ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
昼下がりの寺は、朝よりも少しだけ気が抜ける。
飯を食って、掃除までさせられて、ようやく一息つける時間だ。縁側から差し込む光は柔らかいし、風もぬるい。こういう時くらい、何も起きずに終わってくれりゃいいのに、この世界はそういう空気を長くは保たない。
廊下を曲がりかかった時、小さな声が聞こえた。
歌、だった。
いや、歌になり切る前の、鼻歌みたいな短い音だった。気を抜けば風の音に紛れるくらいの、小さな、小さな響き。けれど、この世界じゃ、それでも妙に耳へ引っかかる。
足を止める。
先にその場にいたのは陸王だった。柱にもたれて、少しだけ目を細めている。視線の先には芹亜。廊下の端で、外を見ながら立っていた。
「あ」
芹亜は自分でも口から音が漏れたことに気づいたらしく、すぐに唇を閉じた。肩が小さく揺れる。まずいことをした、って顔だ。
陸王が静かに言う。
「今、歌いかけただろ」
責める声じゃなかった。確認するような、柔らかい声だった。
芹亜は少し困ったように笑う。
「……少しだけ、つい」
「止める癖がついてるんだな」
「はい」
その返事は、思ってたよりずっと素直だった。
俺はそこで、わざと足音を立てて廊下へ出る。
「何だ、重てえ空気になってんな」
芹亜がこっちを見る。助かったような、でも少し気まずそうな顔だった。
「吠さん」
「お前、盗み聞きでもしてたのか?」
陸王が面白そうに言う。
「聞こえたんだよ。お前が朝からうるせえせいで耳が冴えてんだろ」
「それは僕のせいなのか?」
「大体そうだろ」
俺が言うと、陸王が肩をすくめる。
芹亜はそのやり取りを見て、少しだけ表情を緩めた。けど、すぐにまた視線を落とす。
「歌の話、してたんです」
「見りゃ分かる」
廊下の柱へ寄りかかる。陸王はそのまま動かず、芹亜を見ていた。
「やっぱり、変だよ」
ぽつりと、陸王が言う。
「何が」
「歌があるのに、歌えないこと」
それはあまりにも当たり前みたいに言われたから、一瞬、返す言葉が遅れた。
陸王は続ける。
「歌う前に止める。好きでも、口に出すのを躊躇う。そういう空気が、もう当たり前になってるんだろ。この世界じゃ」
芹亜の指先が、袖の端をぎゅっと掴む。
「……そう、ですね」
「今さらだな」
俺が言うと、陸王が横目だけでこっちを見た。
「今さらでも、おかしいものはおかしいだろ」
「おかしいからって、すぐ変わるわけじゃねえ」
「だから放っておくのか?」
「そうは言ってねえだろ」
少しだけ語気が強くなる。別にこいつへ噛みつきたいわけじゃない。けど、そんな綺麗な言い方だけで済む世界じゃないってのも事実だった。
陸王は、それ以上は押してこなかった。ただ、静かに息を吐くだけだ。
「歌って、ただの趣味じゃないんだよ」
その声は、今までより少し低かった。
「少なくとも、僕にとってはな」
そこでようやく、芹亜が顔を上げる。
陸王はいつもの軽い笑い方をしていない。ふざけてもいない。ただ真っ直ぐ前を見ていた。元スーパーアイドルだとか、そういう肩書きは正直どうでもいいと思ってたけど、今の言い方だけは、少し嘘がなかった。
「……はい」
芹亜が小さく頷く。
「私も、そう思います」
その返しを聞いて、俺は少しだけ視線を逸らした。真正面からそういう話をされると、妙に居心地が悪い。
「お前、意外と面倒くせえな」
空気が重くなりすぎる前に、そう言ってやる。
陸王がすぐに笑った。
「“意外と”は余計だな」
「歌のことでそこまで真面目になるとは思わなかったって意味だ」
「そっちこそ、無関心そうな顔してるくせに、結局放っておいてないだろ」
