうえで今度は芹亜の持ち霊になる。単純な霊障の範疇じゃない」
青木が鼻を鳴らす。
「ほんと、ろくでもない話ね」
「面倒が増えたな」
陸王が言う。
「お前もそう思うだろ、吠君」
「思うしかねえだろ」
俺はそう返しながらも、視線は芹亜から外せなかった。
恩人はまだ少し苦しそうだった。けれど、倒れない。呼吸は乱れていても、ちゃんと自分の足で立っている。胸元へ当てた手の下に、獅子の王の気配が静かに収まっているんだろう。
「……リチャード1世」
芹亜が、もう一度その名を口にした。
今度の声は、さっきよりずっと穏やかだった。
彷霊界の空気から、刺々しさが抜けていく。暴走寸前だった霊気は、もうどこにもなかった。ただ、静かな余韻だけが残る。
陸王が薄く笑う。
「歌も霊もライダーも、全部ひとつの線で繋がってるらしいな」
「笑い事じゃねえよ」
「笑ってないさ」
そう言う声は、わりと本気だった。
雪庭が前を見る。
「むしろここからだろうね」
俺は小さく舌打ちした。
まったく、その通りだ。ビーストを倒して終わりじゃない。グレートゴーストがライダーになることも、それが芹亜の持ち霊になることも、全部新しい面倒の始まりにしか見えなかった。
それでも。
芹亜がちゃんと立っているなら、今はそれでいい。
俺は肩に置いた手を少しだけ緩め、黒い霧の消えた空を見上げた。そこにはもう、獅子の咆哮はなかった。代わりに、王の名だけが静かに残っている気がした。