「恩人が巻き込まれてるからだ」
即答したら、陸王があからさまに楽しそうな顔をした。
「ほら、そういうとこだ」
「何がだよ」
「理由の言い方が不器用すぎる」
「うるせえ」
「優しさを雑に包むなって話」
「殴るぞ」
「すぐそれだ」
芹亜が堪えきれなかったみたいに笑う。
さっきまでの張りつめた空気が、それで少しだけ薄くなった。ほんと、調子が狂う。
俺は頭を掻いて、廊下の端へ座る。陸王もその隣へ腰を下ろした。近い。けど、まあ今さら文句を言うほどでもない。
「でも」
芹亜が、少しだけためらいながら口を開く。
「歌うのが怖い、っていうより……歌った後のことが怖いんです」
その言い方は、かなり本音だったんだろう。声が少しだけ掠れていた。
「また何かが起きるんじゃないか、とか。誰かに見つかるんじゃないか、とか。普通に歌えた時のことを思い出すと、余計に」
「そうやって、先に止める癖がつく」
陸王が言う。
芹亜は黙って頷いた。
「最悪だな」
陸王のその一言は、妙に真っ直ぐだった。
「歌を嫌いにさせるんじゃなくて、好きなまま口を閉じさせるんだから」
俺は横目で陸王を見る。
さっきからこいつ、珍しく本気で腹を立ててる。普段は余裕ぶった顔してるくせに、歌のことになると妙に分かりやすい。
「お前、ほんとそういうとこ面倒だな」
言うと、陸王が今度はちゃんと笑った。
「さっきも言っただろ」
「二回目だぞ」
「じゃあ、三回目を目指すか」
「目指すな」
即座に返すと、芹亜がまた笑った。
その笑い方が少し軽くなっていたから、まあ悪くない。重い話をしてるくせに、それだけは少しだけ救いだった。
「失礼するよ」
そこで、奥の廊下から雪庭の声がした。
続いて青木も現れる。二人とも、こっちの空気をある程度察してる顔だった。
「どうやら、腹は決まったみたいだな」
雪庭が穏やかに言う。
「腹を決めないと、この世界じゃやってられないらしい」
陸王が答える。
青木は腕を組んだまま、少し呆れたように鼻を鳴らした。
「今さら気づいたの?」
「数日しかいないんだから許してほしいな」
「そのわりには馴染むの早いけど」
「図太いからな」
俺が言うと、陸王がすぐに乗ってくる。
「吠君にだけは言われたくない」
「俺は元からこうだ」
「それを図太いって言うんだよ」
やり返そうとしたところで、雪庭が小さく笑った。
「はいはい、そこで喧嘩しない。ちょうどいいところだった」
「何がだよ」
「少し動く」
その一言で、空気が変わる。
青木の顔からも、さっきまでの軽い調子が消えた。
「嫌な気配が増えてるの。しかも前より質が悪い」
芹亜の肩が少しだけ強張る。
陸王が、さっきまでの穏やかな顔のまま立ち上がった。
「本当に休ませる気がないな、この世界」
「だから言っただろ」
俺も立つ。
「面倒だって」
「聞いてはいたけど、実感はしたくなかったな」
そう言いながら、陸王はもう廊下の先を見ていた。さっき歌の話をしていた時の目だ。軽口を叩けるくせに、必要な時はすぐ切り替わる。そういうとこは、正直助かる。
雪庭が芹亜を見る。
「行けるか」
「はい」
芹亜は短く答えた。迷いはある。でも、逃げる顔じゃない。
俺はその横を通り過ぎながら、小さく言う。
「無理すんなよ、恩人」
芹亜が少し目を丸くして、それから小さく頷いた。
陸王がそれを見て、また口元を緩める。
「その呼び方、だいぶ定着したな」
「うるせえ。行くぞ」
「はいはい」
寺の静けさを背にして、俺たちは廊下を進む。
少し前まで、歌のない世界の話をしていた。けど、その歌を奪う世界の面倒は、こうしてすぐに現実の顔をしてやってくる。
だから結局、立ち止まってばかりもいられない。
息をつける時間があったなら、そのぶん次に噛みつくしかなかった。